机の上の電話機がピイッと鳴り、着信を知らせてきた。小沢は、点滅しているボタンを押して受話器を取った。
「小沢さんですか?」
「ああ、水島さんですね。すぐにかけ直します」
小沢は席を離れて、警視庁の外に出た。一直線に公衆電話へ向かう。小沢は警戒していた。署内の電話は盗聴されているような気がするのだ。レッドイーグルに関係のない時には問題がない。レッドイーグルの関係したとたん、張り込みは失敗するし、たれ込みのあった場所を急襲してももぬけの殻なのだ。盗聴されていないのかもしれないが、用心するに越したことはない。この件は絶対他人に聞かれたくないのだ。
電話番号をプッシュすると、すぐに相手が出た。
「井上先生。先ほどは失礼しました」
「いや、いいですよ。だいぶ慎重になっていますね」
「他のものに聞かれたくないものですから・・・・」
井上という名前から、身元を探られることも警戒していた。だから、水島さんですねと応えたのだった。
「かなり回復して、自力で歩けるようになりました」
「それは良かった。で、様子はどうです?」
「その件で小沢さんに直接会ってお話がしたいのです。近いうちにこちらに来ていただけますか?」
「分かりました。ちょっと待ってください」
小沢は、手帳を広げて予定を調べる。
「あさっての金曜日は如何でしょうか?」
「金曜日ですね。じゃあ、午後1時に。お待ちしております」
「金曜日午後1時。必ず伺います」
電話を切って、小沢はふうと溜息をついた。生き返ったか・・・・。不安と安堵が入り交じったような気分の小沢だった。
約束の金曜日。午後1時少し前に、小沢は井上医師を訪ねた。
「昼食はもうお済みになりましたか?」
「いや、ちょっと忙しくて、まだなんです」
「病院食でよかったら、一緒にどうですか? 外来が長引いて、わたしも昼食がまだなんです」
「そうですか。それでは、ご一緒しましょう」
早く様子を聞きたかったが、小沢はぐっとそれをこらえた。20畳あまりの職員食堂で、井上医師と向かい合わせで昼食を摂った。食堂内には、看護婦が数人にて、遅い昼食を摂っていた。聞かれると困るので、小沢は何も言わずに黙々と箸を進めた。
「で、どうなんですか?」
カンファレンスと書かれた部屋に入るなり、小沢は井上医師に尋ねた。
「機能的には完璧に回復しています。生理も始まっています」
「生理!? ・・・・そうでしたね」
井上医師はうんと頷いた。
「本人は分かっているんでしょうか?」
「分かっていると思います。しかし、あり得ないことですから、心が受け入れを拒否しているんじゃないかと思っています」
「はっきり自覚していないと言うことですね」
「・・・・そうですね。そう言うことになりますね」
わずかに沈黙の時が過ぎた。小沢が切り出す。
「どうすればいいんでしょうか?」
「それを相談しようと思って、今日小沢さんに来てもらったのです」
小沢はたばこを取り出す。
「ここ、いいですか?」
「すみません。ここは禁煙なんです」
「そうですか」
小沢は、残念そうにたばこをポケットにしまい込んだ。
「本人にはっきりと話して、自覚させるしかないでしょうね」
「受け入れてもらえるでしょうかね?」
「まったく、予想も付きません。こんなことは初めてですからね」
「それもそうですね」
「まったくの他人になったわけですから・・・・」
「最悪の場合、どうなりますかね?」
「・・・・そうですね。人格が崩壊してしまうかもしれませんね」
「つまり・・・・」
「生きた人形のようになってしまうと言うことです。彼女は、あれほどの美人ですから、まさに生きた人形です」
「うーん・・・・」
小沢は、腕組みをして考える。
「言わないわけにはいかないでしょう」
「そうですね。遅かれ早かれ、言わなければならない時期が来るのですから・・・・」
「わたしの口から言った方がいいでしょうね」
そんな言葉に、井上医師は安心いたように答えた。
「わたしもそう思います。まったく知らないわたしからよりも、上司であるあなたから言ってもらった方がいいでしょう」
「じゃあ、すぐにでもいいですか?」
「構いませんよ。それじゃあ、病室に行きましょう」
立ち上がって、二人はカンファレンス室を出た。
井上医師の後を付いて、病室へ向かった。病室は、病棟の一番端にあり、表札は出ていなかった。
「わたしは、外で待っています。何かあったらすぐに呼んでください」
「分かりました」
小沢は、ドアを少し開けて中の様子を窺った。カーテンの陰から彼女が姿を現した。そのまま歩いて窓際に立ち、外の風景をぼんやり眺め始めた。
小沢は溜息を洩らした。あの時、杉田のアパートに急行した時、部屋の中は血だらけで、手前に杉田、奥に女が倒れていた。女は眉間から血を流し、長い髪の毛が血に染まっていた。顔を見る余裕もなく救急車を呼んだ。
次に彼女を見たときには、頭に包帯を巻かれ、喉に管を通されていたから、人相が変わっていた。
元気な彼女の顔を見るのは初めてだった。初老の域にかかった小沢であったが、少し興奮を覚えた。彼女は、溜息が出るほどの美人だった。
小沢は決心して、ドアを開けて中へ入った。
「こんにちわ。お邪魔するよ」
彼女は、小沢の方を振り向き、少し首を傾げてから言った。
「小沢課長。来てくれたんですか?」