バンと銃が発射される音がした。京子は大丈夫だろうか? 京子の身を案じながらも、佐野は寝室へは行けなかった。日比野と言う男が、佐野の前に立ちふさがっていたからだ。
この男は空手の有段者らしい。ちょっとやそっとでは倒せそうもなかった。佐野がこれほどの相手と戦ったのは久しぶりだった。やられれば、命がなくなる。そんな緊張感に佐野は興奮していた。
回し蹴りをかわし、男の軸足を払った。倒れた男に飛びつこうとしたら、両足で蹴られて壁へ打ち付けられた。
男が立ち上がって斜に構えた。寝室から物音は聞こえてこない。中では何が行われているのだろうか? そう思ったちょっとの隙に、佐野は脇腹を蹴られた。さらに廻し蹴りが飛んできた。佐野は床の上に這い蹲った。
男に腹を蹴られる。苦い胃液が上がってきて口から溢れ出た。佐野は男の足を掴み、引き倒した。男に左足を蹴られる。激痛が走った。銃で撃たれたところに足が当たったのだ。左足を抱えて、ごろごろと転がって逃げ出した。
男が立ち上がって迫ってくる。銃を取りに行こうと思えばできるのに、男はそうしなかった。素手で相手を倒すことに自信があるようだ。
佐野はビッコを引きながら立ち上がった。
「来いよ。でかいばかりで、からきしだな」
男が挑発する。怪我さえしていなければ、こんな男などものの数ではないのだがと、唇を噛んだ。
男に隙はない。じりじりと詰め寄ってくる。回し蹴りが飛んできた。佐野はその足を捕まえると力任せに振り回し、男を放り投げた。男はアッと声を上げて階段の下へ落ちていった。上から覗いてみると、男は踊り場でぐったりとなっていた。首の曲がり方からすると、首の骨が折れたようだ。
佐野はふうと一息つくと廊下の隅に転がった銃を取り上げ、寝室のドアに忍び寄った。中から声が聞こえてきた。榊と京子の声だ。佐野は部屋の中に入って榊に銃を向けた。
「榊! 銃を捨てて大人しくしろ」
「銃を捨てるのはそっちよ」
京子が榊に列んで雅代のそばに立っていた。京子が雅代に銃を向けていた。
「京子! 何の真似だ?」
「早く捨てなさい! この女がどうなってもいいの?」
佐野は、雅代を長年の相棒のように感じ始めていた。だから、殺されていいわけがない。しかし、ふたりはそんな佐野の気持ちを知らないはずだ。
「その女は橋爪の女だ。俺とは関係がない」
「そうかしら?」
「なに!?」
京子は、ベッドの上にぼんやり座っている雅代の髪を撫でながら、優しい声で雅代に聞いた。
「あなたの名前は何というの?」
「わ・た・しの・な・まえは・・・・」
「さあ、言って。あなたの名前を」
「す・ぎ・た・・・まさ・み」
「何だって!?」
佐野は天地がひっくり返るほどビックリした。
「もう一度言って。あなたの名前・・・・」
勝ち誇ったような表情で、京子がもう一度雅代に聞く。
「すぎ・た・・ま・さ・み」
「どう言うことだ?」
佐野は構えていた銃を降ろした。
「わたしたちも今聞いたところ。雅代の体に、あなたの相棒だった杉田正美の脳が移植されてるの。どう? 理解できた?」
「杉田の脳が移植された?」
佐野は目を見張る。
「そうよ。姿は大石雅代だけど、心はあなたの相棒、杉田正美なのよ」
「そんなこと・・・・」
そんなことはないと言おうとしたが、途中で言葉が凍り付いた。そんなことはあり得ないと思いながら、佐野は雅代が杉田ではないかと感じていたではないか!!
