第16章 美津子の再婚

 娘のミチルとなってしまった沖中愉司は、14才の女の子を結構楽しんでいた。松本亜由美や池田華奈たちとも話が合うようになってきたし、4人の男の子たちとも良好な関係を築いていた。
 生理も、前兆らしきものがわかるようになったから、粗相をしなくてすむようになっていた。ただ、生理などなければいいなとは思う沖中だった。
 (だめよ。子供を産むためには必要でしょう?)
 (こども? 子供なんて、お父さんがいなくなってから考えてくれ)
 (ミチル、お父さんがいなくなったら、困る)
 ミチルが泣くので、それ以上は考えないことにした。

 ミチルの学業成績は学年で10番以内で推移し、スポーツも万能で、全校の男子生徒から注目されていた。
 沖中は沖中愉司だったとき、生まれてこの方そんな状況に置かれたことがなかった。ミチルとしてはスポーツ万能でも、男としてはそれほど目立つわけではなかったし、成績は中の中だった。だから、舞い上がっていたという方が正しい。
 (お父さんのおかげで、わたし、スターみたい)
 (えっへん!)
 (ずっと一緒にいてね?)
 (・・・・そうだなあ。ずっと一緒にいたいのは山々だけど・・・・)
 ミチルとして生きていることに多少の後ろめたさもあった。ただ、この世から消えてしまうことへの恐怖もあったし、今のままでいれば、ミチルが言うようにスターみたいなものなのだ。このままミチルの中で生きたいと思うのは、当然と言えば当然だろう。
 (嬉しい! お父さん、死ぬまで一緒よ)
 (あ、ああ)
 考えることはすべてミチルに筒抜け。それだけが問題だ。

 中学2年も3学期の終業式が終わり、春休みとなった。春休みがすめば、中学3年となる。一歩成長することになる。
 ミチルの胸も急速に大きくなってきて、Bカップのブラではきつくなってきた。
 (次はCカップのブラを買わなきゃ)
 (すぐにDがいりそうだな)
 (うん)
 美津子はCカップが余る程度。恐らくミチルは、母親以上に成長しそうだ。

 沖中が中学生だった頃、春休みには宿題はなかったと思ったのだが、宿題がかなりたくさん出されていた。解くのは難しくはないが、時間を取られるのが無駄なような気がしてならない。宿題なんていやだけど、しないわけにはいかないので、沖中は机に向かっていた。
 「ミチル! ミチル? ちょっと降りてきて」
 美津子が呼んでいる。おやつの時間にはまだ早いけどと訝りながら、沖中ははあいと返事をして階段を下っていった。
 リビングに行くと、美津子が畏まって座っていた。
 「なに?」
 「ちょっと座って」
 「うん」
 沖中は、美津子の向かい側にちょこんと腰をかけた。
 「あのね。実はミチルに話があるの」
 「何なの?」
 「あなた、大久保君とは仲がいいわね?」
 「大久保君? ええ」
 「大久保君のお父さん、知ってる?」
 「大久保君のお父さん? さあ、会ったことないけど。大久保君のお父さんがどうかしたの?」
 「冬休みの前にPTAがあったでしょう?」
 話が飛んで、美津子が何を言いたいのか沖中にはわからなかった。
 「あったけど?」
 「PTAが終わったあと、役員で懇親会があったの」
 「アア、覚えてる。お母さんが遅く帰ってきた日でしょう?」
 「大久保君のお母さん、事故でなくなったでしょう? うちもお父さんが死んだって言う話をしていたら、変に意気投合しちゃってね。今年に入ってから、大久保君のお父さんとお付き合いしているの」
 沖中は目を丸くした。美津子は一生独身でいてくれて、沖中愉司の回向をしてもらえると思っていたからだ。
 「嘘・・・・」
 「あなたが驚くのは無理はないわ。でも、お母さん、大久保君のお父さんのことがとっても好きになっちゃったの」
 「まさか、結婚するなんて言うんじゃないでしょうね?」
 「そのまさかなの」
 「ええっ!!」
 「昨日、大久保君のお父さんにプロポ−ズされちゃったのよ」
 「受けたのね」
 「ええ。でも、いくら何でもお父さんの一周忌も終わらないうちは不謹慎だってことになって、お父さんの一周忌が終わったら、入籍しようってことになったの」
 ショックだった。沖中は目の前が暗くなった。
 「ミチル? 許してくれるでしょう?」
 なんと言おう。なんと言ったらいいんだろう。俺はここにいる。再婚なんて許さないぞと叫べばいいのだろうか? しかし、そんなことを言えるはずもなかった。
 (なあ、ミチル? おまえもそう思うだろう?)
 (そう言うことね)
 (おまえの気持ちとしてはどうなんだ?)
 (いやに決まってるでしょう? でも、反対したところで、どうしようもないみたいだし・・・・)
 美津子の話は相談ではなく、決めてしまったことの報告なのだ。
 「許すも許さないも、もう受けちゃったんでしょう?」
 「え、ええ」
 沖中はハアと溜息をついた。もしかするとこんな日が来るかも知れないとは漠然と思っていた。けれど、それがこんなに早く訪れようとは思ってもみなかった。
 「それでね。大久保さんの家は、今は貸家なの。だから、結婚したら、この家に一緒に住もうと思うの」
 「この家で・・・・」
 沖中が借金してやっと手に入れた家。その借金も沖中が死んだことによって保険によって補充され、支払いはしなくていいことになっていた。沖中が建てた家に、他人の男が住むなんて・・・・。悔し涙が流れた。
 「どうしたの? ミチル?」
 「お父さんが、可哀相だと思って・・・・」
 「それはそうかも知れないけど、お母さんだって、まだ若いから、もう一花咲かせたいのよ。わかって?」
 美津子は35才。気持ちはわからないでもなかった。
 「大久保君は? 大久保君もここに来るの?」
 「もちろんよ」
 「兄弟になっちゃうの?」
 「お母さんと大久保君のお父さんが結婚したからって、そうはならないわ。あなたたちには関係のないことなんだから」
 大久保大介。暗くて何だか頼りない子だけど、真面目そうないい子だ。一緒に住むというのは何かと問題が起こりそうだけどと沖中は考えていた。

