第8章 男になりたい

 「ああ、いい。あうん、いいわあ。もっと、もっと衝いて」
 わたしは枕を抱きしめて、佐藤先生の逞しいものを受け入れていた。佐藤先生のそれは、ホントに大きいんだ。看護実習で、男性のペニスを時々見るけれど、今まで見た中で一番大きい。その大きなものがわたしの奥深くに中に入っている。たまんないわ。
 「いくぞ」
 「来てえ!!」
 コンドームの存在もものともしない激しい勢いのジェットシャワーを子宮に浴びせかけられて、わたしは失神寸前になる。
 「あううん・・・・」
 わたしは上げていた腰を落として、俯せになる。佐藤先生がわたしの背中に覆い被さってきた。重いけど、心地よい重さだ。
 しばらくまどろんでいた。佐藤先生は、わたしの横で仰向けになってタバコを吹かしていた。
 「先生。好きよ」
 わたしは佐藤先生に足を絡ませた。
 「ああ」
 気のない返事。わたしはちょっと口を尖らせた。
 「奥さんがいるんだものね。仕方ないわね」
 そう心の中で呟く。
 「実は話しがあるんだ」
 タバコをもみ消しながら、わたしの顔を見ないでそう言う。こんな時はいい話しじゃない。前の時もそうだった。その前の時も。その前のときも・・・・。
 「女房にばれそうだ」
 やっぱり・・・・。
 「この前会ったとき、チークダンスをしただろう?」
 「ええ」
 「あのとき、髪の毛がスーツに付いたらしいんだ」
 「髪の毛が?」
 「女房はショートカットだろう? おまえの長い髪を見つけて、『わたしのじゃありませんわね』なんだよ」
 「はっきり言わないのね」
 「それがあいつのやり方なんだ。俺の浮気相手がおまえとはまだ分かっていないが、このまま関係を続けていたら、おまえだと言うことを突き止めてくる。そうならないうちに別れた方がいい。あいつは、蛇のように執念深い。おまえだと分かったら、どんなことをするか分からない」
 「そんな人だから、先生が浮気するのにね」
 「結婚するときには気づかなかったもんだから」
 「奥様は、別れてはくれないでしょう?」
 「・・・・そう簡単に別れられれば、苦労はしないんだが・・・・」
 ホントにそう思っているのか怪しいものだけど、わたしは敢えてそれを否定しない。
 「分かったわ。でも、別れても、先生のこと忘れないから」
 「分かってるよ。すまないな」
 最後のキスを期待したのに、佐藤先生は、タバコを灰皿でもみ消すと、そのままベッドを抜け出した。先生が服を着ている後ろ姿をずっと見ていた。
 先生は、もう一言もしゃべらずに部屋を出ていった。先生の姿が見えなくなったとたん、急に悲しくなってわたしはベッドに顔を埋めて泣いた。
 「どうして別れるって言ったのかしら? 奥さんと対決してでも別れないと言えばよかったのに」
 いつもそうだ。わたしはいい子をしすぎる。

 好きになるのはいつも奥さんのいる人ばかり。別れが来ることが分かっているのに、誘われたら付いていってしまう。わたしって、馬鹿な女。・・・・女だから、馬鹿なんだろうか?
 ホテルを出て、半分泣きながら歩く。すれ違う人たちがわたしを振り返ってみているのが分かる。ああ、もう死にたい・・・・。
 男に生まれていたら、こんな苦労はしなかっただろうに。どうして女になんか生まれたの?

