37

 頭はまだ朦朧としていた。銃声がして、ベッドのそばに立っていた女の姿が眼前から消えた。
 大きな体の佐野がベッドのそばにやってきた。自分を抱きしめてくれると思ったのに、佐野が抱き上げたのは床に倒れた女だった。
 佐野はまるで恋人が死に瀕しているような表情で、女を抱きしめている。ぼんやりとした意識の中で、3人の会話を聞いていた。だから、京子というその女が、橋爪恭介だと言うことが分かっていた。その橋爪恭介が死んだようだ。佐野の号泣する声が聞こえてきて、マサヨは耳を塞いだ。
 佐野は、やはり男しか愛せない。女となった自分を愛してはくれないだろう。悲しくて、マサヨは涙を流した。

 しばらくして目を上げると、佐野と目が合った。
 「何故泣いている?」
 「何でもないわ」
 佐野はマサヨを見つめ続けた。マサヨは、目を逸らす。
 「おまえは、さっき、自分のことを杉田正美だと名乗ったが、本当か?」
 「・・・・覚えていないわ」
 マサヨは嘘を言う。
 「違うのか? おまえに杉田の脳が移植されたと言っていたが」
 「脳の移植? そんなばかなこと、誰が言ったの?」
 マサヨは、何とか誤魔化そうとした。自分が杉田正美だと告白しても、佐野が愛してくれないのなら、苦しみが増すだけだ。それなら、告白しない方がましだ。そう思った。
 「・・・・そうだろうな。そんなことはあり得ない。しかし、おまえは、死んだ俺の相棒そっくりだ」
 「杉田って人のこと?」
 「そうだ。姿は違うが、杉田によく似ている。杉田の脳がおまえに移植されたと聞いて、ホントだと思った」
 「ただの偶然でしょう?」
 「ただの偶然か・・・・。・・・・ところで、下諏訪でおまえを助けたとき、名乗らなかったのに俺の名前を佐野と呼んだのはどうしてだ?」
 佐野は脳の移植などないと口にしながら、まだ疑っている。
 「杉田さんの部屋で、あなたの写真を見せられたの。俺の相棒の佐野だって」
 「・・・・そうか」
 誤魔化せたか?。いや、佐野はまだ疑うような目で見ている。
 「俺がチーズが苦手だってことは?」
 「それも、その時聞いたわ」
 「・・・・どうしてそんな話しをしたんだ?」
 「杉田さん、橋爪に追われて怯えていたわたしを安心させようとして・・・・」
 「俺の渾名もその時聞いたって言うんだな」
 「そ、そうよ」
 「今まで聞いたことは説明ができる。しかし、おまえの身のこなしは何だ? どこで覚えた?」
 答えようがなかった。どう答えても、嘘がばれそうだった。
 「その体。おまえは間違いなく女だ。杉田であるはずがない。・・・・しかし。俺には、おまえが杉田に見える。何故だ? 何故なんだ! 杉田の脳が移植されたと言う話しはホントじゃないのか!?」
 佐野がマサヨのそばに座って両肩をがっしりと捕まえて尋ねた。マサヨは自分が全裸であることにはっと気づき、シーツを引き寄せた。
 「言ってくれ! おまえはホントに杉田じゃないのか?」
 佐野の目は真剣だ。告白しなければならないようだ。しかし、その前に確かめておきたいことがある。
 「佐野さん、あなた、京子さんを愛していたの?」
 「・・・・愛していなかったと言えば嘘になる。京子と出会った日、杉田とのことを断ち切るために京子の誘いに乗った。京子は女だと思っていたからだ。しかし、ニューハーフだと知ってビックリした。ただ、京子は寂しそうな目をしていた。俺を求めていた。だから、京子を抱いた。・・・・だが、俺は・・・・杉田のことを忘れられない。俺がほんとに愛しているのは杉田だけだ」
 雅代は涙が出そうになるのをぐっとこらえた。
 「佐野さん。わたしが杉田正美だとして、わたしを愛せるの? わたしはこの通り女なのよ」
 マサヨは、胸に当てていたシーツを下ろして、裸の体を佐野の目に晒した。
 「俺は杉田正美を愛している。愛しているのは杉田正美の心だ。体じゃない。男同士だから、あんな形でしか愛を表現できなかった」
 涙で佐野の顔が見えなくなる。涙声でマサヨは尋ねた。
 「・・・・じゃあ、わたしを愛してくれるのね」
 「杉田なのか?」
 「もう、・・・・分かってるんでしょう?」
 「ああ、ずっとそうだと思ってたよ」
 「ジャイアン! わたしを、変わったわたしを愛してくれるのね」
 「おまえは変わらない。姿は変わろうとも、俺の愛した杉田だ」
 マサヨは、佐野の胸に顔を埋めて嬉し涙を流した。これ以上の幸せはないと感じていた。