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 佐野が死んでしまった。自分が撃たれて死ぬときよりも、辛く悲しかった。マサヨは、放心状態で榊の車に乗せられ、レッドイーグルの隠し別荘へ運ばれていった。
 「シャワーを浴びて着替えろ。クローゼットには、おまえの服も置いてあるだろう。橋爪が気に入りそうな服を着て待ってろ。化粧も念入りにな。逃げ出そうと思うなよ。外には見張りがいる。おまえが空手のようなものができることはみんな知っているから、今度は今朝のようには簡単にやられないからな」
 そう言い残して、榊は部屋を出ていった。榊は、橋爪が別荘に来ると言った。マサヨを橋爪に会わせるつもりのようだ。いつ頃やってくるのだろうか? 少なくとも、橋爪が来るまでは殺されることはないだろう。外に連絡する手立てはないものか? マサヨは部屋の中を調べて回った。
 ベッドの枕もとに電話が置いてあったが、通じていなかった。窓には鉄格子が入っていて抜け出せない。この鉄格子は、外からの侵入を防ぐものらしいが、火事にでもなったらどうするんだろうかと疑問に思った。
 部屋のドアを少し開けてみた。男がふたり、ドアのそばに立っていた。ふたりとも用心しているだろうから、逃げ出すのは無理のようだ。
 ドアを閉めてマサヨは考える。
 橋爪は、このマサヨを再び殺すだろうか? あの時、雅代が撃たれたとき、榊は雅代に、橋爪の元へ戻るつもりはないかと尋ね、雅代はそれを拒否した。だから撃たれた。逃げ出したことを詫びれば、許してくれて殺されないかもしれない。7年も橋爪の大事な女だったのだから。そうしてから、チャンスを窺って小沢に連絡すればいい。そのためには、シャワーを浴びて美しく装うことだ。男は、美しい女には弱い。

 この別荘に、このマサヨと橋爪は避暑にでも訪れているのに違いない。クローゼットの中に、洗濯されて畳まれた下着や普段着、ドレスの類が相当数置かれていた。
 シャワーを浴びて下着を身につけると、真っ白なドレスを着た。鏡に映ったマサヨは、おとぎの国のお姫様と言った風情だ。
 お姫様に相応しい薄化粧をした。うまくいかなければ、死に化粧になるかもしれないなとマサヨは思った。

 ガチャガチャと鍵を開ける音に振り向くと、部屋に入ってきたのは榊だった。
 「橋爪はまだなの?」
 「どんな交通機関を使おうとも、あと3時間は掛かる」
 「3時間も掛かるの・・・・。お腹減ったわ。朝から何も食べてないの。何か食べさせて」
 「・・・・そうだな。最後の晩餐くらいさせてやるか」
 「最後の晩餐ですって!? わたしをどうするか決めるのは、橋爪よ。あんたなんかに決められないわ」
 「雅代! いつからそんな口が利けるようになった? ああっ? 俺に頭を撃たれて、気でも違ったか?」
 榊は、マサヨの首を左手で絞めながら睨み付けた。マサヨは榊にキン蹴りを食わせると、床の上に放り投げた。
 「このアマ! 大人しくしていればつけ上がりやがって!!」
 いくら柔術の心得があると言っても、その気になった男に、体格の小さな女が敵うわけがなかった。マサヨは、榊に立ち上がれないくらいに徹底的に打ちのめされた。

 ベッドの上にぐったりと倒れたままどれくらいたっただろうか? ドアが開き、見張りをしていた若い男がワゴンを部屋の中に運び入れてきた。ワゴンの上には、ホワイトシチューとクロワッサンが載せられていた。あんなに怒ってマサヨを殴り倒したのに、食べ物を運ばせるなんて・・・・。榊という男が分からない。
 「ありがとう」
 マサヨの礼の言葉に、男は一言もものを言わず、マサヨに頭を下げると部屋を出ていった。

 食欲はなくなっていたのに、シチューの臭いを嗅ぐと、腹がクウと鳴った。考えてみれば、野麦峠で買ったケーキ菓子を食べる暇もなく襲われて、朝から何も食べていないのだ。
 ワゴンをベッドに寄せて、シチューをスプーンですくった。誰が作ったのだろうか? とても美味しかった。気が付いたときには、シチューを全部平らげていた。クロワッサンもすべて食べた。
 榊は、これが最後の晩餐だと言った。橋爪が到着してからマサヨを殺すつもりだ。何故1年前のようにすぐに殺さなかったのだろうか? 橋爪を待つ理由は何だろうか?
 榊は、橋爪の右腕と聞いていた。しかし、榊のあの言葉、あの態度を見ていると、必ずしもそうではないようだ。ふたりの関係はいったいどうなっているのだろうか?

