第9章 泥沼

 思った通りと言うか、やっぱり近藤は一回ではすまさなかった。近藤の家に寄るたびに、またしようと迫られた。しかし、近藤の両親も姉もいないと言うシチュエーションはそう簡単には訪れなかった。フェラなら、階段を上ってくる足音がすれば、すぐにでも止められるけど、アナルセックスはそうもいかないからだ。
 フェラは、女にやって貰っているらしく、ぼくには以前ほど要求してこなかった。だけど、それでも週に一、二回ぼくにしてくれと近藤は言うのだ。男のぼくにやって貰ってどこがいいのか分からない。
 「おまえが俺の親友だからさ」
 と、訳の分からない言い訳をぼくに言った。

 ぼくたちは、互いに隠し事はしていない。ぼくには隠すことなどないけれど、近藤は誰とキスまで言ったとか、誰ととうとう最後まで行ったとか、宿題をしながらぼくに話すのだ。ぼくも女とキスや、セックスをしてみたかったけど、まだそんな勇気はなかった。

 梅雨で雨が続くある日、近藤は練習ができずに部活が休みで、少し早く学校を出た。
 「しめた。母さん、遅くなるって書き置きがあるぞ」
 目をランランとさせている近藤を見て、ぼくはちょっと尻込みをした。
 「なあ、やらせてくれよ」
 「お父さんは?」
 「父さんは、いつも8時にならないと帰ってこないさ」
 「お姉さんは?」
 「今日は塾直行だよ。9時過ぎまで帰ってこない」
 ぼくは諦め顔になる。
 「なあ、いいだろう?」
 ぼくもホントはしてみたかった。あの時の快感が忘れられないのだ。最近読んだ本の中に、男も女も少しはホモっ気があるものだと書いてあった。だから、ぼくは一回や二回くらいしたっていいじゃないかと思っていたのだ。
 だけど簡単に同意してしまっては、本物のホモになったみたいでイヤだったから、一旦は拒否することにした。
 「だめだよ。こんなことすると、ホントのホモになってしまうよ」
 「おまえがホモだなんて思ってやしないさ。なあ、俺のためだと思って、お願いだよ」
 「仕方ないなあ。もう一回だけだぜ」
 「すまんね」
 すぐに済ませるつもりだったのに、近藤はぼくにキスしたり、ぼくの平らな胸に舌を這わせたりし始めた。
 「や、やめろよ」
 「いいじゃないか。男もこうすると感じるって聞いたからさ。どうだ? 感じるか?」
 感じてないことはない。ペニスが勃起していたからだ。
 「なあ、俺にもやってくれよ」
 そう言われて、近藤にされたと同じようにしてやった。
 「ああ、たまんねえ。宮本。入れてもいいか?」
 ぼくは黙って尻を近藤に向けた。肛門にクリームを塗ってから近藤が入ってきた。痛みはあったけど、すぐに消えた。近藤が腰を動かす度に、一回目とは違う、得も言われぬ快感がわき上がってきた。
 「宮本! いいか?」
 「いいよ。すごく気持ちいい」
 ついそう答えてしまった。それが本音だったからだ。
 「そうか。いいか」
 近藤は激しくぼくを突いた。四つん這いになっていられなくなり、ぼくは腕を折って肩をついた。近藤はなおも突き続ける。
 「早く行ってくれ! 気が狂いそうだ」
 そう叫んでいた。
 「行くぞ!!」
 「あ、うっ!!」
 近藤がぼくの中で弾けた瞬間、頭が真っ白になった。ビクビクとぼくのペニスが痙攣しているのを感じながら、ふうと意識がなくなった。

 何分間か眠っていたようだ。目を覚ますと、近藤はもう服を着ていた。ぼくは裸のままだ。もの凄く恥ずかしかった。
 「まるで女みたいだったよ」
 そう言われて、どぎまぎする。
 「う、嘘だろう?」
 「ホントさ。言葉遣いが男でなかったら、まさに女だな」
 「や、やめてくれ。それじゃあ、まるで俺がホモみたいじゃないか」
 「気持ちよかったんだろう?」
 「・・・・うん」
 ぼくの返事を聞いて、近藤は何も言わずににやりと笑った。男のペニスをしゃぶり、肛門にペニスを入れて貰って喜んでいる今のぼく。これがホモでなかったら、何と言うんだろうか? イヤ、絶対違う!! ぼくはホモなんかじゃない! 親友のために一肌脱いでやってるだけだ。
 逃げるようにして家に帰った。嫌悪感で一杯になる。もう二度としない。ぼくはホモじゃないからだ。そう言い聞かせた。

 だけど数日もしないうちに、ぼくはまたやって貰いたくなった。頭の中ではダメだと思っているのに、体が欲求するのだ。マスターベーションして火照りを押さえようとした。一旦は治まるものの、あの興奮を越えられなかった。ぼくは禁断の地に足を踏み入れてしまった。もう抜け出せない。

