先行していたマスタングがやられ、路上で炎上している。榊はいらいらしながら、運転手に怒鳴った。
「横が開いてるだろう! 早く抜けろ!」
「危ないっすよ」
「抜けられなかったら、殺す」
運転手はぎくりと怯えた表情になって、ハンドルを握り直した。ベンツのあとを、クラウン、デリカがついてくる。
「道が分かれていますよ。どうします? 二手に分かれますか?」
榊は地図に目を落として考える。
「いや、これ以上の戦力ダウンはできない。左折だ。左折しろ」
「こっちにいなかったらどうします?」
「俺の勘を信じろ」
絶対野麦峠へ向かったと、榊は確信していた。奴らは東名に向かっている。諏訪方向には向かわない。人間というものは、一度方向を決めると、とくに、追いかけられているという状況下では、途中で変更するのは困難だ。
銃撃に備えてクラウンを先行させ、自分の乗ったベンツを最後部へ移動させた。
野麦峠に先頭のクラウンが到着したとたん、銃を発射し始めた。榊は心の中でほくそ笑んだ。やっぱりこっちだったか。
「榊さん。勘が当たりましたね」
「当然だ」
峠の頂上へ着くと、パジェロが猛スピードで下っていくのが見えた。
「今度こそやるぞ」
ベンツも坂を下り始める。ヘアピンカーブを抜けたところで、クラウンがやられた。雅代が銃を撃つのが見えた。
「信じられん。あの銃の腕前は、やっぱり雅代は替え玉だ」
そう心の中で呟く。しかし、逃げられては、橋爪に申し開きができない。殺るしかない。
パジェロが大きく傾いた。タイヤをパンクさせたようだ。
「よし、いいぞ。これで、奴らも最後だ」
パジェロが停まり、雅代と大男が車外へ飛び出し、大男が発砲してきた。デリカのエンジンルームが火を噴くのが見えた。
「榊さん、あいつはほんとに警察官ですか? あの銃は、どう見ても官給品じゃありませんよ」
「マグナム44のようだな。しかし、相手はひとりだ。すぐに決着が付く」
クラウンがやられたとき、雅代が銃を落とすのが見えた。その後、雅代が銃撃してこないところを見ると、銃はあの大男が持っているものだけだ。
大男が、坂道を下って逃げ始めた。雅代の姿がない。どこだ? そう思いながら、榊は車を発進させた。
「銃を貸せ。俺が仕留める」
榊は、走るベンツの中から大男に狙いを定めた。引き金を引くと大男の体が揺れ、ガードレールの向こうへ消えていった。手応えが今一歩だったが・・・・。
車を停め、ガードレールの向こうを覗き込む。
「榊さん。これじゃあ、助かりませんよ」
ガードレールの向こうは深い谷だった。
「そうだな」
死んだのが確かめられないのは残念だが、この高さから落ちたのでは、生きているはずはない。
「ジャイアン。死んじゃいや!!」
雅代の声が上の方から聞こえてきた。何処かに隠れているようだ。
「おい。女は上に隠れているぞ。探してこい。・・・・殺すんじゃないぞ」
「武器を持っているかも」
「いや、それなら、撃ってきたはずだ。早くしろ!」
雅代はすぐに見つかった。藪の中で泣き喚いていた。榊の子分に引き立てられて、榊のそばにやってきた。
よく似た偽物だと思ったのに、どう見ても雅代だった。榊は、雅代の前髪をあげてみた。そこには、榊が打ち抜いた時にできた傷があった。
「信じられない。この女は、間違いなく雅代だ」
榊は声に出さず、茫然とその傷を見ていた。
この女は、雅代だ。しかし、子分が報告してきた、空手の達人のような身のこなし。銃の腕。それに佐野という大男とは、会ってまだ数時間しか経っていないのに、まるで長年付き合っていたかのような様子で泣き喚く雅代。まるで別人だ。いったい、雅代に何が起こったんだ!?
この場で殺そうと思っていたが気が変わった。
「乗鞍の別荘へ行くぞ」
「大阪じゃないんですか?」
「ボスがそっちで待ってろと言ってるんだ」
「そうですか」
そう答えたが、榊は橋爪を別荘へ呼び寄せるつもりだった。このままここで殺しては、橋爪との間に深い溝ができてしまう。雅代の心はもう橋爪にない。それを思い知らせて、橋爪自身に雅代を殺させるのだ。それが、榊が橋爪を完全に手中に収める最良の手だ。そう確信していた。