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 橋爪のコンピューターは、日本中のコンピューターに入り込める。しかもその足跡を残すことはない。警察の電話は、すべて盗聴できた。特に覚醒剤取り締まりに関係する部長以上の電話は24時間体制で監視していた。
 橋爪は、通話記録をチェックし、重要と思われるものはテープを再生して、情報を得ていた。
 そんな中に、警視庁の覚醒剤取り締まり特別班の課長である小沢の通話記録があった。相手は、長野県にある小さな病院だ。橋爪の勘がそれを聞けと教えていた。
 橋爪は、その部分のテープを聴いてみた。

 「もしもし、井上先生ですか?」
 「ああ、小沢さん。井上です」
 「彼女の具合はどうですか?」
 「すっかり元気ですよ。そろそろ退院させようと思っていますが、迎えに来られますか?」
 「そうですか。じゃあ、とりあえず、例のホテルに移してもらえますか? いかつい男が迎えに行ったんじゃあ、周りの患者さんが驚くでしょうから」
 「そうですね。そうしてもらえると嬉しいですね」
 「明後日、迎えのものを行かせますから、手配をよろしくお願いします」
 「分かりました。大石さんにもそう伝えておきます」
 「それでは」

 彼女? 大石? まさか雅代のことでは? いや、雅代は死んだはずだ。待て、待て。死んだと見せかけたのか?
 橋爪は、通話先の病院をチェックしてみた。脳外科とリハビリテーションセンターの文字。榊は、雅代の眉間を撃ち抜いたと言った。助かって、リハビリを受けていたのでは・・・・。
 死んだと思っていた雅代が生きているかもしれない。そう思うと橋爪は居ても立ってもいられなかった。
 「榊! すぐに部屋に来い」
 電話して数分後、榊が橋爪の部屋へやってきた。橋爪はテープを再生して榊に聞かせた。
 「どう思う?」
 「あれで生きているはずがありません。ガセネタで誘き出すつもりでしょう」
 「・・・・そうかもしれんな。しかし、確かめてくれないか?」
 「確かめて、ほんとに生きていたら、もう一度殺るんですね」
 「いや、ここへ連れてきてくれ」
 「ここへは戻って来ないと言ったんですよ」
 「本人の口からそれを聞きたい」
 「馬鹿な真似は止めた方がいいですよ。雅代さんはもう死んだ。それでいいじゃないですか」
 「生きているのなら、もう一度会いたい。会って謝りたいんだ。殺そうとしたことを」
 「だめです。サツが、鵜の目鷹の目で張ってますよ。連れて帰るなんて、言語道断ですよ」
 「連れて来るんだ!」
 「ダメだと言ったら、ダメだ。諦めろ!!」
 榊の口調が変わった。
 「だいたいおまえがあんな女と拾ってくるから、日本制覇が遅れたんだ。あの女さえ居なかったら、もっと早くに日本制覇ができていた」
 「そう言わないでくれ。雅代は、俺の唯一の女なんだ」
 「女なんて、身を滅ぼすだけだ。おまえが何と言おうとも、生きていたら殺す」
 それまで、榊に対して絶対君主のように振る舞っていた橋爪が、榊の足元にすがって涙を流しながら頭を下げた。
 「お願いだよ。連れてきてくれ」
 「おまえは変わったな。それもこれもあいつのせいだ」
 「そんなことはどうでもいいじゃないか。お願いだ」
 「そうだ。こうしよう。おまえの兵隊が雅代を連れてくるか、俺の兵隊が殺してしまうか賭をしよう。おまえが勝ったら、好きにしていい。その代わり、俺が勝ったら、今後命令するのは俺だ。いいな」
 橋爪の返事を待たずに榊は部屋を出ていった。榊の兵隊と競争するのは無理だ。だいいち、橋爪自身は直属の兵隊など持っていない。それが分かっていて、榊はああ言ったのだ。
 「くそ!!」
 雅代が生きていると思えば思うほど、思いは募った。何とかして、自分の元へ連れてくるのだ。そのためには・・・・。頼る相手は一人しかいない。

 橋爪は、覚えていた電話番号をプッシュした。
 「頼む。出てくれ」
 ルルルーッ、ルルルーッ、ルルルーッ、ルルルーッ、ルルルーッと、呼び出し音が鳴り続ける。しかし、相手は出ない。橋爪は諦めない。何分そうしていただろうか? 相手が出た。
 「も・し・・も・し」
 眠っていたのか? こんな時間に? 声は間違いなくやつの声だ。
 「もしもし、わたし。覚えてる?」
 「・・・・京子? 京子か!?」
 夢から覚めたように、声が変わった。
 「そう。元気にしてた?」
 「いまどこにいる?」
 「言えない・・・・」
 「頼む。教えてくれ。おまえに会いたい」
 「わたしの願いを聞いてくれたら、会ってあげてもいいわ」
 「願い? なんだ?」
 「ある人を助けてほしいの」
 「ある人? ある人って誰だ?」
 「大石雅代」
 「大石雅代!?」
 「そう。大石雅代。あなたがコンビを組んでいた杉田さんが殺されたときに一緒にいた女よ」
 「あの女は、死んだはずだ」
 「生きていたのよ。長野の病院で。あなたの上司の小沢さんが、死んだことにしてたの」
 「あの女は、橋爪恭介の愛人だったと聞いたが・・・・」
 「そうよ。今度こそ息の根を止めようと、榊が長野に向かってるわ」
 「榊が・・・・。どうして京子がそれを知っている?」
 「わたし・・・・、榊の・・愛人なの」
 「何だって!」
 「榊を殺して、彼女を助けて!」
 「何故そんなことをする? 榊はおまえの相手なんだろう?」
 「あの人は人間じゃないわ。わたしを薬漬けにして、自由を奪ったの。わたし・・・・、自由になりたい。あなたの元に行きたい。だから、お願い。榊を殺して」
 「分かった。長野のどこだ?」
 「分からないわ。諏訪の井上病院に入院していたとだけ言ってた。でももう退院して、どこかのホテルに隠れているはずよ。警察官が迎えに行くらしいけど、榊の手に掛かったら、赤ん坊の手を捻るようなもの。すぐにやられてしまうわ」
 「よし。助けてやる。榊は、俺の大事なパートナーをやったやつだ。叩き殺して地獄に送ってやる」
 「必ず榊を殺してね。わたし、待ってるから」

 電話を切った。佐野は、榊に恨みがある。それに、この京子を手に入れるために全力でぶつかるだろう。
 うまくいったら・・・・。うまくいったら、雅代を取り戻し、佐野を榊の代わりに据えよう。7年間、それでうまくいっていたのだから・・・・。

 橋爪は、長い髪を括っていた紐を解いて、櫛を通した。
 「しばらく、男の姿にはなれないわね・・・・」
 そう心の中で呟いた。