第12章 愛人生活

 「おい、美晴。おい。起きろ!」
 眠い目を開けると、松本がベッドから上体を起こして、ぼくを見つめていた。
 「いつまで眠っているつもりだ?」
 「何時?」
 「7時だ」
 「7時? まだ眠い」
 「もう起きる時間だ。コーヒーを入れてくれ」
 「コーヒー?」
 「そうだ。早く入れろ」
 そんなこと言われたって、ここはぼくの部屋じゃない。コーヒーの在処すら知らないのに・・・・。
 「どこにあるの?」
 「キッチンにある。入れ方くらい分かるだろう?」
 「あ、まあ」
 広いキッチンを見回すと、棚にコーヒー豆の入った缶があった。ミル付きのコーヒーメーカーもある。
 豆と水を入れて、スイッチを押した。コーヒーのいい香りが漂って、コーヒーがぽたぽたと容器の中に落ち始めた。
 コーヒーができる間、ぼくはトイレに入って、小便をした後、ウオシュレットで肛門をよく洗って、外に出てゴム製のショーツを装着した。このショーツは、穿くと言うより、装着するといった方が相応しい。下着を身に着け、ワンピースを着てから、キッチンに戻ると、コーヒーができあがっていた。カップに注ぎ分けて、松本に持っていった。
 「うん、旨い」
 そう言って、松本はコーヒーを飲んだ。ぼくも飲んでみた。ちょっと濃いようだ。
 「どうして俺に抱かれる気になった?」
 松本のことが好きになったとか、素敵な人だからとか言えばいいのかもしれなかったが、ぼくは正直に言った。
 「ママに借金していて、給料だけじゃ返せないから・・・・」
 「そうか。いくらだ?」
 「いくらって?」
 「借金の額だよ」
 「130万くらいだと思うけど・・・・」
 「130万か・・・・。美晴?」
 「何ですか?」
 「おまえ、俺の世話になるつもりはないか?」
 「えっ!? 世話になるって?」
 「鈍いな。俺の愛人にならないかってことだよ」
 「愛人って・・・・。わたし、男なのよ」
 「だから、囲われたらいけないのか?」
 「そ、そう言うわけじゃないけど・・・・」
 「じゃあ、いいだろう? どうだ?」
 冗談を言っているわけではないようだ。
 「おまえが気に入ったんだ。ほかの男に抱かせたくない」
 「抱かれるつもりはないわ」
 「一度男の相手をさせたら、ママは次から次へとおまえに男を斡旋するぞ。言うことを聞かなければ、借金は増えるばかりだ。そうじゃないか?」
 これまでのママのぼくに対する仕打ちを考えれば、それは納得できる。
 「俺に囲われれば、このマンションに住まわせてやるし、手当もやる。どうだ?」
 「でも、借金が・・・・」
 「俺が払ってやろう。それならいいだろう?」
 ぼくは考える。松本の申し出を断っても、男に抱かれなければならないことは明白だ。複数の男に抱かれるより、松本一人だけの方がいいに決まっている。それに借金も返してくれると言うし。
 「分かりました。わたし、松本さんのお世話になります」
 「そうか。よかった。じゃあ、今晩ママに話しを付けてくる。今日から店には出るな」
 「話しが付かなかったら?」
 「大丈夫。心配するな。昼間の間におまえの住んでいるところから荷物を運んでおけ。これはここの鍵だ」
 ぼくは鍵を受け取ってじっと眺めた。これでよかったんだよね。こうするしかないんだよねと考えていた。

 松本は、仕事に出かけていった。松本は、土木関係の会社の社長をしている。土木関係には不況らしい不況はなく、会社の経営は順調なのだそうだ。ただ、松本は養子で、前社長に見初められて、娘と結婚して、社長の座に着いたという。その妻は、結婚してからも松本をまるで社員同様にしか見ないのだそうだ。
 松本は、二人子供を作った後は、妻を抱いたことはないと言った。性欲を満たすためにいつも浮気していると。妻は、松本が居ないと会社がやっていけないことを知っているから、松本の浮気を許しているし、自分も浮気をしているらしい。可愛そうと言えば可愛そうな男なのだ。

