大久保浩の裁判がようやく結審した。自分の身勝手でふたりの人間を殺し、しかも反省の色がないとして、無期懲役となった。
沖中ミチルとなった沖中愉司は、女の子としての生活になれ、どこから見ても普通の女子高生として暮らしていた。しかし、どうしても女の子になりきれない部分が残っていた。それは、男に対する感情だった。
(男を好きになんかなれないよ、ミチル)
(そろそろ男だったことは忘れなさいよ)
(そうは言ってもなあ)
沖中は、ミチルの要請もあって週に1、2度オナニーをする。すごくいい気持ちになるし、そこが充分濡れた状態になるから、男を受け入れることができそうだとは理解できる。しかし、自分の相手としての男のイメージが浮かばなかった。
(誰かとやっちゃたら、いいかも)
(そんな馬鹿なことをよくも考えるな! お父さんは絶対そんな考え方は許さないぞ!!)
(はい、はい。じゃあ、お父さんが、男の人を好きになるまで待つわ)
そんな日が来るのだろうか? 沖中はこんな状況に置いた神様を恨んだ。
(神様に恨み言を言うのは何度目だろう?)
学校から帰って宿題のプリントをやっていると、いつものように池田華奈と松本亜由美がやってきた。
亜由美はいつも通りだったが、華奈の様子がおかしい。
「どうしたの? 元気ないね」
「うん・・・・」
「いったいどうしたのよ?」
華奈は下を向いたまま言おうかどうしようか迷っている様子だ。
「何か悩みでもあるの?」
「できちゃったかもしれないの」
「えっ!」
沖中と亜由美は驚きに目を合わせた。
「生理がないの・・・・」
「いつから?」
「一ヶ月」
「一ヶ月なら違うかも」
「中学3年くらいからは遅れたことがないの。だから、きっとできたんだわ」
「相手は? 相手は三浦先輩なの?」
華奈はこっくりと頷いた。
「清い関係だって言ってたでしょう? いつからそう言う関係になったのよ」
「先月の初めに、初めて・・・・」
「初めてしてできちゃったの?」
亜由美が呆れ顔で沖中を見た
「避妊しなかったの?」
「初めての時はできないって聞いたから」
「馬鹿だねえ。そんな俗説を信じて。この前教えてあげたでしょう? 排卵日にエッチしたらできるって」
「だって・・・・」
華奈は泣きじゃくった。
「好きだとか愛しているとか言われて無理矢理相手をさせられたのね」
華奈は頷いた。
「もっと主体性を持たなきゃダメよ。イヤならイヤって言うのよ。危険日だったら、コンドームして貰う。そうじゃなかったらさせない。それくらいしなきゃ」
亜由美はエッチの先輩としてであろう、お説教を始めた。
「でも、そんなことして嫌われたら・・・・」
「それくらいで嫌うなんて男はこちらから願い下げよ。あなたの体が目的に決まってるんだから」
沖中は亜由美の意見に頷いた。
「三浦先輩はそんな人じゃないわ」
「あんたがそう言うんならしかたないけど、どうするの?」
「どうするって・・・・」
「もし妊娠してたら、どうするのよ? まさか産むつもりじゃないでしょうね?」
「産みたいけど、そんなこと、許してくれないだろうし・・・・」
「そうよね。まだ17だものね」
「どうしよう・・・・」
「三浦先輩には言ったの?」
華奈は首を横に振った。
「じゃあ、まず相談することね。その上でどうするか決めたらいいわ。三浦先輩があなたに子供を産んで欲しいというのなら、ふたりで両親に話をすればいいわ。もし、処分しろって言うのなら、お金を出して貰わなきゃ」
「お金に話なんか・・・・」
「三浦先輩にも責任があるんだから、出して貰わないと」
華奈は下を向いたまま黙り込んでしまった。
「あなたが言えないのなら、わたしが一緒に行ってやろうか?」
しばらく考えていたが、華奈はひとりで話に行くと言って、急に立ち上がって沖中の家を出て行った。
「大丈夫かなあ」
亜由美が心配そうに呟いた。
「できていなければいいけど・・・・」
「そうね」
懸念は現実となった。華奈はやはり妊娠していたのだ。相手の三浦は逃げ回り、結局両親に付き添われて堕すことになった。
妊娠・堕胎の事実はすぐに高校に知られ、華奈は自主退学を余儀なくされた。沖中と亜由美は、華奈の力になろうとしたのだが、夏休みに入ってすぐにふたりには何の連絡もなく行方がわからなくなってしまった。一方の当事者三浦は何のお咎めもなく、脳天気に大学に通っていた。
男と女ではずいぶん違うと沖中は思った。
(妙な男に捕まらないようにしなければな)
(あら? 男とつき合う気持ちになったの?)
