第7章 男に戻ったぞ

 大きな男が俺の上にのしかかっている。両手で強く抱き締められて息ができない。俺は喘ぐ。目を開けると、ピンク色の部屋の中にいた。俺は一瞬、ここはどこだと慌てふためいた。しかし、次に瞬間、ハッと気づく。俺は立野美保の部屋にいたんだ。
 しかし、この息苦しさは何だ? 息苦しさの原因は、すぐに分かった。入浴したあと着けたブラジャーが胸を締め付けていたのだ。俺は必死になって手を後ろに回してブラジャーのホックを外した。
 「ふう」
 人心地付いたものの、まだ苦しい。パンツが股間を締め付けていたのだ。ネグリジェをはぐってぎょっとした。フリルの付いた可愛らしいパンツが腰に食い込んでいるのだが、その中央が盛り上がっていた。
 「な、なんだ!?」
 触ってみると、小さなパンツに締め付けられたペニスと睾丸だった。
 「ええっ!?」
 胸を触ってみた。小さいけれど、立野美保の胸は少しは膨らんでいた。それが全くない。真っ平らだ。よく見ると毛の生えたごつい手。ネグリジェから出ている足にはすね毛が生えている。
 「もしかすると・・・・」
 俺は、ドレッサーの前に飛んでいった。
 「やっぱり」
 俺は俺に戻っていた。
 「やった! 元に戻った!!」
 と喜ぼうとして、ハッと気づく。ここは立野美保の部屋だ。女の部屋だと言うだけではなく、看護学生寮。つまり男子禁制の女子寮だ。こんな所に男の俺がいたらどうなる? しかもこんな格好で・・・・。
 俺は慌ててネグリジェを脱いだ。腰に張り付いたパンツも脱ごうとして・・・・。
 「そうか。はくものがない・・・・」
 俺はタンスの中を探る。小さなパンツしかなかった。当然のことながら立野美保の部屋に男物のパンツがあるはずはない。
 「困った。困ったぞ。少しは大きなパンツがないか?」
 タンスの中を引っ掻き回した。みんなSサイズだった。
 「あちゃあ・・・・」
 もう一度探してみた。すすると、かなり伸縮するパンツを見つけることができた。
 「これなら何とかなりそうだ」
 腰に食い込んでいるパンツを、ドレッサーの上に置かれていたはさみで切って、はきかえてみた。何とかはけた。
 「はけたけど、紫色だもんなあ・・・・」
 ドレッサーに映った俺の姿はみっともないと言ったらない。しかし、これ以外にはくものがないのだから仕方がない。
 「ここを抜け出さなくちゃ」
 何か着るものはないかと探す。体格が違うから、まったく入らない。
 「こんなことになるなんて・・・・。昨日、俺のアパートに戻っていればよかった」
 そう思ったけれど、手遅れだった。どうするか? こうなれば、夜陰に乗じて逃げ出すしかない。じっと静かにしていて、夜になったら逃げ出すのだ。
 俺は息を潜めて部屋の隅にうずくまっていた。

 午前7時30分になった時、ドアがノックされた。
 「美保! 授業に行くわよ」
 俺は黙っていた。ここで見つかったら大事になる。
 「神様、仏様、どうか見つかりませんように。このまま立ち去ってくれ!」
 その願いもむなしく、俺をここに連れてきた女が部屋に入ってきた。いつものことだけど、俺は部屋のかぎをかける習慣がない。この部屋のカギもかけていなかったのだ。万事休すだ。
 「美保! 遅れるよ・・・・」
 その言葉が口元で凍り付いた。
 「き、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ。お、男がいるうぅぅぅぅぅぅ」
 これ以上大きな声が出ないと言うほどの大きな金切り声をあげた。その声を聞きつけて、看護学生寮にいる女どもが大挙して押し掛けてきた。
 「あんた! 誰よ!!」
 「あんなショーツをはいてる!! 変態よ!!」
 俺のはいているパンツを指差して言う。
 「部屋の中を荒らしたわね」
 着るものを探すために、部屋中酷いありさまになっていた。
 「美保はどこ!」
 口々に叫ぶ。俺はおろおろとするばかりだ。昨日食堂にいた寮母らしい女が看護学生たちを押しのけてやってきた。
 「あなた。ここで何をやってるの?」
 そう言われたって、答えようがないんだけど・・・・。
 「そ、そのう・・・・。話せば長い話しで・・・・」
 小さくなって俺は答える。
 「け、警察を呼びましょう。それがいいわ」
 後ろから、洋子という女が叫ぶ。
 「や、止めてくれよ。警察なんて。着るものをくれたら出ていくからさあ」
 「やだ。着るものがないの? 裸でこの寮に忍び込んだの? やっぱり変態だわ」
 「やだあ」
 「変態!」
 「変態だあ」
 女どもが口々に勝手に叫ぶ。
 「そうね。警察を呼びましょうね」
 寮母が、俺を睨みつけて、最後通牒を言い渡した。
 「止めてくれえ」
 俺は逃げだそうとしたが、ここは三階。飛び降りるわけにもいかない。入り口には女の垣根。強行突破するには、人数があまりに多すぎた。たとえ強行突破しても、紫色の女物のパンツ一丁で逃げることなどできるわけがなかった。
 俺は、パトカーのサイレンが近づいてくるのを茫然として聞いていた。
 「あああ、俺の人生は終わりだ。両親になんて言い訳したらいいんだろう・・・・」
 まるで天国から地獄へたたき落とされたようだった。

