目を開けると、見慣れたわたしの部屋。クーラーの入っていない部屋で、汗まみれのわたし。生理は終わっていないけど、痛みはまったくない。もう2,3日でこの煩わしい生理も終わるだろう。
いつものようにシャワーを浴びた。わたしは、朝のシャワーが大好き。朝、汗にまみれたまま仕事に出掛ける人の気持ちが分からない。昨日もこんなことを思ったっけ。
体を拭いて、ドレッサーの前に立って裸の自分を眺めてみた。水田裕美ほどでかくないけど、わたしのおっぱいって、格好いいよね。うん、絶対わたしの勝ちだよ。おっぱいは大きさじゃない。形とバランスだよね。
ウエストだって締まっているし、ヒップの形も綺麗だよ。あんな痩せぎすよりずっとわたしの方がスタイルいいわよ。
眼鏡。この眼鏡がいけないなあ。やっぱ、コンタクトにしようかなあ。
髪の毛拭いて、ブラッシング。伸びちゃったなあ。少し切ろうかしら? 雅也は長い方がいいって言うけど、めんどくさいんだよね。
今日はお店どうしようか? 売り出しが終わったから、いつものペースに戻るだろうけど、たまには休もうかな?
そんなことを思いながら、下着を身につけ、いつものようにTシャツにジーンズを穿いた。
ふとテーブルの上を見ると、書き置きが目に入った。雅也が、わたしに書き残したメモだ。いつもと違うことが起きたんだろう。いったい何が書いてあるんだろう。
『毎度のことながら、もういい加減にしてくれないか? 生理になるのは、女に生まれたせいだから、ぼくに押しつけるのは止めてくれよ』
それは分かっているわ。分かっているけど、逃げ道があると、つい逃げたくなっちゃうのよね。
『話は変わるけど、昨日君にとっていいことがあったよ。何だと思う? ガードマンの篠田に食事に誘われたんだ。凄く美味しかったよ。ぼくは、篠田のことはあんまり好きじゃないけど、結構紳士で、いいやつだなと思う。また誘われるかも知れないから、その時は、ご馳走様のひとつも言っておいた方がいいよ。ただ、あいつには気をつけた方がいい。どうも気に入らない。
最後にもう一度言うけど、もう二度と生理なんて経験したくないから、止めてくれよな』
篠田君に誘われて食事した!? 凄く美味しかった!? いったいどこへ連れていって貰ったのよ!!!
わたしは、直ちに雅也のマンションへ電話した。
コールが鳴っているのに、なかなか出ない。まだ寝てるのかしら? 今日は休みだから、目覚ましのスイッチを入れなかったからなあ。
「もし、もし」
眠そうな雅也の声が受話器から漏れてきた。
「雅也、わたし」
「ああ、愛美か。何の用?」
「何の用って、篠田君とのことよ」
「篠田? ああ、あの篠田ね」
「どこへ行ったのよ。食事に誘われたって書いてあるけど」
「名前は、・・・・何だったっけ。覚えてないけど、いい店だったよ」
「どこにあるの? そのお店」
「えっとねえ。愛美の店から、車で15分くらいの住宅街の真ん中にあったよ」
「車で15分くらいの住宅街の中?」
「そうだよ」
「どこだろう? 住宅街の中のお店なんて、聞いたことがないわ」
「また連れてってってお願いしたら、いいんじゃないのか?」
「そうね。そうするわ。・・・・ところで、どうして誘われたの? いつもは、わたしになんてぜんぜん興味なさそうにしているのに」
「あ、ああ。その件ね」
雅也は、電話の向こうで何か躊躇っている。わたしの知らないところで、何かやってるみたいだ。
「篠田君に媚びを売るような真似はしてないでしょうね」
「い、いや。そんなことはしてないよ」
「じゃあ、何なの?」
「分かった、分かった。白状するよ。実はね、普段の愛美らしくないことをしてみたんだ」
「何をやったの?」
「スカートを穿いた」
「スカート!? スカートなんて持ってないでしょう? どこから手に入れたの?」
「勿論買ったさ」
「どこでよ?」
「3丁目の洋品店」
3丁目の洋品店というと、わたしのマンションと店のちょうど真ん中辺りにある小さな店だ。
「太った女主人がいるところ?」
「そうだよ」
「お金は? お金はどうしたの?」
「カードに決まってるだろう?」
「わたしのよね」
「ぼくのカードが使えるわけないじゃないか」
「そうか。それもそうね。で、いくらしたの?」
「・・・・4800円だったかな?」
「4800円! もっと安いのがあったでしょう?」
「愛美に似合うと思ったから・・・・」
「困るわ。お金、ないのに・・・・」
「・・・・分かった。ぼくのプレゼントと言うことにしてやる。今度会ったときに、お金をやるよ」
「ほんと?」
「ああ。ぼくが買ったんだから、責任取るよ」
さすが雅也。いいとこあるよ。
「えへっ! 助かるな。・・・・それだけ?」
「眼鏡をコンタクトにした」
「それもわたしのカードで?」
「当然」
「・・・・コンタクトにしようと思ってたからいいけど・・・・」
「そうだろう? 愛美は、コンタクトがいいよ。眼鏡なんて止めなよ」
本木もそう言ってたなと思い出した。
「他には?」
「ヘヤスタイルを変えて、化粧した」
「雅也! 化粧なんてできるの?」
「何度愛美の身代わりをさせられたと思ってるんだよ。化粧くらいできるさ」
「そうか、そうだったわね。・・・・ヘヤスタイルはどんな風にしたの?」
「真ん中で分けて、耳の横に小さな三つ編みをしただけだよ」
「ふうん」
雅也が言ったわたしの姿を頭の中で想像してみるが、どうもうまくいかない。実際にやってみないとだめだ。
「スカートとコンタクトはどこに置いてあるの?」
「スカートはタンスの奥。コンタクトは、ドレッサーの上に置いてあるよ」
目の前に、コンタクトの入れ物が置かれていた。コンタクトにすると、どんな感じになるんだろうな? 出かけるとき、コンタクトを入れてみよう。さて、スカートはどんなやつだろうか?
