沖中美津子と大久保浩が出会ったのは、4年前、ミチルが小学校5年生、大介が小学校6年生の時だった。
大久保浩は、営業マンだったから比較的時間が取れると言うことでPTAの副会長に指名され、やむなく引き受けることになった。
いっぽう美津子の方は、PTAの役員などとんでもないといつも逃げていたのだが、くじ引きで負けて広報部長を引き受けさせられたのだった。
役員会と称した会議が終わるとアルコールの伴った食事が用意され、そのまま夜の街に繰り出したり、最初から懇親会という名前の元に宴会をするようなことがしばしばあった。
同じ年令の子供を持つ親たちであるから、年齢的にはそれほど離れていない。だから話が弾む。帰宅が遅くなるのは当然の帰結だった。
しかし、そのことが不倫に繋がることは滅多にないと言ってよかった。何故なら、いつも団体行動だったからだ。互いに監視し合っていたというのが正しいのかもしれない。
美津子も大久保浩も、互いに関心があったわけではない。不倫のきっかけというものはほんの小さなことで起こるものなのだ。
その日、2学期のPTAも無事終了し、忘年会を兼ねた懇親会が開かれた。夕食の準備をしていて遅くなった美津子は、車で会場に駆けつけた。美津子は、アルコールが好きではなかったから、飲まないで運転して帰るつもりだった。早く帰ろうと思ったのだけど、捕まってしまってアッシーをさせられる羽目になってしまった。
同世代のお母さんたちをのお喋りは楽しく、美津子はウーロン茶を飲みながら遅くまでつき合った。
午前0時を回った頃、半分ほどが帰ることになり、美津子の運転する車に近くに住む3人が乗り込んできた。そのひとりに大久保浩がいた。
順番に送っていって、最後が大久保浩になった。その前に車を降りた女性副会長が、冗談交じりに、大久保さんに襲われないようにねと言い残していった。それがかえってふたりの気持ちを動かしてしまった。
大久保から見れば、美津子は妻の博子ほどの器量はなかった。しかし、派手で性格の強い博子に比べて、美津子は物静かで男が守ってやりたいと思う妙な魅力があるように思えた。そう感じたのは酔っていたせいかもしれない。
美津子の方は、愉司に不満はなかったけれど、大久保に逞しさのようなものを感じ取っていた。
「ホントに襲ったらどうします?」
再び走り始めてすぐに、唐突に大久保がそう言ったとき、美津子は当然冗談だと思った。
「あんな綺麗な奥さんがいるのに、わたしなんかじゃ、相手にならないでしょう?」
「いや、沖中さん。あなたは魅力がある。あなたはそれを知らないだけだ」
「ご冗談を」
美津子は本気にしなかった。
「着きましたよ」
美津子は玄関前に車を停めた。
「今度、電話します。よろしかったら、つき合ってください」
そう言って、大久保は美津子の頭を抱いて、唇を奪ったのだった。茫然とする美津子を残して、大久保は玄関へと消えていった。
沖中と結婚して以来、他の男性とキスしたのは初めてだった。ただ唇が合わせられただけだったけれど、美津子は体中が痺れるのを感じていた。
そのショックとも言うべきものが冷めやらぬ二日後の午後、電話が鳴った。大久保だった。PTAの連絡網を利用して電話を掛けてきたのだった。
「沖中さん、大久保です。お茶でもいかがですか?」
断れば断れた。しかし、何故か美津子はふらふらと指定された通りへと出て行った。やがて大久保の乗った車が横に停まり、美津子は乗り込んだ。
「どこへ行きます?」
「どこへでも」
大久保の車がモーテルへ入って行ったとき、美津子は拒否せずに部屋の中へ入り、自ら着ていたものを脱いで下着姿になった。美津子は自分自身が信じられなかった。しかし、それを望んでいたのは確かだった。
「綺麗だ」
「垂れてしまったわ」
ブラジャーのカップを下から持ち上げながら恥ずかしげに言った。
「そんなことないよ」
大久保は美津子を抱き寄せて唇を合わせた。先日の軽いキスではなく、濃厚なキスだった。大久保は美津子をベッドの上に押し倒して、ブラジャーを剥ぎ取り、体中に舌を這わせた。愉司のおざなりな愛撫しか経験のなかった美津子は、それだけで二度は行った。
それから、大久保は美津子の敏感なところに集中攻撃を加えてきた。転がし吸われ噛まれた。美津子は、そのあたり全体が水をまいたようになっているのを自覚していた。
