第6章 桜木雅也

 今朝は、クーラーが入っていない。わたしが嫌いなのを知っているから、スイッチを入れなかったようだ。今度会ったら、お礼のひとつも言わなきゃいけないなと思う。
 トイレに行ってから、シャワーを浴びた。わたしは、この朝のシャワーが大好きだ。汗を流してさっぱりすると、すっきりした気分で、仕事に出掛けられる。
 新しい下着を身につけ、今日着ていく服を探した。ソファーの上に、昨日着ていた服が乱雑に脱ぎ捨てられている。きちんと畳んでおかないと、皺ができるじゃないのと思いながら、手に取ってみると、服から女の臭いがした。ほのかだが、間違いなく女の臭いだ。
 そう言えば、今朝は朝立ちしていなかった。昨日、女と寝たのに違いない。わたしは、ちょっと嫉妬めいた気分になった。

 いつものように身なりを整えて部屋を出た。マーマレードをたっぷり塗ったトーストを3枚も焼け食いしたので気分が悪い。
 今日も大杉良子と出会った。今朝はわたしに挨拶もせずに通り過ぎていった。昨夜のお相手は、彼女だろうか? イヤ、違うな。あの態度は、そうでないことを如実に物語っている。それにしても、何が気に入らないんだろうか? よく分からない。一度、雅也に聞いておかないといけない。

 オンボロセリカを表通りに向かって走らせていると、大杉良子の姿が目に入った。わたしは、彼女のそばを通り過ぎて、車を停めた。
 「大杉さん、乗っけていきましょうか?」
 「あら、いいの?」
 「いいですよ。近くですから」
 「わあ、ありがとう」
 大杉良子の態度が、がらりと変わった。そうか、一昨日、わたしが車に乗せてやらなかったから、機嫌が悪いんだ。すると、雅也は毎日彼女を乗せてやってるんだろうか? 悪いことをしたなと思いながら、わたしは、またもや嫉妬している自分に気付いた。大杉良子とは、どこまでの仲なのだろうか? 寝たことがあるのだろうか?
 「桜木君、信号、青よ」
 「あ、ああ。ぼんやりしてた」
 わたしは、ギアを入れてアクセルを踏んだ。
 「どうしたの? 今日は、随分寡黙なのね」
 「これが普段のぼくだよ」
 「違う人みたい」
 ちょっとどきりとした。あんまり喋るとぼろがでるなと思っていたら、彼女のデパートの前に着いた。今日は日曜日で渋滞がなかったからだ。
 「ありがとう、桜木君。あした、休みでしょう?」
 「ああ、そうだけど」
 「わたしも休みなの。食事作って上げるから、期待していてね」
 どう答えていいのか分からなかったわたしは、彼女に笑顔を見せて、車を発進させた。食事作って上げる!? ふたりの仲はどこまで進んでいるんだろうか? これは是非とも聞いておかなければ。

 いつもの朝礼。いつもの起動音。退屈な一日が始まった。花屋も退屈だけど、コンピューターショップは、もっと退屈だ。だけど、これもわたしの我が儘のせいだから、我慢しなければ仕方のないことだ。

 「桜木さん、昨日はどうも」
 そんな声に振り返ると、痩せぎすの女が立っていた。顔はまあまあだけど、年食ってるみたいだ。若作りしたって、わたしの目は誤魔化せない。恐らく、32,3だろう。そう言えば、この女。一昨日、ハードディスクを買っていったっけ。
 「これ、ありがとう。約束通り、56Kのモデムを買いに来たわ。いいのを選んで貰える?」
 「ああ、いいですよ」
 女が、わたしに手渡したのは、288のモデムだ。このモデムを貸していたというわけだ。よく分からないが、ともかくモデムを買ってくれると言うから、お客さんに違いない。
 「向こうのケースの中に取りそろえてありますから、ご予算に合わせて選びましょう」
 「桜木さんが選んでくれるのだったら、どれでもいいわ」
 「分かりました」
 そう答えたものの、女の馴れ馴れしい態度が気になった。わたしの前に立って、モデムのケースに向かう彼女から、コロンの香りがした。その香りは、今朝ソファーに脱ぎ捨てられていた服からにおったものと同じだ。この女が、昨日の相手か! 雅也は女なら誰でもいいみたいだ。こんな女のどこがいいんだよ。