 大久保親子との同居は、当然のことながら沖中愉司の一周忌がすんだ入籍後だとばかり思っていた。
 ところが、美津子が大久保浩との結婚を沖中に打ち明けた翌々日に、大久保親子が引っ越してきたのだ。
 「ミチルちゃん、よろしく頼むよ」
 大久保浩は、大介の頭を手で押さえるようにして一緒に沖中に向かって頭を下げた。
 「え、ええ」
 ミツルの部屋の向かい側の部屋に大介の荷物が運び込まれてきた。手伝おうかと思ったけれど、同じ学年の女の子に見せられないものもあるだろうと思ったし、あまりにも唐突だったから少し機嫌を悪くしていたせいもあって、部屋に籠もって宿題をしていた。

 「ミチル! 大介ちゃん! ご飯よ! 降りてきなさい!!」
 そんな声に時計を見ると、午後7時を回っていた。窓の外は暗くなっていた。ドアを開けて廊下に出ると、大介と鉢合わせになった。大介はちょっと恥ずかしげに緊張した面持ちでぴょこんと頭を下げて、どうぞとばかりに手を階段の方へ差し出した。沖中は黙って先に階段を下っていった。
 ダイニングに行くと、大久保浩がビールを飲みながらテレビを見ていた。美津子はそれまで沖中が見たことのないような笑顔で料理をテーブルに運んでいる。
 「ミチルはそっち、大介君はそっちに座って」
 美津子は座りながら、大久保浩のコップの中が空になっているのと見てビールを追加してやった。
 「大急ぎで作ったから、何にもなくて。さあ、食べて」
 沖中と大介は、居心地が悪そうにして箸を進めていったが、美津子と大久保浩は、まるでずっと夫婦であったかのように睦まじい態度だった。
 そんな様子を見て、沖中は腹が煮えくりかえっていた。
 (まだ一周忌も来ていないのに。同居するといったときに反対していればよかった)
 そう思っていたが、すでに手遅れだ。ブスッとして黙々と料理を片づけていった。

