12月6日(土)

 夜が明けて、とうとう土曜日になった。
 「どうしよう? どうしたらいいんだ?」
 午前10時。迷った挙げ句、山本に会いたい、山本に抱かれたい、そんな誘惑に負けて錠剤を飲んでしまった。
 飲んでしまったら、もう迷いはなかった。
 (女の姿になっていても、仁美とはメール交換だけだから、ばれる筈がないよね)
 変な形だが、ぼくは浮気しようとしている。

 山本には着ているところを見られていないジャンパースカートを着てバンビへ向かった。女の子としては同じ服で会いたくないと思った。
 (当然だろう?)

 バンビのいつもの席で山本が待っていた。心がときめく自分を押さえきれなかった。ぼくははやる気持ちを抑えて山本の待つテーブルについた。マスターが見ていなかったら、抱きついてキスするところだった。
 「きっと来てくれると思ったよ」
 (ああ、この笑顔がたまんない)
 「どれくらい待った? 時間を約束してなかったから」
 「ここが開店してからずっとさ」
 「二時間も」
 「そう」
 平然として山本は答えた。来て良かった。そう思った。
 「君は化粧しない方がいいよ」
 「やっぱりそう? 慣れないからでしょうね。うまくやったら、絶対美人になる自信あるんだけどなあ」
 「ぼくは化粧の臭いがあんまり好きじゃないんだ」
 「そうなの? じゃあ、もうしないわ」
 「遊園地に行かないか?」
 これまで、バンビでずっと話をするばかりだった。突然の申し出に一瞬戸惑った。
 「遊園地?」
 「そう。たまには童心に返って遊ぶのも良いだろう?」
 「賛成。すぐ行きましょう」
 遊園地でなくたって、山本が行こうと言ったらどこへでも行くつもりだった。