脳の移植。杉田の脳が目の前にいる雅代に移植されていた。それなら、納得がいく。しかし、そんな馬鹿なことが・・・・。
「分かって貰えたかしら? あなたの大事な正美さんをもう一度失いたくなかったら、銃を捨てなさい」
信じられなかったが、もしそれが本当ならば、京子の言うとおり、佐野は杉田を二度失うことになる。佐野は、床の上に銃を放り投げた。
「どうしてだ。どうして京子がそんな真似をする?」
榊が京子の肩を抱きながら、佐野に向かって話しかけた。
「佐野って言ったな。おまえ、京子が何者か知ってるのか?」
「おまえの愛人だろう?」
「それだけか?」
「どういう意味だ?」
「知らずに京子と付き合っていたのか。飛んだお笑いぐさだ。デカとレッドイーグルのヘッドが恋仲だなんてな」
「なに!? レッドイーグルのヘッドだって!?」
「そうさ。京子は、男に戻ったときには、橋爪恭介と名乗っている」
「京子が橋爪恭介だって!?」
「その通りよ」
「信じられない・・・・」
榊は佐野が放り投げた銃を手に取ってしげしげと眺めた。
「こいつは凄い銃だ」
そう言いながら銃を佐野へ向けた。
「今度こそ地獄へ送ってやる」
「榊! 待ちなさい。佐野にはまだ話しがあるわ」
「お断りだ。こいつには死んでもらう」
「止めなさい! わたしの命令よ」
「賭は俺の勝ちだ。命令するのは俺だ。おまえは黙ってろ!」
榊が引き金を引こうとした瞬間、橋爪の銃が火を噴いた。
「う、ぐうう・・・・。京子・・・・」
ばたりと榊が床に倒れた。佐野は京子を見つめる。
「何故仲間を撃った?」
「あなたが好きなの」
「馬鹿な・・・・」
「嘘じゃないわ。これはホントよ。そうでなかったら、榊を撃ったりしないわ」
佐野は橋爪の顔をじっと見た。嘘を言っているようには思えなかった。
「わたしのパートナーになって。レッドイーグルを率いてちょうだい」
「何を言うんだ。俺がそんなことをすると思っているのか?」
「わたしを愛しているんでしょう? お願いよ」
「おまえのことは好きだ。しかし、レッドイーグルは潰さなければならない」
「考え直して!」
「だめだ」
「どうしてもわたしの言うことを聞いてくれないのね」
「当たり前だ」
「じゃあ、死んで!」
橋爪は、悲しそうな顔をして、銃を佐野に向けた。ドンと銃声が鳴った。佐野は、目を瞑った。しかし、弾は佐野には飛んでこなかった。
目を開けると、橋爪はベッドの横に倒れていた。榊が手にした銃から硝煙が立っていた。その銃を佐野は蹴飛ばしたが、榊はすでに息絶えていた。
「京子!」
佐野は橋爪に駆け寄った。橋爪の下腹部に大きな穴が開いて、多量の血液が流れ出していた。
「あなたに抱かれて死ねるなんて嬉しいわ」
「死ぬな! 京子!!」
「・・・・雅代が・・雅代が何故わたしの元を逃げ出したか、・・・やっと分かったわ。わたしは・・・、雅代が欲しがるだろうと思うものを・・・何でも与えた。どんなに高価なものでも・・・・。服も宝石も・・・・。女としての喜びも教えてやった。雅代は・・・・、わたしを愛していると言ってくれた。・・・・だけど、だけど、わたしは信じていなかった。こんな・・・・、男とも女ともつかないわたしを、本気で愛してくれるなんて・・・・。わたしは・・・・雅代の愛を疑っていた。わたしは、もっと・・・・素直に雅代を愛するべきだった」
「分かった。分かったから、もう何も言うな」
「・・・・佐野さん。あなたと過ごした・・・・1年間。楽し・・かったわ。あなたといるときだけ、わたしはわたしに・・・なれた。・・・・わたし、橋爪恭介としてではなく、・・・・京子として死にたい。佐野さん・・・・。お願いよ。死ぬまで抱いていて」
「京子・・・・」
「雅代を、あなたの相棒の雅代を・・・たの・・む・わ」
橋爪の体から力が抜けた。
「京子!」
佐野は橋爪の体を抱きしめた。