 「ごちそうさま」
 そう言い残すと、沖中はさっさと部席を立った。
 「ミチル、もう少し、ここにいなさい」
 沖中は美津子のそんな言葉を無視して階段へ向かった。
 「ミチル!!」
 「美津子、放っておけよ。ミチルちゃんは多感な時期なんだから。仕方がないよ」
 そんな声が聞こえてきた。それがわかっているのなら、こんな横暴なことをするなよと沖中は怒りを覚えていた。
 (そうだよな、ミチル?)
 (そうよ。もしお父さんがいてくれなかったら、わたし、きっと泣いちゃうわ。お母さんもいなくなったも同然だもの)
 涙がぽろぽろ流れた。それは、ミチルの悲しさと、沖中の悔しさの混じり合ったものだった。

 居心地が悪いのは大介も同じらしい。すぐに向かいの部屋のドアが開く音がした。静かで何をしているのかわからないけれど、勉強でもしているのだろうと沖中は思った。
 1時間ほどして、美津子がドアをノックした。
 「ミチル? お風呂に入りなさい」
 沖中はブスッとして入浴の準備を始めた。
 「ミチル? これからずっと一緒に暮らさなければならないんだから、いつまでもそんな態度じゃいけないわよ」
 美津子を無視してバスルームへ入った。

 大久保浩とは絶対に口をきいてあげないぞと思いながら、長くバスタブに浸っていた。バスタオルで体を拭いて、ショーツを取ろうとしたらドアが開いた。入ってきたのは、大介だった。
 「あ、ごめん」
 大介は、ドアを閉めて階段を駆け上がっていった。
 (お父さん、キャアとか何とか叫んでよ。わたしの裸を見られたのよ。まだ、誰にも見せていないのに)
 沖中は、女の子としての生活になれ、スカートを穿くことにもそれほど違和感がなくなってきている。しかし、感覚としては男だ。だから、男である大介に裸を見られたとき、それほど重大なことだとは思わなかったのだ。
 (あ、そうだったな。しかし、今からじゃ、手遅れだな)
 (もう・・・・。これから同じことがあったら、世界中に響くような声で叫んでよ)
 (わかった、わかった。けど、全部を見られてないかもしれないぞ。顔だけ見て驚いて出ていったみたいだから)
 (・・・・そうかなあ)
 下着を身に着け、パジャマを着て部屋に戻った。ドアを閉めると、向かいのドアが開いて、ミチルの部屋のドアがノックされた。
 「ごめんよ。見るつもりじゃなかったんだ。もう上がったって聞いたから」
 ドアの向こうから、大介がそれだけ言って階段を下っていった。
 (アア、しっかり見られたみたいよ。どうしよう・・・・)
 (いいさ。ミチルの裸を見たって言いふらすような子じゃないから)
 (それはそうだろうけど・・・・。えっ? そんなことするの?)
 ミチルの考えが筒抜けだと言うことはこんな時、問題だ。沖中はその時、言いふらしはしないだろうけど、ミチルの裸を思い出してマスターベーションするのではと考えたのだった。
 (それは止められないよ)
 (ああ、いやらしい。男なんて)
 (お父さん、男だけど)
 (お父さんはいいの。それに、もう男じゃないから)
 男じゃないと言われて、そうだったと改めて感じた。沖中は14才の女の子。メンスもある。このままいけば、そのうち男とセックスして、子供を産むことになる。いつも溜息ばかりだ。

 午後11時、沖中は予定の宿題を終えてベッドの中へ入った。しばらくして、大久保浩らしい足音が階段を上ってきて、奥にある寝室へと消えていった。それから、10分ほどたってから美津子らしい足音がして寝室へと消えた。
 美津子を寝取られているような気がして沖中は無性に腹が立った。
 (再婚するっていったとき、やっぱり反対すべきだった)
 その思いが一層激しくなったのは、美津子の荒い息づかいが聞こえてきてからだった。各々の子供がまだ起きているかもしれないと言うのに、恥ずかしげもなくそんなことをするふたりに怒りを覚えていた。

 沖中は週に一度程度だったが、ふたりは毎日のように体を重ねているようだった。美津子が毎日応じるなんて沖中には信じられなかった。
 (仕方ないわね。お父さん、死んじゃったんだから)
 (こんなことを知るくらいなら、いっそあの世に行ってしまっていた方がよかったよ)
 (またそんなことを言う。わたしのために一緒にいてよ)
 (はあ・・・・)
 またため息が出た。