 郊外にある遊園地で、それこそ童心に返って遊び回った。山本といるときはほっとする。仁美といるとき以上に。仁美がもしいなかったら、このまま男に戻れなくてもいいとさえ思う。そんな自分が怖い。
 遊園地をあとにすると、予約しているからと小綺麗なフランス料理のレストランに連れて行かれた。
 (就職浪人だと言っていたのに、お金はあるのだろうか?)
 レストランを見回しながら心配そうな顔をしているぼくを見て、山本が言い訳をした。
 「ここは高そうに見えるけど、結構安いんだよ。ぼくの懐具合を心配しているのなら、大丈夫だよ」
 「ほんとに?」
 「任せなさい」
 料理はとても美味しいのだが、女として改まって食べるのは初めてだ。すごく緊張して食べた気がしない。
 「もっとリラックスしろよ。そんなに堅苦しいところじゃないんだから、普通にしていれば良いよ」
 そんなこと言われても緊張してしまう。緊張を取ろうとワインをがぶがぶと飲む。そのせいで、デザートとコーヒーが出る頃には、目の焦点が合わなくなっていた。
 「美樹、大丈夫かい」
 心配してくれる山本の顔が二重に見えていた。
 「大丈夫じゃなあい」
 「あんなに飲むからだよ。気分は悪くないのかい?」
 「気分は最高! 頭がふらふらするだけよ」
 ぼくは相当酔っている。酔ってはいるけれど、女言葉で話すことは忘れてはいない。それでもやっぱり時々意識がとぎれとぎれになっていた。
 気がつくと、いつの間にかフランス料理の店を出て、公園の道を歩いていた。公園にはアベックの姿がちらほら見える。ベンチに座り込んでキスしているアベックもいる。
 「ちょっと休もう」
 そんな山本の言葉に、ベンチに腰掛けて山本の肩に凭れてしばらく眠った。何か変だなあと思ったら、山本がぼくにキスしていた。
 「止めてよ」
 両手を突いて山本の体を離した。
 「君からキスしてきたんじゃないか」
 「嘘!」
 ぼくは口を尖らせて山本を睨んだ。
 「嘘なもんか。意識がなかったのかい」
 「なかったのよ! わたしからキスなんてしてない!! 絶対していない!」
 「分かった、分かった。ぼくが悪かった。謝るよ。もう、酔いは醒めたかい?」
 「醒めてきたみたい。寒くなってきたわ」
 ぼくは肩を抱いた。
 「この前のようなラブホテルじゃなくて、ちゃんとしたホテルを予約してるんだけど、どう?」
 「酔わせて、また関係を持とうというのね?」
 ホントはぼくはそれを望んでいた。だから、山本の目を見ないでそう言った。
 「別にぼくが飲ませたわけじゃないじゃないか。自分からあんなに飲んでおいて」
 「そう、そうだったわね」
 「どうする?」
 どうするもこうするもない。ぼくは今日は山本に抱かれるためにやってきたのだ。
 (このままぼくを帰したりしたら、二度と会ってやらないぞ!)
 だけど、そんなことはおくびにも出せない。
 (二度と会ってやらない? ぼくは次もまた女として山本に会うつもりなのだろうか? それにしても今日の山本は、先週に比べて消極的だ。さっさと連れていってくれればいいのに)
 「どっち、ホテルは」
 「しっ、大きな声出すなよ。人が聞いてるじゃないか」
 「構わないわ。悪いことするんじゃないもの」
 「分かったから、もう黙っていろよ。ぼくについてきて」
 山本はぼくの手を引いてどんどん歩いていく。ぼくの酔いはまだ醒めてない。ふわふわと宙を飛んでいるような気分だ。
 気がついたら、ソファーに座っていた。油断すると意識がとぎれるようだ。しっかりしないといけないと自分に言い聞かせる。
 目を上げると、フロントで山本が手続きをしている。辺りを見回してみた。ここは市内で一番のホテルだ。
 (山本のやつ張り込んだな)
 しばらくすると、キーを持ってぼくに近づいてきた。
 「美樹、歩けるかい?」
 「大丈夫よ」
 「部屋は何処なの」
 「三十二階だよ」
 「そんなに上なの」
 「このホテルの最上階の部屋だよ。眺めがいいよ。市内が一望できるんだ」
 「わお、早く連れてって!」
 ぼくは山本の首に抱きつく。
 「美樹、抱きつくのはいいけど、変な目で見られるから大きな声出すなよ」
 「分かってまあす」
 山本はぼくを大急ぎでエレベーターに押し込んだ。酔った女をホテルに連れ込んでいるのは明白だ。知った人間に見られたら、あとで困るだろうなとちょっと可哀想になる。
 スイートルームになんか泊まったことはおろか、入ったこともない。凄く広くて立派な部屋だ。
 (高いんだろうな。予想以上に随分張り込んだものだ)
 このままぼくが寝込んで、何もできなかったら、お金をどぶに捨てたのと一緒だ。
 (だけど、山本、お金を出した分楽しませてあげるよ。ぼくだってそのつもりで来たんだから)
 ホテルの最上階だという部屋の窓から見る市内の夜景は、素晴らしかった。酔いがだいぶ醒めてきた。部屋の中はエアコンが利いて気持ちがいい。
 部屋の入り口で、山本が何かやっている。振り返ってみてみると、ボーイがワゴンを部屋の中に入れていた。ボーイにチップをやって、山本がワゴンを押して近づいてきた。
 「ほんとはシャンパンを頼んでいたんだけど、君はもう飲めそうにないから、アイスクリームにして貰ったよ。どう? 食べる?」
 「シャンパンで良かったのに」
 「そんなに酔っていて、弱いくせにまだ飲むの?」
 「飲みたあい」
 「ほんとに?」
 「でも、待つのが面倒くさい。アイスで良いわ」
 「はい、はい。お嬢様。ストロベリーとブルーベリーとバニラがございますが、どれに致しましょうか?」
 「バニラで良いわ」
 アイスクリームを食べると頭の芯にキンと来た。山本はぼくをじっと見ている。恥ずかしくなった。
 「シャワー浴びてくるわ」
 「美樹、大丈夫か。心臓発作なんか起こすなよ」
 「だいじょーぶだよ」
 ちょっと温めのシャワーを浴びる。鏡に映る自分のヌードを見る。
 (結構良いじゃないか)
 そう思っていると、裸の山本が入ってきた。実はぼくは山本が入って来るのを待っていた。ぼくは山本に抱きついていった。シルベスター・スタローンとシャロン・ストーンがシャワールームで抱き合うシーンを思い出す。
 (あの映画の題名は何だったかなあ。あのシーンは格好良かったなあ。今のぼくたちは、あんな風にさまになっているのかなあ)
 ぼんやりとそう思いながら、山本の愛撫を受けていた。

 シャワールームで一回、ベッドに戻ってもう一回した。気持ち良かった。まるで夢の中にいるようだった。