一日経って元に戻って、すごく安心したんだよね。そうだったよ。
「愛美ちゃん。何考えてんだ?」
伊藤さんがぶらぶらとやってきた。
「ちょっと、昔のこと」
「彼氏のこと?」
「そうよ。わたしの大切なダーリンのこと」
「へえ、そんな人がいたの?」
「あら、言ったことなかったかしら?」
「聞いてないなあ」
「内緒にしててね。お願い」
「分かってるよ。あれ、お客さんだよ」
お客が来て、伊藤さんは、店に戻っていった。
わたしはまた物思いに耽った。元に戻った日のことを思い出す。
一日経って、わたしは雅也から愛美に戻った。雅也のままでも良かったのだけれど、わたしは、やっぱり女。女として雅也に愛されたい。だから、ホッとしたと言うところだ。
だけど、あの薬のお蔭でいい経験をさせて貰ったと思っている。自分の体にペニスがあるって感じはあんなものなんだって、実感できたからだ。
今日になって残念に思ったことは、やっぱり男としてセックスしてみればよかったと言うことだ。あの時、わたしになった雅也にしようって言われたのに、気が動転していたから、断ってしまった。今から思えば、二度とないチャンスだったのに、惜しいことをした。
もう一度雅也になれないかなと願ってみたけど、もう二度と雅也になれそうもない。まあ、こんなことは普通はあり得ないことなのだから、なかったものとして諦めるしかない。
雅也と約束した月曜日、親たちの目を盗んで雅也とセックスした。気持ちよかった。女に生まれて良かったなと思う。
腰が重い。そろそろ生理になる。わたしは女であることには不満はない。けれど、この生理だけはイヤだ。特にわたしの場合、生理痛がひどいから、生理に対する嫌悪感は言葉では言い表せないほどだ。
ベッドの中に入って、明日から2,3日続く生理痛のことを思っていた。イヤだ、イヤだ。男になりたいよう。
目が醒めたら、あの気怠さはなく、体調はすこぶるいい。おかしいなと思って部屋の中を見回すと、雅也の部屋だった。
もしかしてと思って、股間に手をやると、そこにはペニスがあった。今朝は勃起していない。
窓を乗り越えて、わたしの部屋に戻ってみると、怪訝な顔をした雅也がいた。
「どうしてだよ。どうして入れかわっちゃんだ!」
「分からないわ」
「明日になったら、元に戻るのかなあ」
「この前は一日で元に戻ったわね」
「一日で元に戻るって、確証はあるのか? 愛美」
「ないわ。待つしかないでしょうね」
「そうだな。・・・・ところで、なんか、ごわごわするけど、これ、何?」
「・・・・生理が始まったの」
「生理!? 生理が始まった!?」
「そうよ。女は月に一度は生理があるの。そんなこと知ってるでしょう?」
「知ってるけど・・・・。生理を経験できるなんて、思ってもみなかったよ」
「ちょっと辛いと思うけど、頑張ってね」
「辛い?」
「まだ始まったばかりだけど、だんだんひどくなるから・・・・・」
「どんな風に?」
「なったら、分かるわ」
そう言って、雅也の部屋に戻った。あの辛い生理痛から、一日だけでも解放される。わたしは嬉しくて堪らなかった。
わたしになった雅也は、セーラー服は着たものの、いざ学校へ出掛ける前になって、こんなんじゃあ学校へ行けないと言って、休んでしまった。そうだろうなと思った。
学校が終わって帰宅すると、雅也はベッドの中でうなっていた。
「女はみんなこんなにひどいの?」
「わたしは特別よ」
「こんなのが、一生続くの」
「子どもを産めば、軽くなるってお母さんに聞いたけど」
「子どもなんて、まだ早いよね」
「うん。大人になるまで、我慢しなくちゃ。はい、お薬」
わたしは楽してるけど、雅也は苦しんでいる。見てられない。ごめんね、雅也。
翌日、わたしは愛美に戻り、生理痛に見舞われた。どうせなら、もう一日わたしでいてくれればいいのにと、窓からわたしの部屋を覗き込んだ雅也を恨めしく思った。
ベッドの中で、痛みに耐えながら考えた。今回、どうして入れ替わったのだろうかと。一昨日、わたしは生理はイヤだ。男になりたいと願った。もしかすると・・・・。
もう一度雅也になれ! そう願ったけれど、わたしは愛美のままだ。違うみたいだ。訳が分からない。
再び生理が始まった。痛くて泣きそう。雅也、わたしと入れ替わってよ。そう願ったけど、入れ替わらなかった。
真夜中、痛くて目が醒めた。セデスを飲んでベッドに潜り込んだけど、痛くて眠れそうもない。わたしは、もう一度願った。雅也、わたしと入れ替わってよ。
目が醒めたら、わたしは雅也になっていた。雅也は、痛みを堪えながら、わたしに向かってブツブツと言った。
「なんだよ。どうしてだよ」
「ごめん。一日我慢して」
「なってしまったものは仕方ないけど、どうしてなんだろう?」
「・・・・分からないわ」
「あああ、早く1日たたないかなあ」
分からないわと答えたけれど、わたしが雅也になりたいと願ったせいではないかと思っていた。来月、もう一度試してみよう。
