第6章 憧れの女子寮へ

 ドンドンドン、ドンドンドン。あれは金城がドアを叩く音だ。俺はベッドから起きあがる。やっぱり女のままだ。
 「迫村! いないのか!!」
 俺は、ドアの鍵を外した。すぐに金城が部屋の中を覗き込んできた。
 「おまえ、何でここにいるんだ?」
 「あ、そのう・・・・」
 「迫村は?」
 「まだ帰ってないよ」
 「まだ帰ってないって、一度もか?」
 「ええ」
 「一体どこへ行ったんだ?」
 「さあ・・・・」
 金城は俺をじっと見つめた。
 「おまえと迫村は一体どういう関係なんだ?」
 「あ、うん。・・・・どういう関係って言われても・・・・」
 金城は不思議そうな顔で俺を見つめる。
 「迫村は、おまえをどこにも行けないように服をどこかに隠してしまったのに、服が手に入ってもおまえはこの部屋で迫村を待っている。俺にはさっぱり分からないよ」
 「・・・・ちょっと、簡単には説明できないわ」
 俺が突然この女になってしまったことを説明しようと思ったが思いとどまった。そんなことを言っても信じては貰えないと思ったからだ。
 「男と女の関係は、そう簡単には割り切れないとは言うけどなあ・・・・」
 金城は呟く。
 「帰ってきたら、これを渡してくれ」
 金城が俺に手渡したのは、講義の内容を書いたノートだった。
 「助かるわ」
 「はあ? おまえがか?」
 「あ、迫村さんが」
 「いつも写さして貰ってるからな。今日はお礼だ。じゃあな」
 金城は出ていこうとする。
 「あのう、金城さん」
 「なんだ?」
 ちょっと俺は期待していた。もう一度、抱いて貰いたかった。女としてのセックスも結構いいからだ。金城はすぐに察したらしい。
 「迫村に抱いて貰え。昨日のことは迫村には内緒だぞ。あれは、その服と食事の礼代わりだ。ギブアンドテイク。これ以上、親友の女を抱くつもりはない。分かったな」
 ばたんとドアを閉めて金城は出ていった。
 「金城。おまえはいいやつだ」
 俺は金城が手渡してくれたノートを見つめながら呟いた。

 俺はノートを書き写し始めた。他にすることがなかった。俺はノートを写しながらふと考える。
 「いつになったら元に戻るんだ?」
 そう考えると、だんだん不安が沸いてきた。今の今まで、元に戻るとか戻らないかとかは考えていなかった。
 もし女になれたらやってみたいこと、それは全部やった。だから、もう元に戻りたくなった。
 「じっと待っていてはダメかな? 俺になったこの女に会わなければ元に戻れないかも?」
 漠然とそんな気がした。
 「明日、探しに行こう」
 俺はボールペンを走らせた。

 夜が明けて、腹ごしらえを終えると、俺は大学へ出かけていった。この女の身元を調べる手っ取り早い方法は、誰かこの女を知っている人物を見つけることだと考えたのだ。正門から入って正面にある芝生の上に陣取って、俺に声をかけてくる人物を待つ。これは良いアイデアだと思った。
 昼飯用のパンを袋に入れて、芝生の上に座ってじっと待つ。誰も声をかけてくるものはいない。
 「良いアイデアだと思ったんだがなあ・・・・」
 そろそろ昼が近づいてきた頃、俺はパンを取り出しながら呟いた。
 「ねえ、君」
 声をかけてきたぞ。俺は、声がした方に笑顔で振り向いた。そこにはにやけた顔をした男が立っていた。
 「ずっとここにいるようだけど、誰か待ってるの?」
 「え、ええ」
 「なかなか来ないようだけど、なんなら俺と付き合わないか?」
 ただのナンパのようだ。
 「もうすぐ来ると思うから」
 俺は無視する態勢をとった。
 「朝から待っても来ないのに、来るのかな?」
 俺の横に座ってちょっと皮肉混じりに男が言う。なかなか元に戻れない焦りもあって、俺はすぐに切れた。
 「来なくても、あなたと付き合うよりはましよ」
 「何だよ。ブスの癖して!」
 立ち上がって俺を睨み付けて吐き出すように言った。
 「あんたみたいな、胴長短足デブには、付き合う女はこの世にはいないわよ!!」
 「なにい!」
 俺はそっぽを向く。男はそれ以上何も言わないで去っていった。

