ジリジリジリと言う、けたたましい目覚まし時計の音で目が覚めた。目覚まし音を止めて時計を見ると、針は7時ちょうどを刺していた。よく寝た。
クーラーの音が微かにする。昨日の天気予報で、昨夜は熱帯夜だと言っていたが、クーラーのお蔭で、快適な眠りだった。
トランクスの前が盛り上がっている。触ってみなくても分かる。朝立ちってやつだ。朝立ちは、若いって証拠だけど、膀胱に小便が堪っているせいでもある。だけど、このままではすぐに小便できないので、興奮が収まる間、わたしは朝食の準備をすることにした。
食パンを二枚、オーブントースターに並べ、スイッチを入れた。それから、インスタントコーヒーを作る。砂糖と、クリープをたっぷり入れて、テーブルの上へ運んでおく。
そうするうちに、興奮が治まってきた。わたしは、トイレで小便した。立ち小便すると、膝のあたりに跳ね返りが来た。ズボンを穿いていると感じないけど、こんな風に立ち小便すると、ズボンに小便が飛び散っているんだろうなと思う。
バスルームに入って、膝から下をシャワーで流した。男も座って小便するべきだな。そう思う。
歯を磨いて、顔を洗う。鏡を見ると、髪の毛がヤマアラシのように立っている。出掛ける前にセットしなくちゃ。
チンと音がして、パンが焼けたようだ。わたしは、皿に焼けたパンを乗せると、マーガリンとオレンジマーマレードを冷蔵庫から取り出して、テーブルの上に並べた。
焼けたパンにマーガリンを塗り、マーマレードをたっぷり乗せる。
「いただきます」
オレンジの香りが口一杯に広がった。美味しいなあ。一度こうしてみたかったんだ。いつも太らないか心配していて、こんなことができないから・・・・。
コーヒーも、砂糖水のように甘かった。クリープの味ばかりで、コーヒーの味はひとつもしない。それでも、わたしは満足していた。
皿とコーヒーカップを簡単に洗って、食器乾燥機の中に放り込んで、出掛ける準備をした。
電気かみそりで髭を丁寧に剃ってから、ヤマアラシのようになった髪の毛に整髪料をたっぷり振りかけて、ドライヤーをあてながらセットした。女の化粧くらいめんどくさいなと思う。ヘヤのセットがすむと、ワイシャツを着て、ネクタイをする。ズボン、そして靴下を履く。ジャケットを片手に、さあ、出発準備完了だ。
ドアを開けて部屋の外に出ると、隣の部屋の大杉良子に出くわした。下着が丸見えのすけすけの白いブラウスに、かなり短い薄紫色のスカートを穿いている。あれで、よく恥ずかしくないなと思った。
大杉良子は、市内にある大手のデパートに勤めている。スタイルは悪くない。美人と言えば美人だが、魔女のような鼻がどうも好きになれない。
「お早うございます。今日も暑くなりそうですね」
「あ、ああ。そうですね」
大杉良子は、わたしに笑顔を残してエレベーターへ向かって歩いて行く。この雅也に気があるのだろうか? 大杉良子に出会うたびにそう思ってしまうのだけど、わたしの思い過ごしではないような気がする。
部屋の鍵を閉めて、エレベーターへ行くと、大杉良子がエレベーターのドアを開けて待っていた。わたしは、ちょっと会釈して、エレベーターへ乗り込んだ。すみませんとか有り難うとか言うべきだろうけど、それが言えない。どうもこの女性は苦手だ。
大杉良子は、わたしに何か言いたげだったけど、わたしは無言で下を向いていた。
わたしは、駐車場へ向かった。大杉良子は、マンションの出口に佇んでいる。何しているんだろうなと思う。
ワインレッドの平成4年製のセリカ。それが、わたしの車だ。4年前、友人から譲り受けたものだ。この友人、車好きで、新車ばかりを乗りつぎ、車検を受けたことがないという男だ。去年、やはり車検の近付いたマークUを買わないかと言われたけど、金がなかったし、このセリカが気に入っていたから、断ってずっとこの車に乗っている。もう8年目になるから、そろそろ買い替えた方がいいだろう。
車がマンションを出るとき、大杉良子がわたしに笑顔を振りまいていたけれど、わたしは無視して、彼女のそばを走り抜けた。彼女の職場は、雅也の職場の近くにある。乗せてやった方が良かったのだろうか?