(あ、いや、そんなことはないよ)
(じっくり選びましょう。じっくり)
高校2年の夏休みは、大学受験も切羽詰まっていないから割と楽な生活を送った。大介を残して、沖中は祖父母の住む田舎へ行ったり、亜由美と女子大生を装って旅行へ行ったりした。
最後の10日を残すだけになって、貯まった宿題を懸命にこなして一息ついていたとき、大介が入浴をすませてリビングへやってきた。
シンプルなネグリジェに身を包んだ大介は、どこから見ても本物の女に見えた。
(なんか、急に女っぽくなったな)
(そうね)
「ジュースでも入れる?」
「わたしが入れるわ」
大介は、冷蔵庫からミックスジュースを取り出してコップに注ぐと沖中の前に座ってコップを差し出した。
「ありがとう」
その時、沖中はアレッと首を傾げて、大介の股間を見つめた。大介は、わざとそこを見せるかのように膝を少し開いていたのだ。
大介は、レースの縁取りの入ったショーツを穿いていたのだけれど、サポーターを穿いていたら見えない淡い茂みが見えた。
(あれがないんじゃないか? ミチル?)
(ホント。ないように見えるわ)
不思議そうな顔をしていると、大介がニッコリ笑っていった。
「気がついた?」
「気がついたって・・・・」
「夏休みに取っちゃったの」
「ええっ!! 取っちゃったって、性転換手術を受けたってこと?」
「そうよ。あなたが旅行に行ってる間にね」
沖中は唖然として大介の股間を見つめた。
「すっきりしていいわ。見る?」
大介はネグリジェの裾をあげた。どんな具合になっているか見てみたい気もした。しかし、そんな衝動は抑えた。
「い、いいわよ」
「そう? 綺麗にできてるのよ」
「へええ」
嬉しそうにする大介を沖中はいつまでも見つめていた。
性転換手術を受けたと告白した翌日、沖中が浴室で体を洗っていると、大介が裸になって入ってきた。
「一緒に入ってもいいでしょう?」
(一緒でも大丈夫だよね)
(大丈夫だよ。大介は女なんだから)
「いいわよ」
沖中はニッコリ笑って浴室に招き入れた。大介が自分はホモだと宣言して女装を始め、女性ホルモンを服用して女っぽく変身していったときでさえ、沖中はやはり大介に対して警戒していた。大介にペニスが存在したからだ。
沖中は、ニューハーフと言われる連中の中には、逆アナルファックができるものがいることを知っていた。つまり、大介がいくら女に近づこうとも、ペニスがあれば女の沖中と性交渉を持つ可能性がゼロではないのだ。
しかし、その危険がまったくゼロになってしまったのだ。沖中は、今まで感じたことのない安堵を覚え、互いに体を洗い合った。
「博子ちゃん、肌が綺麗だね」
「ありがとう。ミチルちゃんも綺麗だよ」
その目にいやらしさの欠片もなかった。沖中は、大介がホントの性同一性障害なんだなと考えた。大久保博子の魂が大介の中に入り込んでいることを知らない沖中にとっては至極当然の発想だった。
「ミチルちゃん、やっぱり見て」
「えっ?」
「仕上がりを見て欲しいの」
沖中には大介の気持ちがわからなかった。しかし、他人に見せて、女になったことを確かめて欲しいのだと理解した。
「わかったわ」
大介は、バスタブの端に腰を下ろして、片足をバスタブの上に置いて股間を沖中に曝した。
まだ短い陰毛の中に、茶色の襞が見えた。一見すると、まったく女のものに見えた。
「どう?」
「信じられないわ。わたしのと同じに見える」
「そうでしょう? でも、こうするとどう?」
大介は人差し指と中指で襞を開いて見せた。
「クリちゃんのあたりがなんとなく違う感じね」
「そうよね。他は?」
「自分のものそんなによく見てないから、よくわからないわ」
(嘘ばっかり。鏡でよく見ていたくせに)
(おまえがよく見て、自分が女になったことを確かめろって言ったんじゃないか)
「ミチルちゃんのと比べて見せてくれない?」
「わたしのを見せるの?」
「いけない?」
本物の女同士でも見せ合うなんてことをするのだろうか? けれど、嘆願するような大介の目に負けて、沖中は見せてやることにした。
「鏡を持ってくるわ」
大介は鏡を取りに外へ出て行った。
(ホントにいいのかなあ。女になったって言っても、大介は男だったんだよ)
(今は女だから問題ないでしょう?)
(それはそうだけど。ミチルのあそこが黒いとか言いふらさないかな?)
(黒くなんてないわよ)
(そうか? ちょっと触りすぎて黒くなってるような気がするけど)
(馬鹿! お父さんなんて知らない!!)
「お待たせ」
戻ってきた大介と共にバスタブの端に腰掛けて、襞を開いて鏡を交互にかざして比べてみた。
「どう?」
「おしっこの出口がちょっと上かな?」
「そうね」
「腟の入り口あたりの形が違うわね」
「うん。でも、いい仕上がりだわ」
「安心した?」
「ありがとう。ごめんね。無理を言って」
「いいわよ。ルームメイトだもの」
沖中は、大介より先にバスルームを出て体を拭きながら大介の新しい部分を思い出した。
(結構よくできていたな)
(ほんと。ちょっと見はわからないわね)
(立派な腟があるみたいだけど、男とエッチするつもりなんだろうか?)
(そうでなかったら、腟なんていらないでしょう?)
(それもそうか。そうか、するつもりなのか・・・・)
沖中には、大介の気持ちがわからない。沖中自身は好きで女になったわけではないのだから。