 夕方まで頑張ってみた。けれど、二、三度ナンパはされたものの、この女を知っている人物には声をかけられなかった。
 「この大学には、この女を知っているやつはいないようだ」
 それが俺の出した結論だ。

 その翌日、今度は近くにある短大のキャンパスに出かけた。ここは女子短期大学だから、ナンパされることはなかった。ただ、女の女に対する視線は厳しい。
 「こんなところで、何してるの?」
 「なんて格好してるの?」
 と言うようなあからさまな視線を浴びることになった。それでも我慢して夕方までいたけれど、誰として俺に声をかけてくるものはいなかった。
 「ふうう」
 溜息をつきながら、俺の、迫村浩二のアパートに向かってとぼとぼと歩いていった。歩きながら考える。
 「ホントに元に戻るのだろうか?」
 不安は、入道雲よりも大きくなる。
 「この女と入れ替わったというのは間違いじゃないだろうか? 単に俺が女になっただけでは? それもこの先一生・・・・」
 とんでもない!! 俺は頭を振ってその考えを振り払おうとする。俺が迫村浩二で、突然女になってしまったなんて言っても、誰も信じてはもらえないだろう。精神病院に送られるのが落ちだ。
 「困った。どうすりゃいいんだ」
 泣きべそをかきそうになりながら、俺は力無く歩いていた。

 「美保! 美保じゃないの?」
 後ろから肩を叩かれた。振り返ると、ショートカットのかなり背の高い女が、ちょっと首を傾げて俺を見ていた。背が高いと言ってもそれほどじゃない。俺が、今の俺がかなり背が低いせいだ。
 「美保、どうしたの?」
 俺は曖昧に肩を竦めた。
 「いったい、どこに行ってたの? 連絡もしないで」
 「あ、ちょっと急な用事で・・・・」
 何とも説明のしようがない。それは当然だ。
 「急な用事? なによ、それ?」
 「ちょっと言えないこと・・・・」
 「そう。いいわ。寮に帰るんでしょう?」
 「え、ええ」
 寮? 何の寮だろうか? 俺に声をかけた女は、高校生には見えないが、かといって社会人らしくもない。大学生? ・・・・どこかの大学生で、寮に住んでいるのかも・・・・。そうだ。そうに違いない。俺は、その女の後を追った。

 女は歩き続ける。
 「どこまで行くんだろうか?」
 俺はちょっと不安になるが、この女の、美保と呼ばれた女の身元が分かるかもしれないのだ。我慢して付いていった。
 ようやく付いたのは、医師会病院だった。その正門を抜け、女は裏手へと進む。病院の裏手に3階建てに建物があった。女はその玄関で靴を脱ぎ始めた。建物の柱に、『医師会立看護学校寮』と書いてあった。
 「看護学校に通う学生か・・・・」
 何となく納得した。俺も女に続いて靴を脱いで玄関に上がる。看護学生といえば、ほとんど女ばかり。その寮と言えば、全員が女のはずだ。男子禁制の女子寮。そこに俺は踏み込もうとしている。ワクワクしていた。
 「そうだよ。そうだ。女になって、まだやってなかったことが残っていたんだ」
 俺はきょろきょろと建物の中を見回す。一階には、食堂、娯楽室、会議室、浴室があるようだ。
 女に続いて二階へ上がった。二階が居室になっているようだ。同じようなドアが並んでいた。
 「美保、どこまで付いてくるの? あなたの部屋は三階でしょう?」
 「あ、うん」
 三階のどこだろうか? 聞くわけにもいかず、俺は階段へ戻って三階へ上っていった。三階も二階とまったく同じドアが並んでいた。これでは、この美保という女の部屋がどこだか分からない。
 勘を頼りに右手へ曲がりドアを調べる。部屋番号の下あたりに名前が書いてある。
 「みほって言ったよな」
 三番目のドアに、立野美保という名前が出ていた。
 「鍵はどうなってるんだろう?」
 そう思いながらノブを回すと、ノブはくるりと回った。ドアを少しだけ開けて、頭を中に入れる。俺になった立野美保がいると思ったのに、部屋の中には誰もいない。気が抜けた。しかし、考えても見れば、男子禁制の女子寮に、俺の姿をしたままいられるはずはないのだ。もしいたとしたら、部屋に鍵を掛けて誰も入れないようにしているはずだ。
 俺は部屋の中に入った。
 「ここがホントにこの女の部屋なんだろうか?」
 部屋の中を見回す。ロッカーらしい作りつけのドアが壁にふたつあるのに、ベッドやその他の調度は一人分しかない。元々二人部屋だったものを一人で使っているようだ。
 部屋の隅に置かれた本棚の中に、アルバムらしいものを見つけた。俺はそれを取りだして捲ってみた。
 「この女に間違いない」
 アルバムの中の女の写真と小さなドレッサーに映った俺の顔を見比べて、この女が間違いなく立野美保だと分かった。