 「と言う訳なんですよ」
 俺の話しを黙って聞いていた、いがぐり頭の温厚そうな刑事は、突然怒り始めた。
 「作り話もいい加減にしろ! 何が女になってしまって、あの寮に行っただ。大人をあんまりからかうと承知せんぞ!!」
 「ホ、ホントなんですよ」
 「いい加減にしろ!」
 刑事は、机を両手でどかんと叩いた。俺は、クシュンとなって座り込む。
 「刑事さん。信じてくれなくてもいいですから、何か着るものないですか?」
 俺は、紫色の女物のパンツの上に、薄い毛布一枚を被せられただけだった。部屋の隅にストーブが焚かれていたけれど、寒くて凍えそうだった。
 「いい罰だ。我慢しろ」
 「そんなあ」
 「しかし、よくこの寒空に裸であそこに忍び込んだものだ」
 「だから、あの時は女で、ちゃんと服を着ていたって・・・・」
 「まだ言うのか!!」
 刑事がドンと机を叩く。誰も俺の言うことを信じてもらえない。そりゃそうだろうな・・・・。
 「正直に言わないと、大学に連絡する。マスコミにもな。こりゃあ、面白い記事になるぞ」
 「こ、困ります」
 「じゃあ、どこからどうやってあの寮に忍び込んだか、動機は何か、正直に話せ」
 「だからあ・・・・」
 泣きたい気分。女だったら、わあわあ泣けるのに、男はそう簡単に泣くこともできない。男なんて不便だ。
 ドアががちゃりと開いた。若い刑事が入ってきて、俺の目の前に座っている刑事に何か耳打ちしている。
 「そうか・・・・」
 俺の方に向き直って、苦々しそうにいった。
 「あの部屋の住人、立野美保が、おまえの着ていた服を全部持ち出して、おまえを部屋の中に置き去りにしたと言ってきたぞ」
 「えっ!?」
 「喧嘩して、お前の服を持ち出して懲らしめたんだとさ。・・・・ったく。正直に言えばいいものを、妙な作り話をして」
 「あ、ああ」
 俺には何がどうなったか、まったく分からない。
 「彼女とできてるんだろう? 人騒がせもいいところだ。あそこは男子禁制なんだから、彼女に誘われても二度と入るんじゃないぞ。もう帰れ!」
 「は、はい」
 訳が分からず、俺は警察署を追い出されることになった。

 刑事たちが出ていくと、かわりに女が入ってきた。その女を見てびっくり。立野美保だった。
 「服を着替えて」
 袋に入った服を手渡してくれた。俺は早速服を着た。
 「どう言うことだ?」
 「わたしにも分からないけど、とにかくここを出ましょう」
 「あ、ああ」
 俺は、立野美保と一緒に警察署を出た。こうしてみると、ずいぶん小さな女だ。俺の肩の高さもない。
 「寮は男子禁制だから、あなたの部屋で話しをしましょう?」
 「あ、そうだな」
 「これ、あなたの部屋の鍵」
 立野美保の部屋に置き忘れてきた鍵の他に、もう一つ鍵が付いていた。スペアキーのようだ。
 俺の前をすたすたと歩く立野美保は、小さいけれどずいぶん大人びて見えた。

 バス停で5分ほど待ってからバスに乗り、俺の住むアパートに近いバス停で降りた。立野美保は黙ったままだ。
 階段を上っていると、大家さんの奥さんが、ふらりと出てきた。
 「こんにちは」
 俺は愛想よく頭を下げた。
 「・・・・こんにちは」
 大家さんは、俺よりも立野美保を見てちょっと不愉快そうな顔をした。女を連れ込んだりしてと言うような顔だ。言い訳してもしょうがないので、俺はそのまま階段を上りドアを開けた。
 「入って」
 「お邪魔します」
 立野美保は他人行儀にそう言ってから部屋の中に入ってきた。
 「紅茶でも入れようか?」
 「いらないわ」
 「ま、そう言うなよ。俺が飲みたいんだ」
 「じゃあ、いただくわ」
 俺は、紅茶を入れる。コーヒーはあんまり好きじゃないからだ。
 「さて、何から話そうか?」
 紅茶の入ったカップを差し出しながら、そう言うと、立野美保は突然俺に土下座した。
 「わたしのせいでごめんなさい」
 「はあ」
 俺は訳が分からず、口をぽかんと開けていた。