市内向けの車はいつものように混んでいた。日曜日は、15分ほどの距離を、今日も40分掛かってしまった。雨でなくて良かった。雨の日には、1時間以上かかって、遅刻することが多いからだ。
わたし、桜木雅也の勤務先は、大手の家電店。その3階にあるコンピューターフロアが、わたしの職場だ。
午前9時、いつもの退屈な朝礼が始まった。ほとんど毎日同じ話しの繰り返し。たまにしか聞かないわたしですら、空で言うことができるくらいだ。しかし、そんなことは顔に出さずに、直立不動で真面目に聞いている振りをしていた。
朝礼がすむと、デモ機のスイッチを入れて廻る。フロアのあちこちで、機動音がし始める。2,3分経ったところで、きちんと起動されているか、確かめて廻る。大抵はきちんと起動されているのだが、時には、途中で止まって、再起動しなければならないものもある。
再起動ですめばいいが、こうなったマシンは、再起動でも立ち上がらないことが多い。お客が設定を勝手にいじり廻って、はっきり言えば、壊れていることが多いのだ。
勝手にいじっておかしくなったら、修理費を負担していただきますと、大きな文字で書いてあるのに、壊さない自信があるのか、閉店前にチェックすると、結構設定がいじられている。
そう言うマシンに当たったときは、その日はハードのチェックやインストールのやり直しなど大事になる。ひどいときには復旧に一日掛かってしまうこともあるのだ。
今日は、全部のマシンが無事立ち上がった。ほっと胸を撫で下ろした。
午前10時開店。今日は、郊外のショッピングセンターが売り出しをやっている。その中にある、我が社と競合している大型家電店も大売り出しをやっているから、今日はお客の入りはいつもより少ないはずだ。お客というものは、現金なものだ。
それでも、我が社が好みのお客さんたちが結構やってくる。当然のことながら、競合店のチラシを片手に持ってきて、値段交渉をしてくる。我が社で買ってくれることは分かっていても、そこはお得意さんだから、いつもより少し値引きを大きくしてやるのだ。
この値引きのさじ加減が難しい。あまり引きすぎてもいけないし、かと言って、値引きが少ないと競合店に取られてしまうからだ。
ある程度の知識があってコンピューターを買いに来るお客の場合は、楽なのだが、時には、ほとんど何も分からないでコンピューターを買いに来るお客もいる。
ウィンドウズとマックが違うことくらい勉強してくれよと言いたいことも、ままあるのだ。e-ONEとi-MACが違うことを知らないなんて、裁判官くらいなものだと思ったら、大間違いなのだ。
こんなお客の相手は大変。長い時間を掛けて売り込んだはいいが、動かない。分からないと、何度もクレームを付けてくることが多いのだ。
だから、わたしは、コンピューター本体を探しているお客より、プリンターやスキャナなどの周辺機器を探しているお客の相手をすることにしている。この方が精神衛生上いいからだ。
「すみません。このプリンターの説明していただけます?」
よしよし、女性客だけど、プリンターならオーケーだ。
「これはいいですよ。コンパクトで場所をとらない上に、印刷が非常に綺麗です。これがサンプルです」
「わあ、綺麗なんですね」
「普通紙でこれですから、専用紙になると、写真と変わりませんよ」
「あのコンピューターとつながりますか?」
指差す方向に、わが社のオリジナルブランドである超マニアックなデスクトップが置かれていた。見かけによらず、通のようだ。
「勿論ですよ。USB対応ですから、コンピューターのスイッチを切らなくても、そのままつないで、すぐに使えますよ」
「ちょっといいですか?」
彼女は、わたしをお目当てのコンピューターの元へ引っ張っていこうとしているようだ。
「はい、よろしいですよ」
わたしは、ほくほく顔で、彼女についていった。ところが・・・・、
「これが欲しいんですけど、何でもできますか?」
彼女の指し示したコンピューターは、新聞雑誌でおなじみの、某電気会社のデスクトップ機だった。ありゃ!? どうも素人さんみたいだ。しかし、乗りかかった船。仕方がない。
「ええ、これには、マイクロソフトのオフィス2000が入ってますから、ワープロ、表計算、プレゼンテーションなども思いのままです」
「インターネットも?」
「ええ、すぐにできますよ。少し設定しなければならないですけど」
どうもいけない。何にも知らないで買いに来たようだ。
「この画面にあるプロバイダーでよければ、クリックすると、ウイザードが立ち上がります。質問に答えていけば、インターネットができるようになります」
「ウイザードって何ですか?」
あいちゃ!
