ふたりを誤魔化して、『ファッションヘルス・パラダイス』と書かれた、いかがわしい場所で働き始めた。
最初のお客は、30前後のトラックの運転手だった。
「新人だってねえ。頼むぜ。溜まってんだ」
2000円をわたしに手渡しながら、その男はにやりと笑った。
「よろしくお願いします」
トランクスの上から優しく撫でてやり、トランクスの穴からペニスを取り出す。若い割にあんまり固くなっていなかった。
「元気が今ひとつね」
「あれ? どうしたのかな? 緊張してんのかな?」
「すぐに元気にしてあげる」
右手で握って、ゆっくりしごきながら、左手の指でカリの部分や紐の部分をそっと刺激してやった。見る見るうちに固くなってきた。
「うううっ。い、いいぜ! 行きそうだあ」
5分もしないうちに爆発してしまった。
「気持ちよかったぜ。あんたは上手い。また来るからな」
初日は、3人だけだった。それでも3000円。コンビニで貰う給料の倍。5時間働いていたときのほぼ5割り増し。殆どの男が10分以内に終わる。楽な仕事だ。恥や外聞を考えなければ、こんなにいい仕事はないと言える。
翌日も、トラックの運転手がやってきた。
「また来たぜ。今日は、もう少し保たせるからな」
そう言ったが、5分と保たなかった。
「くそう。あんたは上手すぎる。明日は、10分は保たせるからな」
「明日も来てくれるの?」
「ああ、また来てやる。あ、そうそう。俺の仲間を連れてきた。楽しませてやってくれ」
入れ替わりに入ってきた男は、元永という男の高校の後輩で、25だと言った。
「彼女に振られちゃってさあ。このところ、ご無沙汰なんだ。かなり溜まってるんだ」
「今だけ、彼女になってあげるわ」
「年下がいいけどな」
「贅沢言わないでよ。お姉さんの方が、テクニックがいいのよ」
わたしは、一体何をしていた女なのだろう。同じようなセックス産業に勤めていたのだろうか? 男を相手にするのになれているような気がする。
「先輩よりも保ったわね」
「そんなこと言ったら、殺されそうだよ」
「黙っててあげるわ」
「また来るよ」
「彼女を見つけて、やって貰いなさい」
「見つかるまで来る」
「あんまり稼がせないでね」
「・・・・そうだな」
はにかみながら、出ていった。
次第にお客が増えてきた。一日10人前後相手をするようになった。実働1時間前後、雰囲気を盛り上げるために話しをする時間を入れても2時間で、1万円の稼ぎ。こんなところで働く女が抜けられなくなるはずだ。
「なあ、八重ちゃん。今日は口を使ってくれないか? 倍、出すからさあ」
わたしは、この店では八重と名乗っていた。何となくその名前が浮かんだからだ。フェラチオを要求されるのは、初めてじゃない。それまで、ずっと断ってきていた。
「・・・・元永さん、いつも来てくれるからねえ」
「そうだろう? なあ、頼むよ」
口を使ったって、本番する訳じゃない。そう割り切ってやってやることにした。
「分かった。やってあげるわ」
4000円手に入ったけど、店には黙っていて、1000円だけを差し出した。店にはばれていない。
一週間ほどして、フェラチオして余分にお金を貰っていることが店にばれた。
「八重ちゃん、困るなあ。道義違反だよ。半分出して貰わないと」
「フェラしようとしまいと、経費は同じでしょう?」
「そんなこと関係ないんだよ。稼ぎの半分を店に出す。それがこの店のルールだ。分かったな。不満なら、止めてもいいんだぞ」
わたしを勧誘したときとはうって変わったやくざのような態度に、わたしは恐れおののいた。実際、入れ墨をしているから、やくざなのかもしれない。
「これまでの分まで出せとは言わない。次の分から、半分出すんだぞ。いいな」
「・・・・はい」
実入りが3000円から2000円に減るけど、こそこそすることがなくなって、安心してフェラチオで稼げるようになった。
一日2万円が手に入るようになって、わたしはふたりを説得して、バラック小屋から2DKのアパートを借りて移った。ホントはもっといいアパートだって借りられたのだけど、コンビニで働いていると誤魔化していたから、そうもできなかった。
いい食事をさせてやり、いい服も着せてやれる。人に言えない仕事をしながらも、わたしは満足していた。
いつもの元永がやってきた。元永は週に3,4回はやってくる。
「なあ、八重さん。一発やらしてくれないか?」
「本番のこと?」
「そうだよ」
「それだけはダメ!」
「そんなこと言わないでさあ。頼むよ。減るもんじゃないだろう?」
