第9章 橋本愛美

 わたしは、可愛い花屋さんの店先に座って、昔のことを思い出していた。叔父さんに貰った人形の中にあった妙な薬を雅也と一緒に飲んだ日のことを・・・・。

 わたしは、雅也が死ぬほど大好きだ。この家へ越してきて初めて雅也に会ったとき、わたしは雅也と結婚しようと、子どもながらに思った。
 先月、雅也に処女をあげたとき、何の後悔もなかった。むしろ、雅也との結婚の保証書を貰ったような気分だった。

 叔父がくれた人形の飾りの中に入っていた妙な薬。それが、永遠に別れないで一緒にいるって言う薬だと知ったとき、わたしは何の躊躇いもなく、雅也と一緒に飲んだ。とにかく、雅也と一緒にいられるのなら、どんなことでもしようと思っていたのだ。
 それにしても、妙な味の薬だった。雅也は何の効果もないみたいだねと言ったけれど、わたしには分かっていた。絶対効果がある。わたしたちふたりは、死ぬまで仲良くやっていけそうな気がする。

 妙な夢を見た。何が妙なのか説明できないような妙な夢だ。だけど、目が醒めたときには、どんな夢を見たのか思い出せなかった。

 夢のせいか、股間に妙な違和感を覚えた。痛いような緊満感だ。触ってみると、ソーセージがそこにあった。魚肉で作られた安物のソーセージ。まさにあの大きさのものだ。どうしてそんなところにソーセージがあるんだろうと思って、取ろうとした。ところが、そのソーセージが体にくっついているのだ。くっついているだけじゃなかった。それには感覚があった。そのソーセージがわたしの体の一部だという感覚が。
 ビックリしたったらなかった。急いでパジャマの前を開いて、股間を覗いてみた。そこには、見なれないものがあった。それは、勃起したペニスだった。
 慌てて起き上がってみた。もう一度股間を触ってみた。ペニスは、間違いなくわたしの体にくっついたいた。
 この時わたしは、驚きもあったけど、嬉しかった。女は小さい頃はみんな、いつかはペニスが自分の体に生えてくると思っている。わたしもそうだった。それが実現しないことが分かって、ちょっと悲しくなったものだ。
 だからいま、ペニスがわたしの体に生えてきて、嬉しいと思った。けれど、これでは雅也に愛して貰えない。わたしはパニックになった。
 しかし、自分の体をよくよく観察してみると、わたしは、白と青のストライプの入った囚人服のようなパジャマを着ていた。雅也がいつも着ているパジャマだ。胸を触ってみると、膨らみはなかった。この体はわたしの体じゃない!!
 部屋の中を見回した。この部屋はわたしの部屋じゃない。この部屋は雅也の部屋だ。と言うことは・・・・。
 鏡、鏡はどこだ!! 部屋の中を探してみた。鏡はどこにもない。気がついて、洋ダンスの扉を開いてみた。内側に鏡があった。鏡に映ったのは、思った通り、雅也の顔だった。
 わたしは、雅也になってしまった。どうして!?
 わたしが雅也になってしまったと言うことは、雅也がわたしになっている!? わたしは、窓を開けて、わたしの部屋の方を覗いた。
 ちょうどその時、わたしの部屋の窓が開いて、わたしがビックリしたような顔でわたしを見ていた。

 「雅也! あなたなの?」
 「あ、ああ」
 わたしが、わたしに向かって頷く。
 「そっちに行くから待って」
 いつもわたしが雅也の部屋に行っていた。だから、今もそうしたのだけど、他人が見たら、雅也がわたしの部屋に忍び込んでいるように見えたはずだ。
 「雅也、ほんとに雅也なのね」
 「君は、愛美なのかい?」
 「そうよ」
 「ぼくたち、入れ替わってしまったのか!」
 「そうみたいね」
 「どうしてなんだ! どうなってるんだ!?」
 「訳が分からないわ」
 「・・・・あの薬のせいだろうか? 昨日愛美がぼくに飲ませた・・・・」
 雅也がぽつりとそう言いだした。
 「分からないわ。何か他の原因かも知れないし・・・・」
 「他に原因が考えられるのか?」
 「・・・・そうね。やっぱりあの薬のせいね」
 「あの薬のせいだとして、どうして愛美とぼくが入れ替わらなければならなんだよ。永遠に別れないで一緒にいるって言う薬なんだろう?」
 「それはそうだけど・・・・、他には原因はなさそうだし・・・・」
 わたしと雅也は、黙りこくって部屋の中に座っていた。