両足を持ち上げられて、秘陰に舌を差し込まれ、さらに美津子がそんなところをと思うところにまで舌が這わされた。
「大久保さん、そんな、そんなところは・・・・」
「止めて欲しいか?」
「い、いえ・・・・」
狂わんばかりの快感がもたらされた。期待していたことが実現したと美津子は考えていた。
大久保の持ち物がそれほど素晴らしいとは思わなかった。しかし、大久保の愛撫で何度も行かされていた美津子は、愉司のものよりは劣るもので気を失うほどの快感を得ていた。
美津子は、大久保の手によって初めて本当の女としての喜びを経験することになった。美津子は大久保から離れられなくなる自分を感じていた。
大久保の方は、子供を産んでいる美津子が、女としてまったく開発されていないことにむしろ驚いていた。俺がこの女をホントの女にしてやる。そんな気持ちで美津子を抱いた。
逢瀬を重ねるうちに大久保は、拘束具を持ち込んで美津子の体を拘束した上でディルドーやアナルビーズで美津子を責め立てた。さらにアナルファックさえも行うようになった。
大久保は、妻が絶対に応じてくれないことをすべて美津子にやらせ、性的満足を得ていた。大久保にとって美津子は都合のよい女だった。
美津子は未知の快楽に溺れていた。すでに心は大久保のものとなり、いつ沖中と別れようかとそればかりを考えるようになった。
「ねえ、浩さん。奥さんと別れてわたしと一緒になって。わたしも別れるから」
美津子がそう言いだしたのは、美津子が初めて大久保に抱かれてから1年ほどたってからだった。
「俺もそうしたいところだが、理由を言えと言うに決まっている。理由がなければ、博子は絶対に別れてはくれない。不倫なんてとんでもない。君と不倫しているのが知れたら、とんでもないことになる」
「そう・・・・」
大久保はただ不倫を楽しんでいるだけで、美津子のことを愛してはくれていないと思った。しかし・・・・。
「いっそ、殺してしまおうか?」
そんな言葉が大久保の口から出てきて、美津子はビックリしたが、自分と一緒になるために妻殺しまでしようとする大久保に感激していた。
「えっ? 殺すの? そんなことしたら、警察に捕まってしまうわ」
だが、穏便に別れてくれるのが一番だ。殺人なんてとんでもなかった。
「ばれないようにすればいい」
「ばれないようにって、どうするの?」
「今考えているんだ。・・・・そうだ。あいつが実家に帰るときに・・・・」
大久保の妻・博子は、月に一度、息子の大介を連れて実家に帰る。それは結婚したときからずっと続いていた。
「美津子。どこかの病院へ行って、不眠症だと偽って、睡眠薬を手に入れてくれないか?」
「睡眠薬? そんなもの手に入れて、どうするの?」
「博子は、実家に帰るとき高速を使う。眠気覚ましと言って、コーヒーに睡眠薬を入れるんだ。高速で事故を起こせば、死ぬ確率が高い」
「でも、睡眠薬を入れたことがばれない?」
「・・・・そうだな。じゃあ、保険証をおまえに貸すから、博子の名前で睡眠薬を手に入れてくれ。そうしたら、睡眠薬が検出されても大丈夫だ」
「そう、それなら大丈夫ね」
穴だらけのざるのような計画が成功するはずがなかった。しかし、計画は成功して、大久保博子は高速道路で事故を起こして即死した。しかも、睡眠薬の使用はばれずに事故として処理された。
同乗していた息子は、打撲傷を負っただけで助かったのだが、大介も死んでしまえば、邪魔者は全部片づいたのにと大久保が呟くのを聞いて、美津子は恐ろしくなった。しかし、もう引き返せなかった。
次は沖中愉司の番だった。しかし、すぐに事故死して、残された片割れ同士が再婚したのでは疑われると、一年待つことにしたのだ。
沖中愉司は、夕方会社から帰るとチューンナップした車で近くの峠まで走りに行く習慣があったから、事故を見せかけて殺すのは簡単だと思われた。
「そろそろやろうか?」
大久保が褥の中で美津子囁いた。今度は、大久保が沖中愉司の名前を使って睡眠薬を手に入れていた。
「いいわ」
そう答えたけれど、問題が生じていた。夫・沖中愉司はいつもひとりで走りに行っていた。ところが、ある日から、娘のミチルを同乗するようになったのだ。
大久保は最初の殺人の時、息子も一緒に死ねばよかったと言った。しかし、美津子は自分のお腹を痛めた子まで一緒に殺せないと思った。そこは男と女の違いだろう。だから、ミチルが塾に行っていない日を狙って、沖中に睡眠薬入りのコーヒーを持たせることにした。毎回、少し濃いめのコーヒーを持たせて、チャンスを窺っていた。