「それだけはダメ。絶対やらない」
「だめかよ。あああ、金、貯めてきたのになあ」
そう言って、一万円札をわたしの目の前にかざした。お金はいくらあってもいいけど、本番だけはしたくなかった。
「ダメだっていったら、ダメよ。諦めて」
「そうか。ダメか。じゃあ、諦める。口でやってくれ」
元永以外にも、本番を要求されたが、全部断った。良一に悪いと思ったからだ。入籍はしていなくても、夫がいるのだから。
「美晴ちゃん。コンビニってのは、そんなにいい給料をくれるのか?」
沼田老人が、ぽつりとそう言った。
「あ、ああ。最近売り上げがよくって。給料を上げてくれたの」
「時給、いくらじゃ?」
「あ、えっ! 時給は・・・・」
「ホントにコンビニで働いているのか?」
「あ、はい。いつものコンビニで」
「今日店に行ったが、いなかったな」
「と、トイレに行ってたから・・・・」
「2時間もトイレか?」
もう言い訳できなかった。
「良ちゃんには言わないでね。実は・・・・、ファッションヘルスで働いてるの」
「ファッションヘルスか・・・・。まさか、本番まではやってないじゃろうな」
「それだけはしてない! わたしは良ちゃんのものですから」
「そうか。・・・・良一には黙っていよう。美晴ちゃんは、儂たちのために頑張ってくれてるんだからな」
「こんな仕事しかないから・・・・」
「儂らのことは忘れて、どこぞ、他のところへ行けば、そんな仕事はしなくてすむじゃろうに・・・・」
「いいんです。命を助けていただいたお礼ですから」
「もういいと言ってるのに」
「わたしの気が済みませんから」
「そうか・・・・」
ゴホゴホと咳をしながら、沼田老人は、床の中に入った。
元永は、店に来るたびに本番を要求してくる。様子を伺ってみると、他の女の子たちは本番をやっているようだ。本番に応じないのは、この店の中ではどうもわたしだけらしい。指先だけの簡単な仕事と言いながら、次第に深みにはまらせてしまうようだ。こんなこと、以前もあったような・・・・。そんな気がする。
沼田老人の様子がおかしい。咳ばかりしていて、床に横になっていることが多くなった。
「風邪じゃよ」
そう言ったが、熱はなかった。風邪じゃない。そう思ったわたしは、今村医師の往診を頼んだ。
「余計なことをしよって・・・・」
にくたれ口を叩きながらも、嬉しそうな顔をしていた。
「美晴さん、ちょっと」
今村医師に呼ばれたとき、イヤな予感がした。
「風邪じゃないな。おかしいよ」
「何なの?」
「肺癌かもしれない」
「肺癌!」
「恐らくぼくの手には負えないだろう。大きな病院へ連れていった方がいい。紹介状を書いてあげよう」
紹介状を持って、山の手にある市民病院へ沼田老人を連れて行った。
「保険がないんですか? 高くなりますよ」
保険がなければ、まともな人間じゃないというような目で、受付の女性がそう言った。
「すぐに手続きします。今日のところは自費でお願いします」
「分かりました」
病院の中は、患者で溢れていた。少しはまともな服を着せてあげたのに、沼田老人は、まるで浮浪者のようだ。わたしたちを見ると、周りの人間は少し距離をおいて座り、空間ができた。こんなことには、もう慣れたはずなのに、悔しい思いが募る。同じ人間なのに、人は人を見かけで判断する。
2時間待たされて、診察室に呼ばれた。
「南部地区の人か・・・・」
若い医者はあからさまに嫌な顔をした。紹介状をざっとみると、沼田老人をベッドに休ませて、簡単に診察し、看護婦に指示を出した。
「胸部レントゲンを撮りましょう。CTも取りたいところだが、保険の手続きを済ませてからにしよう。それでいいですね」
ちょっとは気を使ってくれたようだ。わたしはレントゲン室へ沼田老人を連れていった。咳だけで、元気だと思っていたのに、沼田老人は、フウフウと肩で息をして、歩くのがやっとなのだ。困り果てていると、通りがかりの看護婦が声をかけてきた。
「車椅子、お持ちしましょうか?」
「あ、はい。お願いいたします」
病院の職員は冷たそうに見えたのに、案外優しくしてくれる。少し安心した。
「これは・・・・。すぐに、入院して貰いましょう。沼田さん、いいですね」
レントゲン写真を見るなり、医者はわたしに向かって言った。レントゲン写真には、素人でも分かるような大きな影が映っていた。
「はい。お願いします」
入院手続きをしていると、福祉係という人がやってきた。
「保険がないって聞いたけど、収入はどうなってます?」
「あ、あのう。わたしがパートで・・・・」
