大久保大介となった博子は、大久保博子の名前で、町田市にある小さな印刷会社の事務員として採用され働き始めた。体は性転換して女になったものの、心はもともと女だから、その物腰や気配りは女そのものだった。
母親の博子の血を受け継ぐわけだから、今の博子はかなりの美人になっていた。博子が性転換して女になったことを知らない周囲の男たちが放っておくはずはなかった。
就職して3ヶ月後、博子は六つ年上の男と付き合い始めた。河内耕治と言う、元暴走族上がりの男だったが、心は純で優しい男だった。
「ヒロ、どこ、行く?」
「ディズニーランド」
「ディズニーランド? ガキの行くとこじゃねえか」
「わたし、ガキだもん!」
「・・・・他にしろよ」
「行く。絶対、ディズニーランド!」
博子は河内が言うことを聞くことがわかっていた。甘えるようにして河内の腕にしがみつくと、河内はハンドルを千葉方向へと切った。
ディズニーランドに着いたのは昼前で、夜のパレードまで遊び回った。
「今日は風が強いから花火は中止だって」
「そりゃ残念だな」
残念そうには聞こえなかった。早く帰路について、途中でホテルにでも連れ込もうという魂胆が丸見えだった。それは博子も望むところであった。
博子が大介の体に憑依してからセックスの経験がなかった。男から性転換したのだから、女だったときとは違うだろうとは思ったけれど、それが事実かどうか早くセックスを経験してみたかったのだ。
もう30分ほど走ればアパートに着くという頃、河内がボソッと呟いた。
「疲れたな」
博子の顔を窺った。
「そうね」
「ちょっと休んでいこうか?」
「もうすぐ、アパートよ」
河内は不満そうな顔を見せた。安アパートの壁は薄く、隣の話し声が聞こえるのだ。それに狭いし汚れていてた。ふたりが初めて関係を持つには、あまりふさわしい環境とは言えなかった。
「寄ろうか?」
顎で指す方にモーテルの灯が見えた。すぐに返事をしたいところを押さえて、博子は黙って下を向いていた。
「いいんだな?」
イヤだと言わないのは了承したものと判断したらしく、河内はハンドルを切ってモーテルのひとつへと車を滑り込ませていった。
河内は運転席から降りてきて、助手席のドアを開いて博子の手を取った。上目遣いに河内を見ながら、博子は車を降りた。
手を引かれて階段を上る。河内が小さな窓に紙幣を数枚差し入れるのを後ろからジッと見ていた。
ドアが開かれ、部屋の中へと導かれた。
「へえ、広いんだね」
それは博子の率直な感想だった。博子は、大久保博子だったとき、こんなモーテルに来たことがなかった。いつも普通のホテルの一室だった。
大久保浩と初めて関係を持ったホテルは、かなり有名で豪華なホテルだったが、部屋は大したことがなかった。
博子は持っていたバッグをソファーの上に放り出して、奥に据え付けられた大きなベッドに体を投げた。仰向けになって天井を見ると、鏡に映った自分が嬉しそうな顔をして見ていた。
「汗、流して来いよ」
「あ、うん」
博子は、バスルームへ入った。着ていたものをサッと脱ぎ、シャワーキャップをかぶってシャワーを浴びた。
バスタオルを巻いてバスルームを出ると、河内がニッコリ笑って博子を出迎えた。
「俺も、シャワー、浴びてくる」
河内はそそくさとバスルームへと消えていった。テレビをつけて何分もしないうちに河内がバスルームから出てきた。
「もう洗ったの?」
「あ、ああ」
腰に巻いたバスタオルの前にテントができていた。
「ヒロ・・・・」
河内はソファーから立ち上がった博子を抱きしめ、唇を重ね、舌を差し入れてきた。博子はその舌を吸った。
「好きだ・・・・」
「わたしも」
ベッドの上に運ばれ、バスタオルが剥ぎ取られた。
「恥ずかしい。灯を暗くして。お願い」
恐らくばれないだろうとは博子は思ったが、用心のために灯を落として貰ったのだ。
「初めてなの。優しくしてね」
男から性転換した今の体で男を受け入れるのは勿論博子は初めてだ。それだけではなく、まだあまり濡れないから、不審がられないように予防線を張ったのだった。
「そ、そうなのか」
薄明かりの中で、満面の喜びを浮かべる河内の顔が確認できた。
(男って、ホント、処女だって言うと喜ぶのね)
博子が、北村博子だったとき、処女を失ったのは中学3年の時だった。相手は、同じクラスの同級生で、南俊と言った。博子は処女だったが、南も童貞だった。
親のいない隙に南の部屋でことに及んだのだが、なかなかうまく行かず3回目にしてようやく南とひとつになった。痛いばかりで何の快感もなかったことをよく覚えている。
南は何度か博子を誘ったが、博子の方は痛みに対する恐怖心から断り続け、そのまま南とは別れた。
高校2年の時、大学生だった井原哲春とつきあい始めて2ヶ月目にベッドを共にした。
「初めてだから優しくしてね」
そう言うと、井原は満面に笑みを浮かべた。井原は女に扱いになれていて、気が遠くなるほど愛撫された後、挿入された。痛みはあったが、初めての時ほどではなかった。しかも快感らしきものを感じた。
それから、2年あまり井原とつきあった。女としての喜びを教えて貰ったと思っていたが、ホントの喜びを知ったのは、上田肇という中年の男と不倫したときだった。
その瞬間、頭の中が真っ白になるほどの快感に、博子は上田から離れられなくなり、上田の妻にばれて泣く泣く別れるまで、1年半ほど上田との関係が続いた。
その後、数人の男とつき合ったが、上田ほどの男に巡り会わなかった。そうして、ようやく大久保と巡り会い、理想の男を手に入れたと思っていたのだが・・・・。
(アナルファックやSMプレーのひとつもやってやれば、あんなことにはならなかったのかしら? 河内はどうなんだろう? もし要求してくれば、応じた方がいいのだろうか?)