 ぼくは、アパートに帰って、女物だけを鞄に詰めた。男物はもう着ることはないだろうから、そのままタンスの中に残して置いた。
 山のように積まれた高校時代や予備校の教科書。大学にも、もう進学することはできない。これもみんなゴミ箱行きだ。
 大家に引っ越しする旨の手紙を、両親宛に大学進学は諦めて働く旨の手紙を書いて、投函しておいた。
 すべての思い出を残して部屋を出た。2年あまり暮らしたアパート。二度とここへ戻って来ることはないだろう。涙がこぼれた。

 松本のマンションへ戻り、精液で汚れたシーツを洗って、ベランダに干し、バスルームの掃除をした。コーヒーメーカーも掃除して洗って置いた。部屋の中も掃除した。ぼくは結構まめだ。ぼくがホントの女なら、いい主婦になれる。
 貯金を少し下ろして、食料品を買い込んで、冷蔵庫にしまった。米も食パンも買ってきた。外食するとお金がかかるから、ぼくはいつも自炊していた。1日1000円で暮らすために身に付いた性癖だ。
 昼はトーストに野菜サラダ。夕食はカレーを作った。松本はいつ来るんだろうか? 夕食を食べてこなかったら、カレーを出すしかないが、カレーなんかでよかったのだろうか?

 午後9時ちょっと前、松本から電話が入った。
 「美晴か? 俺だ」
 「松本さん・・・・」
 「ママと話しが付いた。今から、そちらに行く」
 「はい。待っています」
 30分ほどして、松本が部屋に来た。部屋に入るなり、松本は吐き出すように言った。
 「あの、ごうつくばりが!」
 「誰のこと?」
 「ママに決まってるだろう? 美晴、おまえ、借金はいくらだと言った?」
 「130万くらいだと思うけど・・・・」
 「160万だとよ」
 「そんな馬鹿な!」
 「そうだろう? だから、明細を見せろと言ってやった。明細を見ると、おかしなものばかりなんでな。いちいち問い質して、計算をし直させたんだ」
 「それで?」
 「おまえの借金は、ほとんどないよ。ないと言うより、おまえはいいカモにされていたよ」
 「やっぱり・・・・」
 「でもな。おまえを引き抜くと、大損をすると言われてだな。やむなく、100万払ってきた」
 「100万も・・・・」
 「まあいいさ。初めからそれくらいは覚悟していたからな」
 「すみません」
 「いいさ。おまえを手に入れるためには、それくらいのことは何でもない」
 ぼくに向かって微笑む松本。ぼくは、その恩に報いる手始めとして、松本の胸に抱かれた。そうせざるを得なかった。

 こうしてぼくの愛人生活が始まった。松本は、週に5日はぼくの元に来る。ぼくは夕食にを腕によりをかけて作り出迎えた。松本はいつも美味しいと言って食べてくれた。
 5日のうち3日は松本に抱かれる。そのたびにぼくは絶頂を覚えた。松本も満足してくれているようだ。
 こんな生活を続けていていいのだろうかという思いがよぎるが、ぼくにはもはやほかの生活はあり得ないのだ。男に戻っても、高卒のぼくがまともに生きていく道はあまりに狭いからだ。
 近藤との関係を絶とうと藻掻いていたのに、結局は松本とこんな関係になってしまった。これもぼくの運命かもしれない。