 「・・・・わたし、考えたんだけど」
 「何をだよ」
 「もしこのままだとすると、わたしたち、別れられないわよね」
 「どうしてだよ」
 「だって、そうでしょう? わたしたちが別れるってことは、お互いに、自分自身を否定することなのよ。自分自身を、愛するに足りない人間だと宣言するのに等しいのよ」
 「・・・・そうか。そうだね」
 「そう言う意味で、わたしたち、別れるわけにはいかないわ。つまり、永遠に別れないで一緒にいられるってことなのよ」
 「・・・・と言うことは、ぼくはずっと愛美のままだってことか!」
 「そう言うことになるわね」
 「そんなのイヤだよ」
 「なによ! わたしにはなりたくないって言うこと!」
 「イ、イヤ、そう言う訳じゃなくて、ぼくは男だから、ぼく自身に戻りたいって言うことだよ」
 「それは、わたしも同じ気持ちだけど・・・・」
 「どうしたら元に戻るんだ?」
 「分からないわ」
 「愛美、あの薬の他には、何も入っていなかったのか? 人形の中には」
 「入ってなかったと思うけど・・・・」
 「調べてみよう。もしかしたら、元に戻る薬が入っているかもしれない」
 そう言われて、棚の上に置いていた人形を手に取って調べてみた。あの薬以外には何も入っていなかった。
 「なんにも入ってないわ。どうしよう?」
 「どうしようもないよ」
 考えても元に戻るアイデアが分かるはずはなかった。

 ふたりで、ぼんやり座っていると、午前7時の時報がなった。
 「愛美! 愛美! 起きる時間よ!」
 母が一階から叫んでいる。わたしは、はあいと返事をしようとして、慌てて口を塞いだ。今はわたしは愛美じゃない。
 「雅也! 返事して。愛美は、あなたなのよ」
 「あ、ああ。そうだった。はあい、すぐ起きるわ」
 「早くしなさいよ。ごはん、できてるからね」
 「はあい」
 「うまい、うまいわ。雅也、あなた、わたしをやっていけるわよね」
 「・・・・愛美のことは、なんでも分かっているつもりだけど・・・・」
 「ちょっとやそっと、変なことしても疑われることはないと思うけど、できるだけ上手くやってね」
 「愛美もな」
 「分かってるわ」
 「じゃあ、あとで」

 わたしは、窓から雅也の部屋に戻った。部屋に戻るなり、ドアががらりと開いた。
 「雅也! 何度も起こしているのに。早くしなさい!」
 「分かったよ。すぐ着替える」
 雅也のお母さんは、何も疑うこともなく下へ降りていった。ほっとすると、おしっこしたくなった。わたしは、雅也の部屋の隣にあるトイレに飛び込んだ。
 パジャマとパンツを降ろして座ろうとして、間違いに気付いた。男は立っておしっこするんだ。
 降ろしたパンツとパジャマをあげて、ペニスを引っぱり出した。それから、便器に向かっておしっこした。してみたかったんだ。立ち小便。わたしは、立ち小便しているということに快感を覚えていた。
 男は、おしっこしたあと拭いたりしない。だけど、凄く汚い感じがして、ティッシュでペニスの先を拭いた。
 考えてみれば、汚いよね。おしっこして拭かないなんて。雅也と初めてセックスしたとき、雅也はペニスを綺麗にしていただろうか? 不潔なペニスがわたしの中に入ったんじゃないだろうか? そう思えば思うほど、凄くイヤな気分がした。今度するときは、洗ったことを確かめてからにしよう。元に戻ればの話しだけど・・・・。

 「雅也! 何してるの? 遅刻するわよ」
 「すぐ行くよ」
 わたしは、急いで学生服を着ると、鞄を持って一階へ下りていった。ちょうど雅也の父が出て行くところだった。
 「雅也、たまには母さんの手を煩わせないようにせんといかんな」
 「はい」
 「おっ、今日はやけに素直だな」
 「もう大人だからね」
 「ほう、そうか」

 朝食を済ませ、鞄を抱えて表に出た。雅也が、わたしになった雅也が出てきた。わたしはそばに駆け寄った。
 「お早う、愛美」
 「ま、雅也、お早う」
 「もう少し、おしとやかに歩いてよね。女らしくないよ」
 「そうかなあ」
 「言葉も気をつけるのよ」
 「分かってるわよ。ところで、愛美、じゃない、雅也。スカートって、初めて穿いたけど、なんか、心許ないね。足下がすうすうするし」
 「そのうち慣れるよ」
 「あんまり慣れたくなってないけど・・・・」
 「元に戻れなかったら、ずっとスカート穿かなきゃいけないんだからね」
 「やだなあ」
 「我慢、我慢」
 「雅也は、結構気に入ってるみたいだね」
 「そう見える?」
 「そう見えるよ」
 そうなのだ。わたしは、雅也でいることを喜んでいる。男になれて、わたしになった雅也を愛せるんだから。あの薬、いい薬だわ。