博子は河内の愛撫を受けながら、そんなことを考えていた。
河内の指が博子の敏感な部分を上下していた。その感じ方は、女のものと変わらないと思った。ただ、まだそれほど濡れてきてはいないようだ。
(いらぬことを考えないで、セックスに集中しなければ・・・・)
そのためには、この体が男だったことは忘れることにした。
(わたしは女。今日、処女を失うの。わたしは女よ)
河内の指が腟の中を出入りする。奥の方で感じる部分がある。性転換手術をした医者から、前立腺あたりに性感を感じる部分があると聞いていた。女で言うGスポットだとも。
「あうん・・・・」
自然と声が出た。その瞬間、濡れ方が変化したような気がした。河内は、その部分を集中的に責めてきた。博子は上り始めたことを自覚した。
「ヒロ、行くぞ」
博子は頷いた。河内が、博子の両足を割って入って突き立ててきた。
(アア、入ってきた。そうよ。この感じ。この感じよ。これこそわたしが待っていたものよ)
ずいぶん久しぶりに感じる、男の感触を博子は楽しんでいた。
(でも、痛いな)
博子は顔を顰めていた。それを見て河内がちょっと動きを止めた。
「大丈夫か?」
「ちょっと・・・・痛い」
河内は、再びニヤリと笑った。
「すぐに気持ちよくなる」
博子の顔を見ながら、河内は腰をゆっくりと動かし始めた。痛みはある。しかし、初めてセックスしたときほどの痛みではなかった。
河内はしばらく博子の反応を確かめるようにゆっくりとしたペースで腰を動かしていたが、突然狂ったように腰を動かし始めた。
「も、もう、我慢できねえ。ヒロ、出すぞ。出してもいいな」
「いいわ。今日は安全日だから」
女であることを強調するためにそんな言葉を出した。その言葉を待っていたかのように、河内が博子の中で弾けた。
博子は自身の中で痙攀している河内を感じながら、フッと意識が薄れるのを覚えた。
(アア、行っちゃった・・・・)
博子の上に倒れ込んできた河内を、博子は受け止め強く抱きしめた。
「耕治! 好きよ。愛してるわ」
「俺もだ」
荒い息をしながら、河内が耳元で呟いた。しばらくそのまま抱き合っていたが、やがて河内は両腕を立てて博子から体を離し、再び腰を動かし始めた。
「もう、できるの?」
「抜か六までは無理だけど、三回は続けてやれるぞ」
自慢げに河内が言った。井原が二度続けてやったことがあるけれど、三度続けてできた男はいなかった。
行ったばかりだから、まだ体が気怠く、感覚が鈍ったようになっていた。しかし、しばらくすると再び上り始めて再び行った。博子に少し遅れて河内も行った。
驚いたことに、言ったとおりに河内はもう一度腰を動かし始めた。今度はなかなか行かず、途中で中折れ状態になりながら、長い間博子を突き続けた。
河内が三回目の仕事を終えたときには、博子はくたくたになっていた。帰る気もせず、ふたりはそのままモーテルに泊まってしまった。
夜が明けて、まだ眠っている河内を横目に見ながらベッドを抜け出してシャワーを浴びた。バスルームから戻ると、河内が起きていた。
「ヒロ、最高だったぞ」
博子はニッコリと微笑んだ。
「起き抜けに一発どうだ?」
肩をすくめると、河内は博子を抱き寄せた。
「フェラ、やってあげようか?」
「してくれるのか?」
「綺麗にしてきたら」
河内は笑顔でバスルームへと消えていった。
バスルームから出てきた河内を立たせて、両膝をついて河内の屹立したペニスを下から舐めあげていった。
「フェラは、初めてなのか?」
「もちろんよ」
「それにしてはうまいな」
「そうなの? 本に書いてあったとおりにやってるだけよ」
「そうか。あ、おい! 行きそうだ」
「いいわよ。出しても。飲んであげる」
勢いよく吐き出された粘液を博子はゴクリと喉を動かして飲み込んだ。
「ふああ、気持ちよかったぜ」
河内は満足げにベッドの上に倒れ込んだ。
「もう一回できる?」
「わからんなあ」
「やってみよう?」
博子は河内の上に跨って、半立ちの河内を自分の中に導いた。腰を上下させていると、硬度が増してきたようだ。主導権が河内へと代わり、博子が上り詰めると同時に河内も果てた。
しばらく河内の胸の上に倒れていた。
「ヒロ?」
「なに?」
「ホントに初めてだったのか?」
「そうよ」
「血が出なかったな」
「出なくても初めてだったのよ。信じてくれないの?」