 ピンポンパーンとチャイムが鳴った。何事だろうと思っていると、館内放送の声が聞こえてきた。
 「夕食の準備ができました。夕食の準備ができました。皆さん、食堂へどうぞ」
 寮だから夕食が出るんだ。そう言えば腹が減った。俺は、一階の食堂へ降りていった。階段で二人の若い女性、おそらくこの美保と同じ看護学生たちに出会った。食堂へ入ると、既に数名の女性たちがテーブルについて箸を動かしていた。
 「あら? 美保、いつ帰ってきたの?」
 「さっき」
 「そう? 5日も授業をサボって、どこ行ってたの?」
 「あ、うん・・・・」
 「彼氏の所でしょう?」
 「ち、違うわよ」
 「岩崎が、一昨日だったか、あなたが男の人と歩いているところを見かけたって言ってたわよ」
 「一昨日?」
 金城と歩いていたときだろうか?
 「結構格好いい男だったって言ってたわよ」
 「あれがいい男なの?」
 男の目から見て、金城は決して格好いいとは思わない。だけど、女の目にはそう映らないのかもしれない。
 「やっぱり美保だったのね」
 「あ、うん」
 「あんまりサボると、退学になるわよ」
 俺は肩をすくめた。
 「さあさ、早く食べて」
 寮母さんらしい太った割烹着の叔母さんが促す。俺もアルマイトの四角い盆に乗せられた食事を受け取ってテーブルに座った。
 不味い飯だった。半分も食べないで、残ったものを残飯入れに入れて、食器を棚に戻した。
 「もっと食べないと、成長しないわよ」
 そう言う声を後ろに聞きながら、俺は部屋に戻っていった。

 部屋の戻って考える。
 「立野美保はどこへ行ったんだ?」
 立野美保は女のままで、俺だけが立野美保になったとしよう。それならば、立野美保がここにいない理由がない。
 「イヤ、男の所にしけ込んでいる?」
 それも考えられないことはないが、俺がこの立野美保になった時期と、立野美保がこの寮から姿を消した時期が一致しているところをみると、立野美保と俺が入れ替わったと考えた方が良さそうだ。
 つまり、男の俺になってしまった立野美保は、女だらけの看護学生寮にいられなくて、どこかへ逃げ出したに違いない。
 「困ったぞ」
 俺自身の考えとしては、俺になった立野美保と会えば元に戻ると思っている。ここにいないとなると、探しに出なければならないのだが・・・・。どこへ行ったものやら。もしかすると、俺と同じように、俺の知り合いに出会って、今頃は俺のアパートのいるかもしれない。
 俺は一階にある公衆電話から俺の部屋に電話してみた。20回ほどコールが鳴るのを待ったが、誰も出なかった。
 「どこかでうろうろしてるんだろうな。もしかすると、ここに戻ってくるかも」
 俺はこの部屋で待つことにした。
 「誰に電話してたの? 彼氏?」
 「そんなんじゃないよ」
 名前は知らないが、女は首を傾げた。
 「美保、なんか、変」
 「変じゃないよ」
 そう言い残して、俺は部屋へ戻った。ちょっと冷や汗が出た。
 「自分から言い出さなければ、いくら変だと思われても、俺は立野美保に間違いない。誰も疑ったりはしないさ」

