第11章 麗子の辿ってきた道

 真っ暗な部屋の中で、麗子はぼんやりと座っていた。
 (どうして女に生まれなかったのかしら? 女に生まれていたら、こんな苦労はしなくてもすんだのに・・・・)

 麗子の本名は、石田健介という。仙台の旧家の長男として生まれた。女になりたい男の中には、女兄弟ばかりの中で育ったという経歴の持ち主が多いかもしれないが、健介の兄弟は男ばかりの3人兄弟だった。
 物心ついたときには、健介はすでに男でいることに違和感を持っていた。しかし、厳格な両親は長男として厳しいしつけを健介に行った。健介は男に生まれたことを呪いながら、やむなく男として生きていた。
 そんなある日、健介はテレビをぼんやりと見ていた。テレビの画面には『笑っていいとも』が流れていた。そのひとつのコーナーにニューハーフが出演していた。
 (この人が男?)
 他の家族の手前、『なんだよ。おかまかよ』などと悪口を言ってみたけれど、心の中では自分もあんな風に女の格好をしてみたいと思っていた。しかし、母親以外に女性のいない家庭内で、しかも弟たちの目がある中で、女装することは不可能だった。それでも、時に洗濯機の中から母親の下着を取りだして身に着けてみたりもした。しかし、そんなことで満足できるはずもなかった。
 現在のようにインターネットはまだ普及していなかったし、小学生だった健介にとって情報を集めるのは困難だった。本屋や図書館を巡っても大した情報は得られなかった。

 それから3年ほどたって、修学旅行で東京に行ったとき、健介は偶然入った古本屋でニューハーフの載った写真集を手に入れた。それは、男のシンボルを隠した、上半身が露わになったヌード写真のようなものではなく、ごく普通のドレスを着たニューハーフがポーズを取っているだけの写真だった。しかし、健介にとって、その人物が男であるというその一点だけが重要だった。
 その写真集は、ボロボロになってそっと捨てられるまで、健介の宝物だった。

 その後、カルーセル麻紀の存在を知った。モロッコで女に性転換し、男性とセックスしたという記事を見たときには興奮して眠れなかった。いつかはぼくもカルーセル麻紀と同じように女になろうと決心した。
 『間違って男に生まれた』と言う表現を初めて聞いたとき、それは自分のことだと思った。

 中学を卒業したとき、健介は進学のためと称して東京にある私立高校へ進んだ。それは両親に目から逃れるためであった。男子校で全寮制という制約があったが、家にいるよりも格段に自由だった。
 高校に進んでまずやったことは髪の毛を伸ばすことだった。風紀委員に注意されるぎりぎりまで伸ばした。それも、男か女かわからないような髪型にしていた。
 次に目指したのは女装用のアイテムを手に入れることだった。しかし、これが簡単ではなかった。
 女性へのプレゼントと称して女物の下着を手に入れる男もいるだろうが、一見して高校生とわかる、いや見方によっては中学生にしか見えない健介はそんなアイデアが使えなかった。通販で手に入れる方法があったのだが、その時はそのことに気づかなかった。勿論下着泥棒などするつもりはなかった。
 悶々として半年が過ぎ去った。

 学園祭が開催される時期になった。そのプログラムのひとつを見て健介は色めき立った。それは『学級別女装コンテスト』だった。男子校ではしばしば見られるイベントのひとつだった。
 「うちのクラスは石田に参加して貰おう」
 「ほかにいないよな」
 色白で背が高くない健介に当然のようにそのお鉢が回ってきた。
 「いやだよ。女の格好するなんて」
 健介としては本心は嬉しかったが、そんなことを公表するわけにはいかなかった。イヤだイヤだと逃げ回る振りをしながら、クラスのためにやむを得ずという形でコンテストに参加することになった。

 数人の同級生に伴われて、高校の近くにあるデパートのレディスフロアに行った。
 「恥ずかしいよ」
 「毎年のことだから、みんな知ってるんだ。だから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ」
 そう言うことで、ブレザ−姿の男子高校生が堂々と女性用の下着売り場に行き、健介の体格に合わせてショーツとブラジャー、パンストを手に入れた。
 「次は可愛らしいワンピースにしよう」
 リーダー格の指示で、ジュニア用の婦人服売り場へと移動して、フリルの付いたピンクのワンピースを買った。
 「石田の髪型だったら、そのままでもいいけど、ウイッグも買っておこう」
 何もかも手抜かりがなかった。
 「どうしてそんなに詳しいの?」
 健介のそんな質問に、先輩からの教授だとリーダーは答えた。合成繊維の安物だが、ダークブラウンのセミロングのウイッグを袋に詰め込んだ。
 「これで全部揃ったな。さあ、帰ろうか?」
 帰ろうとするメンバーに健介は尋ねた。
 「化粧なんてしないんだね」
 「ああ、それなら手配済みだ」
 「え? 手配済みって?」
 「石田と同室の高橋は、俺の従兄なんだ。彼女を連れてきて化粧をやって貰うことになってるんだ」
 「それなら安心だ」
 「あ、そうそう、大事なものを忘れてた」
 「なに?」
 「ついてくればわかる」
 ゾロゾロと歩いていくと、リーダーは脱毛剤を手にした。
 「これでむだ毛を処理しないとな」
 「俺、そんなに毛は濃くないよ」
 「それでも女にするにはちょっと濃いからな」
 と、ウインクをしてきた。