 「これでどうですか?」
 「いいわ」
 「5800円だけど、5400円にしときます」
 「ありがとう。コーヒーが一杯飲めるわ」
 会計をしている間、女はわたしにべたべたとまとわりついてきた。わたしの迫られても困るんだけどなあと思う。
 「今日は、何だか冷たいのね」
 「そんなことはないですよ」
 「そうかなあ。・・・・今晩焼き肉するんだけど、どう? 寄ってかない?」
 女の目を見ていると、焼き肉だけではないようだ。どうしようか? 雅也の立場も尊重しなければならないし・・・・。
 「何か用事があるの?」
 「い、いや。用事はないですけど・・・・」
 「じゃあ、来てね。待ってるから」
 女は、そう言い残して、店を出て行った。
 「桜木。今晩はいいことありそうじゃないか」
 わたしたちの会話を盗み聞きしていた本木が、声を掛けてきた。
 「そんなことないだろう? 食事に誘われただけだよ」
 「食事だけの感じじゃないように思ったけどなあ」
 本木はニヤニヤしながら、キーボードをカチカチと触っている。
 「そうかなあ」
 「据え膳食わぬは、って言うだろう」
 「年上だよ」
 「年上がいいんじゃないか。しょんべん臭いのよりは、うんと喜ばしてくれるかもよ」
 「そうだと決まった訳じゃないから」
 「決まったようなもんだと思うがねえ」
 「いらっしゃいませ」
 お客が店に入ってきたので、これ幸いと、わたしは会話を切り上げた。本木の勘は正しいと思う。わたし自身もそう思うからだ。さて、どうするか? 隣の大杉良子とも付き合っているようだし、二股かけても良いものか?

 携帯に電話した。いつもすぐ出るのに、なかなか出ない。とうとう留守電に切り替わってしまった。お客の相手をしているのだろうか? しばらくして、もう一度コールしてみたけれど、やっぱり出ない。腹を立てているみたいだ。仕方がない。わたしひとりで考えることにしよう。
 焼き肉って言ったっけ。夕食の心配をしなくてすむ。もし、彼女に誘われたら・・・・。女とやってみるのもいいかもね。わたし、愛美以外とは、やったことないから。
 よし。彼女の家に行くことにしよう。・・・・は、いいけど、彼女の家はどこだ? 思いついて、モデムの保証書を探した。住所・氏名と電話番号が書いてある。水田裕美って言うのか。住所はと・・・・、少し回り道だけど、そう遠くない。一応電話番号も控えておこう。

 今日はまったく売れず。毎日こんな調子だったら、この店はつぶれてしまうよ。

 午後7時。着替えて、店を飛び出した。信号停車をしていると、誰かが窓を叩いた。その人物を見てみると、大杉良子だった。
 「今、帰り?」
 彼女は、マンションまで乗せて帰って欲しそうだった。しかし、先約がある。わたしは、咄嗟に言い訳をした。
 「帰りなんだけど、お客さんの所へ寄らないといけないんだ」
 「そうなの。じゃあ、仕方がないわね」
 「ごめん。また今度」
 わたしは、車を発進させた。これでよかったのかな? 分からないけど、もうやってしまったことだ。

 水田裕美のマンションはどこのあるのかさっぱり分からない。しばらく探して、見つけることができずに、わたしはとうとう電話した。
 「水田さん、桜木ですけど」
 「待ってるのよ。早く来て」
 「道に迷っちゃって」
 「昨日も来たのに?」
 「入り道を間違えた見たいなんだ」
 「今、まわりに何が見える?」
 「目の前にポプラがある」
 「じゃあ、すぐ近くだわ。そこを右に行って、二つ目の角を左に曲がると、真正面に見えるわ」
 「分かった。すぐに行くよ」
 言われた通りに車を進めると、目的地が見えてきた。マンションだと言うから、高いビルを探していた。アパートに毛が生えたくらいの、3階建てのアパートだった。

