朝起きて顔を洗いながら、ふと佐和ちゃんの言ったことを思い出した。
(仲の良い女同士だったら、本心を打ち明けるかもしれないって言ってたな)
ゴミ箱に捨てていた、あの瓶を取り出した。
(この薬が役に立つだろうか?)
今日は土曜日だから、研究室には敢えて行かなくてもいい。土曜のバイトは一週間交代だ。先週は仁美とのデートのために休んだから、今日は行かなければならないのだけれど、休むことに決めた。
(よし、やってみよう)
店長の自宅に電話して、風邪気味だから今日は休みますと伝えた。店長はぶつぶつ言っていたけれど、休みをくれた。
腹ごしらえをした後、瓶から錠剤を取り出して1個飲み込んだ。この前はそのまま眠ってしまったから、どんな変化が起こったか分からなかった。今日は確かめてやるつもりだ。
ところが、30分もすると、急に眠くなって目を開けていられなくなった。眠ったつもりはないのに気がついたら、1時間ほどたっていた。そして、ぼくは女になっていた。
錠剤を飲んだのが9時頃だったから、明日の9時までは女のままの筈だとぼくは判断した。
(薬の効果が24時間ならばだが・・・・)
仁美に初めて会った時、女みたいだと言われたTシャツを着て、ベージュのスラックスを穿いた。鏡を覗く。せり出した胸が目立っている。しかも乳首が透けて見える。このままじゃあ、元々女でも恥ずかしい。いくら何でも外に出ていく勇気はない。Tシャツの下にランニングシャツを着てみた。
(これなら大丈夫そうだ)
それでも気になって、上にブルゾンを着て買い物に出かけた。
ぼくの姿を見て、誰もおかしな顔をしていない。この服装でも女の子として充分通用するようだ。けれど、仁美はこの服装を知っている。
(このまま仁美に会いに行ったら、絶対に気づかれてしまう。それなりの服を着て、完全に女に成り切る必要がある)
近くのショッピングセンターに行って、衣装を探す。まず下着のコーナーだ。Mサイズのコットンのシンプルなパンティーを三枚購入する。ブラジャーも必要だ。サイズが分からない。店員に声を掛けて、選んで貰った。店員はちょっと変な顔をしていた。そんなに若くなさそうなのに、自分のサイズも分からないの? と言う軽蔑の眼だった。トップバストとアンダーバストとかを測られ、C65と書かれたブラジャーを手渡された。CはCカップのCだなとぼんやり考えた。同じサイズのブラジャーをやはり三枚買った。
続いて上に着るものを探す。上下別々だとどう組み合わせて良いのか分からない。またもや店員を呼び止めて、ワンピースを選んで貰った。スカートなんて穿いたことはないし、穿くにしてもあんまり短いものは恥ずかしくて穿けそうもない。少し長めのものがいいなと言葉巧みに頼んで、選んで貰ったワンピースは、ふくらはぎくらいの丈がある。何とか着られそうだ。
全部で二万円強の出費になってしまった。懐には痛いけど、仁美の本心を知るためだ。今のぼくにとっては止むを得ない出費だ。
化粧しなくていいのかなと思っていたら、化粧品のコーナーで、化粧の指導をしていた。ずうずうしく椅子に座って化粧して貰った。化粧品の購入を勧められたが、今日は手持ちがないからと言って断った。うまくいったぞとぼくはほくそ笑んだ。
アパートの住人に見つからないように部屋に戻って着替えをした。パンティーの穿き心地は抜群だ。癖になりそうな気がして怖い。店員に選んで貰ったので、ブラジャーもぴったりだ。ノーブラだったときに比べて随分動きやすい。ブラジャーは女の必需品だなとちょっと感心する。ワンピースを着て、鏡を見てみた。
(まずまずだ)
ぼくは、世の中の大抵のロンゲの男たちがしているように、長い髪の毛を後ろで束ねて括っている。括っている紐を解いて、ブラシをかけ、もう一度鏡を覗いてみた。化粧しているせいもあるが、これならぼくと見破られないだろうと妙な自信がわいていた。
(ぼくも結構可愛いね。ぼくに姉か妹がいたら、こんな感じなんだろうな。さあ、出掛けよう)
下駄箱から、サンダルを取り出した。このサンダルは、踵の部分が七センチくらいある。ぼくは背が低いから、高く見せようと昔買ったものだが、最近はぜんぜん履かずに下駄箱の隅に放って置いたものだ。女の子が同じようなものを履いているのを時々見かけるから、今のぼくが履いてもおかしくないだろうと判断した。
買ってきた服が入っていた買い物袋に財布とウオークマンを入れて、ドリカムの曲を聴きながら出掛けた。
目的地は、仁美が良く行くと言っていた、仁美のマンションの近くにあるコンビニだ。他人になりすましているのだから、直接仁美の部屋に行くわけにはいかないのだ。コンビニで会えれば、何とかきっかけを作って仲良くなろうと思っていた。
途中で、女の子用の小物を売っている店が見に入った。店の中に入って、ヘアバンドを買った。ぐっと女らしくなった。
にやにやしながら、歩いていると、すれ違う人がみんなぼくを見ているようだ。ショーウインドウに映るぼくの姿は、女の子らしく見える。別に変わったところはないと思うのだが・・・・。そうか、歩き方だなと気がついて、女らしく歩くことにする。その歩き方がよく分からない。適当に振る舞う。
(うまくいってるのだろうか?)
バスに乗って15分。バス停からさらに5分歩いて、目的のコンビニに着いた。店内を見回してみる。仁美にそう簡単に会える筈はない。女性週刊誌を30分ほど立ち読みしたあと、何も買わないで、外に出た。
コンビニの向かいに喫茶店がある。窓際の席に座って、コーヒーを注文し、コンビニを監視する。1時間ねばったが、仁美の姿は見えなかった。
喫茶店を出て、もう一度コンビニの中に入りうろうろする。店員に不振そうな目で見られ始めた。仕方なく、女性週刊誌を1冊買って外に出た。それでも諦めきれず、辺りをうろうろした。気がつくともう午後5時が近い。諦めて帰ることにした。
バスで戻って、ショッピングセンターに寄った。次は同じ服装で行くわけにはいかない。Tシャツにジャンパードレスを組み合わせたものが安く売っていた。5800円也。
(明日はバイトに行かなくちゃ。軍資金が底をつきそうだ)
アパートに着くと、辺りを見回して誰もいないことを確かめてから、泥棒猫のように部屋の中に入った。窓のカーテンを閉めてからワンピースを脱ぎ捨てて、ジャージを着込んだ。スカートはものすごく疲れた。女って生き物は大変だなと思う。
テレビを見てから、風呂に入った。脱いだ下着は、貯まった洗濯物と一緒に洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。体を洗いながらどきどきした。胸はでかいし、ウエストは締まっている。お尻もプリンとしている。こんな女と寝られたらいいのになあと思った。
(馬鹿だな、ぼくは。自分で自分が抱けるはずがないじゃないか)
そう思い直して、風呂から上がって、体を拭いた。
明日の朝には男に戻るはずだからと、トランクスとランニングシャツを着た。何だかおかしな格好だけど、明日の朝までの辛抱だ。パジャマを身につけて、洗濯物を干しておくことにした。
洗濯機から洗濯物を取り出してから気がついた。
(このパンティーとブラジャーはどこに干そう?)
まさかベランダには干せないし、部屋の中に干していて、友達が来たらとんでもないことになる。思い悩んだ末に、押入の中に吊り下げておくことにした。まだ袋に入った下着とジャンパードレス、ワンピースは、畳んで袋に入れて、押入の奥にしまった。