 道行くカップルが幸せそうに見える。石ころでもあったら投げつけたい気分。
 「おい! 気を付けろよ」
 学生らしい男にぶつかってしまった。
 「金城! こどもに向かって、ちょっとぶつかったくらいで、そんなに言うなよ」
 尻餅を付いたわたしの手を引いてくれたのは、だらしない格好をした背の高い男。でも、わたしの好みのタイプだった。
 「へん! ぼやぼやしてるからいけないんだ」
 金城と呼ばれた男は、さっさと歩いていった。
 「気を付けろよ」
 わたしの顔も見ないで、もう一人の男も立ち去っていった。
 「何という名前だろう。背が高くて、優しくて、あんな男になれたらいいな」
 そう思いながら、男たちの後ろ姿を見ていた。

 門限ぎりぎりだ。わたしは、急いで靴を脱いで階段を上った。
 「美保! 今日も門限ぎりぎりね」
 斉藤が、後ろから声をかけてきた。
 「いろいろと忙しいの」
 「明日は実習だよ。寝坊するんじゃないわよ」
 斉藤は、わたしより年下の癖して、わたしより大柄なものだから、まるで年上みたいに言う。
 「分かってるわよ」
 そう答えて、部屋に飛び込んだ。鍵をかけて、ベッドの上にばたりと仰向けになる。
 「あの人、格好良かったなあ」
 顔を思い出す。思い出しながら、短いフレアスカートの裾を捲ってショーツの中に手を滑り込ませた。目標はすぐに見つかった。指が届く前から、固く勃起しているのが分かっていた。中指の腹で、そっと触ってみる。
 「うん」
 いけないと思いながらも、わたしはクリちゃんを刺激し続けた。
 「い、いいい・・・・」
 息が詰まって止まりそうなほどの快感が訪れてきた。男の人とセックスするのと、また違った快感がある。中学1年の3学期に覚えてから、ほとんど毎日やっていた。わたしのクリちゃんが大きいのは、毎日オナニーしているせいかもしれない。
 「ふうう・・・・」
 虚脱した体をベッドに横たえて、ぼんやりしていた。
 「あの人を見つけだして抱かれたい」
 手を引いて起こしてくれたときの手のぬくもりを思い出した。だけど、もし付き合ったとしてもまたすぐに捨てられそうな気がした。
 「あのひと、かっこよかったものね。わたしが独り占めにできそうもないわ」
 佐藤先生の顔も浮かんできた。
 「そうだ。わたし、女はやめて男になるんだった・・・・。男の人になるんだったら、あの人がいいな」
 もう一度、あの学生らしい男の顔を思い出す。輪郭がはっきりしてきて、まるで本人が目の前にいるように感じられてきた。
 「わたし、あなたになりたい!」
 わたしはそのままベッドの上で眠り込んだ。