 学校にいる間、女言葉が出そうになって、少々慌てたけれど、まあ、雅也として上手く過ごせたと思う。雅也の友達は、受験前だというのに、ファミコンの話ししかしない。男って生き物はもう・・・・。
 女の子は、トレンディードラマやタレントの話しかしないけど・・・・。わたしになった雅也は、話しについていけただろうか?

 6時間目の授業が終わり、体調が悪いからと部活を断って帰宅することにした。わたしになった雅也も同じことをしたようだ。校庭で一緒になった。
 「うまくやれた?」
 「やれたと思うわ。少しくらいおかしくても、何にも疑いようがないからね。愛美、ちょっと、あんた、変ね? くらいは、3回言われたかな?」
 「3回も? ぼくは2回だよ」
 「五十歩、百歩ね」
 「それもそうか。部活休んだんだろう?」
 「もちよ。茶道何てやったことないんだから」
 「部活も、来週で終わりだよね」
 「そう。だから、もうずっと休むつもり。できるだけおかしいって言われないようにね」
 「それがいいね。ぼくもそうする」
 「何話してんだ?」
 近所に住む、倉田太一が、わたしたちの肩を叩いた。
 「なんでもないよ。ふたりの秘密。なあ、愛美」
 「そう、ふたりの秘密」
 「お前たち、仲よくっていいなあ。でも、いつまで続くかねえ」
 「一生続くわ。ねえ、雅也」
 「うん」
 「お熱いことで」
 倉田太一は、わたしたちを置いて駆けていった。ちょっとやり過ぎたかなと思った。

 家の前で別れ、部屋に上がって着替えた。しばらくすると、セーターにジーンズ姿に着替えたわたし、わたしになった雅也が窓から部屋に入ってきた。
 「そのセーター、よそ行きだよ」
 「そんなの知らないもん」
 「着ちゃったものは仕方ないけど・・・・」
 「スカートじゃなかったら、女もいいね」
 「どこがだよ」
 「わたしってさあ、もともと、少し大人しいじゃないの」
 「そうだね。ちょっと女々しいかな」
 「なんだよ。その女々しいってのは!」
 わたしになった雅也は、突然男言葉になって怒り始めた。
 「ごめん、ごめん。女々しいは取り消す。大人しい、そう、大人しいって表現がぴったり」
 「そう。それならいいわ。・・・・だから、女の方がしっくりいく感じがするわ」
 「そうだなあ。ぼくの方は、あなたに比べて、ちょっと活発だから、男の方がいいような気がする」
 「活発ねえ。乱暴って言った方がいいんじゃないの?」
 「なによ! 乱暴って!」
 「わ、悪かった。謝る」
 互いに思っているとおりだ。わたしが雅也で、雅也がわたしの方が、性格的には絶対相応しいのだ。神様は、それが分かっていたから、あの薬をわたしたちの手元に授けたのだ。
 「学校で分からないことあった?」
 「なかったよ。雅也は?」
 「わたしもなかった。何とかやっていけそうね」
 「そう思うよ」
 「ねえ、愛美。あれ、やってみない?」
 「あれって?」
 「・・・・セックス」
 「だめだよ。いま、危険日だから、絶対だめ」
 「一ヶ月前は良かったのに?」
 「ぎりぎりセーフだったの。今日明日が一番危ないから、諦めて」
 「分かったわ」
 「そんなにしたいの?」
 「だってさあ。女のセックスってどんなのか、知りたいもの。愛美は、そう思わないの?」
 「思うけど・・・・」
 「じゃあ、安全日になったらやろうね」
 「分かったよ」
 「いつまで待てばいい?」
 「今度の月曜日から後だったらいいと思う」
 「楽しみだなあ」
 性欲という観点から見れば、男の方が多いのかも知れない。わたしは、今は男なのにそんなにやりたいと言うことはない。わたしは、まだ女の感覚のままだ。しばらくすれば、これも男の感覚になるのだろうか?

 今日一日、わたしは男として、雅也として暮らした。結構楽しい一日だった。明日からも雅也としての日々が続くのかしら?