第10章 桜木雅也

 初めて入れ替わった日は大変だったなあと思い出していた。まだ子供だったのに、生きるってことを結構真剣に考えたっけ。

 女として、愛美として暮らした昨日一日。スカートを穿くのは、ちょっと抵抗があったけど、生きていくのに男も女もない。そう思った。ただ、大人になったとき、そう思えるかどうかは、今は分からない。

 昨日寝る前、ぼくはマスターベーションした。愛美が、昨日今日が危険日だと言っていた。それは実感できた。体が火照って何とかしてくれって感じなのだ。女は妊娠するのが人生の大きな仕事だ。だから、そうなるのだろうと思う。
 中学生のぼくが妊娠するわけには行かない。愛美が我慢しろと言ったのは正解だ。だけど、我慢するだけでは体の火照りは治まらない。だから、ぼくは、ぼく自身でその火照りを治めようとしたのだ。
 胸や乳首は、思っていたより敏感だった。それにも増して、クリトリスは凄いの一言に尽きる。軽く触っただけで、全身に快感が走った。
 射精で感じた快感の何倍もの快感の中で、ぼくは眠りについた。ずっと愛美のままでいいと思っていた。

 目が醒めたら、ぼくはぼくの部屋で寝ていた。体を触ってみると、男に戻っていた。ぼくは、ちょっとガッカリした。
 入れ替わったのも何の前触れもなかった。元に戻るのもそうだった。訳が分からなかった。
 「雅也! 雅也」
 愛美の大きな声が聞こえてきた。ぼくは、窓を開けて愛美の返事した。
 「なに?」
 「元に戻っちゃったね」
 にっこり笑った愛美の笑顔が可愛い。
 「うん」
 いつものように、愛美が、窓からぼくの部屋に入ってきた。
 「取り敢えず良かったね」
 「ああ」
 「一時はどうなるかと思っちゃった」
 パジャマ姿の愛美が床にぺたりと座り込み、ぼくを見上げてそう言った。
 「そうだね」
 「あら? 雅也は、元に戻りたくなかったの?」
 愛美は小首を傾げた。
 「そんなことないよ」
 「そう? そんな風に見えないけど・・・・」
 「そんなことないってば!」
 ぼくは、もう一度女として、マスかいてみたいと思っていた。そんな自分の心の中を覚られまいと必死だった。
 「まあ、いいわ。雅也!」
 「なんだよ」
 「元に戻っても、ずっと一緒よ」
 愛美は、ベッドに座っているぼくのそばに座り直して、ぼくにもたれかかってきた。
 「分かってるよ」
 愛美の体の柔らかさを感じながら、ぼくはそう答えた。

 それから、ぼくたちは入れ替わることもなく平穏な日々が過ぎていった。安全日だと言った月曜日、ぼくたちは、親に隠れてセックスした。やっぱり男がいいな。その時は、そう思った。

 それから10日ほどたったある朝、目覚めてみると、ぼくは愛美になっていた。今度も何の前触れもなかった。
 「どうしてだよ。どうして入れかわっちゃんだ!」
 ぼくの部屋にやってきた愛美に尋ねた。
 「分からないわ」
 愛美も首を傾げて考える。
 「明日になったら、元に戻るのかなあ」
 「この前は一日で元に戻ったわね」
 「一日で元に戻るって、確証はあるのか? 愛美」
 「ないわ。待つしかないでしょうね」
 「そうだな。・・・・ところで、なんか、ごわごわするけど、これ、何?」
 「・・・・生理が始まったの」
 「生理!? 生理が始まった!?」
 「そうよ。女は月に一度は生理があるの。そんなこと知ってるでしょう?」
 「知ってるけど・・・・。生理を経験できるなんて、思ってもみなかったよ」
 「ちょっと辛いと思うけど、頑張ってね」
 気の毒そうな顔をして、愛美がぼくを見た。
 「辛い?」
 「まだ始まったばかりだけど、だんだんひどくなるから・・・・・」
 「どんな風に?」
 「なったら、分かるわ」
 愛美は簡単に言ったけど、辛いの一言じゃあ治まらなかった。お腹とも腰とも言えない部分にひどい痛みが襲ってきて、立っていられないのだ。それに、気分の悪いことといったら、この上ないのだ。
 そう言えば、愛美は月に一度、必ず二日学校を休んでいた。その理由が、この生理痛のためだとようやく分かった。
 「女はみんなこんなにひどいの?」
 「わたしは特別よ」
 「こんなのが、一生続くの」
 「子どもを産めば、軽くなるってお母さんに聞いたけど」
 「子どもなんて、まだ早いよね」
 「うん。大人になるまで、我慢しなくちゃ。はい、お薬」
 セデスを飲んでも、痛みは完全には治まらなかった。ただただ、ベッドの上に横になっていた。
 この痛みが2日続くと聞かされて、ちょっと絶望的になったけど、もしかすると、一日でぼくは雅也に戻り、この生理痛から解放されるんじゃないかと期待していた。

 思った通り、翌日ぼくは雅也に戻っていた。窓から、愛美の部屋を覗くと、愛美が恨めしそうな顔をして、ぼくを見ていた。

 それから、4週間後、ぼくは再び愛美になった。愛美は、またもや生理中だった。
 「なんだよ。どうしてだよ」
 「ごめん。一日我慢して」
 「なってしまったものは仕方ないけど、どうしてなんだろう?」
 「・・・・分からないわ」
 「あああ、早く1日たたないかなあ」