あの日、ミチルはまだ塾にいるはずだった。塾を時々さぼって友達とおしゃべりにふけっていたことなど知らなかった。
美津子は計画を実行に移した。峠の方からサイレンが聞こえてきたとき、うまく行ったかもしれないと思った。しかし、救急車のサイレンが鳴り始めて、そろそろ帰ってくるはずのミチルの姿がなかったとき、美津子はパニックとなった。ミチルが沖中と一緒に車に乗っているのではないかと。
だから、サイレンを聞いてから1時間ほどして掛かってきた警察からの電話に、沖中の安否よりも先にミチルの安否を聞いてしまったのだった。
病院へ着いて、沖中は即死だったが、ミチルは骨を折っただけで無事と聞いて、美津子はホッと胸を撫で下ろした。
邪魔者はいなくなった。ふたりは手に手を取り合って幸せに暮らすはずだった。しかし、ふたりの計画に気づくものが現れたのだ。いや、こんなずぼらな計画が破綻しないはずはなかったのだ。
松浦麗子が持ち込んできたポットに入ったコーヒーに含まれていた睡眠薬は、警察の手によっても確認された。
死亡した沖中愉司の血液は、救急病院に保存されていた。その中から同じ睡眠薬が検出され、その量から沖中愉司はまともに運転できなかったことが推定された。
ただそれだけでは美津子が睡眠薬を盛った証拠にはならない。そこで、睡眠薬の入手経路をあたることにした。
美津子はそのような病院を訪れているという証拠がなかった。沖中愉司の方が、不眠を訴えて睡眠薬を手に入れていたことがわかった。結論は、沖中愉司が自分で睡眠薬を飲んで事故ったと言うことになる。
捜査官たちは頭を抱えた。しかし、沖中愉司の同僚を調査してみて、沖中愉司が不眠を訴えていたという情報は得られなかった。
どうもおかしい。そう思いながらも、捜査はそこで行き詰まっていた。ところが、春になって沖中美津子が再婚するという情報を得た。相手の男、大久保浩を調査していくと、沖中美津子と2年あまり前から不倫関係にあったことが判明した。気づかれないようにやっていたつもりでも、誰かがどこかで見ていたのだ。捜査官たちは、大久保浩が睡眠薬を手に入れたのではないかと疑った。
ところが、大久保浩は、検診以外に病院を訪れたことがなかった。またもや行き詰まりかけたが、大久保博子が睡眠薬を手に入れていたことに捜査官のひとりが気づいた。
「沖中美津子が大久保博子に、大久保浩が沖中愉司になりすまして睡眠薬を手に入れたのでは?」
そんな意見が出て、睡眠薬を処方した病院に沖中美津子と大久保浩の顔写真を持って捜査官が訪れた。
「この人です」
病院の受付嬢によって、沖中愉司として睡眠薬を貰った男が大久保浩だと確認された。睡眠薬をもらいに来たのに、待合室で大あくびをして居眠りをしていたから覚えていたというのだった。
この時点では、沖中美津子が大久保浩に依頼して睡眠薬を入手し、コーヒーに混入して沖中愉司に飲ませ、事故死を誘発したことが推定された。
しかし、大久保浩については、妻殺しの容疑はあるものの、証拠はまったくなかった。大久保博子の遺体は荼毘に付され、血液サンプルもすでに処分されていたからだ。大久保浩が罪に問われるとすれば、沖中愉司の名前を騙って睡眠薬を手に入れたことだけだった。
しかし、警察はふたりの逮捕に踏み切った。状況証拠は揃っている。沖中美津子を問いつめれば、自白が誘導されると踏んだのだった。
大久保浩は身に覚えがない。冤罪だ。警察を訴えると息巻いた。しかし、沖中美津子は、警察官の根気強い説得にとうとう自白を始めた。余程のことがない限り、普通の人間は自分の犯した罪を拭いきれない。それに、大久保浩が自分の罪を免れるために、美津子が夫に睡眠薬を盛ったのは美津子が勝手にやったことで、大久保は睡眠薬を手に入れるために利用されたに過ぎないと主張したことから、美津子の気持ちが完全に大久保から離れてしまった。美津子は、大久保浩のやったことも事細かに供述した。
美津子は、自分の身勝手のために、夫を死に至らしめたことを深く後悔していた。ところが、大久保浩の方は、証拠がないことを楯にして徹底抗戦の構えだった。
しかし、美津子が、大久保博子の名前を騙って睡眠薬を手に入れたことが確実となり、大久保浩は追いつめられていき、ついには自白することとなった。