「そうですね。案内してくれるガイドのようなものです」
「分かりました。じゃあ、これと、さっきのプリンター、お願いします」
「ありがとうございました。向こうのデスクへお願いします」
一台売れたが、アフターサービスが要りそうな気がする。わたしの手を煩わせないように、学習コースを取って貰うことにした。
他店が安売りしているというのに、午前中に、コンピューター本体が5台とプリンター、スキャナ、CDが数台ずつ売れた。まあまあだなと思う。
交代で昼休みを取り、わたしは近くの喫茶店で、日替わり定食を食べた。豚のショウガ焼きだったけど、結構美味しかった。
午後は、午前中とうって変わって暇だった。冷やかしの客ばかりで、ほとんど売れず、ノートパソコンが1台売れただけだった。特に、午後3時以降は、お客そのものが訪れなかった。
午後6時20分、螢の光りが店内に流れ始め、午後6時半閉店。デモ機のスイッチを切ってまわり、売場主任のお疲れさまの挨拶で、店を出た。
「桜木、一杯いこうぜ」
同僚の本木光が声を掛けてきた。彼とは、週に一度は飲みに行く。帰ってもすることがない。夕食がてら、飲みに行くことにした。わたしは快く返事をした。
「いいよ」
居酒屋で、ビールを飲みながら腹ごしらえをし、その後、いつものスナックへ顔を出した。
「いらっしゃい。なんにする?」
スナックのママは、40前後のまるまると太った人だ。名前はジュンさん。名は体を表すという言葉が、彼女には当てはまらないとわたしは思っている。
ママは、美人じゃないけど、性格が明るい。このママを母親のように慕う若い男が結構ここに来る。まあ、料金が安いせいもあるけど・・・・。
「ママ、いつものやつね」
「あら、一杯ずつ注いだら、終わりね。どうする? キープする?」
「お願いします」
水割りができるのを待っていると、本木が突然言い出した。
「桜木、彼女は元気か?」
「彼女って?」
「誤魔化すなよ。この前一緒にいた・・・・、ええっと、なんて名前だったかなあ」
「この前って、いつだ?」
「先々週だよ」
「先々週ねえ、誰だっけ?」
桜木雅也には、女友達が多い。先々週と言われても、誰なのか見当もつかない。
「ほら、花屋やってるって言ってたじゃないか。名前は何だったっけ?」
花屋をやってる女と言えば・・・・。
「花屋? ああ、橋本か?」
「橋本? そんな名前だったかなあ。下は? 下の名前は?」
「橋本の名前は、愛美だけど」
「それそれ。愛美、愛美。橋本愛美」
「あいつは、彼女じゃないよ。ただの友達」
橋本愛美の名前が出て、わたしは不愉快そうに答えた。
「ええ? そうなのか? それにしては、随分親しそうじゃないか」
「幼なじみだからな。幼稚園から、ずっと一緒だ」
「ああ、そうなんだあ。でも、結構美人じゃないか」
橋本愛美が、美人!? 美人だと言ってくれるの? わたしは、ちょっと嬉しくなった。
「そうかなあ」
「着てるものがださいけど、それなりの格好をしてさあ、眼鏡をコンタクトあたりにすると、かなりいけてると思うんだがなあ」
それなりの格好に、コンタクトレンズ。そんな橋本愛美の姿を想像してみるが、どうもうまくいかない。着ているものがダサい!? ちょっとムッときた。
「へえ、そうかい」
「おまえの彼女じゃないんだったら、紹介してくれないか?」
