わたしは男だった。今日まで、ずっと女だと思っていた。女として何人もの男を受け入れ、男に尽くしてきた。それなのに、男だったなんて。どれほどのショックを受けたか、誰にも分からないだろう。
近藤誠次は、自分の虚栄のために、遠藤ミチルからわたしを遠ざけようとして、わたしをホモの道へ誘導した。
わたしにはその素質があったのか、結局女として一生を終える羽目になってしまった。しかしわたしは、こうなって不幸だっただろうか? イヤ、そんなことはない。
近藤を始め、松本、沼田父子、今村。みんなに愛された。わたしは幸せだった。近藤を恨むことなんてできない。恨むどころか、わたしも近藤を愛していた。だから、近藤の後を追って、自殺しようとしたのだ。
でも、わたしは生き残った。生き残ったのは、わたしにまだ生きる使命があったからだったに違いない。
沼田父子は、あんな芥溜めのようなところで生きながらも、喜びの中で死んでいった。今村もまた、わたしという伴侶を得て、その人生を全うした。
これから先、わたしには、どんな使命があるのだろうか?
日が傾いてきたとき、わたしは説明できない何かを感じた。何かがわたしに迫っている。背中がぞくっとするような、何かの予感。わたしは、振り向いた。
女性が立っていた。その女性が誰であるか、すぐに分かった。わたしが、ずっと思い続けていた女性。遠藤ミチルだった。わたしは、慌てて立ち上がり、その場から去ろうとした。
「宮本君? 宮本君でしょう?」
そう呼ばれて、体が金縛りにあったように動かなくなった。彼女はもう一度言う。
「宮本君なんでしょう?」
「ち、違います。わたしは、そんな名前じゃありません」
「宮本君。わたしには分かるわ。あなたが宮本君だって」
遠藤ミチルがわたしに近づいてくる。金縛りは解けない。
「会いたかった」
遠藤ミチルは、後ろからわたしの肩を抱いた。遠い昔の遠藤ミチルの臭いがしたような気がした。
「わたしは・・・・」
「何も言わないで。何も・・・・。黙ってこうしていたいの」
どれくらいたっただろうか? 遠藤ミチルがわたしから離れた。振り向くと、わたしに笑顔を向けた。
「変わらないわね」
「どうして? こんなに変わってしまったのに」
「いいえ。宮本君は、昔のままよ」
分からない。女になってしまったのに、遠藤ミチルはわたしが昔と変わらないと言う。
「どういうこと?」
「あなたの優しさ。わたしへの思い。感じるの。中学で出会ったときから変わってないわ」
それは、理解できる。だけど・・・・。
「どうしてここにいると分かったの?」
「今朝から、胸騒ぎがしていたの。あなたがこの街に帰って来るって。午後になって胸騒ぎは確信になったわ。わたしの心がここへ来いって叫んだの」
遠藤ミチルはわたしの存在を心に感じることができる。だけど、わたしは・・・・。イヤ、ついさっき、わたしは遠藤ミチルの存在を感じ取ることができた。
「わたしはいつもあなたの存在に気づいていたの。廊下の曲がり角でわたしを見つめていたあなた。こっそり望遠鏡で覗いていたあなた。どんなに遠くからでも、あなたの存在が分かったわ」
そうだった。わたしが見つめていたとき、いつも遠藤ミチルはわたしの方を向いて、笑顔を見せたり、あかんべーをしたりした。
わたしだってそうだった。何気なく振り向いた先に、遠藤ミチルがいつも立っていた。廊下の曲がり角で、遠藤ミチルに出会うのが予想できた。
「あの日も、あなたが見ていたのを知ってたわ」
「あの日って?」
「従兄と街を歩いていたときのことよ」
「あれは従兄だったの?」
「そうよ。喫茶店の前で、2時間も待っていたわね」
「え、ええ」
「そのあと、ラブホテルに入り口まで付いてきたわよね」
「あれはショックだったわ」
「あのラブホテルは、従兄の母親が経営していたの」
「ええっ!!」
「あのラブホテルの裏に従兄の自宅があったのよ」
「知らなかった。彼とラブホテルに行ったものとばかり・・・・」
「わたしがあなたに言えばよかったのに、言わなくても分かってくれるって、思いこんでいたから・・・・」
遠藤ミチルがそんなことをするはずがなかったのだ。分かっていたことなのに・・・・。
「あなたが遠くに行ってしまっても、あなたがいつもわたしのことを思っていてくれたこと分かっていたわ」
「あなたが、それほどわたしのことを思っていたなんて気づかずに、わたし、馬鹿だったわ」
「いえ、あなたは気づいていたはずよ。気づいて気づかない振りをしていただけ」
「遠藤さん・・・・」
「ミチルでいいわ」
「ミチル。あなたの愛を強く感じる。だけど、わたし、あなたを愛することができない。わたし、もう男じゃないわ。この通り、女になってしまったんですもの」
「男とか、女とか、関係ないわ。わたしたち、もうそんなことをする歳ではないでしょう?」
わたしはミチルの顔をじっと見る。
「それに、セックスだけが愛じゃないわ。いえ、セックスがなくなってこそ、ホントの愛があるのよ」
わたしは、男としてミチルを愛することはできない。だけど、セックスを超越した、心と心で愛し合うことができる。
「もう離れないでね」
「ええ、死がわたしたちを分かつまで、ずっと一緒よ」
その日から、わたしたちは一緒に暮らし始めた。仲のよい女同士として。まるで姉妹のようだ。一日中おしゃべりをし、一緒に食事を作り、一緒に食べる。一緒に入浴する。そして、一緒に寝る。キスもしない。勿論それ以上のことはまったくない。それでもわたしたちは互いを愛している。一緒にそばにいるだけで幸せだ。
あの時、わたしたちが男女として結ばれていたならば、今のような幸せは感じなかっただろう。すべては神の思し召しだ。わたしたちは、性別を越えて、死ぬまで、イヤ永遠に愛し合うことができる。