 表札を確かめて、ドアをノックした。
 「はい」
 ドアを開けたのは、間違いなく、水田裕美だった。昼間はTシャツにジーンズ姿だったのに、今は黄色のワンピースを着ていた。
 「遅くなって、申し訳ない」
 「準備万端よ。早く入って」
 「車。そこに停めたけど、よかったかなあ」
 「ああ、あそこなら問題ないわ。朝まで停めても大丈夫」
 朝まで停めても大丈夫!? 泊まっていけって言うことなのだろうか? 心の準備はしてきたけど・・・・。
 「じゃあ、お邪魔します」

 水田裕美の部屋は、あんまり女らしい部屋じゃないけど、綺麗に片づいている。わたしの部屋なんて、芥溜めに近い。
 「さあ、遠慮なく食べてね」
 「はい、頂きます」
 「はい、ビール」
 「車だよ」
 「あら!? 帰るつもりなの?」
 やっぱり泊まっていけって言うつもりだ。まあ、いいか。雅也だったら、泊まっていくだろうから。
 コップに注がれたビールをぐっと飲み干し、焼き肉を頬張った。口の中でとろけそう。かなり高い肉のようだ。
 腹一杯焼き肉を食べ、ビールも2本ほど飲んで、わたしはご機嫌になっていた。目の前の水田裕美が美人に見える。わたしは、酔っている。

 彼女が片づけをしている間、わたしはソファーの上に寝転がって、9時のニュースを見ていた。
 「コーヒー、飲む?」
 「頂きます」
 しばらくして、ぽこぽことコーヒーメーカーの音がしてきた。久しぶりにインスタントじゃないコーヒーが飲めそうだ。
 「はい、どうぞ」
 目を開けると、水田裕美がコーヒーカップをわたしの目の前に差し出していた。ほんのちょっとの間だったけど、眠っていたようだ。
 「ありがとう」
 「桜木さん、やっぱり今日はちょっと変。昨日と別人みたい」
 「そう。今日は、ぼくはオオカミだ」
 そう言ってわたしは、コーヒーカップをテーブルの上に置いて水田裕美に抱きついた。
 「待ってよ。シャワー浴びなきゃ」
 「シャワーなんていいよ」
 「だめだったら」
 水田裕美は、わたしの手を振り解いて、バスルームへ小走りに入っていった。セックスするんだったら、少し汗臭いくらいがいいんだけどなと思う。自分が逆の立場だったら絶対シャワーするくせに・・・・。

 服を脱いでバスルームの中へ入っていく水田裕美の後ろ姿が見えた。シャワーの水が流れる音を聞いていると、股間のやんちゃ坊主が勃起したのを感じた。
 わたしは立ち上がって、バスルームへと向かった。ガラス越しに水田裕美の姿が見える。わたしも服を脱いで、バスルームのドアを開けた。
 ビックリしたような水田裕美の顔。その顔がすぐに嬉しそうな顔に変わった。わたしはドアを閉めて、水田裕美を抱きしめた。
 「ちっとも待てないのね」
 「綺麗だよ」
 「うん、もう。馬鹿」
 水田裕美は、凄く細いのに、胸だけは他人のもののように大きい。シャワーのお湯を頭から浴びながら、わたしは水田裕美の体を愛撫した。
 「ねえ、ベッドに行きましょう」
 「そうだね」
 簡単の体と髪の毛を拭くと、ふたりでベッドへ飛び込んだ。