 コンテストの前日、健介は数人の同級生によってたかって裸にされて、脱毛剤で首から下の毛をすべて脱毛されてしまった。
 コンテスト当日、寮で着替えをさせられ椅子に座って待っていると、ぽちゃっとした可愛らしい女の子が、同室で一年先輩である高橋道郎に連れられてやってきた。
 「この子?」
 「へえ? 男の子には見えないわね」
 菊田加代子という高橋道郎の彼女は、女装した健介を見て驚きの声を上げた。実際、化粧しなくても充分女に見えたのだった。
 「化粧ののりがいいわ。羨ましいくらいだわ」
 そう言いながら化粧を施された健介は、鏡に映った自分を見て綺麗だと思った。
 「何だ? 自分に欲情しているのか?」
 高橋道郎は鏡の向こうからそう言って勃起した健介の股間をポンと叩いた。健介は鏡の中の自分に欲情していたわけではなかった。鏡の中の自分の後ろに立っている高橋道郎に抱かれる自分を想像して興奮していたのだった。
 この時、健介は自分の恋愛対象が女性ではなく男性であることをはっきりと悟った。
 (やはりぼくは間違って男に生まれたのだ)
 その自覚を新たにしたのだった。

 「優勝! 1年3組、石田健介!!」
 その声を聞いたときの喜びは今でも忘れない。優勝商品は、優勝盾と女装にかかった費用を実行委員会が持つというもので、女装用品は健介のものとなった。
 健介は、学園祭が行われた三日間をずっと女装したまま過ごした。それが優勝したものの義務だったからだ。
 女の格好ができたことも嬉しかったが、周りのみんなが女として扱ってくれることがより嬉しかった。

 学園祭が終わり、女装を解くために健介は寮に戻った。高橋道郎は菊田加代子と共にどこへやら姿を消していた。
 健介は鏡を見ながらずっとこのままでいたいと思っていた。しかし、そんなことは許されないのだ。
 「何だ? まだ、そんな格好をしているのか?」
 そんな声に振り向くと、高橋道郎が戻ってきていた。
 「い、今から脱ぐんだ」
 慌てた健介はウイッグを取って、ワンピースを脱ごうとファスナーに手をやった。
 「綺麗だ」
 突然、高橋道郎が石田健介を後ろから抱きしめてきた。
 「な、なにするんです」
 そう言った健介には抵抗する様子がなかった。抱きしめられた喜びで力が入らなかったのだ。
 ベッドの上に押し倒されてキスされたときには、自ら高橋道郎を抱きしめて差し入れられてきた舌を吸った。
 長い抱擁の後、高橋道郎は健介の体を回そうとした。
 「どうするの?」
 「いいから、向こうを向いて尻を上げろ」
 言われたとおりに四つん這いになって高橋道郎に尻を向けた。スカートがめくりあげられ、ショーツが膝まで下げられていった。健介は、男女のセックスがどのようにして行われるかは知っていた。しかし、そのとき何が起こるか理解していなかった。男が男を受け入れる方法を知ったのは、アヌスから激しい痛みが襲ってきたときだった。
 「い、痛い!!」
 「動くな。ジッとしていろ!」
 高橋道郎は腰を動かして突き続けた。痛みの中でフッと微かな快感らしきものを覚えたとき、高橋道郎がそのすべてを健介の中の注ぎ込んできた。
 健介は、処女を捧げた女のように高橋道郎をに抱きついて眠った。

 次の日から、夕食が終わって部屋に戻ると、健介は女装して高橋道郎に抱かれた。行為はほとんど毎日に及んだ。
 高橋道郎には姉と妹がいて、その目を盗んで女物の下着や服、化粧品などを寮へ持ってきて健介に与えた。健介は、労せずして女装用のアイテムを手に入れることができた。ふたりの関係は、高橋道郎が卒業するまで続いた。
 卒業すると、高橋道郎からの連絡はなくなり、健介は高橋道郎が自分を性欲のはけ口に利用しただけだったことを悟った。しかし、男を受け入れる方法を教えてくれた高橋道郎に感謝することはあっても恨む気持ちはなかった。
 新たな同室者となった荒木勇には、すぐに健介の女装癖を知られてしまった。しかし、荒木勇にはその気がなかった。毎日ように高橋道郎に抱かれ、好きだとか愛しているだとか言われ続けていた健介にとって、男のいない生活は考えられなかった。
 夜が更けると、健介は女装して寮を抜け出し、その半年ほど前に開店した女装クラブへと顔を出した。女装を楽しむためと抱いてくれる男を捜すためだ。女装クラブには、女装者だけではなく、女装者とのセックスを目的にやってくる男がいるのだ。
 不特定多数の男とはやりたくなかった。男性同士のセックスで感染するというAIDSが怖かったのだ。

