ベッドの中で眠り込んでしまった雅代を残して、橋爪恭介はドアに向かって歩いていく。雅代は今年24になる。雅代と出会ってから、もう7年もなるのか・・・・。橋爪は、少し感傷にふける。

 平成7年1月17日、関西大震災の日の午後。橋爪は、ブツを隠してあるマンションへ向かっていた。そこには、3億相当の覚醒剤が隠されていた。それが灰燼に帰せば、橋爪にとって大きな痛手となる。電話回線がパンクしているらしく、榊を初めとする部下たちには連絡が付かず、橋爪自ら出掛けなくてはならなかった。
 道路は寸断され、逃げ出す車、救出に向かう車で、道はごった返していた。大地震だと知ってすぐに吹田を出てきたのに、目的のマンションへ着いたときには、午後2時を回っていた。
 傾いたマンションの階段を上り、隠し場所のマンションの一室へと向かっていたとき、目的の部屋とは反対側の突き当たりの瓦礫の中に蹲っている少女を見つけた。それが、雅代だった。
 そのうち誰かが助けに来るだろう。俺は忙しいんだ。そう思いながら、目的の部屋のドアをこじ開け部屋の中に入ると、見張り役として住んでいた部屋の住人は、タンスに押しつぶされて魂切れていた。覚醒剤の入った金庫は無事だった。金庫を開け、バッグの中に中身を詰め込んで部屋を出ると、ドアの前に少女が立っていた。
 服は勿論、顔も手足も薄汚れてはいたが、少女は、はっとするほど美しかった。これほどの美少女には出会ったことがなかった。少女を無視するなんて、とてもできなかった。
 「どうした?」
 少女は答えない。
 「おまえの部屋はどこだ?」
 少女が指さす部屋は完全につぶれて、部屋の形をなしていなかった。もし中にヒトがいれば、おそらくその形さえ留めていないだろう。
 「おまえの親は、中にいたのか?」
 少女の目から見る見るうちに涙が溢れてきた。そして、大粒の涙が頬からこぼれ落ちた。
 「ほかに家族はいないのか?」
 少女は、黙ったまま下を向いていた。
 天涯孤独となった絶世の美少女。橋爪は、その少女を手に入れたいと思った。
 「俺もひとりぼっちだ。俺と一緒に来るか?」
 少女は、こくりと頷いた。
 橋爪は、少女の手を引いてマンションを後にした。

 マンションへ来るときも大渋滞だったが、帰りもひどかった。渋滞の中で、橋爪はしばしば少女の横顔を眺めた。なんて美しい・・・・。橋爪は、少女を抱く妄想を浮かべて、股間が堅くなるのを覚えた。こんなことは久しぶりだ。それも、こんな年端もいかない少女に欲情するなんて・・・・。
 吹田にある橋爪のマンションに戻るまで、少女は一言も口を利かなかった。まるで、歌を忘れたカナリアだった。
 マンションのエレベーターを上りながら、橋爪は尋ねてみた。
 「名前は何と言うんだ?」
 「・・・・雅代。大石雅代」
 か細い声で少女はそう答えた。少女の声を初めて聞いた。顔も美しいが、声も綺麗だ。
 「大石雅代か。いい名前だ。年は?」
 「・・・・17」
 「17。高校・・・・2年生か」
 雅代は頷く。

 エレベーターが目的の階へ着きドアが開いた。橋爪は、雅代を部屋へ導き、ソファーに座らせると、バスルームへ行って給湯のスイッチを入れた。
 「何か着るものを買ってきてやる。シャワーを浴びて待ってろ。いいな」
 雅代は、頷いてバスルームへ入っていった。橋爪は、買い物へ出かけている間に、雅代がいなくなりやしないかと不安を覚えながら、エレベーターを降りていった。
 橋爪は、白のシンプルなショーツを3枚と、同じく白の70Bのブラジャー2着、小さな花柄のパジャマ一着、シンプルなデザインのワンピース2着を買って、部屋に戻った。
 買ってきたものが無駄になるのではないかと思いながら部屋に入ると、雅代はバスタオルを体に巻いて、ベッドの上で眠っていた。
 よかった。橋爪は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 買ってきたものをベッドのそばに置いて、橋爪はソファーに座ってベッドの上の雅代を見つめた。眠れる森の美少女だな。そう思う。
 それから、電話機を取り上げてプッシュした。待っていたように、すぐに相手が出た。
 「榊か? どこにいる? 何? ブツを回収に行っている? 今あのマンションの前か。ブツはなかっただろう。安心しろ。ブツは俺が回収したんだ。そうだ。俺が先に着いたようだな。頼みたいことがある。いや、仕事のことじゃない。ブツを隠して置いた部屋の向かって一番左の部屋の住人がどうなったか調べて欲しい。大石って言う名前だ。そうだ、大石だ。頼んだぞ」
 受話器を置くと、橋爪は再び視線を雅代に向ける。一日中見ていても見飽きない。雅代はここにずっといてくれるだろうか? ここにいると言って欲しい。橋爪は、すでに雅代の虜になっていた。