 「美保!! 起きないか! 朝だ、朝だ!!」
 斉藤がわたしを揺り動かす。
 「まだ早いよ。もう少し寝かせて!」
 「早くない! 早く起きろ!!」
 斉藤はわたしの胸の上に乗っかってきた。
 「く、苦しい! さ、斉藤・・・・。わたしの上から退いてよ」
 息苦しくて声が出ない。わたしはバタバタと手足を動かす。しかし、斉藤はわたしの上から退きそうもない。
 「いい加減にしてよ!!」
 睨み付けた先に、斉藤が何人もいた。胸の上、腹の上に何人もの斉藤が乗っているのだ。
 「きゃああ・・・・」
 目が覚めた。夢だった。
 「鍵閉めて寝たんだもの。斎藤が入ってくるはずがないわね」
 夢だったようだけど、バストとウエストが苦しいのは夢じゃない。胸を見てみると、着ていたTシャツが、まるで、赤ん坊のものを着たように体にぴちぴちに張り付いていた。胸に力を入れると、ばりばりと破れてしまった。
 破れたTシャツからブラが覗いていた。そのブラが、わたしの胸を締め付けていた。
 「急にバストが大きくなったのかしら? それにしてもウエストが苦しい」
 スカートがお腹に食い込んでいた。背中側にあるホックを外そうと、スカートを回そうとしたけれど、食い込んでとても廻らなかった。
 「苦しい!!!」
 力を入れると、バリッと音がして急に楽になった。ホックの部分が破れたみたいだ。
 「ふう・・・・」
 後ろ手に食い込んだブラを外そうとしたら、腕が届かなかった。何とか前に回してホックを外した。
 「あれ!?」
 わたしは胸が小さい。それは認める。だけど、全然ないよ。わたしは、真っ平らになった胸を茫然と眺めた。
 その時、妙な違和感に捕らわれた。恐る恐る、ウエストの緩んだスカートの裾をあげてみた。
 「なに? これ?」
 腰に張り付いたショーツの前が膨らんでいた。ショーツの横に指を入れて中を覗いてみると、わたしのそこには存在しないものが鎌首を持ち上げていた。
 「ええっ!!」
 じっと見つめた。それから、触ってみた。幻じゃなかった。手にペニスの感覚がある。それが自分のものだという感覚も。
 「どうなってるの!?」
 ふと気がついた。
 「まさか、願いが叶ったんじゃあ」
 ベッドから起きあがって、ドレッサーの前に這っていった。ドレッサーに映ったのは、やっぱり、あの男の人の顔だった。
 「やだ。ホントに、あの人になっちゃった」
 わたしは嬉しくなった。
 「こんなもの着てちゃ、おかしいわね」
 破れたTシャツ、ホックの壊れたスカートを脱いだ。ブラも取って、ショーツ一枚になる。腰に食い込んだオフホワイトのショーツの横から、ペニスと左の睾丸が顔を覗かせていた。
 裸の男は何度も見ている。でも、今までの男はみんな中年で、腹が出ていたり、弛んでいたりした。
 「筋肉隆々。格好いいんだ」
 わたしは、うっとりと鏡に映った体を見つめていた。
 「いくら何でも、このままじゃあ、様にならないわね。何か代わりに着るものは・・・・」
 食い込んでいるショーツを引きちぎるようにして脱いだ。
 「着るもの、着るもの」
 男が着るような服があるはずはなかった。
 「男にしてくれるのはいいけど、準備をしてからにしてよね」
 神様が雲の上にいるかどうかは知らないけれど、わたしは天井を見てブツブツと呟いた。
 「真っ裸というわけにもいかないからねえ・・・・」
 ふと気がついて、タンスの奥を探った。
 「あった。あった」
 取りだしたものは、以前母が泊まりに来たときに置いていった下着だ。
 「母ちゃんは、背はわたしと同じくらいだけど、横が大きいからね」
 目の前にかざしてみた。
 「やっぱ、でかいわ。これはまさにパンツだな。ショーツなんて言ったら、恥ずかしがって逃げていきそう」
 くすっと笑いながら、母のデカパンを穿いた。
 「男だから、ペニスを出す穴がいるんだおろけどな・・・・。でも、トランクスの中には穴のないものもあるし・・・・」
 少し奇妙だけど、鏡に映った姿は、先ほどの薄紫のショーツよりは許せる。上には母のババシャツに手を通した。
 「おかしいけど、ま、いいか」
 鏡を見ていると、ドヤドヤと足音がした。慌てて身を伏せた。すぐにドアがドンドンと叩かれ、ノブがガチャガチャと回された。
 「美保! 遅刻するわよ!! 美保!! まだ、寝てんの?」
 一番仲良しの岩橋の声だ。返事をするわけにはいかないので、わたしは、息を潜めてじっとしていた。ドアがさらに叩かれる。
 「いつも起きないんだから。・・・・もう。落第したって、知らないよ」
 ブツブツ言いながら、岩橋は部屋から遠ざかっていった。
 「ふう」
 岩橋に相談すればよかったかなと思ったけれど、岩橋は男アレルギー。わたしの姿を見たとたん、金切り声をあげるに決まっている。
 「困ったなあ・・・・。突然なんだから・・・・」
 神様に恨み言を言いながら、わたしは床の上に座り込んだ。

