「そう言うことなの」
立野美保は申し訳なさそうに上目遣いに俺を見た。
「君が俺になりたいなんて思ったから、こんなことになっちまったんだな」
「ごめんなさい。・・・・迫村さんは、女になりたいなんて思わなかったんでしょう?」
「あったり前だろう。誰が好き好んで女になんかになるかよ」
俺は胸を張って答えた。
「そうでしょうね」
「ま、いい経験させて貰ったとは思ってるけどね」
「女になりたくてもなれない人たちがいっぱいいるからね」
「そういうことだな」
「・・・・あのう」
立野美保が言いにくそうに口を開いた。
「何だ?」
「わたしの・・・・裸、見たんでしょう?」
「見たよ」
俺はあっけらかんとそう答えた。嘘付いてもすぐにばれるからだ。立野美保は顔を真っ赤にした。処女じゃないのに、結構純情なんだなと俺は思う。
「だってさあ、あの時は俺の体だったんだから、鏡を見たら、見えちまうもんな」
「そうよね。・・・・見ただけよね」
「あ、うん」
俺はちょっと戸惑いの表情を浮かべた。立野美保はそれを見逃さなかった。
「なんか、変なことしたんじゃないの?」
「あ、まあ、ちょっとな」
「何をしたのよ!」
目を三角にして、立野美保が俺に詰め寄ってきた。
「何をしたって、ちょっと触ってみただけだよ」
「触ったって、どこを?」
「そのう・・・・。おっぱいをな」
「どんな風に触ったのよ」
「・・・・乳首をつまんだり、おっぱいを揉んだりしてみた」
「ん、もう・・・・」
「だってさあ。女のおっぱいがどれくらい感じるか知りたかったんだよ。分かるだろう?」
「エッチ!!」
「そんなこと言われたってさあ。
「触ったのは、おっぱいだけなの?」
「・・・・あ、いや」
「あん。まさか、あそこも触ったなんて」
言い訳、言い訳と俺の脳みそはいつになく回転する。
「小便に行ったら、女は拭くだろう? 触らないわけにはいかないよ」
「・・・・そうね。拭くときに触っただけ?」
「あ、まあ。そうだ」
ちょっとだけ声を落としてそう答えた。
「それだけじゃないのね!」
そのちょっとだけを見破られてしまった。
「分かった。分かった。白状するよ。女の持ち物を見たことも触ったこともある。それは否定しない。だけど、自分の持ち物になったときの感じなんて分からないだろう? だから、触ってみたんだよ」
「クリちゃんを触ったのね!」
「あ、ああ」
「ただ触っただけなの?」
「ま、いわゆる・・・・、なんていうか・・・・」
「オナニーしたのね」
「・・・・そう」
俺は少し小さくなってそう答えた。
「なんて人なの! 人の体なのに」
「待てよ。あの時、俺は俺自身が女の体になったって思っていて、君と入れ替わったなんて思ってもみなかったんだ。それは君も同じだろう?」
「え、ええ」
「だから、俺は女として楽しんだだけで、まさか他人の体だなんて思っていなかったから・・・・。君を辱めるつもりなんてなかったんだよ」
「・・・・そうか。そうよね」
「分かってくれた?」
「分かったわ。で、クリちゃんを触っただけなのね」
立野美保は俺を睨み付けていった。俺はどうもこの手の女に弱い。
「あの、ちょっとさあ、膣の中に・・・・、あるものを入れてみた」
「あるものって? 何を入れたのよ」
「バナナ」
「バナナ!?」
「そう」
「ああ、やんなっちゃう。そのまま入れたりしなかったわよね」
「ああ。コンドームを被せて入れた。だから、傷ついたりはしていないはずだよ。痛くなかったから」
「もう・・・・」
「君の腟って、凄く締まるんだね。バナナが潰れてしまったよ」
「なによ、それ。わたしのこと、誉めてんのかもしれないけど、そんな恥ずかしいこと、よく言えるわね」
「ごめん。だけど、何度も言うけど、俺の体だと思っていたからね。俺の体だから、何をしてもいいわけだろう?」
立野美保は溜息をついた。気持ちは分かるけどなあ・・・・。
「君は、俺の体には何もしなかったのか?」
「そんなこと、思いつきもしなかったわ!!」
ぷうと膨れて、俺を睨む。女が突然男になったときには、そんなことは考えないのかもしれない。ま、女になったときにあんなことをした俺の方が特別なのかもしれないな。
「それだけなのね。それ以上のことはやってないわよね」
金城と寝たなんてことは、口が裂けても言えるわけもなかった。
「やってないよ。それだけだ」
強く否定してみた。
「ホントね!」
「ホントさ!」