 女性ホルモンは、松本がどこからか探してきた婦人科で処方して貰った。2週間に一度、注射も受けている。松本の愛人となって2年たった現在、ぼくの体は、全体としては変わらないけれど、胸が少し大きくなって、Bカップになった。
 「だいぶ大きくなったな」
 松本がベッドの中で嬉しそうに言った。
 「もっと大きい方がいいの?」
 「もちろんそうだけどな」
 「大きくしてほしい?」
 「ああ」
 「じゃあ、豊胸術を受けましょうか?」
 ぼくは心にもないことを言った。して欲しいと言われたら、困るのだけれど、松本はそんなことは言わないと思っていた。
 「そこまでしなくていい。偽物で大きくなってもつまらん」
 予想通りの返事でぼくは安心する。
 「それもそうね」
 「ところで、美晴?」
 「なに?」
 「おまえが女性ホルモンを貰っているドクターに聞いたんだが・・・・」
 「えっ!? ・・・・何を?」
 「おまえが飲んでる女性ホルモンは、量がかなり多いらしい」
 「そうなの?」
 「ああ。あまり多いと、肝臓に響くって言ってたぞ」
 「そうなの・・・・、肝臓に悪いの・・・・」
 「女性ホルモンの量を減らした方がいいらしいが・・・・」
 「そう。それなら、今度から減らして貰うわ」
 「減らすのはいいが、減らすと効果が薄れるだろう?」
 「それはそうでしょうけど・・・・。じゃあ、どうしたらいいって言うの?」
 「睾丸を取ってしまわないか? そうすれば、邪魔なものはなくなるし、女性ホルモンも量が少なくて効果が出る」
 「ええっ!! 睾丸を取るの!?」
 「そうだ。イヤか?」
 「イヤです。そんなことしたら、男に戻れなくなってしまうもの・・・・」
 「男に戻りたい? どうしてだ?」
 「だって、わたし、男なんですもの。男に戻るのがホントでしょう?」
 「それはそうかもしれんが、俺はおまえに女でいて欲しい。この先ずっとだ」
 「この先ずっと?」
 「そうだ。俺はおまえを一生手放すつもりはない。俺のそばにいて欲しい。それでもおまえは、男に戻りたいというのか?」
 「一生、わたしを?」
 「ああ、そうだ」
 松本は、ぼくを女として一生面倒見てくれると言う。どうしよう・・・・。
 「どうするんだ? 睾丸なんてあったって、女をはらませることもできないから、今のおまえにとっては邪魔なだけだろう?」」
 「えっ!? 女を妊娠させられないの?」
 「おまえ、2年以上女性ホルモンを飲んでいるだろう?」
 「え、ええ」
 「半年も飲んでりゃ、女をはらませることができなくなるんだぞ。知らないのか?」
 「嘘・・・・」
 「ホントさ」
 「ママは元に戻るって言ったのに・・・・」
 「大きくなった乳房を切り取って、男性ホルモンを飲めば、姿だけは男に戻るだろうけどな。だがな。子供を作るのだけは無理だ」
 「そんな・・・・」
 ママは、完全に男に戻るような言い方をした。ぼくに嘘を付いていたのだ。いや、確かに生殖能力のことには触れなかった。敢えて触れなかったのだ。
 「さあ、どうするんだ?」
 「ホントなのね? ホントに一生面倒を見てくれるのね」
 「何度も言わせるな」
 遠藤の顔が浮かんだ。遠藤とのこどもが欲しかった。だけど、ぼくにはもう生殖能力がない。それに、その遠藤にも裏切られた。他の女を愛する気持ちにもなれないし、こどもが欲しいとも思わない。ならば、睾丸など、あっても無用の長物に過ぎない。
 「・・・・分かったわ。睾丸を取ります。あなたが望むのなら」
 「そう言うと思ったよ。すぐに手配しよう」

 ぼくに睾丸除去の話しをしたときには、もう話しは進んでいたみたいだ。翌日には、ぼくはさる泌尿器科の門をくぐらされた。
 「手術は簡単だ。30分ですむ。入院は一晩でもいいが、希望するなら、抜糸まで一週間入院して貰ってもけっこうだ」
 そう捲し立てられて、ぼくはただ頷いた。
 「はい。じゃあ、一週間入院でお願いします」
 「前処置のため、今日からでも入院して貰おうか?」
 「えっ!? 今日からですか?」
 「そうだ。腹の中を空っぽにして置いた方がいい。それに剃毛も結構時間がかかるからな」
 ぼくは、一緒に付いてきていた松本の顔を見た。松本はうんと頷いた。
 「じゃあ、今日からお願いします」
 「明日、迎えに来るからな」
 そう言って松本は帰っていった。ぼくはすぐに病衣に着替えさせられた。しばらくすると、50くらいの看護婦が、剃刀を持って病室に姿を現した。
 「さあ、剃毛しましょうね」
 臍から足の先まで、綺麗に毛を剃られてしまった。
 「シャワーを浴びておいて。しばらく入浴できないでしょうからね」
 「はい」
 シャワーを浴びた。松本に囲われてから、髭も腋毛も脱毛処理していたから、毛らしい毛は髪の毛だけだ。妙な感じだ。
 体を拭いて、病衣を来ていると、同じ看護婦が、ヒマシ油を持ってきた。
 「これで、お腹の中が空っぽになるわ。さあ、飲んで」
 飲みにくかったけど、聞いていたほどではなかった。3時間ほどして、下痢が始まった。10回ほどトイレに座った頃には、もう何も出なくなっていた。

