浮浪者に変装して、一足先に出掛けた佐野は、密売人が現れるとたれ込みのあった公園の隅にあるベンチの上に寝転がって、それとなく公園の中を見回していた。木田も同じく浮浪者の格好で、ゴミ箱の中を漁る振りをしている。
杉田と川本はなかなか現れない。ガセネタだと思って、のんびりやって来るつもりのようだ。いつもの杉田らしくないと、佐野は舌打ちをする。
5分ほどして、公園の入り口付近にあるクレープとアイスクリームを売る店から、ふたりの若い女が公園の中へ入ってきた。この寒空に、ソフトクリームを手にしている。日が当たる場所は、そう寒くはないが、ソフトクリームなんてと思って、よくその女たちの顔を見ると、片方は川本巡査だ。制服姿でも可愛いが、私服姿の彼女も結構いけている。
そう思いながら、もう一方の女は誰だと疑問に思う。川本ほどではないが、結構美人だ。あんな顔の婦警は見たことがないなと首を傾げた。
それにしても杉田はどこで何をやっているんだ。佐野は、少し怒りが込み上げてくるのを覚えた。
川本らは、公園の中央にあるベンチに腰掛けて、ソフトクリームを嘗め始めた。川本巡査は、美味そうに嘗めているが、もうひとりの女は、嫌々嘗めているような印象だ。ソフトクリームを舌で嘗める様子を見て、佐野は気がついた。あの女は杉田だ。杉田が女装している。知らない人間が見たら本物の女だと思うだろうな、結構似合っているじゃないかと感心する。佐野はしばらくの間、杉田の姿に見とれていた。
杉田の目が光ったのが分かった。佐野は我に返りベンチからゆっくり起き上がる。公園の北側にある入り口から、ジャンパー姿のそれらしい男が入ってくるのが見えた。杉田が感じたように、佐野もあの男が目的の売人だと確信した。
ふたりの男が接触し、紙袋を交換したのを確かめてから、直ちに確保の行動を起こした。
ジャンパー男は、杉田たちの方へ向かって逃げた。あの男は杉田に任せておけば大丈夫だ。そう判断して、佐野はベレー帽男に突進する。
佐野のような大男にタックルされて、ベレー帽男はあっけなくご用となった。
「覚醒剤取締法違反で逮捕する」
「畜生!!」
「さっさと歩け」
ベレー帽男を引き起こして、杉田たちに合流する。木田も杉田の女装に気付いてじろじろと見ている。
杉田は、恥ずかしげに下を向いたまま、誰にも言うなとぼそりと呟いた。
確保したふたりの身柄を引き渡して報告書を提出し、すべての作業が終わった時には午後4時を廻っていた。
「街の中を少し廻ってきます」
「ああ、今日はこのまま帰ってもいいぞ」
「ありがとうございます」
礼は言ったが、佐野は初めからそのつもりだった。同じく報告を終えた杉田が佐野を待っていた。
「ジャイアン! 行くぞ」
ジャイアンというのは、杉田が佐野に付けた渾名だ。杉田は、佐野よりふたつ年下のくせに、佐野に対しては、まるで年上のように振る舞うことが多い。しかし、佐野はそれを別に気にしてもいなかった。
佐野は、ジャンバーを羽織ると杉田について署を出た。
暗くなり始めた新宿の街の中を歩き回る。それらしい男たちは、佐野の姿を見つけると、さっと通りからいなくなる。佐野は、ちょっと目立つからなと自分の体格を恨む。まあ、郊外で見かける作り物のパトカーや警察官の人形と同じで、少しは犯罪の防止に役立っているのではないかと自分を慰める。
「腹減ったな」
杉田が佐野を見上げて言う。時計は午後7時を少し回っていた。
「ああ」
「あの店で、いっぱいやるか?」
「そうだな」
ふたりはちょうど通りがかりの居酒屋へ入っていった。店の中は、サラリーマンやOLで既に一杯だった。
「何人様で?」
「ふたりだ」
「おふたりさん、ご案内」
バイトらしい茶髪の若い男に案内されて店の奥へと進む。ふたり用のテーブルだが、佐野が座るには、ちょっと狭すぎる。しかし、他には席はないようで、我慢して座るしかなさそうだ。
「ビール2本に、肉じゃが、揚げ出し豆腐。ジャイアン、おまえは?」
「同じものでいい」
「じゃあ、肉じゃがと揚げ出し豆腐は二人前づつな」
「かしこまりました」
「なかなか似合ってたな」
店員が席を去っていくと、佐野はぼそりとそう言った。
「えっ!? 何だって?」
「昼間の格好さ。どこの婦警かと思った」
杉田は、周りをキョロキョロと見回してから、声を落として答えた。
「大きな声で言うなよ。他の署員には内緒だぜ」
「俺の口が堅いのは知ってるだろう? しかし、木田はどうだかねえ」
「そうだよな。明日になったら、署内全体に広がっているだろうな」
「間違いないだろうな」
「あーあ」
杉田は大きく溜息をついた。
「お待ち遠様。ビールに肉じゃがです。揚げ出しはもう少々お待ちください」
佐野は、ビールを杉田に注いでやる。杉田は、ぐっと一杯飲み干した。
「川本がいけないんだ。川本が・・・・。いくら変装用だって言ったって・・・・」
「結構、嵌ってたんじゃないのか?」
にやりと笑って佐野はビールに口を付けた。
「そ、そんなことはないよ」
「そうか?」
「女装の趣味はない!」
隣の席の女が佐野たちの方をさも汚いものを見るような目で見た。話しが聞こえていたようだ。
「もう止めよう。気が滅入るだけだ。今日は飲むぞ」
「そうだな」
追加注文をして、二人でかなり飲んだ。酔っぱらってフラフラになった杉田を、佐野は担いで自分のアパートへ連れて帰った。
佐野は、杉田をソファーの上に放り出すと、奥の部屋に布団を敷いた。佐野と杉田はこの日のようにしばしば飲んでまわる。そして、都心に近い佐野のアパートに杉田が泊まっていくのだった。