 それから、4週間後、ぼくはまたもや愛美になり、やっぱり生理中だった。
 「どうしてだよ。愛美が生理のときに入れ替わるなんて!!」
 愛美は、下を向いたまま押し黙っている。何か心当たりがありそうだ。
 「愛美!! なんか心当たりがあるんだろう!」
 「・・・・心当たりって言えば、・・・・あるけど・・・・」
 「何だよ。はっきり言ってみろよ」
 「女の子がそんな言葉遣い・・・・、おかしいよ」
 「おかしくてもおかしくなくても、そんなこと関係ないだろう? 愛美のせいで、こうなってるんじゃないのか? ぼくは怒ってるんだからね」
 「分かったわよ。・・・・雅也、最初に入れ替わった日の前の日、あなた、寝る前に何か思わなかった?」
 「最初に入れ替わった日の・・・・前の日?」
 あの日は? あの日は・・・・、息抜きにファミコンしていて、母に勉強しなさいって怒られて、ファミコンを取り上げられたんだっけ。そして、・・・・受験勉強なんて嫌だ。愛美はいいなって思ったんだ。
 「それだと思うのよ」
 「えっ!? どう言うこと?」
 「愛美はいいなって思ったってことは、わたしになりたいって思ったってことでしょう?」
 「うーん。そう言うことかな?」
 「だから、入れ替わったのよ」
 「・・・・て言うことは、愛美! 生理が嫌だから、ぼくになりたいって思ったってことか!」
 「うん。そうだと思うの。先々月も、先月も、昨日の夜も、わたし、生理のない、男になりたいって思ったから・・・・」
 「なるほどね。・・・・愛美! 次からはもうやめてくれよ。これはおまえの役目なんだから」
 「分かってるわ。もう二度と思わないから」
 「1日たたないと元に戻らないんだろうか?」
 「さあ、どうかしら?」

 その日から、ふたりで相談して、いろいろと試してみた。いろんなことが分かった。
 まず第一に、入れ替わりたいと願っても、いつでも入れ替わるというわけではない。夜の午前0時から午前3時の間に願った場合に限られることが分かった。
 第2に、入れ替わったあとは、どんなにお願いしても元には戻らないが、24時間たつと、自然に元に戻る。また、入れ替わりが24時間以上続くことはない。
 第3に、元に戻った後、24時間は、入れ替わることはない。つまり、ぼくがずっと愛美のままでいることはないのだ。
 第4は、ちょっと困りものだ。この入れ替わりは、どちらか一方が願うだけでいい。つまり、相手の意向など関係なく、もう一方が願うと入れ替わるのだ。例えて言うなら、ぼくがいくら入れ替わりたくないと思っても、愛美がその気になれば入れ替わってしまうのだ。これはあんまりだと思う。しかし、どうしようもないのだった。

 「とにかく、生理中に、ぼくと入れ替わろうなんて思わないでくれよ。今度やったら、絶交だからね」
 「分かったって、言ってるでしょう? 何度も言わせないでよ」
 愛美の怒った顔は結構可愛い。
 「分かってりゃいいんだ。入れ替わるときは、互いに相談しよう。それでいいね」
 「いいけど、雅也がわたしになりたいことなんてあるの?」
 女として、セックスしてみたいなんて言えないから、考えていたほかの理由を愛美に話すことにした。
 「ぼくは、理数系が得意で、愛美は英語が得意だろう?」
 「うん」
 「入試のとき、時間割が許せば、入れ替わって受験してくれないか?」
 「ああっ! そんなの狡いよ。絶対」
 「いいじゃないか。誰も気づかないだろうから」
 「うまくいったら、痛みを分け合ってくれる?」
 「生理か?」
 「そう」
 「交換条件か。まあいいよ。だけど、上手く行ったらの話しだよ」
 「契約成立ね」
 「そう言うことにしよう」

 高校入試は、時間割が思った通りに行かず、結局ぼく単独でテストを受けた。何とか合格することができた。愛美は、推薦だから、問題なく女子高へと進んだ。
 通う学校は異なっても、家に帰るとぼくたちはほとんど一緒に過ごした。月に一度、安全日にセックスもしている。勿論、親たちは知らない。
 ふた月か三月に一度、ぼくは愛美に頼んで入れ替わって愛美になり、女としてセックスしている。相手は当然のことながらぼく自身だ。交換条件は、ぼくが生理の数日間を愛美として過ごすこと。
 愛美は、ぼくが女としてのセックスのほうがいいから、こんな条件を呑んでいると思っている。しかし、ホントのところはそうでもない。
 確かに女としてのセックスもいい。しかし、男の快感も捨てたものではない。男のそれは、急峻で、確実だ。一方、女のそれはだらだらといつまでも続く。頂点は確かにあるけれど、男と違って、必ず頂点に達するとは限らない。むしろ、今一歩ということが多いのだ。ひとりエッチだって、最初の時は最高だと思ったけれど、やっぱ男の方のには敵わないと思う。だから、ぼく自身は男のほうが好きだ。迅速かつ確実な方が。
 それでは、なぜぼくが愛美になって生理を引き受けているかと言えば、それは愛美に対する思いやりでしかない。ぼくは愛美を愛している。だからこそ、痛みを分け合いたいと思っているからだ。
 愛美はそこのところを分かっていない。だけど、それでいいのだ。いつかはぼくの気持ちを愛美は分かってくれる。そう信じている。