 空腹の中で一夜を明かした。夜が明けると、もう一度浣腸された。水だけで何も出なかった。
 7時半に松本が病室にやってきた。
 「頑張れよ」
 「頑張れって、すぐに終わるわよ」
 「そうだな。ま、取りあえず、頑張ってこい」
 8時過ぎ、前投薬という薬を注射されて、手術室へ向かった。
 「左手に点滴をします。ちょっと痛いですよ」
 そう言われたあとのことは、まったく覚えていない。前投薬という薬で、ぼくは眠り込んでしまった。

 股間の焼けるような痛みで目が覚めた。痛くて痛くて堪らなかった。プロ野球を見ていて、ボールがキャッチャーの股間に当たったとき、解説者は一様に、男にしか分からない痛みだと言う。ぼくも小学校の時、ボールが当たって、痛くて泣いた覚えがあった。まさにあの痛みだ。簡単にすむとは聞いたけど、こんなに痛いとは聞いてなかった。
 「痛い。痛いよ」
 「あら、あら。そんなに痛むの?」
 やっぱりあの看護婦がやってきて、ぼくの顔を撫でてくれた。
 「痛み止めをしてください。お願いです」
 「すぐにしましょうね。大手術だったんですもの。痛いでしょうね」
 一度病室を出て、すぐに注射器を持って戻ってきた。お尻に注射されると、10分ほどして、痛みが和らいだ。ぼくはホッと安堵した。
 そうしてから、看護婦の言葉を思い出した。『大手術だったんですもの』? どういう意味だ? 簡単な手術のはずだけど・・・・。男にとって、睾丸を取るというのは、確かに大手術かもしれないけれど・・・・。

 3度注射をして貰って、太陽も傾き病室が暗くなった頃、ドクターがやってきた。
 「痛みはどうだ?」
 「今はいいですけど、もの凄く痛かったです」
 「そうか。傷を見よう。両足を立てなさい」
 「はい」
 ドクターは、褌のようなものを外し、ガーゼを取って傷を眺めている。それから、薬で傷を消毒した。びりびりとした痛みが走った。
 「我ながら、いい出来だ」
 ドクターは自慢げに言った。
 「ありがとうございます」
 「じゃあ、また明日来るよ」
 「お願いします」
 ドクターを見送ったあと、ぼくは妙なことに気が付いた。ぼくは、ドクターがぼくの傷を診ているとき、そのドクターを見ていた。ぼくの目とドクターの顔を結ぶ線上には、ぼくのペニスがあるはずだ。だけど・・・・、だけど見えなかったような気がする。
 ぼくは、慌てて褌の上から股間を触った。ゴム製のショーツを穿いていたときより、さらに平らな股間だった。
 「ぼくのペニスがない!!」
 痛むのもものともせず、ぼくは褌を外し、ガーゼを剥ぎ取った。やはりペニスは見えず、恐る恐る触った股間には、睾丸はもちろん、何も触れなかった。ぼくのペニスがなくなっていた。
 「イヤだあ・・・・」