 午後8時になった。立野美保からの連絡はない。ここへ連絡すると言うことまで頭が回らないのかもしれない。
 ピンポンパーンと再びチャイムが鳴った。
 「入浴は午後10時までに済ませてください。入浴は午後10時までに済ませてください」
 入浴!?
 「そうか。ここは、部屋にバスルームがない。そう言えば、一階に浴室と書かれた部屋があったっけ」
 俺は、しめしめとほくそ笑んだ。女になったらしたいことの全部がすんでいなかった。女ばかりの浴室を覗くことができる。それも堂々とだ。
 俺は、タンスを開いて下着を取りだした。フリルの付いた可愛らしいパンツと、小さなバラの花の模様の入ったブラジャーだ。ブラジャーは想像通り、みんなAカップだった。
 「パジャマはどこだ?」
 パジャマはなかった。みんなネグリジェだ。ネグリジェと言っても、コットン製のシンプルなものだ。胸の当ててみると、膝下まであった。
 「ま、いいか」
 部屋の隅に置いてある棚の中に洗面器があった。石鹸にシャンプー、シャワーキャップが入っている。
 その上の段にタオルとバスタオルが畳まれて置かれていた。一組取りだして、下着、ネグリジェとともに、洗面器の上に載せて部屋を出た。
 同じような用意をして、洗面器を抱えている女と出会った。
 「美保、一緒に入ろう」
 「え、ええ」
 声を掛けてきた女の子は、すっげえ可愛い子だ。俺の好みだ。この子の裸が見られると思うとどきどきする。俺にペニスがあったら、ギンギンになっていることだろう。

 脱衣籠の中に着替えを置いてから服を脱いで浴室に入った。裸の女、女、女。それもみんな二十歳くらい。輝くばかりのピチピチの女の裸だ。・・・・しかし。
 女の恥じらいなど微塵もない。おっぱいは丸出しだし、下の毛も隠そうともしない。女同士だから当然だろうが、何だか、ひどくがっかりした。
 「美保! ぜんぜん成長してないね」
 隣に座った佐久洋子という女が俺の胸をつついた。何と答えるか? 迷ったがこう答えた。
 「小さい方が感度がいいって言うよ」
 「あんたのは小さすぎ」
 「体に合わせてるの!」
 「ふふ。そうね。美保はちっちゃいからね」
 ホントにそうだ。周りにいる女どもは、みんなもう成熟した女。この美保だけが中学生みたいで取り残されたような気がする。
 「洋子。美保を苛めるんじゃないわよ。女としては、美保の方が先を行ってるんですからね」
 「そうだったわね」
 洋子という女は首を竦めた。
 「洋子。まだ、処女なの?」
 俺は聞いてみた。
 「いい人が現れないのよ」
 「ふうん」
 洋子は黙りこくって、体を洗い始めた。俺も髪の毛を洗う。長いから、めんどくさい。しかし、二度洗って、さらにリンスしてやった。いろんな経験をさせてもらったお礼のつもりだ。

 風呂上がりの俺、立野美保は、結構綺麗に見えた。
 「このままこの女として暮らすことになってもいいかも」
 そんな気になっていた。
 ドライヤーで髪を乾かしてから、俺はテレビのスイッチを入れた。11時までぼんやりと見ていた。立野美保からの連絡はやっぱりない。
 「何やってんだよ」
 ここに戻ってきているなんて、思ってもみないのかもしれない。
 「そうかもな」
 夜が明けたら、俺のアパートに行ってみようと決めて、ベッドの中に潜り込んだ。