今日も研究室の机に座って論文を書こうとしてもまったく手に付かない。
(失恋の痛手だろうか?)
ため息をつきながら、メールをチェックすると、差出人の署名のないメールが届いていた。アドレスも一度も見たことのないものだ。
『腎換丹はもうお使いになりましたか? お使いになっていないのなら、是非試してみてください。きっと素晴らしい人生があなたに訪れるでしょう』
(腎換丹? ああ、昨日届いた瓶入りの錠剤のことだな。いったい何なんだ? あれは? 素晴らしい人生が訪れる? 覚醒剤だろうか?)
一日中、仁美と腎換丹という錠剤のことが頭から離れなかった。
バイトが済んで給料を貰うと、アパートに戻って錠剤の入った瓶を手に取った。きっちりと封がされていて、変なものが混入された痕跡らしいものはない。
(全部が毒物かもしれないけど)
封を開けて、錠剤を一個取りだし、机の上の金魚鉢の中に入れてみた。金魚はもう三年あまり飼っている出目金で、死んだら可哀想なのだが、他に試してみる動物がいなかった。しばらく見ていたけれど、何の変化もない。出目金は金魚鉢の中で悠然と泳いでいる。
(この薬、少なくとも毒物ではなさそうだ。覚醒剤でも出目金はどうにかなってしまいそうだが、いったいこの薬は何だろう? どういう効果があるのだろう? それに誰がどういう目的で、ぼくに送ってきたのだろうか?)
訳の分からない薬なんて捨てれば良かったのに、ぼくは何故か不思議な誘惑に抗しきれず、錠剤を1個飲んでしまった。
しばらく待ったが何も起こらなかった。
(素晴らしい人生なんてやってこないじゃないか。あんなにどきどきしながら飲んだのに)
ガッカリしてふて寝した。この錠剤がその後のぼくの人生を変えてしまうなんて思いもせずに。