第10章 やっと見つけ出した

 大学通りを歩いていくと、大学の門の前に出た。
 「あれ? こっちが正門か・・・・」
 前日いた場所は、正門じゃなかったようだ。わたしは、正門のすぐそばにある芝生の上に腰を下ろした。今日は胡座を組んだ。
 誰も声をかけてくれない。
 「ホントにここの学生だろうか? それともつき合いのひどく悪い男なのだろうか?」
 わたしは、項垂れていた。
 「おい、迫村。彼女はどうした?」
 午前10時ごろのことだった。そんな声に振り返ると、先日わたしを突き飛ばした金城とか言う男の顔が目の前にあった。
 「さ、さあ・・・・」
 「おまえ、冷たいやっちゃなあ。ずっとおまえの部屋で待ってるぞ」
 「ぼ、ぼくの部屋で?」
 金城さんは首を傾げた。
 「おまえ、病気か?」
 「え・・・・」
 「おまえが、ぼくなんて言うのを初めて聞いたぞ」
 「そ、そうか?」
 「ま、いいや。彼女、どこから拾ってきたんだ? 結構可愛いじゃないか」
 可愛いと言われて、嬉しくなった。
 「喫茶店で、たまたま」
 「喫茶店? 俺と飲んだあと、おまえ寝てたんじゃないか? あれから、サ店に行ったのか?」
 「あ、うん」
 話しを合わせるのが大変そう・・・・。
 「酔い覚ましにね」
 「酔い覚まし? いつもあのまま寝てしまうやつが・・・・。しかし、どうして彼女の服を持っていったりしたんだ?」
 その言葉を聞いて彼の自分の置かれた状況が完全に理解できた。持っていったんじゃなくって、元々ないんだよね。そんなことは言えないから、何とか言い訳を考える。
 「ちょっと引き留めておきたくってさあ」
 「そんなにいいのか?」
 何がいいのかと聞きかけて、その言葉を飲み込んだ。男が女の子とがいいの悪いのと言うのは、セックスに決まっている。さて何と答えたものやら・・・・。
 「ま、言わないでも分かるだろう?」
 「そうか、そうか」
 この男を迫村という男の部屋に案内させるのはどうしたらいいんだろうか? 下らない会話をしながら、わたしは考えていた。
 「彼女、へそを曲げてると思うんだ。で、おまえに仲裁を頼みたいんだけど、いいかなあ?」
 これは最高のアイデアだと思った。
 「へそを曲げてる? そうだろうな。裸でどこへも行けなくするなんて、誰でも怒るさな」
 ギョッとなった。まさか、わたしの裸を見た訳じゃあ・・・・。
 「彼女の裸を見たのか?」
 「あ、いや。肩のあたりだけな」
 わたしはホッとした。
 「行ってくれる?」
 「いいよ。2限目が休校になったから、行ってやるよ」
 「助かるよ」
 「おまえ、気持ち悪いな。俺の肛門を狙ってるんじゃないだろうな」
 「ば、馬鹿言うなよ」
 「ははは。冗談、冗談。さあ、行こうぜ。彼女のアパートはどこだ?」
 あ、そうか。そう言うことになるんだ。わたしはちょっと考えてから、迫村という、わたしと入れ替わった男のアパートに行くアイデアを口にした。
 「あ、いや。ちょっとうちに帰って着替えていこうと思うんだけど。この格好じゃあ、まずいだろう?」
 「そうか。じゃあ、おまえのアパートに行くか」

