第3章 誘惑してみた

 しばらく眠ったあと、あまりの空腹に耐えられなくなって、俺はフラフラと起きあがって、冷凍庫から飯付きカレーを取りだしてレンジでチンした。
 腹が減っているはずなのに、半分しか入らなかった。
 「体が小さい分、胃も小さいようだな」
 スプーンを放り出して、テレビのスイッチを入れた。部屋の外に音が漏れないようにボリュームを絞っておくのを忘れない。日が沈んだあとも、部屋の明かりは点けずに、テレビだけスイッチを入れて置いた。
 テレビの画面だけがちらちらと動く暗い部屋の中で、素っ裸の女が膝を抱えてテレビに見入っている姿は、何ともおかしな光景だと思う。

 午後10時前になって、テレビ番組が一段落したところで、俺はバスルームへ入った。小便するのを見るためではなく、今度はシャワーを浴びるためだ。
 「髪の毛が濡れるなあ」
 シャワーキャップなど持ってない。俺は考える。考えてから、バスルームを出た。キッチンの棚の上を探して、輪ゴムを見つけた。
 女が頭の上に髪の毛をまとめているのをよく見るが、どうしていいのか分からない。手にした輪ゴムで長い髪の毛を束ねてひとつに括っり、タオルを使って髪の毛を頭の上でまとめてみた。
 「これでいいみたいだな。ホント、女ってめんどくさい」
 ぶつぶつ言いながら、シャワーを浴びた。石鹸を体に塗りたくって汗を洗い流す。
 「ホント、小せえなあ」
 この女の小さな手でも隠れてしまうくらい。その小さな乳房を洗い、股間へと手を伸ばす。
 「しっかり洗ってやるからな」
 俺は、石鹸の付いた指で襞の隅から隅まで洗ってやった。
 「中は洗った方がいいんだろうか? ・・・・コンドームを付けたバナナを入れちゃったからなあ。女はどうするんだろう?」
 腕組みして考えた。しかし、考えて分かるものじゃない。
 「やっぱ、洗った方がいいんだろうなあ」
 そう判断して、指の届く限り中まで洗った。腟の中に指を入れて動かすんだけど、性的快感はない。
 「その気でやってるんじゃないからな。当然かもしれないな」
 シャワーで洗い流すとすっきりした。

 体を拭いてバスルームを出てみると、タオルで巻いていたのに、髪の毛はやっぱり濡れていた。
 「めんどくさいなあ。だけど、俺は髪の長い女が好きだしなあ」
 『髪は女の命』なんて言う。俺もそう思う。だけど、その長い髪の毛を維持管理するのはかなり面倒なようだ。
 映画とかテレビで見かける女をまねして、バスタオルを胸の高さで巻いてみた。小さい胸でも、何とか引っかかってバスタオルは落ちないようだ。
 いつもなら、シャワーを浴びたあとにはビールをギュッとやりたくなるのに、今日はどうもそんな気にならない。女になったせいだろうか? それとも気分だけのせいだろうか? よくわからない。ポカリスエットをコップに一杯入れてちびりちびりと飲みながら、ニュースステーションをぼんやりと眺めていた。

 午後11時を過ぎた頃から、急に眠たくなってきた。俺は夜更かしの宵っ張り。こんな時間に眠くなったことなどないのに、女の体が休息を要求しているようだ。テレビなんて見てないで、もう一度オナニーすればよかったなと思ったときには、俺は深い眠りについていた。