 2ヶ月ほど様子を窺って、民事が専門だという弁護士・浅倉直司の誘いに乗った。食べたこともない高級フランス料理をおごってくれたあと、浅倉直司のマンションへ行った。健介はそこで浅倉直司に抱かれた。
 久しぶりに満足した健介だったが、浅倉直司も健介のことをことのほか気に入ってくれ、毎週金曜日の夕方になると健介を自分のマンションへ呼び寄せて、日曜日の夕方まで一緒に過ごした。
 この時健介は、浅倉直司からフェラチオのやり方を教え込まれた。唇のすぼめ方、舌先の使い方、そしてどうやれば根本までくわえ込めるかと言ったことも手解きを受けた。
 独特の臭いのする、どろりとした液体を飲み込むのはそれほど好きではなかったけれど、自分のテクニックによって男が喜び呻く姿が好きだった。

 高校卒業後は、実家には浪人していると連絡して浅倉直司のマンションに転がり込んだ。その頃から、急速に男性化していく自分に気づいた健介は、浅倉直司に頼んで女性ホルモンを手に入れて貰い服用を始めた。
 筋肉が落ち、皮下脂肪が増えて丸く優しくなっていく自分の姿を見つめながら、健介は喜びに浸っていた。
 浅倉直司のマンションに転がり込んでから半年目に、睾丸を取り除く手術を受けた。その効果が上がったのか、乳房が大きくなってCカップまでに成長した。
 裸にならなければ男だと思う人間は誰もいなかったけれど、健介の望みは女になることだった。健介は二十歳の誕生日に女になった。
 その仕上がりの素晴らしさに、健介は思わず涙を流した。これでもとの身体、女の身体に戻ったと思った。
 しかし、健介が女になったとたん、浅倉直司は健介への興味を失ってしまった。浅倉直司にとって、健介にペニスがあることに意味があったのだった。
 そのことを知った健介は、浅倉直司のマンションを出てひとり暮らしを始めた。

 初めは、浅倉直司が保証人となってさる会社の事務員として働き始めた。履歴書は、浅倉直司のクライアントの中から支障のないものを選んで使わせて貰ったのだった。
 お茶くみやコピーなどの雑用ばかりの仕事だったけれど、女として生きていくことができることに健介は満足していた。
 就職して1年が過ぎたとき、先輩の小野政義に交際を申し込まれた。四つ年上の優しい男だった。何度かのデートのあと、小野政義と結ばれた。女として初めて男を受け入れた健介は喜びのあまりボロボロと涙を流した。小野政義はクンニを何度かやったけれど、健介が性転換して女になったとは気がつかなかった。そして、深い仲になってから半年目に健介はプロポーズされた。
 健介は、小野政義を愛していた。結婚したかった。女の戸籍を持っていれば、あるいはその申し出を受けたかも知れない。しかし、到底無理な話だった。
 「喜んでお受けします」
 そう答えたその日に、健介は住んでいたアパートから姿を消した。そうするしか道がなかったのだ。

 大阪へ移り住んだ健介は、前の会社で手に入れた同僚の女性の履歴書を使って、中堅クラスのレストランのウエイトレスとして働き始めた。男とつき合えば、同じ悲劇が待っていると思い、誘いに乗らなかった。
 しかし、レストランのオーナー・松岡宗一郎から愛人にならないかと言われたとき、喜んで申し出を受けた。結婚を申し込まれることがなく、女として奉仕できるからだ。
 愛人としての幸せな(?)日々が続いた。料理も上手になり、裁縫も覚えた。健介ができないことは子供を産むことだけだった。それも愛人であれば必要のないことだった。
 1年ちょっとが過ぎたとき、松岡宗一郎に新たな愛人ができた。
 「下川と結婚しろ」
 独身だった下川という料理長に、愛人である健介を押しつけようとしたのだった。
 「いいわ。手切れ金なんて言い方は嫌いだから、結婚祝いをちょうだい」
 そう言って、松岡宗一郎から200万ほどせしめて、大阪をあとにした。

 それから名古屋、岡山でそれぞれ一年あまりを過ごした。行った先で男を見つけては同棲まがいのことをしていた。そして、結婚という呪文が唱えられると、健介は旅立った。
 この地に来て、松浦麗子として就職してから半年。やっと、一緒に暮らせそうな男を見つけたのに、あの事故のおかげで履歴書の嘘がばれてしまった。結婚という呪文以外のことで旅立たなければならないのは初めてだった。
 (あの事故さえなければ・・・・)