あんまり信用していないようだが、俺のそれまでとはうって変わった強い口調になんとか納得したようだ。
「まあ、いいわ。じゃあ、さよなら」
「ああ、すまなかったな」
「いいわよ。わたしが変なこと願ったから、いけないのよね」
そう言い残して、立野美保は立ち去っていった。こんな場合、二人は仲良くなって、一件落着ってことになるのが、普通よく見るパターンだけどなと思って、ちょっとガッカリしていた。
何事もなく日々が過ぎていった。履修届を出している半分くらいに出席し、残りの半分は代返ですませる。金城と時々ナンパに出かける。ナンパして付いてくる女は結構いるけれど、最後まで行く女には巡り会わない。当然ことながら、付き合おうという女もできなかった。
金城から、あの彼女はどうしたと聞かれたけれど、短い春だったとだけ答え、金城はそれで納得した。金城も結構短いサイクルで女を変えるからだ。
あの不可解な入れ替わり事件から、一月あまりがたったある日、久しぶりに講義に出て、疲れてアパートに帰ると、ドアの前に女が立っていた。
「お帰り」
「あ、ああ、君は・・・・」
「わたしのこと、忘れてないわね」
「忘れやしないさ」
チェックのシャツに、オーバーオールのジーンズを穿いた立野美保。髪の毛が長くなかったら少年のように見えた。
「何か用か?」
「ちょっとね」
「なんだよ」
「ここでは・・・・。中に入れてくれる?」
「いいけど・・・・」
俺は辺りを見回す。
「別に部屋の中でなくてもいいんだけど、他人に聞かれたくない話しがあるの。すぐにすむわ」
「あ、そう。じゃあ、どうぞ」
俺は部屋の鍵を開けて中へ入り、鞄を床の上に放り出してベッドの上に座った。立野美保は俺の後ろについて入ってきたが、入り口で一瞬戸惑ったように立ち止まった。
「どうぞ」
「どうぞって、この前は綺麗にしていたけど、ずいぶん散らかしているのね」
「ああ、あの時は、君になってただろう? 女の住む部屋は綺麗にしなけりゃなんて思って片づけをしたんだ」
「なるほどね。ふうん、これがあなたのありのままの部屋かあ」
ちょっとガッカリしたように部屋の中を見回した。
「で、何の用事?」
俺が尋ねると、急に険しい顔つきに変わった。
「先月、迫村さんがわたしと入れ替わったとき、オナニーしたって言ったわね」
「あ、ああ」
「それ以上のことはしなかったって言ったけど、ホントなの?」
「ほ、ホントさ」
俺は立野美保から目をそらした。
「生理がないの」
「はあ?」
「分からないの? 生理がないのよ」
「それって・・・・」
「わたし、避妊はきちんとやってるの。相手はみんな大人だからね。妊娠しちゃ困るから、きっちりコンドームして貰ってるわ。もし妊娠してるとすれば、迫村さんがわたしと入れ替わっているときしか考えられないの。どうなの?」
「や、やってないよ」
「嘘でしょう? 入れ替わっているとき、わたしになったあなたが誰か男の人と歩いているのを寮の人が見てるのよ。茶髪だって言ってたわ。あなたは髪を染めていないから違うわよね。いったい誰なの? さあ、白状したら、どう?」
立野美保が俺に詰め寄る。俺よりずいぶんちっちゃな彼女だが、妊娠という切羽詰った状態だからか、鬼気迫るものがあった。俺としては当然のとこならが、後ろめたさがあるからたじたじとなる。
「わかった、わかった。白状するよ」
「いったい、誰と寝たの?」
「金城と寝たんだ」
「金城さんって、あの金城さんと?」
「そうだよ」
「なんで? 大した男じゃないみたいなのに」
「他に適当な男がいなかったからさ」
「男なら誰でもよかったの?」
「ま、取り敢えず、金城とは気心が知れてるからな」
「何回したのよ?」
「えっとねえ。確か、5回だったかな」
立野美保は目を丸くした。
「5回も? 一晩で?」
「そう。口の中に射精した分を入れると合計6回だな」
「口の中にって、あなた、フェラしたの?」
「あ、ああ」
俺はますます小さくなる。
「いくら女になったからって、よくもまあ、フェラチオをやる気になるわねえ」
「金城にやれって言われて、やむなく・・・・」
当然嘘を付いた。確かに、言われてみれば尋常の精神状態ではフェラチオなどやれない。
「しかも6回だなんて!! 信じらんない・・・・」
「やつは強いからな」
「コンドームしなかったのね」
考えなくたってわかる。しかし、俺は天井を見ながら考える振りをする。
「・・・・しなかったな」
「・・・・責任取ってよ」
「責任って?」