 夢も見ないで眠っていた。イヤ、目覚めたとき、女になって一日を過ごしたことが夢だと思った。しかし、長い髪の毛、小さな膨らみを発見して、女になったのが夢ではないことを確認した。勿論股間も触ってみた。
 「いったい、いつになったら、元に戻るんだろうか?」
 ちょっと心配になったが、それよりも今のうちに男とやってみたいと思った。
 「相手は、とりあえず金城だな。この部屋で待っていれば、あいつがそのうちやってくる。上手い口実を付けて迫ってみよう。あいつも俺と一緒で女が好きだから、断るなんてことはしないだろう。さてと、まだ時間が早いから、飯でも食うか」
 俺はベッドから起きあがったけれど、相変わらず素っ裸のままだ。
 「金城が来たとき、この姿じゃ、拙いいかな? 女の子としては少しは恥じらいというものがないとな」
 俺は、昨日買ってきたパンツを袋から取りだした。Sサイズの小さなコットン製のパンツ。
 「こんな小さなもんが入るんだろうか?」
 入った。
 「へえ、いいはき心地じゃないか」
 実際、裸でいるときよりもいい感じだった。
 「上は買ってこなかったからなあ・・・・」
 昨日着ていた小さめのTシャツをもう一度着て、バスルームのドアを開けて鏡に映してみた。
 「ま、何とか形にはなっているな」
 俺はにっこり笑って、朝飯の準備にかかった。準備と言ってもそんなにすることはない。食パンをオーブンレンジに一枚放り込んでおいてから、コーヒーを入れる。コーヒーは当然インスタントだ。学生に毎朝本物のコーヒーを楽しむゆとりなどない。
 コーヒーを半分ほど飲んだ頃、食パンが焼き上がった。マーガリンを付けて噛る。俺の朝食は大抵これだ。一枚全部食べたら、むかつきを覚えるくらい腹がいっぱいになった。
 「これくらいで腹がいっぱいになるなんて。もっと食べろよ。だからガリガリなんだ」

 「迫村! いるか?」
 いつものようにドアが叩かれて金城がやってきた。俺は、玄関へ走っていって鍵を開けた。
 玄関に入ってきた金城は、俺の姿を見て、かなり驚いた様子だった。
 「おまえ、まだ、いたのか?」
 パンツ一丁にTシャツ姿の俺をじろじろと見た。
 「あ、うん」
 俺は小さく返事をする。
 「迫村は?」
 「さあ?」
 「さあって、おまえを置いて、どこへ行ったんだ?」
 俺は肩を竦める。
 「すぐに帰って来るんだろうな?」
 俺はもう一度肩を竦めた。
 「ちっ! 今日の講義には出ておかないといけないのは知ってるだろうに・・・・」
 そうだった。今日の講義は代返がきかないんだった。しかし、この姿じゃあ、出席するわけにもいかない。今日は欠席になるが仕方がない。もう2,3回は欠席しても大丈夫なはずだ。
 「先に行ってるって言って置いてくれ」
 金城はドアを出て行こうとする。
 「ちょっと待ったら? すぐに帰ってくると思うから」
 俺は何とか金城を引き留めようとした。目的は、何度も言うように金城とのセックスだ。
 「女だけの部屋に一緒にいられないよ」
 「昨日だっていたじゃないの?」
 「昨日は、迫村がすぐに帰ってくると思ったからさ」
 「今日はすぐに帰ってくるわ」
 「でもさあ。迫村に疑われたら困る」
 「えっ? 何を?」
 「おまえと・・・・変なことしなかったかって、疑うってことさ」
 「そんなこと疑わないでしょう?」
 「そうかな? 瓜田に靴を直さず、李下に冠を正さず。俺は、疑われるようなことはしたくない」
 「あなたを疑ったりしないでしょう?」
 俺はなおも食い下がった。
 「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、俺としては、迫村との友情を女のことなんかで壊したくないんだ。じゃあ、先に行くからな。迫村にサボるなって言っててくれよ」
 返事をするまもなく、金城はドアを開けて階段をかけ下っていった。金城は、女がいたら口説かないとすまないと言う男なのに、俺のことを気にして俺の誘いに乗ってこなかった。
 「金城、お前は俺の親友だ。・・・・友情は有り難いんだけどなあ。今日は、そんなこと忘れて欲しかったなあ」
 仕方なくドアを閉めた。
 「今日一日、どうしよう」
 ベッドの上にばったりと横になった。

 この女の身元を探しに行こうかなとも思ったけれど、変な格好で出かけなければいけないと思うと何となく億劫になって、結局一日中部屋の中でテレビを見たり、プレステをして過ごした。
 午前中、一回だけオナニーした。何度やっても気持ちがいい。だけどその一回だけにした。何度もやると、夕方金城が来たときにその気にならないと思ったからだ。
 「今度は引き留めて見せるぞ。早く来い、金城」
 俺は、午後4時頃から手薬練を引いて金城を待っていた。

