第7章 性の目覚め

 ぼくはグランドのスタンドに座って、テニスウエアの遠藤を見ていた。ラケットを振るとスコートからひらひらのレースが見えた。ぼくはどぎまぎする。
 遠藤がぼくの方を見た。にこっと笑って、試合の相手をしている女の子に手を挙げてから、ぼくの方に近づいてきた。
 どんどん近づいてくる。ぼくはきょろきょろと周りを見回した。ぼくに近づいて来るんだよね。ほかの誰かじゃないんだよね。胸がどきどきし始めた。
 遠藤は何も言わないで、ぼくの目の前まで来て、目を瞑ってぼくにキスをしようとする。どうしたんだよ。こんな人前で!!

 目が覚めた。夢だった。遠藤の唇に触れたような気がしたのに・・・・。なんだかホッとしたような、残念なような複雑な気持ちだ。
 その時、股間に冷たいものを感じた。トランクスの前を開けてみると、べったりと白い液体が出ていた。寝小便したの? ぼくは狼狽える。だけど、おしっこの臭いがしない。消毒薬のような変な臭いだ。これはいったいなんだろう?
 「勇一!! 起きる時間だよ」
 母の声にビックリ飛び上がった。
 「す、すぐ、起きるよ」
 股間の白い液体をもう一度見た。もう一度首を傾げる。これはいったいなんだろう・・・・。ともかく、何とかしなくちゃ。
 ぼくは、ティッシュで股間に付いた白い液体を拭き取ると、トランクスを脱いで、やはりティッシュで拭き取った。
 新しいトランクスを取り出して穿き、どうしようか迷う。父に相談しようか? おねしょだったら困るな。母は? 余計に困る。
 パジャマを学生服に着替えると、ティッシュは丸めて握りしめ、トランクスは畳んで学生服の下に隠した。
 何食わぬ顔で下に降りていって、ティッシュの固まりをトイレに流したあと、トランクスを水でさっと洗って洗濯籠の中に放り込んでおいた。
 「勇一! 何してるの?」
 「な、何でもないよ」
 「そう? 早くご飯を食べなさい」
 「はあい」
 手に臭いが付いていないか匂ってみた。大丈夫のようだ。

 朝食を済ませ、鞄を抱えて家を出た。真っ直ぐに近藤の家へと向かう。毎日ぼくが誘いに行くけど、近藤はぐずぐずしていてなかなか出てこない。出てきたかと思ったら、忘れ物と言って家に戻る。それでも忘れ物クラスナンバーワンなのだから呆れてものが言えない。
 「それは夢精って言うやつだよ」
 近藤に今朝の出来事を話すと、近藤は物知り顔でぼくに言った。
 「夢精?」
 「初めてなのか?」
 「あ、ああ」
 「俺なんか、ほとんど毎日だぜ」
 自慢げに近藤は言う。
 「何なんだよ。夢精って」
 「おまえ。勉強ができるくせに、そんなこと知らないのか?」
 「知らないから聞いてるんだよ」
 ぼくはちょっとむくれた。
 「そりゃそうだな。夢精ってのはなあ、夢の中でいやらしいことを考えたりすると、知らないうちに射精してしまうことなんだ」
 「いやらしいこと・・・・、射精・・・・」
 いやらしいことなんて考えたかな? 射精って言葉は知っていたけど、実際にそうなるなんて思ってもみなかった。
 「おまえ、夢の中で誰か女のことでも考えなかったか?」
 「あ、うん」
 「どんな夢を見たんだ?」
 「キスする夢」
 「キス!? キスくらいで夢精したのか?」
 そう言われてぼくは小さくなった。
 「おまえ奥手だなあ。・・・・で、誰とキスした?」
 「・・・・遠藤と」
 ぼくは小声で呟く。遠藤のことが好きだなんて、まだ誰にも言ったことはなかったけれど、近藤にはどうせうち明けてしまうことだから。
 「遠藤か。おまえも遠藤が好きなのか?」
 「おまえもって、じゃあ、近藤もか?」
 「遠藤も好きだけど、島田冴子の方が可愛いとは思うけどな」
 「島田より、遠藤さ」
 「そうかな? 遠藤は、セックスの相手としては幼すぎるなあ」
 「セ、セックス!?」
 「そうさ。俺は、毎日島田とセックスする夢を見て、夢精してしまうんだ」
 ぼくは小さくなる。セックスなんて考えたこともなかった。
 「宮本は、セックスの仕方知ってんだろうな」
 ぼくはますます小さくなる。
 「何だ。知らないのか?」
 「知らないよ」
 「中学2年もなって知らないなんて、おまえ、おかしいぞ」
 「おかしくない。普通だよ」
 「普通じゃない。よし! 授業が済んだら、俺が教えてやる」
 「い、いいよ」
 「遠慮するな。いつも教えて貰ってるお返しだ。これくらいしか、俺がおまえに教えてやれることがないからな」
 性的なことには興味がある。だけど、自分で調べるのは躊躇いがあった。どちらかというと優等生のぼくが、そんなことを調べているのを見られたくなかったからだ。