わたしは、立ち上がって、タンスの扉を開いてみた。黒のジャンパースカートが下がっていた。ドレッサーに戻って、胸にあててどんな感じか眺めて見た。
「似合うみたいね」
「ぼくが選んだんだからね」
「雅也は趣味がいいわ」
「サンキュウ」
スカートなんて、ここ数年穿いていない。何だか恥ずかしい。そう思いながらふと気付いた。今日もこれを着ていく訳にはいかない。
「これ、昨日着てお店に行ったんだよね」
「そうだよ」
「じゃあ、今日は、着られないなあ」
「ベッドの足元に袋があるだろう?」
「袋? ああ、あるわ」
「愛美に似合うと思うんだけどね」
袋を開いてみた。可愛らしいワンピースが入っていた。
「これ、いくらしたの?」
「請求書が来てみれば分かるよ」
「わたし、あんまり余裕がないのよ」
「それもプレゼントしろなんて言わないよな」
「わたし・・・・そこまで図々しくないもん」
ほんとは、これもプレゼントって言って欲しかったなあ。でも、仕方ないか・・・・。
「助かった。そんなに高くないから、心配するなよ」
「そう」
「篠田に注目されるためだ。ちょっとくらいいいだろう?」
「そうね。これ着て行ったら、また誘ってくれるかしら?」
「間違いなく誘われると思うよ。ただし、眼鏡はなし。化粧も可愛らしくしろよな」
「分かったわ。ありがと。・・・・昨日は食事だけだったの?」
初めから気になっていたことを聞いてみた。それは、わたし自身が、食事の後、水田裕美と寝たからだ。
「何にもなし。キスもしてくれなかったよ」
「キスもしてくれなかったの。そう・・・・」
「まあ、昨日は様子伺いだろう。だんだんとエスカレートしてくるとは思うけどね」
「分かったわ。・・・・ところで、水田って女の人。どこでどうやって知り合ったのか知らないけど、あなた、趣味が悪いわね」
「お店のお客さんだよ。何かあったのか?」
「昨日ね。夕食をご馳走になったの」
「夕食を!? へえ、一昨日はそんな風には見えなかったけど・・・・」
「一昨日も、彼女と会ったのね」
雅也が、水田裕美と寝たことは分かっている。それを、雅也の口から直接聞きたかった。わたしと雅也の間に隠しごとをしたくないからだ。
「コンピューターのトラブル対策で、彼女のマンションへ行ったんだ。そのあと、飯をご馳走になった」
「一昨日も、彼女と寝たの?」
「成り行きでね」
「成り行きで・・・・。あんな痩せっぽっちのどこがいいの? それにブスだし」
「ブスってことはないと思うけど・・・・。まあ、彼女とのセックスはよかったよ」
「わたしとよりも?」
「・・・・正直に言うと、そうだな」
そうかもしれないなと思う。だけど、彼女は経験が多いからで、雅也が浮気しないでわたしをもっと愛してくれれば、ずっとよくなるんじゃないかと思っていた。
「ずっと付き合うつもりなの?」
「まさか。そんなつもりはまったくなし。据え膳食わぬは男の恥だからね」
「・・・・そんなこと言って、女だったら誰でもいいんでしょう?」
「そんなことないさ。ところで、さっき、一昨日もって言ったよね。まさか、愛美、彼女と寝たんじゃあ」
へへ。気が付いたか。
「悪かったかしら?」
「信じられないよ。そんなこと、絶対しないって言ってたのに」
「何となくね。何となくしてみたかったの」
「あきれた女だなあ。人に生理を押しつけて置いて、自分は女と寝るなんて。ほんと、信じられないよ」
「そんなこと言われたって・・・・、ビール飲んで、少し酔ってたし・・・・」
「分かった。分かった。で、どうだった? 自分以外の女とのセックスは?」
聞かれると思った。自分自身としたときよりよかったなんて、そんなこというのは自尊心が許さない。
「まあまあね。射精した瞬間の快感は、あまり変わらないかな」
「そうだろうな。・・・・射精っていやあ、愛美! ぼくになっている間にマスをかいただろう」
「あ、ごめん。触ってたら、出ちゃって」
「ほんとに仕方のない女だなあ。もうやるなよ。ぼくが愛美になるのは、いつも生理中だから、セックスはおろか、マスターベーションもやったことがないんだから」
「はいはい、分かりました」
そうは言ったけれど、あの射精の瞬間の快感は忘れられない。雅也にばれないようにやればいいわと、心の中で思っていた。
「もう少し寝たいから、切るぞ」
「じゃあ。・・・・あ、そうそう。隣の大杉さんが、訪ねてくるかもよ」
「ええっ!? 大杉さんが?」
「昨日、車で送っていってあげたら、お食事作ってあげるって言ってたから・・・・」
「ほんと? じゃあ、部屋の中を片づけておかないと」
「彼女のこと、好きなの?」
「結構いけてると思うけど」
そう。確かにスタイルもいいし、美人ではあるけど・・・・。雅也が他の女と何をしようと関係ないと思っているのに、わたしは、雅也が他の女と付き合うのにちょっと嫉妬している。
「寝たこと、あるの?」
「まだだよ」
「まあ、せいぜい頑張りなさいよ」
「へいへい」
電話が切れた。わたしは、さっそく、出掛ける準備を始めた。今日もお店に出よう。おめかしして。