 午後4時半前、金城がやってきた。
 「何だ。また、いないのか?」
 不審そうな表情を露わにして俺の顔を見た。
 「ええ」
 「いったいどこへ行ったんだ?」
 俺は肩をすくめる。何とも言いようがないからだ。
 「ところで、おまえ、ずっとここにいるのか?」
 「服がないから、どこへも行けないのよ」
 「服がない?」
 金城は驚いた表情を見せた。
 「迫村さん、わたしが帰らないように、服も靴も持って行ってしまったの」
 そう言ったあとで、そんなことするかよと思ったけれど、もう手遅れだ。しかし、言い訳としては、いいかもしれない。
 「なんで、また?」
 「ずっとここにいて欲しいんでしょう?」
 「へえ。よっぽど気に入ったみたいだな」
 「・・・・そうみたいね」
 「迫村の服だったら、あるんじゃないのか?」
 「でも、サイズが合わないし・・・・」
 「そうだな。おまえの体格じゃあ、合う服はないだろうな」
 俺の体をじっと見た。
 「迫村は優しいか?」
 唐突な質問にちょっとどぎまぎする。
 「え、ええ。でも、服持っていくなんて、いやよ」
 「そうだろうな」
 俺はせいぜい困ったような表情を作っている。金城は、女が困った様子を見るとすぐに助けを出す。さりげない俺の誘いに気がつくだろうか?
 「金は持ってるのか?」
 金城が言った言葉の意味が分からず、俺はぽかんとする。
 「持ってないんだったら、俺が服を買ってきてやろうか?」
 そう言うことか。乗ってきたな。俺は心の中でほくそ笑んだ。
 「いいんですか?」
 「安物でよかったらな」
 「何でもいいです」
 「じゃあ、ちょっと待ってろ。角のユニクロで買ってきてやる。サイズはSでいいな」
 「はい。お願いします」
 金城はいそいそと出ていった。上手くいきそうだ。

 30分ほどして、金城は大きな袋を抱えて戻ってきた。部屋の中をきょろきょろと見回す。
 「まだ、帰ってこないのか?」
 帰ってきては困るくせにと俺は心の中で思う。
 「まだよ」
 「そうか。これ、気に入るといいけど」
 ちょっと嬉しそうな顔をして、手にした袋を俺に手渡してきた。袋を開いてみると、デニムのショートスカートにオレンジ色のフライスタートルTシャツ、同色のフリースのカーデガンが入っていた。その三つを取り出してみると、袋の底に、Sサイズのスニーカーが入っていた。
 「趣味がいいのね」
 ほんとはそうは思わなかったんだけど、そう言うのがいいだろうと思って口にした。
 「まあね。早く着ろよ」
 「あなたの前で服を着るの、いやだな」
 「あ、そうか。じゃあ、外に出ている。着終わったら、言ってくれ」
 金城は、外に出てドアを閉めた。
 「このTシャツはどうするかな?」
 着ているTシャツは、いつもは下着の代用としているものだが、今の俺にはちょっと大きい。しかし、下着代わりに着たままにしておくことにした。
 タートルのTシャツを着てからスカートをはいた。スカートなんて初めてはいたけど、膝から下がすうすうして心もとない。ジーンズでも買ってきてくれりゃよかったのにと思ったけれど、手遅れだ。カーデガンを着て、バスルームの鏡を覗いてみた。
 Sサイズだけど、それでも少し大きい。だぶついた感じ。だけど、俺の服を着たときよりはましだ。
 「着たわよ」
 ドアを叩いて言うと、金城がすぐに入ってきた。
 「迫村。帰ってこねえな」
 俺を見ずにそう言う。
 「いいわよ。放っておけば」
 「そうだな」
 俺は、スニーカーを履く。金城が、俺を上から見ていた。スカートから下着が見えたようだ。だけど、さっきまで下着姿だたんだから、構わないと思っていた。しかし、金城の股間がテント状になったところを見ると、下着姿そのものより、ちらりと見えたほうがそそられるのかもしれないと思った。
 「俺だってそうかもしれないな」
 そう思いながら、立ち上がった。
 「わたし、帰るわ」
 「そうか。じゃあ、送っていくよ」
 「悪いわね」
 精一杯の笑顔を金城へ向けた。
 「いいさ。どうせ、暇だから」
 口元がほころぶ金城。送りオオカミに期待している俺。さあ、俺の期待通りに金城は動いてくれるだろうか?