「結婚してくれる?」
「結婚!?」
「そう」
「ま、待てよ。寝たのは金城だよ。君と金城が結婚するって言うのなら分かるけど・・・・」
「あ、そうか。そうよね」
「堕ろせないのか?」
「あなたのこどもなら産んでもよかったんだけど・・・・」
立野美保が俺のことを見た。さっきまでの険しい顔が嘘のように消えて、頬をぽっと赤らめていた。
「へえ、俺のことが好きなんだ」
俺は、口には出さずにそう呟いた。
「金城のこどもだったら、イヤなんだな」
「・・・・ええ」
「堕ろすって、お金がいるだろう?」
「いるわよ」
「おれ、そんなに、金、持ってないぜ」
立野美保はちょっと考える。
「・・・・金城さんに出して貰おうか?」
「・・・・そうだな。やつは結構ため込んでるし、金城が妊娠させたわけだからな」
「そうしよう。金城さんの所へ連れてって」
「分かった。でも、アパートの前までだよ」
「どうして?」
「俺は、君と金城が関係を持ったってことは知らないことになってるんだ。服がなかった君に、金城が親切に服を買ってきてくれて、夕飯を奢ってくれたから、お礼代わりに寝たってことになってる」
「お礼代わりねえ。・・・・そう。じゃあ、アパートの前まででいいわ」
俺は、立野美保を金城のアパートまで送っていって、階段を2,3段下りたところで聞き耳を立てながら待っていた。
「こんにちは。わたしのこと、覚えてる?」
「あ、覚えているともさ。お久しぶり」
戸惑い気味の金城の返事があった。
「ちょっと、いいかしら?」
猫撫で声で立野美保が言う。
「あ、いいよ。上がって」
「お邪魔します」
「コーヒーでも飲む?」
「いただくわ」
金城がコーヒーを入れている気配がしていた。
「迫村とは別れたって聞いているけど、ホントなのか?」
「ええ」
「ふうん。で、今日は俺に何の用だ?」
金城の声は、ちょっと期待をしたように弾んでいた。
「生理がないの?」
こりゃまた、単刀直入な言い方だなと、俺はあきれていた。
「生理がないって、・・・・できたのか?」
金城は他人事のような喋り方だ。
「そうみたい」
「まさか俺のこどもだなんて言うんじゃないだろうな」
「その通りよ」
「や、止めてくれよなあ。おまえは迫村とも付き合ってたんだろう? 迫村じゃないのか?」
「迫村さんとは、そんな関係はないの」
「は? う、嘘だろう?」
金城の動揺が痛いほど伝わってくる。
「ホントよ」
「じゃあ、どうして、迫村の部屋に裸同然でいたんだよ」
「ちょっといろいろあってね。でも、誓って言うけど、迫村さんとは寝ていない」
「迫村とじゃなかったら、他の男じゃないのか?」
金城は逃げに入る。
「わたしね。いつも避妊しているの。避妊しなかったのは、あなたとしたときだけなの」
「おい、おい。止めてくれよな」
「責任、取って」
体に似合わない強い口調。さすがの金城も気押されているようだ。
「ホントに俺のこどもなのか?」
「あなた以外にはないの」
「ほんとに、ほんとかよ?」
「DNA鑑定する?」
「参ったな・・・・」
声が意気消沈していた。
「ねえ、責任、取ってるくれるんでしょう?」
「おまえが誘ったんだぜ」
「でも合意の上でしょう? わたしが金城さんを強姦したとでも言いたいの?」
「分かったよ。責任取るって、どうしたら?」
「結婚・・・・なんて無理よね」
「あ、当たり前だろう?」
金城の顔に脂汗が浮かんでいるのを想像して俺は思わず小さく笑った。
「じゃあ、堕ろす費用を出してちょうだい」
「・・・・いくらだよ」
「この前先輩がおろしたとき、確か10万かかったって、言ってたわ」
「10万! そんな金はないよ」
「ホントに?」
「・・・・8万くらいなら、あるけど・・・・」
「8万ねえ。それでいいわ。わたしにも少しは責任があるから、それで何とかするわ」
「仕方ねえな」
ゴソゴソと金を出す気配がした。
「高く付いちゃったな」
「6回分だから、安いものよ」
「6回もしたか?」
「口で受けてあげた分も含めるとね」
「・・・・そうか。6回もしたのか・・・・」
「口でしてあげた分はサービスとして、一回1万6千円なのよ。安いものよ」
「そりゃそうだけど・・・・」
「じゃあ、失礼するわ」
「あのさ」
「なに?」
「堕ろすのに、男の承諾書かなんかがいらなかったか?」
「ああ、いると思うけど」
「どうするんだ? そこまで面倒見切れねえよ」
「迫村さんに行って貰うわ」
「迫村に?」