睨み付けると、河内は慌てたように首を振った。
「い、イヤ、信じているさ」
「処女をあげたんだから、捨てないでね」
「わかってるよ」
すぐに返事が戻ってきて、博子は安心した。
それからふたりは何度かモーテルで関係を持った。
「一緒に暮らそうか?」
河内がそう言いだしたのは、ひと月ほどたったときだった。
「いいわ」
古いけれど、2DKのアパートに引っ越して、博子は河内と同棲し始めた。
「おまえのクリトリスはちょっとおかしいな」
同棲し始めてから、暗くしてと言えなくなったために、博子は女の部分をまともに見られてしまったのだ。しかし、言い訳は考えていた。信じて貰えなければそれまでだった。
「子供の頃、事故で怪我をしたの。だから、男の人に愛して貰えるなんて思ってもみなかったわ。見せたくはなかったんだけど、あなたにはホントのわたしを知っていて貰いたかったから・・・・」
「そうか。怪我をしたのか。まあ、いいさ。これくらい、どうってことないさ」
元は男だと言うことがばれなくてホッとはしたが、河内を騙していると思うと、後ろめたさで心が痛んだ。
同棲し始めて三ヶ月後、河内が正座をして博子に頭を下げた。
「俺、若い頃無茶もやったし、稼ぎもそうよくない。だけど、ヒロのことを愛してる。ヒロ! こんな俺でよかったら結婚してくれ!!」
ついに恐れていたことが訪れたと博子は思った。博子は女として暮らしているし、女だと思っている。しかし、戸籍は男だ。結婚などできようもない。何とか諦めさせるしかない。
「耕ちゃん、ありがとう。でも、わたし、結婚できないの」
「どうしてだ? 俺のことを愛していないのか?」
「愛しているわ。でも・・・・、でも、結婚はできないの」
「何故だ! 何故なんだ!!」
詰め寄ってくる河内に、博子は項垂れ話し始めた。
「わたし、子供を産めないの」
「ガキ? ガキなんていらないさ。うるさいばかりじゃないか」
子供を産めないと言えば、諦めると思ったのにダメだった。
(こうなったら、真実を語るしかないわ)
石田健介は、なにも言わずに男の前から姿を消した。しかし、博子は違った。河内に告白することにしたのだ。騙したまま姿を消すなどと言うことができなかったのだ。
「わたし、博子って名前じゃないの。大久保博子というのは偽名なの」
「なに? じゃあ、なんて名前だ?」
躊躇ったあげく、博子はついに口を開いた。
「大久保・・・・、大久保大介って言うの」
「だ、大介!!」
「そう。わたし、男なの」
「嘘だ! そんなこと信じられるか!! おまえのどこが男だって言うんだ!!」
「ホントなの。性転換して女になったの。だから、クリトリスのところが変だったでしょう?」
思い当たって、河内は茫然となった。
「今まで騙していてごめんなさい」
博子は目に涙を浮かべていた。
「でも、わたしは女として耕ちゃんを愛していたわ。そのことに嘘偽りはないわ」
「ホントなんだな。俺を愛しているって言うことは?」
「え、ええ」
河内は、下を向いてジッと考え込んでいた。しばらくして河内が口を開いた。
「以前テレビで見たけど、俺たちと同じようなカップルが、養子縁組をして一緒に暮らしてたよな」
その言葉に博子は目を見開いた。
「結婚という形じゃなくて養子縁組なら、俺たち家族になれるよ。それならどうだ?」
「本気なの?」
「本気さ。本気でなかったら、こんなこと、言えるかよ!」
「お父さんやお母さんは? どうやって説得するつもりなの?」
「説得なんてする必要があるかよ。親父やお袋とは関係ない。俺自身の問題だ」
唇をきりっと結んで話す河内の決心に揺らぎはないものと思われた。
「後悔しない?」
「後悔するくらいなら、初めから言わない。俺はこれまでそうやって生きてきたんだ」
「ホントにいいの?」
「何度同じことを言わせるんだ。おまえこそいいんだな。俺みたいな極道と一緒で」
「あなたとなら、一生一緒にいたい」
「ヒロ!」
「耕ちゃん!!」
博子は、思い切って真実を話してよかったと思った。
河内は、友人たちを招いて博子と結婚式を挙げた。居酒屋で開かれた質素なものだったが、博子は幸せだった。
(もうひとつの秘密も、そのうち話さなければならないでしょうけど、性転換に比べれば、大した秘密じゃないわね)
数年後、法律改正に伴って博子は性別の変更を認められ、正式に河内の妻となった。