 ぼくが泣き叫んでいるのを聞いて、看護婦がやってきた。
 「どうしたのよ」
 「わたしの、わたしのペニスがない」
 「当たり前でしょう? 手術したんだから」
 「睾丸を取るだけだったのに、どうしてペニスもないんだよ」
 ぼくは男言葉になっていた。
 「ちょっと待って、先生を呼んでくるわ」
 待てども待てどもドクターはやってこなかった。1時間ほどして、病室のドアが開いた。そこには、松本が立っていた。
 「騒いでるんだって?」
 「どうして、わたしのペニスがないのよ!!」
 「ああ、そのことか・・・・」
 「誰かと取り違えたのね」
 「イヤ、そうじゃない」
 「じゃあ、どうして?」
 「俺が頼んだんだ。ペニスも取ってくれってな」
 「ペニスを取ったって、性転換手術をしたってこと?」
 「そうだ」
 「そんな。睾丸だけだっていったのに。酷い・・・・」
 「俺は一生おまえの面倒を見ると言った。そうだろう?」
 「・・・・ええ」
 「女としてとも言った。覚えているだろう?」
 松本の言わんとするところはもう分かっていた。
 「覚えているけど・・・・」
 「二度も痛い目に遭わせたくなかった」
 「あなたの気持ちは嬉しいわ。だけど、わたしの許可も得ずに取ってしまうなんて・・・・」
 「どのみち、取って貰うつもりだった。俺が望めば、おまえは、そうしたんだろう?」
 ぼくは返事ができなかった。松本がそうしろと言えば、そうせざるを得なかったからだ。
 「ドクターは最高の出来だと言っていた。よかったな。もう騒いで看護婦さんに迷惑をかけるなよ」
 そう言い残して松本は病室を出ていった。ぼくはもう一度泣いた。
 「こんなはずじゃなかったのに・・・・」

 入院患者が寝静まった午前2時過ぎ、ぼくはこっそり起きあがった。ぼくの腕に繋がっている点滴ビンを床に投げつけて割ると、ガラス片を取って左の手首を切った。血が勢いよく吹き出し、シーツを濡らした。
 ペニスを失ってしまって、ぼくの精神はおかしくなっていた。生きていたくなかった。あのコンビニの募集に女装して応募したのが間違いだった。ぼくは薄れ行く意識の中で、遠藤のことを思った。もう一度会いたいと。

 死ねなかった。点滴ビンを割った音に看護婦が気づいて、ぼくの病室にやってきたのだ。そして、手首を切ったぼくを発見し、すぐに手当がなされた。
 結構大量に血が出たと思ったのに、ホンの100ml程度だったらしい。ともかく、ぼくは命を取り留めた。
 呼び出されたらしく、松本が青い顔をしてやってきた。
 「なんてことをしたんだ! 馬鹿野郎!!」
 涙声で、ぼくの頬を叩いた。
 「ペニスがなくなったら、生きていけない!」
 「ペニスなんかなくたっていいんだ。俺が一生面倒見ると言っただろうが!!」
 「ホントなの?」
 「何度同じことを言わせるんだ! おまえは俺の命だ。俺はおまえを愛しているんだ。二度と馬鹿な真似をするな!!」
 その言葉を聞いて、松本がいい加減な気持ちでぼくに性転換手術を受けさせたのではないことが分かった。
 「ごめんなさい、ごめんなさい。もう二度としません」
 ぼくは、松本の胸に顔を埋めて泣いた。松本は本気でぼくのことを思っていてくれる。ぼくもそれに応えよう。折角女にしてくれたんだから・・・・。

 傷口の処置の仕方、骨盤底の筋肉を鍛えるストレッチ体操、腟拡張のやり方などを教えて貰って、手術して2週間後に退院した。
 傷から下り物のようなものが出るので、サニタリーショーツにナプキンをあてて、一日三回取り替えている。まるで生理になった女みたいだなと思う。
 手術して1ヶ月後の健診の時には、下り物はほとんどなくなって、サニタリーショーツじゃなくて、普通のショーツにパンティーライナーという小型のナプキンのようなものをあてている。
 「傷の状態はいいね。もうセックスしてもいいよ」
 ドクターにそう言われて、ぼくはドクターの顔をのぞき込んで聞いた。
 「ホントに?」
 「ああ、早く彼氏に報告したまえ。喜ぶぞ」
 顔が赤くなった。アナルセックスじゃなくて、ぼくに作られた新しい器官で、松本を受け入れられる。期待と不安が一緒になってぼくを襲ってきた。