生理が始まって、ベッドの中で雅也になれと何度願ったけれど、わたしは雅也にならなかった。今度は願いが叶わないのだろうなと思っていた。
ところが、午前0時の時報を聞いた後、もう一度、雅也になりたいと願ったら、入れ替わったのだ。先月のことも考えると、入れ替わりたいという願いが叶うのは、真夜中のようだなと想像した。
「どうしてだよ。愛美が生理のときに入れ替わるなんて!!」
雅也は爆発寸前だ。
「愛美!! なんか心当たりがあるんだろう!」
わたしには、入れ替わるきっかけがおぼろげながら分かっていた。最初に入れ替わったとき、わたしは雅也になりたいとは願わなかった。雅也の方が、わたしになりたいと思ったに違いない。それを確かめておきたかった。
「・・・・心当たりって言えば、・・・・あるけど・・・・」
「何だよ。はっきり言ってみろよ」
「女の子がそんな言葉遣い・・・・、おかしいよ」
「おかしくてもおかしくなくても、そんなこと関係ないだろう? 愛美のせいで、こうなってるんだろう? ぼくは怒ってるんだからね」
「分かったわよ。・・・・雅也、最初に入れ替わった日の前の日、あなた、寝る前に何か思わなかった?」
「最初に入れ替わった日の前の日? そう言えば・・・・」
やっぱり思ったとおりだった。雅也は、夜中にわたしになりたいと思っていたのだ。
「それだと思うのよ」
「えっ!? どう言うこと?」
「愛美はいいなって思ったってことは、わたしになりたいって思ったってことでしょう?」
「うーん。そう言うことかな?」
「だから、入れ替わったのよ」
「・・・・て言うことは、愛美! 生理が嫌だから、ぼくになりたいって思ったってことか!」
「うん。そうだと思うの。先々月も、先月も、昨日の夜も、わたし、生理のない、男になりたいって思ったから・・・・」
「なるほどね。・・・・愛美! 次からはもうやめてくれよ。これはおまえの役目なんだから」
「分かってるわ。もう二度と思わないから」
「1日たたないと元に戻らないんだろうか?」
「さあ、どうかしら?」
その日から、ふたりで相談して、いろいろと試してみた。いろんなことが分かった。
わたしは、生理から逃げたいという理由があるけど、雅也がわたしになりたいなんて理由があるのかしらと思っていたが、雅也は受験に利用するつもりのようだ。悪賢いって言ったらない。だけど、受験科目の組み合わせの関係で、入れ替わってもうまくいかないことが分かって、この計画はご破算になった。
「愛美、一度安全日に入れ替わってセックスしてみないか?」
「ええっ!?」
「女としてのセックスって言うのを経験してみたいんだ」
「雅也、あんた、おかしいんと違う? 変なこと考えるのね」
「愛美はそんなこと思ったことがないのか?」
「ないわよ」
男としてセックスしてみたいなんて思わないことはないけど、それを言葉に出すのは憚られた。
「いいだろう?」
「イヤよ」
「・・・・じゃあ、今度の生理の時、入れ替わってやるから。それならいいだろう?」
「ほんと?」
「生理痛は辛いけど、なあ、お願いだよ」
そんなに女としてセックスしてみたいのだろうか? あの生理痛を引き受けるという代償を払っても。どうも雅也の気持ちが理解できなかった。だけど、生理痛の期間を引き受けてくれると言うのだから、わたしは二つ返事で頷いた。
「分かったわ。やってみましょう」
男としてのセックスも結構良かった。何より、必ず絶頂を感じるという点では男はいい。だけど、わたしはどちらかというと女の方が好きだ。だって、わたしは女だもの。
一度女としてのセックスを経験したら終わりかと思っていたのに、雅也は2,3ヶ月おきに入れ替わってくれとわたしに頼んだ。わたしは生理痛から解放されるから、喜んで雅也の願いを聞き入れている。
最近になって思うのだけど、雅也がわたしになりたい理由は、わたしが生理痛で苦しむのを一日でも少なくしようとしているのではないかと思う。雅也の思いやりの表現なのだ。
だから、それに甘えてはいけないとは思っているのだけれど、わたしはそんなに強い人間じゃない。生理痛が始まってしまうと、ついつい雅也のお世話になってしまうのだ。
わたしは雅也に負い目がある。だから、わたしは雅也が時々浮気して、他の女と寝ることを許している。ほんとは、はらわたが煮えたぎるくらいなのだけれど、許さざるを得ないのだ。
それにしても、雅也の趣味の悪さには閉口する。あの水田裕美って言ったかしら、痩せぎすの、おっぱいだけが大きな女。どこがいいのか分からない。
雅也の隣の部屋の大杉良子にしたって、美人は美人だけど、あんな取り澄ました、マネキンみたいな女のどこがいいのかしら。わたしの方が、うんと美人でスタイルもよくって、雅也のことを思っているって言うのに。
まあ、雅也は釈迦の手のひらの上で暴れ回る孫悟空だと思って見守るしかないとは思っている。わたしたちは、絶対別れられない運命なんだから。