 「宮本。今日は誰もいないんだ。どうする?」
 「いくよ」
 ぼくは躊躇いもなくそう答えていた。ちょっとぼくを見下すような近藤の表情が気になったが、それよりも近藤との行為への期待がそれを覆い隠していた。

 近藤の部屋に入ると、近藤がベッドの下から包みを取りだした。
 「これ、着ろよ」
 「なんだよ」
 「着れば分かるさ」
 包みを開いてみると、女物の下着とワンピースが出てきた。
 「早く着ろよ」
 「こんなもの着られないよ」
 「文句言ってないで、早く着ろ!」
 ぼくを見据えながらそう言う近藤の目は恐ろしかった。ぼくは、その目に抵抗できずにパンティーを穿いて、スリップを身に着け、ワンピースを着た。
 「似合うじゃないか」
 「馬鹿な・・・・。どうして、こんな格好を?」
 「男を抱いていると思うと、ちょっとな。女の格好をして貰えば、気分も違うからな」
 「誰のだよ。これ」
 「姉貴のに決まってるだろう?」
 「ばれないのか?」
 「ばれないようにしてるさ。じゃあ、やろうか」
 女装していると、まるでホントに自分が女になったような気分だった。ぼくは、いつもより興奮していた。
 ぼくはもう抜け出せそうもない。誰かぼくを助けて!

 夏休みに入ると、3年生は部活から解放され、受験一辺倒になる。ぼくと近藤は、受験勉強と称して、一緒に部屋の中に閉じこもり、親の目を盗んでセックスした。
 近藤は、数人の女と関係を持っていたけれど、ぼくは近藤を相手の女役で、男としては童貞のままだった。
 こんなことしてたら、成績が下がりそうなものだけど、ぼくの成績は落ちるどころが上がり気味で、近藤に至っては南雲高校に楽々入れるまでになっていた。

 ぼくたちは、そろって南雲高校に合格した。気になる遠藤は、女子校へと進んだ。ぼくは、近藤と妙な関係にはあるけど、遠藤のことを片時も忘れたことはない。近藤との関係を清算し、遠藤と結ばれる日を夢見ていた。

 近藤の姉が福岡の大学に進んで家からいなくなり、ぼくたちが関係を持つ時間が多くなった。と言っても月に1,2回だけど。
 「女とも付き合っているのに、どうして俺としたがるんだよ」
 ある日、ぼくはそう近藤に聞いてみた。
 「女の膣が締まるって言ってもさあ、大したことないんだよな。ホンの申し訳程度さ。それに比べて、おまえのはよく締まるからさあ」
 「肛門だから、締まるのは当たり前だろう? どうせなら、男の俺じゃなくて、女に入れさせて貰えばいいのに」
 「なかなかそう言えなくてさあ。それに、俺はおまえが好きなんだ」
 そう言われて、ぼくは喉から心臓が飛び出るくらいビックリした。
 「す、好きって!?」
 「おまえが好きだって言ってんだよ。悪いか?」
 「どういう意味だよ」
 「俺はきっとホモだよ。男のおまえが好きだなんて」
 ぼくは、近藤の目を見た。冗談を言っているわけではないようだ。
 「おまえが女だったらって、何度思ったことかしれないよ。でも、女じゃなくてもいい。俺と付き合ってさえいてくれれば」
 「俺はホモじゃない!」
 「そうか? ま、いいや。俺と付き合ってくれれば、そんなこと関係ないや」
 こんな関係がずっと続くのだろうか? ぼくは恐ろしくなって、家へ逃げ帰った。

 近藤は、ぼくのことが好きだと言った。でもぼくの方は、そんなことは考えたことはない。確かに友人としては話しも合うし、そう言った意味では好きだ。だけど、性的対象としては見ていない。ぼくは、あくまで女の方が好きだし、近藤とあんなことをやっているのは、単に性的満足を得るためにすぎない。そんな行為がホモだと言われれば否定ができないけど、ぼくとしては自分はホモだなんて思ってはいない。

 1年の2学期になると、そんなぼくたちの関係にも転機が訪れた。近藤はアメフト部に入ったため、帰りが午後8時をすぎることが多くなったのだ。時間的に余裕がなくなったことと、性的衝動を運動へ昇華させるという記述が体育の教科書にも載っていたけれど、アメフトに打ち込み始めたことで、近藤はぼくを誘うことが少なくなった。
 とは言っても、3ヶ月に一回くらいは関係を持っていたのだけれど・・・・。