 ほとんど毎日、ぼくは傷を鏡で覗いて見ている。毛が生えそろった現在、ぼくの股間はまるで本物の女だ。ぼくに性転換手術が行われたことを知っていて、その気になってよく見れば、本物とは違うことは分かる。だけど、ちょっと見たくらいでは、誰もぼくが元男性だったなんて思わないだろう。

 いつものように、松本のために夕食の支度をして待つ。松本が要求してくるのを待つか、それとも、ぼくの方からもうしてもいいと言うか迷っている。
 午後8時、松本がやってきた。
 「お帰りなさい」
 ぼくはいつもそう言って松本を迎える。
 「ただいま」
 松本も我が家に帰ったようにそう言うのだ。女になった今、愛人じゃなくて、妻として、松本を迎えられたらと思う。こんな考えは贅沢というものだろうか? でも、そんな考えは、夢でしかない。たとえ松本が妻と別れたとしても、ぼくの戸籍は男だ。妻には絶対なれない。

 「美晴?」
 食後のコーヒーを入れてやって、食器を洗っていると、松本がぼくに向かって声をかけてきた。
 「何?」
 振り向いてぼくは答える。
 「おまえ、今日はちょっとおかしいな」
 そう言われてちょっとどぎまぎする。
 「そう?」
 「ああ、おかしい。何かあったのか?」
 「何かって、何も・・・・」
 ぼくはとぼけていた。
 「そうか? ・・・・おまえ、今日、診察に行ったんじゃないか?」
 「・・・・行ったけど」
 「手術がすんだ後、ドクターに聞いたんだが、1ヶ月位したら、できるんじゃないかって言ってたが・・・・」
 「何を?」
 松本が椅子から立ち上がって、ぼくのそばにやってきて腰を抱いた。
 「とぼけるなよ。もういいと言われたんだろう?」
 ぼくは松本を見上げて答えた。
 「ええ。もう、いいって」
 「そうか、そうか。もういいのか」
 喜色満面となって、松本はぼくにキスした。
 「まだ心の準備ができてないわ」
 「いつになったら、準備ができる?」
 ぼくは考える。ここ一ヶ月、松本はぼくの手さえ握っていない。期待に応えてあげないといけないなと。
 「もう、一時間ほしい」
 「一時間か、風呂に入ればそれくらいすぐにたってしまうな。よし、風呂に入るぞ」
 松本は、ぼくを置いてバスルームへ向かっていった。まるで子供だなと思った。

 「わたしも入ってくるから」
 湯上がりの松本にビールを注いでやってから、ぼくは入浴した。体を丁寧に洗い、ヒダの間も綺麗に洗った。
 ブラはせずにショーツだけを穿いて、ちょっと透けた白のネグリジェを着た。鏡に映すと、乳房が透けて見えた。乳首がつんと立っている。ぼくはもうすぐ訪れる処女喪失のことを思って興奮していた。
 リビングに入っていくと、松本が嬉しそうな顔をしてぼくの手を引いた。
 「わたしにも一杯飲ませて」
 ぼくは松本の横に座って、コップに注がれたビールをぐっと飲み干した。
 「さあ、ちょうど一時間たったぞ。心の準備はできたか?」
 「ええ。大丈夫よ」
 「それでは、お姫様、ベッドルームへご案内いたしましょう」

 キスの仕方、乳房の揉み方など、いつもより丁寧なような気がした。
 「おおっ!! ホントに女と変らんなあ」
 ぼくの股間を見て、感慨深げにそう呟いた。
 「濡れてる。濡れてるぞ。ジェリーを用意してきたが、いらないみたいだな」
 「嘘!」
 「ホントさ。嘘だと思うのなら、自分で触ってみろ」
 触ってみると、ホントに濡れていた。松本の唾液だけのせいではないようだ。
 「美晴、愛してるぞ」
 そう言いながら、ぼくの中に入ってきた。肛門じゃないぼくの新しい器官に松本が入ってきた。暖かくて、何とも言えない感触がした。
 はじめはゆっくり、次第に性急に腰を動かし、ついにぼくの中で弾けた。
 「うーん」
 何となく行ったような気がした。ぼくが松本を締め付けているのを感じる。
 「美晴。よかったぞ。おまえを一生愛してやるからな」
 涙がこぼれた。