 2時間ほどして、雅代は目を覚ました。その間、橋爪はずっと雅代を見つめていた。ベッドの上で、雅代はキョロキョロと部屋の中を見回す。それから、自分を見つめている橋爪に気付いて体を固くした。
 「どうしてわたしはここに・・・・」
 「覚えてないのか?」
 雅代は、下を向いてじっと考えていた。それから、涙を流し始めた。
 「わたし、わたし・・・・、独りぼっちになってしまった・・・・」
 「俺で良かったら、おまえを守ってやる」
 橋爪はベッドに近寄り床に跪いて、雅代の手を握った。その手に雅代の涙が落ちかかる。
 「・・・・ほんとに?」
 「ああ、ずっとな」
 雅代が橋爪の胸の中に飛び込んできたとき、俺は天使を手に入れた、これほどの幸せはないと橋爪は感じていた。

 しばらくして電話が鳴った。ここの電話番号を知っているものは、榊しかいない。
 「俺だ。・・・・そうか。分かった。妙なことを頼んで、すまなかったな。じゃあ」
 榊の報告に寄れば、大石家は、関西電気に勤める父親、専業主婦の母親、高校2年生と中学3年生の女の子の4人暮らしだということだ。部屋は完全に潰されており、瓦礫の中に母親のものらしい二本の足が見えたと言うことだが、他の3人については分からない。恐らく誰も生きてはいないだろうとのことだった。
 雅代がどうして部屋の外にいたのかは分からないが、ともかくひとりだけ生き延び、しかも橋爪と出会った。これは偶然ではない。神の思し召しだ。橋爪はそう考え、心が躍った。赤い糸だと。

 橋爪が買ってきた服は雅代にほぼぴったりだった。橋爪には妙な才能がある。一目で女のサイズが分かってしまうのだ。雅代はその美貌だけではなく、スタイルも抜群なことが橋爪には分かっていた。
 その服を着た雅代を連れて、近くの中華料理店で食事をした。食欲がないと言っていた雅代だったが、一度も食べたことのない高級中華料理が並べられると、次から次へと胃の中へ放り込んだ。橋爪には、食べることですべてを忘れようとしているように思えた。

 橋爪は、自分ののマンションを雅代を住まわせることを榊に連絡した。
 「組織をふいにしてでも、雅代とは一緒にいたい」
 そんな言葉に、榊はいつもと口調を変えることなく、こう答えた。
 「どうなっても、俺は知らないぜ」
 橋爪は、それまで女と暮らしたことがなかった。事が失敗するのは、女が絡んだときだ。そう思っていた橋爪は、ずっと独りだった。その意見に榊も同調していた。だから、雅代と暮らすと榊に知らせたとき、榊はいい返事をしなかったのだ。

 橋爪は用心深い男だった。レッドイーグルという覚醒剤密売組織を率いていたが、表面にはまったく出ず、表向きは親の残した財産で暮らすぷーたろうを装っていた。
 橋爪はレッドイーグルのブレインであり、榊が実行部隊の長であった。榊は殺人も辞さない男として恐れられていたが、橋爪の素顔を知るものはほとんどいなかった。
 橋爪がレッドイーグルを組織したのは、平成に入ってからで、その頃は、橋爪も表に立っていたが、組織が大きくなるにつれて、橋爪は世間から完全に姿を消した。組織が大きくなってくると、ほかの組織との抗争が起こるようになり、命を狙われることが頻繁に起こった。橋爪は頭は切れたが、榊と違って自分を自らの手で守ることができなかった。だから、表面に出ないようにしたのだった。
 警察当局は、橋爪を探し求めていたが、決してしっぽを掴ませることはなかった。橋爪の顔を見たものは殺される。そんな噂が立っていたから、誰も橋爪の顔を拝もうなどとは思わなかったのだ。
 そんな橋爪が危険を冒して女を囲うなどと言うことは異例中の異例の出来事だった。しかし、橋爪と雅代の関係を知るものは、榊だけであった。
 そう言うわけだから、例え橋爪と雅代が表通りを堂々と歩いても、レッドイーグルのヘッドとその若い情婦が歩いているなどとは誰も気づくことはなかった。しかし、そんなことは滅多にはしなかった。

 橋爪は、雅代の唯一の欠点と思える関西弁を標準語へ直し、茶道、華道、料理、着物着付けなど、ありとあらゆるものを学ばせた。
 さらに、橋爪は処女であった雅代を自分好みの娼婦へ育て上げた。男を喜ばせる手管を教え込んで実行させ、一方では女としての官能のすべてを教えた。雅代の体は、橋爪の指一本でもエクスタシーへ達するようになっていた。

 雅代。おまえは永遠に俺のものだ。そう呟きながら、橋爪は、ドアを閉めて部屋を後にした。