 6時限目が終わると、近藤が早速ぼくのそばにやってきた。
 「ほら、すぐに帰るぞ」
 「部活はいいのか?」
 「今日はサボリ。たまにはサボらないと身が保たないからな」
 そう言って、鞄を持つと、さっさと教室を出ていった。ぼくも、鞄を抱えて近藤の後を追う。
 「宮本君! 残りをするわよ」
 片山がスカートを翻して、ぼくのそばに駆け寄ってきた。
 「ごめん。急な用事ができたんだ。片山一人でやってくれる?」
 「一人じゃ無理よ」
 「・・・・だから、昨日やっておこうって言ったのに」
 「宮本君だって、賛成したんじゃないの?」
 片山はそう言って口を尖らせた。口では女に敵わない。
 「ちょっと待って、少し遅れるって連絡してくる」
 「トンずらするんじゃないわよ」
 片山に睨み付けられた。ぼくは、分かったと片手をあげてから、下駄箱へと向かった。
 「近藤!! ごめん。実験を終わらせておかないといけないんだ。ちょっと待っててくれよ」
 「ちょっとって、どれくらい?」
 「そうだな。20分くらいかな」
 「サボれよ」
 「片山に捕まっちゃったんだ。行かないと後でなんて言われるか・・・・」
 「仕方ないなあ。じゃあ、俺も手伝ってやるわ」
 「手伝いなんていらないよ」
 「いいから、いいから」
 いったんは着替えた靴を上履きに履き替えると、近藤はぼくの後を付いてきた。来ても役には立たないのになと思うのだが、来るというものを押しとどめられない。

 「わあ、近藤君。いらっしゃい。どうして、ここに?」
 片山は大の近藤ファンだ。喜色満面で近藤を迎えた。
 「手伝ってやろうと思ってさあ」
 「わあ、嬉しいわ」
 近藤は、理科室の実験用具を触る。それを片山がいちいち説明していく。
 「おい、片山。実験をするぞ」
 「ちょっと待ってよ。近藤君に説明してあげてるんだから」
 思った通り、役にも立たないし、かえって実験の邪魔をされているようなものだ。仕方なく、ぼくは一人で滴定を始めた。

 「宮本。何を手伝ったらいい?」
 30分もした頃、近藤と片山がぼくのそばへやってきた。
 「もう終わったよ。片山! 後片づけ頼むな」
 「ええっ!? わたしがするの?」
 「あったりまえだろう? 俺が全部やったんだから、片づけくらいやってくれよな」
 「近藤君。もう帰るの?」
 片山は、近藤に助けを乞うように話しかける。
 「ああ」
 「近藤は俺と一緒に帰るんだよ」
 「急な用事って何よ。二人で何をするの?」
 ぼくと近藤は顔を見合わせる。
 「勉強さ。数学の」
 「勉強? ふーん。なんか怪しいわね。宮本君が勉強って言うのならともかく、近藤君が勉強ねえ」
 「う、嘘じゃないよ。毎日宮本と勉強してんだから。なあ、宮本?」
 「あ、ああ。そうだよ。毎日、近藤んとこで、勉強してるんだ。嘘だと思ったら、近藤の母ちゃんに聞いてみな」
 「へえ、そうなの」
 片山は、信用していないような素振りで、ぼくたちを見送った。