 大介は、その後はかなり気を付けているらしく、同じような間違いは二度と起こさなかった。それでも、入浴時に覗かれはしないかと沖中はかなり気を遣った。
 気を遣うのはそれだけではなかった。パジャマ姿でうろうろしたり、行儀の悪い格好をして、テレビを見てげらげら笑ったりできなくなったからだ。

 ミチルになってしまったときも不自由な生活になってしまったけれど、これでますます自由がなくなってしまった。沖中はそう感じていた。

 中学3年の1学期が始まった。池田華奈、松本亜由美と再び同じクラスになり、3人は手を取り合って喜んだ。勿論、沖中にとってはどうでもいいことだったけれど、仲良し3人組と言うことで、そうせざるを得なかったのだ。
 「ところで、ミチル? 大介と一緒に暮らしてるんでしょう?」
 「なに? その言い方。まるで同棲しているみたいじゃない?」
 「あ、そんなふうに聞こえた? じゃあ、同じ家で生活してるのって言った方がよかったかな?」
 「そりゃそうよ」
 沖中はむくれて見せた。
 「で、どう?」
 「なにが?」
 「惚けちゃって。迫ってきたりしない?」
 「まさか。そんなことしないわよ。大介の気が弱いのは知ってるでしょう?」
 「そうね。でも、そばにいたら、つい出来心で抱きついたとか覗きをしたとか?」
 覗きはあったけど、あれは事故だし、言うこともないと考えた。
 「ないない。大介にそんな勇気はないわ」
 「ふうん」
 華奈は不満そうな表情を見せた。
 「なによ。そんなことがあることを期待しているみたいね」
 「だってさあ。あなたはこの学校のアイドルなのよ。そのアイドルと一緒にいて、何もしないなんて考えられないわ」
 「でも、それが事実よ」
 「そうだとしたら、大介って、面白くない男の子ね」
 「そうだね。面白くないって言ったら、面白くないかも」
 年頃の女の子としては、危険のない範囲でどきどきしたいのかもしれない。沖中もその気持ちがわかるような気がして同意したのだった。
 しかしと沖中は考えた。この女の体を使って、男の子を惑わせてみるのも面白そうだなと。
 (お父さん、何考えてんのよ! 馬鹿ね)
 (やっぱ、だめか)
 (当たり前でしょう? 男の子の心を弄ぶようなことを、お父さんの娘がするとでも思っているの?)
 沖中は何も言えなくなってしまった。

 一方、大介の方は、沖中ミチルの家に同居していると言うことが学校中に知れ渡って、いろいろと問題が起こっていた。
 「沖中ミチルと同じ屋根の下に住んでるのか。いいな」
 それくらいだったらいいのだが、やっかみ半分の流言飛語が飛び回り始めた。
 「沖中の着替えを覗いているらしいぞ」
 「下着姿だけじゃなく、裸も見たらしい」
 「キスしたらしい」
 「一緒に寝ているらしいぞ」
 ここまで来ると、沖中も黙ってはいない。しかし、否定すればするほど噂というものには尾ひれがついてきた。そしてついには、大介が沖中ミチルを無理矢理犯したらしいなどという噂も流れ始めた。大介だけの問題ではなく、沖中としては大事な娘であるミチルの処女性が疑われる事態となったのだ。
 「お母さん、何とかして」
 美津子に泣きついて、美津子が学校へ相談に行ったが、何の効果もなかった。ところが、そんな噂はあっと言う間に消えてしまった。
 大介がひと言こう言ったのだ。
 「ぼく、ホモだから、女の子には興味がないんだ」
 そう言えばと思われるところはあると沖中は思った。
 「やっぱりそうか」
 同様に全校生徒もそれを認めた。そうなると、大介は格好のいじめの対象となった。無理矢理学生服を脱がされて、セーラー服を着せられたりもした。大介はそれに対してただ黙って耐えていた。
 しかし、沖中は大介の告白が嘘ではないかと思った。それはある日、大介が洗濯機に放り込んでいたミチルのショーツを目の高さに広げて、ジッと見つめているのを目にしたからだ。
 (ホモだったら、あんなことしないよな、ミチル?)
 (そう思うわ)
 もしかして、大介はミチルとの間に生まれた変な噂を断ち切るために嘘の告白をしたのではと。間違いないと思った。沖中は、大介をちょっと見直したのだった。