 榊が再び部屋にやってきた。空になった皿を見てにやりと笑って言った。
 「よっぽど腹が減っていたようだな。美人でも腹が減るんだな」
 「当たり前でしょう?」
 「おい! 雅代! 口の利き方に気を付けろよ。今度俺を怒らせると命がないぞ」
 「どうせ殺すんなら、すぐに殺したらいいわ」
 榊はフンと鼻で笑った。
 「雅代。おまえにはちょっと教育が必要だな」
 そう言うと榊は部屋を出て行った。5分ほどして戻ってきた榊の手には、注射器が握られていた。榊は薄笑いを浮かべて雅代に近づいてきた。
 「な、何をするつもり?」
 「生意気な口を利けなくしてやるんだ」
 「何よ。それは」
 「スピードだよ。やったことがあるんだろう? いや、橋爪と寝るときはいつもこれをしていたはずだ」
 マサヨは目を見張る。スピードは、覚せい剤の中でも幻覚作用が最も強力で、最近急速に広がっているものだ。レッドイーグルの主力商品だ。
 「その取り澄ました、生意気な顔がどうなるか見てみたいものだ。さあ、おとなしく注射させるんだ」
 「や、止めて」
 マサヨは身構える。榊は腰を落としてゆっくり近づいてきた。次第に部屋の隅に追い詰められる。マサヨは榊に蹴りを入れようとした。しかし、見切られて床の上に押さえつけられた。男だったら、こんなに簡単に組み伏せられはしなかったのに・・・・。悔し涙が流れた。
 「さあ、これでおまえは小羊のように従順になる」
 服の上から尻に注射された。注射器を抜くと、榊はマサヨから離れて部屋の隅に立ち、マサヨをじっと見つめている。
 薬はすでに効き始めていた。マサヨはよろよろと立ち上がった。床の上に立っているのに、まるで雲の上にいるようだ。見ているものが、スローモーションのようにゆっくりと動いてゆく。物の輪郭が虹色になって流れて行く。
 気を確かにしろ! そう思うのに、まるで自分が自分ではない。ほっぺたを自分でパシパシと叩いた。
 「雅代」
 榊の発した声が、山彦のように何度も耳の中に響く。
 「雅代。服を脱げ」
 「ふ・く・を・・・ぬ・げ? そ・ん・な・こ・・・と・・・す・る・・と・・・・お・も・って・・・る・の?」
 「勿論だとも。脱いだ方が気持ちいいぞ」
 何を馬鹿なことを言うんだ。そんなことは絶対しない。するわけがない。そう思うのに、マサヨはドレスを脱いでいる自分を発見する。どうして?
 「下着も取れ」
 「い・・や」
 「駄々をこねてないで、早く脱ぐんだ!」
 マサヨは朦朧としながら、ブラをはずし、ショーツを脱いだ。
 「いい子だ。さあ、俺にキスするんだ」
 榊がマサヨに近寄ってきて腰を抱いた。逃げられなかった。体がまったく言うことを利かないのだ。
 「早く!」
 マサヨは榊の舌を貪った。
 「さあ、次だ」
 榊はズボンのベルトを緩めた。マサヨは命令されなくても、それを手に取って口に含んだ。丁寧に丁寧に嘗めあげる。
 「さすがにうまいな。ベッドの上に横になれ」
 マサヨはまるで操り人形だ。心と体が完全に分離していた。
 マサヨのそばに榊も横たわると、マサヨの乳首に軽く触れた。たったそれだけで、マサヨは両の乳首が堅く勃起するのを感じた。
 「ああっ・・・・」
 榊の指先が、マサヨの体をゆっくりとなぞっていく。触れられるところすべてに快感を覚えた。女の体は、全身が性感帯だと聞いたことがある。それが薬の影響で極端に鋭敏になっているのだ。
 「足を開け」
 マサヨは大きく足を広げ、榊の目の前に女をさらす。
 「まるでお漏らししたようだな」
 言われなくても分かっていた。下半身が熱く、何かが股間を伝い落ちているのを感じていた。生まれて初めて覚える奇妙な感覚だ。
 榊の指が、マサヨの敏感な部分に触ったとき、体がびくびくと痙攣するのを覚えた。榊の指だけで達している。マサヨは恥ずかしさを覚えながら、憤りを感じていた。薬で女の体を意のままにするなんて、絶対榊を許さないと。
 しかし、今はどうしようもなかった。
 榊がマサヨに覆い被さってきて、体に舌を這わせる。気が狂いそうだ。止めてくれと心は叫んでいるのに、体はそうされることを望んでいた。
 「女があんな真似をしちゃあいけない。男の言うとおりにしていればいいんだ。分かったか」
 「・・・は・・・い」
 「欲しいか?」
 「ほ・・・し・・・・い」
 「何がほしい?」
 「あ・な・た・の・・・ペ・ニ・・ス」
 「そうか。よく分かったぞ。ご褒美におまえの望みどうりにしてやる」
 体は今か今かとそれを待っていた。いやだ。いやだ。いやだ。心は拒絶していた。初めての相手は佐野であって欲しかった。榊が入って来ようとしている。
 体は奪われても、心までは奪われない。決して・・・・。涙が頬を伝い落ちた。