 午前10時の時報が鳴った。グウと腹の虫も鳴った。
 「お腹減ったな」
 夜食用に買っておいたパンがあった。固くなっていたけど、食べられないことはない。部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫を開いて、中からペットボトルのお茶を取りだして飲みながらパンを噛った。
 人心地付いてから考える。
 「男物の服を買いに行きたいけど、こんな格好じゃあ、外に行けないものね・・・・。そうだ。いったん元に戻ればいいんだ。そしたら、男物を買いに行って置いておく。それから、もう一度、男になる。これこれ」
 我ながら良いアイデアだと思った。ベッドの上に胡座をかいて座り、元に戻れと一生懸命祈った。
 「戻れ! 戻れ! 戻れ!!」
 どれくらいそうしていただろうか? ぜんぜん元に戻る様子がない。
 「どうしてよ!!」
 大声を上げそうになって、ハッと口を塞いだ。
 「今、見つかるわけにはいかないのよね」
 そうしているうちにあっと言う間に正午になってしまった。昼食代わりにチョコレートを半分食べ、午後も元に戻れと祈り続けた。その甲斐もなく、わたしは男のままだ。
 テレビを点けるわけにもいかず、ラジオを聴くわけにもいかない。わたしは布団の中に潜って元に戻れと祈るしかなかった。

 太陽が山の向こうに隠れた頃、ドアのノブがガチャガチャと回された。
 「美保!! 美保! いないの?」
 もう一度、ノブが回された。
 「まだ帰ってないよ」
 斉藤の声だ。
 「美保のやつ、いったいどこに行ったのかしら?」
 岩橋の声。
 「また、男のところでしょう?」
 「美保って、ホント、見かけに寄らず、男好きなんだから」
 「色狂いじゃないの?」
 「そうかも」
 出ていって、怒鳴りたいところをやっとの事で押さえた。
 「人がいないかと思って、言いたい放題言って・・・・」
 斉藤や岩崎の本性を見たような気がした。

 寮の連中がみんな帰ってきた。昼間以上に物音を出さないようにじっとしていた。残りのチョコレートを夕食として食べた。
 「お腹、減ったなあ・・・・」
 ペットボトルのお茶で空腹を誤魔化した。
 「おしっこ、しなくちゃ」
 男になって3回目のおしっこ。初めておしっこするときはどぎまぎしたけど、3回目となれば少し慣れた。
 「ちょっと変な感じだよね」
 女と違って、尿道をおしっこが通っているって感じがする。ペニスの先から出てきたおしっこを音がしないように洗面器の中に溜めた。寮の部屋にはトイレが付いていないから仕方がない。もし付いていても、流す音を出すわけにはいかないので、結局同じことだ。
 「ああ、臭い」
 ベランダの窓をそっと開けて樋に流し込んだ。
 「こんな所を見られたら、絶対変態だよね」
 空腹に襲われながら、わたしは元に戻れと祈りつつ眠りについた。

 目が覚めたとたん、経験したことのない違和感に襲われた。股間が痛いのだ。股間に手をやってみると、固い肉のかたまりを触れた。起きあがって、パンツをはぐってみた。固い肉のかたまりは、勃起したペニスだった。
 「まだ、元に戻っていない」
 わたしはがっくり項垂れる。
 「でも、どうして、こんな風になるの?」
 勃起したペニスを見ながら、わたしは戸惑っていた。男が勃起するのは、女のヌード写真を見たり、セックスするときだけだろうと思っていたから、訳が分からなかった。
 「どうしたら、いいの?」
 じっと見つめていたら、少し萎えてきたような気がした。
 「美保! 帰ってる?」
 岩橋の声だ。
 「美保! 美保ったら・・・・」
 ドアを叩きながら、岩橋が叫ぶ。
 「帰ってないみたいね。どこに雲隠れしたのかしら・・・・」
 ブツブツ独り言を言いながら、岩橋は去っていった。ホッとしていると、勃起していたペニスが縮んだようだ。そこで、もう一度ホッと溜息をもらした。

 おしっこしてから、食べるものを探す。食べられそうなものは、夜食用に買っておいたインスタントラーメンだけだった。お湯がないから作れない。
 「ベビースターラーメンはそのまま食べたっけ」
 固い麺を端から噛って食べた。美味しくはないけれど、背に腹は代えられなかった。食べたあとに水を流し込んだ。

 この日も一日中、元に戻れ、女に戻れと祈りながら過ごした。結局元に戻らなかった。
 「食べるものがなくなったら、騒がれても部屋を出るしかないわね」
 そう決心したけど、なかなか最終的な決断ができなかった。