「本木は、あいつの好みのタイプじゃないと思うよ」
「そうか? 聞くだけ聞いてみてくれないか?」
「無駄だと思うけど・・・・」
「まあ、そう言わないでさあ」
本木は、橋本愛美の好みじゃない。それは確かだ。わたしがそう言うんだから、間違いない。絶対うんと言うはずがない。しかし、これ以上、ここで議論しても仕方がない。
「分かった。言うだけ言ってみてやるよ」
「頼んだぞ」
それから、ふたりで、水割りを飲みながら、カラオケを歌った。
「桜木。今日は、いつもと選曲が違うなあ」
「そうかなあ」
そうかもしれない。雅也がいつも歌う歌なんて、わたしは知らないから。
午後9時過ぎ、もう一軒行こうと言う本木の誘いを断って、マンションへ帰ることにした。
給料日前だから、タクシーには乗らずにバスで帰った。吝嗇家のわたしとしては、給料日の後でもバスで帰るけど。マンションに着いたのは、午後10時過ぎだった。
そんなに酔ってないと思ったのに、マンションに帰り着くと、安心したのか足元がフラフラした。思い出してみると、生ビールを3杯と、水割りを5杯は飲んでいる。ふらつくはずだ。
しかし、シャワーだけは浴びることにした。汗くさいまま寝たくない。
頭からシャワーを浴び、髪の毛をシャンプーで洗った。リンスは? リンスがない。リンスくらい買っておけよな。ボディーシャンプーもない。仕方がないので、石鹸で体を洗った。
体を拭いて、冷蔵庫を開けた。缶ビールが入っている。少し酔いが醒めたから、もう一本飲むことにした。
裸のまま缶ビールをぶら下げて、ベッドに腰掛けてテレビを点けた。チャンネルを変えてみたけど、面白そうなものはやっていない。ビデオでも借りてくれば良かったと思ったが、後の祭りだ。
時刻はまだ午後10時40分。眠るには少し早過ぎる。本棚を探してみる。ミステリーばかりが列んでいる。こんなの読み始めたら、眠りにつくのが遅くなってしまう。何のために早く帰ってきたのか分からない。
ふと床を見ると、ベッドの下に雑誌が覗いていた。取り出してみると、ヌードグラビアだ。5冊もある。独身の男の部屋には、こんな本が必ずあるのだろうなと思う。
ぺらぺらとページをめくってみる。綺麗なヌードもあるけど、見るに耐えないものもある。この林葉と言う将棋差しの女のヌードはひどい。よくこんな写真を撮らせるものだ。缶ビールをぐっと飲んで、さらにページをめくる。
こんな写真を撮らせる女って言うのは、どんなことを考えているんだろうなと思う。お金になるから? 有名になりたいから? どうも分からない。
そんなことを考えながら、ページをめくっていると、ペニスが勃起してきた。頭では卑わいなことはぜんぜん考えていないのに、ペニスをコントロールしているのは別のところらしい。
固くなったペニスを触ってみた。ぴりぴりと痛みにも似た快感が沸き上がってきた。右手でゆっくり撫でてみる。下半身がドクドクと脈打つのが分かる。ペニスをしごいていると、ぎゅんと固くなってきた。射精するのだろうか?
はっとして、しごくのを止めると、少し柔らかくなってきた。わたしは、再びしごき始めた。下半身に快感が集中する。その快感が、頭の奥底に昇ってきた瞬間、痙攀したように射精した。裸の下腹部、胸に精液が掛かる。顔までも飛んできた。
射精した快感に、酒の酔いが回って、わたしはベッドに倒れ込んでそのまま眠りに着いた。