いかがわしい場所に勤めているなんて言えない。
「あなたのご主人の収入は?」
「ほんのわずかです」
「入院費は払えそうですか?」
「・・・・はっきり言って、難しいと思います」
「じゃあ、医療保護の申請をしましょう。そうすれば、ただで治療が受けられます」
「そうですか。それはありがとうございます」
貯金は、30万ほどになっていた。だけど、すぐになくなってしまいそうで心配していたのだ。医療保護を受けられれば、安心して治療を受けさせられる。
医療保護が受けられると言う前提で検査が進められていった。CT、気管支鏡検査が行われた。その間、点滴と酸素吸入が行われていた。
「沼田さん、ちょっと」
福祉係に手招きされた。深刻そうな顔をしている。
「あのう、何か?」
「沼田三郎さんは、住民登録されていません。だから、医療保護が申請できないのです」
「ホントに?」
「本籍はどこでしょうか? 本籍は分かれば、その県に連絡して、こちらで手続きをしてあげられます」
「本籍ですね。ちょっと聞いてきます」
病室に戻り、沼田老人に聞いてみた。
「・・・・戸籍は、・・・・ないんじゃよ」
「戸籍がないの? どうして?」
「売った」
「売った?」
「金に困ってたからな」
いくら金に困ったからといって、戸籍まで売ってしまうなんて・・・・。わたしは福祉係の元に戻った。
「売っちゃったんですか? あそこの人はそんな人が多いんですよね。・・・・困りましたね。買ったの方も犯罪だから、本人が使うのは構わないでしょう。もう一度聞いてくださる?」
「それが、どうしても言いたくないんですって」
「それじゃあ、申請ができませんよ」
「わたしが何とかします」
「何とかって?」
「自費なら診てくれるんでしょう?」
「それはそうですけど・・・・」
「沼田さん、ちょっといいですか?」
入院して5日目の夕方、担当の医者に呼ばれた。CTのフィルムや、気管支鏡のポラロイドフィルムをわたしに見せながら、説明してくれた。
「小細胞癌という極めて悪性度の高い肺癌です」
「やっぱり、肺癌ですか。治るんでしょうか?」
「あまりに進みすぎていて・・・・」
そう言われなくても漠然と分かっていた。
「どうすれば?」
「放射線と抗ガン剤をやってみましょう。そうすれば、いくらか長く生きられます」
「いくらと言いますと?」
「このまま何もしなければ、一ヶ月。治療して上手くいけば、3ヶ月から、1年は生きられるでしょう」
「上手くいっても1年なんですか?」
「気の毒ですが、こうなってしまっては・・・・」
「少しでも長生きして欲しいんです。お願いします」
「でも、自費でしょう? 大丈夫ですか?」
「お金なら、何とかします。どうかお願いいたします」
「分かりました。できる限りのことはします」
入院して2週間目に最初の支払い請求書が来た。その時点で、貯金は0になった。看病していたら、次回の支払いができなくなる。わたしは、夕方から、良一に看病を代わって貰い、働きに出た。それもある決心をして。
わたしは、現在一日2万は稼いでいる。月に60万になるとしても、全額自費の治療費は月100万を越えると聞かされていた。治療費を支払って、良一とわたしが暮らしていくためにはそうせざるを得ないのだ。
最初の客は要求しなかったから、フェラだけで済ませた。次の客は、あの元永だった。
「なあ、八重ちゃん。そろそろ本番やらせて貰ってもいいだろう?」
「いつも来てくれるからねえ・・・・」
「えっ!? ほんと? ホントにやらせてもらえるの?」
「いいわ。やったげる」
「やったあ」
愛撫も何もない、ジェリーをたっぷり塗ったコンドームを付けさせて、わたしの中に導く。まるで便器の中に小便をするように、元永はわたしの中に放出した。
「最高だよ。時間がもう少しあるから、もう一発いいか?」
「元気なのね。時間内なら、何発でもいいわよ」
元永は、時間を延長して、3回わたしの中へ放出していった。元永が、外に出て他の客に告げたらしく、次の客にも本番を要求された。わたしは拒まず、それに応じた。
本番に応じると、客から8000円貰う。そのうち、5000円がわたしの実入りとなる。同じような店では、店と折半だと聞いた。だから、手や口でやるより、遙かに実入りがいい。この店の女の子が皆本番をやっているひとつの理由だ。
初日は、5万2000円になった。股間が痛い。こんなこと、ホントに毎日やれるのだろうか? だけど、支払いのためにはやらざるを得ない。命の恩人への恩返しなのだから。