ぼくは例のワンピースを着て、大学院へ向かった。誰もぼくが女になったことを気にもしていないようだ。ぼくは、背が高くないし、華奢で髪も伸ばしていたから、女の子と思われていたとしてもおかしくはないのだが、研究室のメンバーまでもが別段変に思っていないようなのだ。変に思うどころか、スカートがよく似合うと言ってほめてくれるのだ。
(おかしいなあ)
だけど、ほっとした。何がどうあれ、ぼくは受け入れられているのだ。
(これだったら、心配しないで、研究に励めるよ)
ぼくが大学院に手続きに行っている間に、仁美が引っ越し屋に頼んで、荷物を仁美のマンションに運んでくれていた。ぼくと仁美の共同生活が始まる。マンションのドアを開けると仁美が待っていた。
「ケイ、話があるんだ」
「何? 改まって」
「昨日も話したけど、ぼくたち結婚しないか?」
「すぐに?」
「そうだよ。こんな秘密を持っているんだ。他の人間とは結婚なんて出来ないだろう? それとも気が変わったかい?」
「気は変わらないわ。いいのね、ほんとに」
「いいに決まってるよ。それでだね」
「なに、なに」
「君の両親に会いに行こうと思うんだ」
「わたしの両親に?」
「そうだよ。黙って結婚するわけにはいかないだろう?」
「そうねえ・・・・」
「正直にすべてを話そうよ。そうした方がいいと思うんだ。今後のために」
「分かったわ。あなたの両親はどうするの?」
「言ってなかったかなあ。ぼくの両親はもういないんだ。母は、ぼくが五歳の時白血病で死んで、父は、ぼくが大学を出てすぐに事故で死んだんだ」
「そうだったの。知らなかったわ。あなたは独りぼっちなのね」
「今は君がいる。それだけで充分だよ」
「嬉しい。じゃあ、いつわたしの両親に会いに行く?」
「善は急げだよ。今からどう?」
「今から? そうね。電車で一時間だから、そうする?」
「すぐに出発だ」
*
電車に揺られている間中、帰って両親に何と切り出そうかと思い悩んだ。
(どんな風に話したらいいんだろう?)
タクシーで家の門の前に着いた時には、心臓が早鐘のように打っていた。意を決して玄関のドアを開けた。
「ただいま」
「あら、お帰り。どうしたの? もう休みなの?」
母はぼくのワンピース姿を見てビックリすると思ったのに、何の驚きも表さない。
(大学院の連中と言い、どうなっているんだ?)
「一緒のお方はどなた? まさか、あなたの彼?」
「君原仁美さん。彼と結婚しようと思っているんだ」
男と結婚するとまで言ったら絶対ビックリするだろうと期待していたら、答えはぜんぜん違う。
「まあ、ハンサムな人を捕まえたじゃないの? さ、さあ。ふたりとも早く上がって。お父さんを呼んでくるわ」
仁美とぼくは、顔を見合わせた。
(一体全体どうなっているんだ?)
「めぐみが結婚相手を連れてきたって」
(父の声がする。めぐみ? ぼくのことなのか? ここはほんとにぼくのうちなのか? 狐にでも化かされているのではないのか?)
母に促されて応接室へ入った。父がぼくたちの反対側に座って切り出した。
「めぐみの父の中山五郎です。お名前は何と言いましたかな」
めぐみの父だって。どうして、ぼくはめぐみなんだ? 仁美は、怪訝な顔をしていたが、ちらっとぼくの方を見てから、話を合わせ始めた。
「初めまして、お父さん。君原仁美と言います」
(名前の入れ替えはあとにして・・・・。いや、ぼくはめぐみと呼ばれているんだ。だったら、どうなるんだ?)
「君原ひとみ君だね。ひとみはどう書くんだね」
「仁義の仁に、美しいです。女みたいな名前でしょう?」
「そんなことはないよ。いい名前だ。仕事は何をされているんだね」
「コンピュータソフトのプログラマーをやっています」
「プログラマー? 収入はどれくらいあるんだね」
「年収八百万から一千万くらいです」
(へえ! そんなにあるんだ)
仁美のそんな答えにぼくのほうがビックリしてしまった。フランス料理に、スイートルームが予約できるはずだよ。
「ご両親は何処に住んでいらっしゃるのかな」
「両親とももういません。母はぼくが五歳の時に、父は大学を出た直後になくなりました。遠い親戚はいますが、兄弟もいません」
「そうかね。じゃあ、めぐみは舅に虐められることはないんだね」
「お父さん、冗談は程々にしてください」
母がお茶をテーブルの上に置きながら口を挟んだ。
「ははは、悪かったよ。仁美君、めぐみを幸せにする自信があるんだね」
「はい。きっと幸せにして見せます」
「めぐみの連れてきた人だ。間違いないだろう。めぐみ! お前もいいんだね」
めぐみと面と向かって言われたのには、少し戸惑ったけれど、すぐに返事をした。
「はい、お父さん」
「仁美君は、飲めるかね」
「はい、少しなら」
「良かった。一人娘だけだから、一緒に酒を飲む相手が欲しかったんだ。お母さん、お酒を頼むよ」
(一人息子だったはずなのに、一人娘になってしまっている)
訳がわからなかった。まるで魔法にでもかかったようだ。
「はい、はい。分かっております。すぐに準備をしますから。めぐみ! あなたも手伝ってね」
「はい」
話しはトントン拍子に進んでしまった。どうも分からない。男のぼくが女になって、大騒動になると思っていたのに、何事も起こらなかった。頬を抓ってみたけれど、現実のようだ。世界中がひっくり返ってしまったみたいだ。ぼくたちふたりは異次元の世界に飛び込んでしまったのかもしれない。何かの間違いじゃないかと思ったが、この世界では、ぼくは元々女で、名前はめぐみらしい。
(まあ、いいか。うまくいっているんだから)
ぼくと母が夕食の準備をしている間、仁美と父はビールを飲み始め、すっかり意気投合している。結局、仁美は酔いつぶれ、うちに泊まっていくことになった。
二階の部屋に布団が敷かれたが、隣にぼくの布団まで敷いてある。
(結婚相手として連れてきたのは確かだけど、布団まで一緒に敷くなんて。いいのかなあ)
そう思いながら、電気が消されて、両親が自分の部屋に引っ込んだのを見計らって、仁美の布団に滑り込んだ。
(何処でどう間違ったんだろう)
そう思いながら、仁美の体に抱きついて眠った。