 わたしはもの凄く興奮している。愛美以外の女との初めてのセックス。愛美の反応は分かっているが、水田裕美はどう言う反応を見せるだろうか?
 女の感じるところは分かっている。わたし自身が感じるところを責めればいいのだ。耳たぶ、うなじ、腋。乳房は勿論だ。乳首への刺激もその程度によって、痛かったり、心地よかったりする。下腹部、おしり、太股。女は全身が感じると言っても過言ではないけれど、やり方がある。
 水田裕美は、悶え、喚き散らしている。わたしのやり方が間違っていない証拠だ。女のもっとも敏感なところへ達したとき、水田裕美のそこは、まるでおしっこを漏らしたように、びしょびしょになっていた。
 濃い茂みの持ち主は、情が深いと言うけれど、ちょっと濃過ぎじゃない? それに、襞が黒ずんでいる。わたしのなんて、ピンク色だもの。これはきっと使いすぎに違いない。
 「桜木さん、早く、もう来て! お願い!!」
 そんな言葉をわたしは無視して、彼女の股間に舌を這わせ続けた。彼女の口から、嗚咽がこぼれ続け、突然体を硬直させた。
 「うーん」
 わたしの舌だけで、彼女は行ってしまったようだ。わたしは、ゆっくりと這い上がって、彼女の唇を吸った。彼女は、わたしにしがみついて、それに応えてきた。
 それから彼女は、わたしの股間に顔を埋めた。気持ちいいが、何だかぎこちない。彼女はあんまり慣れていないようだ。
 「もういいよ」
 わたしは彼女を仰向けにして、正常位で結合した。彼女がわたしを締め付けるのが分かる。じわっと何度か締め付けられたかと思うと、突然千切れるかと思うくらい締め付けられた。締め付ける度に、彼女の口から嗚咽がこぼれてくる。わたしはこんな風に感じたことがない。羨ましくなった。
 わたしは腰を使い、激しく突いた。
 「い、いい!! も、もう行って!」
 彼女の体ががくがくと痙攀する。もう少しだ。もう少しで行きそうだ。快感がペニスに集中し、そして、わたしは射精した。どくどくと。うん、男もやっぱり気持ちいいぞ。

 気がついたら、彼女の上で眠っていた。ペニスはまだ彼女の中にあった。
 「よかったわ、桜木さん。昨日の何倍も」
 やっぱり昨日の相手は、彼女だ。何倍もよかった。それはそうだろうなと思う。愛撫の仕方が、ぜんぜん違うだろうから。
 「ぼくもだよ」
 「桜木さん、あなた、昨日の桜木さんよね」
 「当たり前だろう? 桜木雅也は一人しかいないよ」
 「まるで別人のようなやり方だったわ」
 「同じやり方がよかったの?」
 「とんでもないわ。でも、今日のやり方だったら、毎日でもいいわ」
 「それって、誉めてくれてるのかなあ」
 「そうよ。これまで経験した中で、一番よかったわ」
 「ありがとう。そう言って貰えると、努力した甲斐があるってもんだよ」
 そんな会話をしていると、萎えたペニスが抜け出てきた。
 「抜けそうだよ」
 「もう一度できない?」
 「二度は無理だよ。一度に掛ける時間が長いから、少し休まないとちょっとだめ」
 「じゃあ、一休みして」
 と言うことは、もう一度して欲しいってことだ。参るなあ。

 コーヒーを温め直して飲んだ後、もう一度やった。今度も彼女の乱れ方は凄かった。彼女になれたらいいなと思ったが、そう言うことは不可能だ。彼女は3回も行ったようだけど、普通女はセックスして必ず行くってことはない。わたしなんて、まだほんとの意味でいったことがないんじゃないかと思う。その点男は、射精すれば必ず快感が得られる。ひとりエッチでも可能だから、いいなと思う。

 「やっぱり帰るよ」
 「もう一度して欲しい」
 水田裕美は、わたしの胸に唇を這わせていた。
 「とても無理だよ」
 「じゃあ、泊まって、明日の朝もう一度して!」
 「無理言わないでくれよ。君は素晴らしい人だと思うけど、ぼくは縛られたくないんだ。このままここに泊まったら、素敵な関係が壊れそうな気がするんだよ。分かってくれよ」
 「そう、そうだったわ。わたし自身が、あなたにそう言ったのに。だけど、初めてよ。わたし、あなたにのめり込みそう」
 「取り敢えず、帰るから」
 「分かったわ」
 わたしは、ベッドの中に彼女を置いて、部屋を出た。どうしてもいて欲しいと言われたらどうしようかと思っていたが、ほっとした。
 時計は午後11時過ぎを刺している。早く帰らなければ、時間がない。

 マンションに着いたのは、午後11時半前。わたしは、急いでシャワーを浴びると、ベッドの中へ潜り込んだ。何とか間に合った。