「そう。わたしを裸にして放り出した罰にね。それと、お金が足りない分を出して貰うわ」
「あ、そう。そうしてくれ。じゃあ、今後はもう来るなよ」
「もう二度と来ないわよ」
ドアが開いて立野美保が出てきた。ぺろりと舌を出した。一緒に金城のアパートを離れた。
角を曲がって金城が追いかけてきていないことを確かめてから歩調を緩めた。
「うまいもんだ」
「男との騙し合いには慣れてるからね」
「参るね」
「さあ、行きましょう?」
「どこへ?」
「産婦人科に決まってるでしょう? 堕ろしに行くのよ」
「お、俺もか?」
「聞いてなかったの? 相手の男性の承諾が要るのよ。来て貰わないと困るの。それに、お金が足りなかったら、出してもらわなきゃいけないんだから」
「行きたくないよ」
「あなたがわたしを妊娠させたのよ」
「お、おい!」
大きな声を出すものだから、通りすがりの人たちが俺たちを変な目で見た。
「誤解されるようなことを言うなよ」
「だって、ホントのことだもん」
俺は反論できずに、さっさと歩いていく立野美保の後を追いかけた。
産婦人科の看板が近づいてきた。
「なあ、俺も行かなきゃ駄目なのか? サインだけするとかさあ・・・・」
「わたしの体を弄んだ罰よ。付いてきて」
そう言われれば、言い訳のしようがない。産婦人科の門をくぐるなんて、もっと先のことだと思っていた。結婚してこどもが産まれ、そのこどもを見舞いに行くときだ。
「はあ・・・・」
溜息をつきながら、立野美保のあとに続こうとすると、立野美保が突然立ち止まった。
「どうしたんだよ」
「帰ろう」
立野美保は産婦人科に入るのを止めて踵を返した。
「いったい、どうしたんだよ。堕ろさないで産むのか?」
「もういいの」
俺は訳が分からず、立野美保の後を追った。立野美保は、近くにあったスーパーに飛び込んでいった。
「ちょっと待ってて」
じっと見ていると、立野美保は何か小さな袋を買って、トイレに行ったようだ。何を買ったのか確かめてみると、どうも生理用品を買ったようだ。
しばらく待っていると、トイレから出てきた。
「もしかして、始まったのか?」
「ええ」
「妊娠じゃなかったのか」
「・・・・そのようね」
「金城に金を返さないと」
「返さないわよ」
「どうしてだよ」
「わたしと6回セックスしたのよ。8万じゃ安いわ」
「それもそうか・・・・」
服も買ってくれたし、食事も奢ってくれた。8万じゃないなと俺は思っていた。
「これで、夏服でも買うわ」
「ま、いいか」
「金城さんには、堕ろしたことにして、黙っててね」
「分かったよ」
「ねえ、迫村さん?」
立野美保が突然立ち止まって振り向いた。
「なんだ?」
「わたしとしたくない?」
今日初めての笑顔を見せた。
「君とか?」
「うん」
「生理中だろう?」
「わたし、生理中の方が燃えるの」
「俺はお断りだね。血だらけになるなんて、ゾッとしねえ」
「じゃあ、生理が終わったら、どう?」
「俺のどこがいいんだよ」
「全部。あなたはわたしの理想のタイプなの」
「君は俺の理想のタイプじゃない」
あんまり近寄ってはいけないような勘が働いていた。
「幼すぎる?」
「ま、そうだな」
「これでももうすぐ二十歳なのよ」
「な、なに? もうすぐ二十歳?」
「そうよ」
「じゃあ、俺より年上か?」
「あら? 迫村さんは、いくつなの?」
「19になったばかりだ」
「19!? へえ、22,3かと思ってた」
「そんなに歳に見えるのか?」
「見えるわよ」
「ひでえなあ」
「へえ、年下なの・・・・」
立野美保は俺をまじまじと見る。俺も少年のような立野美保をじっと見つめた。俺は髪が長い女が好きだ。立野美保の顔もよくよく見れば、結構可愛い。ちょっと小さいことを除けば、まあ、悪いことはない。一週間、立野美保として暮らしたから、愛着がないことはない。そんな風に考えていたら、近寄ってはいけないなんて言う勘はどこかへ吹っ飛んでいた。
「付き合いたいって言うんなら、付き合ってもいいけど・・・・」
「もっと真剣じゃないといやよ」
「真剣って?」
「将来は結婚するんだって意気込みが欲しい」
「最初から結婚なんて考えて付き合うかよ」
「そうじゃなくって、そう言う気持ちで付き合って欲しいってことよ」
「ま、そうだな・・・・」
「いいのね」
「分かった。付き合ってやるよ」
「わあ、嬉しい」
立野美保が俺に抱きつくものだから、周りのみんなが呆れたような顔をして見ていた。