 この男の人、迫村のアパートがどこだか分からないから、わたしは金城さんの後ろを歩いていた。
 「髪が長いって言うのはいいね」
 「あ、そうだな」
 ショットカットだと、それこそこどもに見られるから長くしてる。男の人って、長い髪の毛の女がいいんだろうかな?
 「ちょっと胸が小さいのが欠点だな」
 やっぱり見たのだろうか?
 「小さいってどうして分かるんだ?」
 「あ、いや、服を着たとき、ぜんぜん膨らんでいなかったからな」
 「そうか・・・・。まあ、小さくても感度がよければいいさ」
 これはいつものわたしの言い訳。
 「それもそうだな」
 金城さんは、角を曲がって二階建てのアパートへ向かっていた。
 「ここだろうか?」
 階段を上り、205号室の前に立つと、わたしに向かって手を指し出した。わたしは訳が分からず、ボッとして立っていた。
 「迫村、鍵くれよ。鍵がないと開かないだろう?」
 鍵? 鍵なんて持ってない。言い訳は・・・・。
 「鍵は彼女に預けてあるんだ」
 「はあ・・・・。へえ、そんな仲なのか。茶店であったなんて言うのは嘘なんだな」
 嘘はあっという間にほころびる。
 「あ、まあ」
 「いつの間に彼女と知り合ったんだ?」
 「・・・・言わせないでくれよ」
 「ふん。俺にも内緒かよ。他人行儀なやっちゃ」
 何とも言いようがない。
 「彼女、来てないかな?」
 「また来てるのか?」
 来てると言うか、中で待っているというか・・・・。いると思うんだけどなあ。そう思いながら、『また』という言葉にちょっと引っかかりを覚えていた。
 「・・・・来てると思うけど」
 「そうか」
 金城さんは呼び鈴を押した。ピンポン、ピンポン、ピンポンと何度も鳴らす。
 「いないみたいだな」
 わたしも呼び鈴を押してみた。やっぱり返事がない。
 「スペアはないのか?」
 「ないよ」
 「じゃあ、大家さんに行って借りて来なきゃな」
 「大家さんに?」
 「他にどこに行くんだよ。早く借りて来いよ」
 「・・・・大家さんて・・・・」
 「おまえ、やっぱおかしいぞ。病院へ行ったらどうだ?」
 「保険証は中だよ」
 「あっ、大家さんだ。おい、早く言って借りてこい」
 金さん城が見た方を見ると、中年の小母さんが、箒を抱えて歩いていた。
 「おい、おい。早く言って頼まないと、中に入れないぞ」
 「あ、うん」
 わたしは階段を下りながら、言い訳を考えた。
 「なんて言おう・・・・」
 階段を下りると、わたしは大家さんの小母さんにぺこりと頭を下げた。
 「すみません。部屋の鍵をどこかへやってしまったみたいで・・・・」
 「なくしたの?」
 「鞄を友達に預けてあるから、あの中だと思うんですけど・・・・」
 「今、入りたいのね」
 「は、はい」
 ちょっとふくれたような顔になって、大家の小母さんは裏の家に向かって引き返し始めた。わたしは小母さんに付いていった。
 家の前でしばらく待たされた。
 「鍵が見つかったら、すぐに返すのよ」
 「はい。ありがとうございました」
 わたしはぺこりと頭を下げた。

 階段を上ると、金城さんはわたしの手から鍵を奪うようにして取り上げてドアを開いた。
 「やっぱ、いねえな」
 そう言って、そのままテレビの前に行くと、プレステ2をセットしてコントローラーを操作し始めた。
 「俺の肛門を狙ってんじゃないかなんて言ったけど、ホントにこの二人、ホモなんじゃないかしら?」
 わたしは、金城さんの後ろ姿を見ながらそう思った。
 「それにしても、きちんと片づいた部屋だなあ」
 わたしは驚きながら、部屋の中を見回した。
 「男の人の部屋って、汚いイメージしかないんだけどな」
 最近つき合った男は妻子持ちばかりだから部屋の中を覗いたことはないけれど、高校時代付き合った男の部屋はいつも汚かった。雑誌類が散乱し、食べ物の袋やビールやジュースの缶がテーブルの上や家具の上に放置されていた。
 「きちんとした人みたい・・・・。やっぱり第一印象通りの人みたい」
 わたしは安心する。
 「どこ行ったのかしら?」
 トイレとバスルームを覗いてみた。
 「こんな所にいる訳ないか・・・・」
 金城さんは相変わらず、コントローラーを手にして戦っていた。わたしはベッドの上に寝転がった。

 いつの間にか眠り込んでいたみたいだ。金城さんの姿はなかった。わたしになっているはずの迫村さんも帰っていない。
 時計は午後4時を指していた。腹がクウと鳴った。
 「どうしようかな?」
 外に食事に行くのはめんどくさかった。キッチンには、インスタントラーメンが並んでいた。冷蔵庫を開けると、いろいろと食べ物が入っていた。
 「悪いけど、いただくわ」
 焼きそばUFOに、レンジでちんしたカレーを食べた。普段はどちらか一方しか食べないけど、この体だと食べられそうな気がした。
 6時になっても8時になっても帰ってこなかった。そして、とうとう午後10時になってしまった。
 「いったい、どこに行ったんだろう?」
 待っていれば帰ってくると思って、お風呂に入ることにした。
 「迫村さんって、ずいぶん贅沢させて貰ってるな」
 わたしの同級生の中にも寮に入らないで、アパートで一人暮らしをしている娘がいる。だけど、わたしのうちはお金がないから、そんな贅沢はできない。
 「バストイレ付きのアパートで暮らせる夢が叶ったわ」
 小さなバスタブだから、足を伸ばしてとはいかなかったけれど贅沢な気分を味わった。
 「ペニスって、ホント、邪魔くさいわね」
 体を洗って、もう一度バスタブに浸かると、タンスの中から新しい下着を取りだし、パジャマを着てベッドに横になった。
 「いつかは帰ってくるでしょう」
 気楽な気分で、冷蔵庫から取りだした缶ビールを飲みながら、また眠ってしまった。