 「あら? 早いわね」
 台所から、近藤の母親が顔を出した。
 「今日は、宿題が多いから」
 「そう。頑張ってね。後で、ジュースでも持って行くからね」
 「うん。分かった」
 ぼくと近藤はそそくさと二階へ上がっていった。

 部屋の中に入ると、近藤は教科書とノートを取りだした。
 「宿題、先にするの?」
 期待でワクワクしているぼくは、近藤の行動が理解できずに尋ねた。
 「母さんがジュースを持って来るって言っただろう? 勉強もしないで、変なことやってたら怒られるよ。ジュースを持ってきたら、その後に教えてやるよ。それまでは宿題をしておこう」
 「あ、そうだね」
 ぼくも教科書とノートを取りだして宿題を始めた。30分ほどして、ちょうど宿題が終わりかけた頃、近藤の母親がジュースの入ったコップを持ってやってきた。
 「宿題は順調に進んでる?」
 「はい。もうすぐ終わります」
 「さあ、飲んで。勇一君、ホンと、いつも助かるわ。あなたが来てくれないと、誠次は勉強しないから」
 「ぼくも宿題ができるからいいんです」
 「そう? じゃあ、頑張ってね」
 母親が出ていくと、近藤は部屋に鍵をかけた。
 「じゃあ、講義を始めようか」
 ぼくは教科書とノートを鞄にしまい込んで、近藤に注目した。
 「どうやったら、子供ができるか知ってるか?」
 「キ、キスしたらできるんじゃあ・・・・」
 「キスくらいで子供ができてたら、世の中、赤ん坊だらけになっちゃうぞ」
 「じゃあ、どうしたらできるんだ?」
 「セックス、性交するんだよ」
 「性交って?」
 ぼくは首を傾げた。ともかくぼくはセックスに関しては何も知らないのだ。
 「女のあそこを見たことがあるか?」
 「女のあそこか?」
 「そう」
 「従妹の小百合のなら見たことあるけど・・・・」
 「小百合ちゃんって、赤ん坊じゃないか」
 「そうだよ」
 「じゃあ、大人の女のものは見たことないんだな」
 「ないさ。あるはずないじゃないか」
 「そっか。じゃあ、見せてやろう」
 「えっ!? 誰のを?」
 「写真があるんだ。ちょっと待ってろよ」
 そう言って、近藤は机の上に置かれているパソコンのスイッチを入れた。
 「どこに置いたかな?」
 独り言を言いながら、マウスをクリックしていたが、しばらくしてぼくの方を振り返った。
 「そら、これが大人の女のだよ」
 パソコンのモニター上に、大きく映し出されたものを見て、ぼくは唖然としていた。
 「毛が生えてる・・・・」
 「あったりまえだろう。大人は、男も女もみんなここには毛が生えているんだ。おまえは生えてないのか?」
 「は、生えてるさ」
 2ヶ月前くらいから、生え始めたところだった。まだ、ペニスの上にほんのちょろりと生えただけだ。それでも、生えてないわけじゃない。
 「この下の方に穴があるんだぜ」
 「穴?」
 「腟って言うんだ。ペニスが入るところなんだ」
 「ペ、ペニスが入る!?」
 「そうだ。ペニスを腟の中に入れて射精すると、精液の中にある精子が、膣の奥にある子宮で卵子と一緒になるんだ。そしたら、子供ができるって訳だよ」
 「へええ」
 ぼくは感心したように頷いた。
 「ペニスを膣に入れてるところを見せてやろうか?」
 「そんな写真があるの?」
 「あるんだよ」
 近藤がマウスをクリックした。画面が変わって、ペニスが女の陰部にあてがわれたもの、次いで、中に挿入されたものが映し出された。ぼくのペニスは勃起していた。
 「すごいだろう?」
 「あ、ああ・・・・」
 「やってみたいと思わないか?」
 「ま、まだ早いよ」
 「そうか? もう経験したやつもいるんだぜ」
 「ええっ!? 誰が?」
 「山本のやつ。佐久間とやったらしい」
 「山本が佐久間と・・・・」
 中学生のぼくたちが、大人と同じようにセックスしているなんて信じられなかった。しかし、この話しが本当だったと知ったのは、それから数ヶ月後のことだ。佐久間が妊娠し、学校中大騒ぎになったからだ。
 「ああ、早くやりてえなあ」
 「相手がいないとできないだろう?」
 「そうなんだよな。簡単にさせてくれないしな。ああ、こんな写真を見ていると興奮してきたぜ。出してしまおう」
 「だ、出すって!?」
 「マスかくのさ。やったことないのか?」
 「・・・・ないよ」
 「一緒にやろうぜ。出せよ」
 そう言いながら、近藤はズボンのチャックを下ろして、勃起したペニスを取り出した。
 「早く出せよ」
 「恥ずかしいよ」
 「男同士。俺とおまえの仲じゃないか」
 そう言われて、仕方なく、ぼくはズボンのチャックを下げてペニスを取り出した。
 「俺の方が大きいかな?」
 「変わらないだろう?」
 「そうだな。こうやって、手で擦るんだ。さあ、一緒にやろう」
 近藤に言われるままに、ペニスを指で擦った。しばらくすると、何とも言えない心地よさがおそってきた。
 「宮本。ほら、ティッシュ」
 「ティッシュ?」
 「飛び散らないように被せるんだよ」
 近藤がしているように、ぼくはティッシュをペニスに被せた。その瞬間、勢いよく射精した。
 「う、ううう」
 近藤も、射精したようだった。

