夕方には論文が何とか形になった。プリントアウトして、沢田助教授に添削を依頼した。沢田助教授はぼくの研究の指導者だ。表から2、3枚ぱらぱらと読んでから、金曜日までには点検して戻すと約束されて、助教授室を後にした。水、木の2日間は研究室に来ても来なくても良い事になる。
(よし、この間に仁美のことを解決しよう)
第2研究室に戻ると、南がこれまた論文作成の追い込みをやっている。女の癖して、研究何てしてないで、早いところ嫁に行けばいいのにと余計な事を思う。
「中山、もう出来ちゃったの?」
「一応ね」
「いいなあ、わたしはまだかなり掛かりそう」
「点検が済まないとね。大幅書き直しになんかなったら、すぐ南に追いつかれてしまうよ」
「でも、出来たんでしょう? いいなあ。ところで彼女はどうなったの?」
椅子を90度回転させて聞いた。
「彼女?」
「この前電話してきた彼女よ」
「ああ、彼女。振られたよ」
「何だ。振られちゃったの」
南はいかにも残念そうだ。今のうちに、こう言っておかないと、噂を立てられてからでは遅い。ぼくに彼女がいるらしいなんて事を少しはどこかでしゃべっているかもしれないが、これで食い止められるだろう。
「南は化粧とかしてるのか?」
「面倒くさいからしてないよ」
「口紅だけ?」
「そう、朝出掛けに乳液だけは塗るけどね」
「ふうん」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや・・・・。南は肌が綺麗だなと思って」
「なに馬鹿言ってんのよ。何か下心でもあるの」
「一度デートしないか? 論文が済んだら」
「馬鹿!」
南は顔を赤らめて、視線をモニターに戻した。これで、完璧だ。自分に気があるかもしれない男の噂なんかまき散らさないだろうとぼくはほくそ笑んだ。2日ほど来ないからと告げて、バイトに向かった。
店には、化粧品も少し置いてある。何気ない振りをして、乳液と口紅をチェックする。店長と佐田が席は外した隙に、レジを打って金をレジスターの中に入れて、乳液と口紅を鞄の底に放り込んだ。泥棒をしている訳ではないのにどきどきした。