 ぼくは女の方が好きだと言ったけど、その女は遠藤だけだった。遠藤以外の女には、興味が沸かなかった。だけど、ある日ぼくは、ぼくにとって最悪の光景を目にした。
 それは高校2年のクリスマスが近い12月のある日のことだった。街をぶらぶらしていると、女子校の制服を着た遠藤の姿が目に入った。その時も声をかけることができず、ぼくは遠藤の後をストーカーのようにつけていった。
 遠藤は、少し年上らしい男に嬉しそうな顔で駆け寄ると、喫茶店に入った。二人はそこで1時間ばかりおしゃべりをしていた。男はいったい誰なんだろうと思いながら、ぼくは店の外でじっと二人を見張っていた。
 喫茶店から出てきた二人は、そのまま裏通りへ歩いていって、信じられないことにそのままラブホテルの中へと消えていったのだ。ぼくの受けたショックは計り知れないものがあった。あの遠藤が・・・・。
 ぼくは近藤に連絡した。
 「どうしたんだよ。何の用だよ」
 「今日、都合は付かないか?」
 「おまえの方から誘うなんて初めてだな」
 「そんなことは、どうでもいいだろう? どうなんだ?」
 「いいぜ。ちょうどお袋も出かけてるんだ。同窓会に行っててな。すぐに来いよ」
 ぼくは、すぐさま近藤の家へ向かった。近藤は優しくしてくれた。女のことをもう好きになろうとも思わなかった。ぼくは、ホモになってもいいとさえ思っていた。近藤に抱かれているとき、すべてを忘れられた。遠藤のことを忘れたかった。

 近藤の家で続けることには限界があった。外で会うために、ぼくは女装を始めた。女装用の服は、近藤が姉から盗んでぼくに着せていたものを譲り受けた。ウイッグも化粧道具も近藤がどこからか手に入れてきた。
 女装していれば、ラブホテルにも堂々と二人で入ることができる。近藤は、体格がいいから、高校生には見えない。華奢なぼくは、化粧して女装すると、ごく普通の女の子に見える。
 小遣いをためて、ホテル代を捻出して、月に一度近藤と寝た。こんなことホントはいけないと思いながらも、女に対する不信感がぼくにそうすることを容認させたのだ。

 近藤は、アメフトで頑張って、推薦で関西方面の大学へ進むことになった。ぼくはと言うと、正月過ぎに引いた風邪が治らず、センター試験の際は最悪のコンディションだった。結局、目標としていた大学を受けることができず、しかもランクを落としたのにも関わらず、前期も後期も落ちてしまった。
 「今時、大学に行ってないと、ろくな仕事にありつけないぞ」
 と父に言われ、浪人することになった。
 「大阪に一緒に行こう」
 近藤がそう言ってぼくを誘った。だけど、ぼくは東京に行くことにした。近藤との関係を清算したかったからだ。このまま近藤の近くにいたら、ぼくはホントにホモになってしまう。女性不信は消えてはいなかったけれど、そのためにホモになってしまうなんておかしいと気づいたからだ。
 東京、大阪間は近い。だけど、同じ大阪に住むよりは遠い。そう判断して、東京の予備校への入学手続きをとった。
 「暇ができたら、会いに行くからな」
 近藤はぼくを見送りに来てそう囁いた。だけど、ぼくは会うつもりはない。絶対に会うものか。ぼくはホモみたいな生活から脱却するんだ。

 1Kの狭いアパートで一人暮らしを始めた。毎日毎日受験勉強。遊ぶことを知らないぼくは、ストレスの固まりになっていた。さらに近藤に抱かれたいという欲求も募ってきた。
 近藤と会えばストレスも解消されるのではないかという思いが脳裏をよぎった。だけど、慌ててその思いを振り払った。
 一度でも会えば、ずるずると元の関係に戻りそうな気がした。ヘビースモーカーだった父が、タバコを止めようと何度か試みたけれど、そのたびに悪友にそそのかされたり、酒の場でつい一本手にして、数ヶ月の努力を無駄にしていた。同じ轍を踏みたくなかった。
 だから、アパートの電話を引かず、携帯電話も持っていなかった。近藤から連絡が付かないようにしていたのだ。

 家には、2、3週間に一度ぼくの方から電話することにしていた。
 「勇一? 五月の連休には帰らないの?」
 「勉強があるんだ。それに、たった4日間のために、高い交通費を払うのは勿体ないよ」
 「そう・・・・。じゃあ、夏休みは帰ってくるのよ」
 「分かってるよ」
 「そうそう。近藤君が会いたいって言ってたわよ。アパートの住所、教えてなかったのね」
 「あ、ああ」
 「お母さんが教えておいたから。もしかすると、この連休に会いに行くかもしれないって、言ってたわよ」
 ぼくは、どきりとする。近藤が会いに来る。会いたいような、会ってはいけないような複雑な気分だ。いや、会ってはいけない。会ったら、元の木阿弥だ。
 「ありがとう。じゃあ、また電話するよ」
 動揺を抑えて、そう母に答えた。
 「体に気をつけるのよ」
 「うん」

 近藤に会ったらいけないと思い、5月の連休中は図書館へ出かけ、夜は深夜喫茶で過ごした。
 連休が開けて、予備校からアパートへ帰ると、郵便受けに走り書きのメモが残されていた。
 『宮本へ
 予備校の生活はどうだ? おまえの顔を見たいと思ってやってきたんだけど、留守だったので帰るよ。夏休みには、是非会ってくれ。体に気をつけてな。
 近藤』
 ただぼくの顔を見に来ただけかもしれない。せっかく会いに来てくれたのに、悪いような気がした。しかし、会うわけにはいかないのだ。会えば、会っただけではすまなくなる。そんな予感がするのだ。