 目が覚めた。
 「あれえ・・・・」
 部屋は迫村の部屋。それは間違いない。だけど、何だかおかしい。ハッと体を見た。
 「元に戻ってる」
 長い髪の毛が落ちかかり、ダブダブのパジャマの胸元から小さいながらも膨らんだおっぱいが見えていた。
 「やった!」
 わたしは、ベッドの上で飛び上がった。
 「元に戻ったんだったら、寮に帰らなくっちゃ」
 何を着るか?
 「昨日買った服はわたしのものだからね」
 脱いで籠の中に入れておいた服を取りだした。
 「このパンツは穿けないなあ」
 ゴムの切れたパンツのように、母の大きなパンツがずり下がった。
 「そう言えば・・・・」
 タンスの引き出しに袋に入った小さな包みがあったのを思い出した。タンスの引き出しを開けてみると、隅の方にまだ封の切られていないSサイズのショーツが一枚あった。
 「誰のかしら? 迫村さんの彼女のもの? もしかすると、わたしになっていたから、買ってきたのかも」
 袋を破ってショーツを穿いた。
 「オケー、オケー。さて、他のものは何とか着られそうね」
 Tシャツを着て、パンツを穿く。裾を折り曲げれば大丈夫。フリースの上着も、袖をあげれば何とかなった。
 「迫村さんも元に戻っているだろうけど、どこにいるのかしら?」
 寮に帰ろうとして、ふと気がついた。
 「まさか、寮に行ってるなんてことは・・・・」
 わたしが迫村さんのアパートを見つけだしたと同じようにして、迫村さんもわたしの寮を探し出していってるかも。男子禁制の看護学生寮で、男に戻ったら・・・・。
 「大変だ!」
 わたしは、部屋の入り口においてある電話で寮に電話した。
 「もしもし、立野です」
 寮母さんの甲高い声が響いてきた。
 「立野さん! あなた、大変なのよ!!」
 「はあ、何が大変なんですか?」
 「あなたの部屋に変態が入り込んだのよ」
 「変態!?」
 「男があなたの部屋に入り込んで、ショーツ一枚で、あなたの部屋をめちゃくちゃにしたのよ」
 やっぱり迫村さんは、わたしの居場所を見つけて寮に行っていた。元に戻って見つかったのだ。
 「ショーツ一枚で見つかったのね」
 鏡で見たあの時の姿を思い出してくすっと笑ってしまった。
 「で、その変態さんはどうしたの?」
 「警察に突き出したわよ」
 「け、警察に?」
 男子禁制の女子寮にショーツ一枚でいれば、警察に突き出されて当然だわね。
 「そうよ。住居侵入と器物破損の現行犯で逮捕されたわ」
 「あ、ありがと」
 電話を慌てて切った。
 「わたしが迫村さんになりたいなんて思ったから、入れ替わって迫村さんに迷惑をかけてしまった。何とか警察から出して貰わないと・・・・」
 わたしは、すぐに警察署へ向かった。

 警察署の前まできて、迫村さんがショーツ一枚で捕まったことを思い出した。わたしは、迫村さんのアパートへ戻り、着るものをそろえて袋に詰めて再び警察署へ向かった。

 「すみません。今朝、医師会の看護学生寮で捕まった人はここに連れてこられてますか?」
 「ええ、ここですよ」
 受付の女性がにっこりと笑って答えてくれた。
 「担当の刑事さんにちょっとお話しがあるんですけど」
 「どう言うご用件ですか?」
 「迫村さんは、わたしの彼氏なんです」
 「はあ、それで?」
 「昨日の夜、こっそり寮の部屋に来て貰ったんだけど、喧嘩しちゃって、迫村さんの服を持って飛び出ちゃったものだから、わたしの部屋に裸のままいたんです」
 「あら? そう言うことなの? ちょっと待って。上に連絡するわ」
 しばらく待たされて、若い刑事が降りてきた。わたしはもう一度同じ説明をした。
 「ホントに? 迫村はあなたの彼氏で、あなたが自分の部屋に入れたって言うんだね」
 「はい。そうです」
 「そうか。それなら、理解できる。それならそうとはっきり言えばいいのに、変な言い訳をして。気が狂ってるのかと思ったよ」
 「気が狂ってる?」
 「ああ、迫村が変身してあなたになって、寮に戻って、朝になったら元の男に戻ったなんて言うんだよ」
 事実だけど、そんなことを話しても誰も信じてもらえないだろうなと思った。
 「彼、冗談が好きなんです」
 「警察相手に冗談はいかんな」
 「すみません」
 「あなたが謝ることはないよ」
 「はい。もう変なこと言わないように言っておきます」
 「そうしてくれ。・・・・そう言うことなら、釈放だな。ちょっと待っててくれ」

 5分ほど待たされて呼ばれた。
 「一緒に帰っていいぞ」
 「すみません。ご迷惑をおかけしました」
 「男子禁制なんだから、もう二度と連れ込むんじゃないよ」
 「はあい」
 取調室に入ると、迫村さんが、毛布をかぶって椅子に座っていた。わたしは、迫村さんのアパートから持ってきた、服の入った袋を迫村さんに手渡した。
 「服を着替えて」
 戸惑いながら、迫村さんは服を着た。
 「どう言うことだ?」
 「わたしにも分からないけど、とにかくここを出ましょう」
 「あ、ああ」