 脱力感で、しばらくボッーとしていた。
 「気持ちよかっただろう?」
 「あ、うん」
 「女の中で射精すると、もっと気持ちいいらしいぞ」
 「そうか」
 ボンボンボンと午後6時の時報が鳴った。
 「もう帰ろう。このティッシュ、どうするの?」
 「あとでトイレに流しておくよ。ゴミ箱に入れておいてくれ」
 「分かった。じゃあ、また明日」
 「うん。またな」
 女の中に入れて出したら、どんな気持ちなんだろうかと考えながら家に帰った。

 「勇一、勇一?」
 下から母がぼくを呼んでいる。
 「何?」
 「近藤君から電話よ」
 「電話?」
 一体なんだろう? 宿題は全部した筈だけど・・・・。
 「何だよ、今頃」
 「ああ、さっき言い忘れたことがあるんだ」
 「何だよ。明日でもいいんじゃないか?」
 「イヤ、今日言っておこうと思ってさあ」
 「何だよ。早く言えよ」
 「おまえ、遠藤のこと、好きだっていったよな」
 「ああ。それがどうしたんだよ」
 「実はなあ。今日の昼休み、告白したんだ」
 「えっ!? 何をだよ」
 「遠藤に好きだって」
 「島田の方が好きだって言ってたじゃないか?」
 「遠藤も好きなんだ」
 「幼すぎるって言ってたよな」
 「そこもいいんだな」
 「言ってることに矛盾がないか?」
 「そうかもしれんな」
 「言うことはそれだけか?」
 ぼくは、ちょっとイライラしていた。ぼくが遠藤のことを好きなのを察していて、しかももっと好きな女がいるのに告白するなんて、親友といえども許せなかった。
 「イヤ、それだけじゃあ、電話しない」
 「じゃあ、何だって言うんだよ」
 「遠藤が言うにはな」
 近藤はここで言葉を切った。
 「何だよ。勿体ぶってないで、さっさと言えよ」
 「わたしたち中学生だから、男性とお付き合いするのはまだ早いわ、だとよ」
 「つまり振られたってこと?」
 「そう言うこと」
 ぼくはホッとする。
 「でさあ。おまえが告白しても無駄だろうと思ってさあ」
 「・・・・そうかな?」
 「遠藤の言い方からすれば、どんな言い方をしても、どんないい男が告白してもだめさ。何しろ俺が振られたんだからな」
 「・・・・そうだね」
 「言いたいことはそれだけだ。じゃあな」
 近藤が告白してもだめなものは、ぼくが告白してもダメだろうと言いたかったに違いない。確かにそうかもしれない。中学生だからまだ早い。そう言う返事じゃ、誰が告白してもダメだろうな。遠藤がそんな風に考えているのなら、高校になってから告白しよう。時を待つのみだ。