第9章 一大決心

 午前6時、いつもより少し早く目が覚めた久美は、昨夜起きたことを思い出して胸が熱くなる。いつかはこんな日が訪れるだろうと思っていたけれど、初めての人が北村でよかったと思っていた。
 (北村さんに処女をあげちゃったんだ)
 久美はちょっと感慨深げに北村を見た。北村も目を覚まして久美を見つめていた。
 「初めて会ったときから、わたしのこと、好きだったんでしょう?」
 北村の胸の頬を押しつけ足を絡ませながら、久美が尋ねる。
 「そうだなあ、好きというかなんて言うかなあ、おまえはひ弱で頼りなくってさあ、なんか助けてやんないといけないような気がしてさあ」
 ちょっと恥ずかしげに北村は言う。
 「それって、女の子に対する感情じゃないの?」
 「うーーーん、そうかなあ?」
 「そうよ」
 「ちょっと違うような気がするけど・・・・。まあ、そんなこと、どうでもいいや。今は、おまえのことが好きだ」
 「あら? 最初からわたしのこと狙ってたんじゃないの?」
 「とんでもないよ。まさかこんな関係になろうなんて思ってもみなかったよ」
 真顔で答えた。
 「えっ? そうなの? じゃあ、良介さん、ホモって言う訳じゃないのね」
 「ああ、違うと思うよ。可愛い女の子が好きだし」
 「わたしは可愛い女の子って訳?」
 「ま、そうだな」
 「わたしが女装なんてしたからこんなことに?」
 「そうかもしれないけど、もしかしたら、おまえが女装しなくたって、きっかけがあったら、こうなっていたのかもしれないなあ」
 「ほんとに? わたしが男の姿のままでも?」
 北村は考える。男の姿をした久美とキスし、アナルファックする場面を思い浮かべて、首を振った。
 「やっぱり、女装した久美じゃないとだめかも」
 「そうでしょうね」
 男の姿でもいいと返事をしてくれることを期待していた久美はちょっと落胆する。
 「女装したおまえは、俺の理想の女性像に近いからなあ。ギャップが大きすぎるんだよ。男のおまえとは」
 「理想の女性像?」
 「そう。おまえにもわかっているだろうけど、男にとって大事なのは、美人とかそうでないとかじゃなくて、その女性の第一印象なんだ。最初に、おまえが女装してアパートの階段を下りてきたときには、ほんとに胸が高鳴ったよ」
 「そうなの?」
 「ああ」
 「また、わたしから奪ってやろうって思ったんでしょう?」
 「正直に言うと、そう思ったけど、過去の女たちの場合とは違うな」
 「えっ? どんな風に?」
 「女装したおまえは本気でおまえから奪ってやりたいと思ったけど、おまえがつき合った過去の女たちの場合は、なんて言うか、おまえが他の女にうつつを抜かすのがいやだったんだ。つまりだな」
 ここで北村はこほんと咳払いをする。
 「今から思えば、・・・・おまえを女に奪われたくなかったってことかな」
 「男のわたしが好きだったってこと?」
 「・・・・そう言うことになるなあ」
 「じゃあ、やっぱりホモってことじゃないの?」
 「突き詰めればそう言うことになるかもしれないけど、セックスが介在するなんてことは思っても見なかった。これは正直、ホントだよ」
 久美にも何となくわかるような気がした。
 「ところで、おまえは? クミは俺のことをどう思っていたんだ?」
 「ずっと頼りになる兄貴みたいな存在だと思ってた」
 「兄貴? がっかりだな」
 「でも、ずっとそばにいて欲しいって思ってた」
 「女の子になったら、ずっと俺がそばにいてくれると思ったとか?」
 「うーーん。女装を始めたときには、そんなこと思わなかったけど・・・・。もしかすると、潜在的にはそんな気持ちがあったのかもしれないわ」
 「なるほどね」
 「これでよかったのね。わたしたち」
 「ああ。よかったと思うよ。・・・・ところで話が変わるけど、ずいぶん髪が伸びたけど、いいのか?」
 久美の髪の毛を梳くように撫でながら北村が言った。
 「何が?」
 「おまえの職場だよ。接客業だろう? なんか言われないのか?」
 「言われてるわ。一ヶ月前から主任にやかましく言われてるし、昨日は部長に呼ばれて、髪の毛切らなかったら辞めろって言う意味のことを言われたわ」
 「そりゃそうだろうな」
 「他に仕事があったら、あんな会社、辞めてやるんだけど」
 「辞めればいいじゃないか」
 「えっ? でも、収入がなくなったら、困るもの」
 「俺の会社に来ないか?」
 「えっ? 空きがあるの?」
 「先週、アシスタントの子が辞めてね。今、後任を探しているんだけど、適当な子がいなくてさあ。来週になったら、職安にでも届けを出そうかって言ってるんだ。どうだ?」
 「アシスタントって、女性でしょう?」
 「そうだよ」
 「わたしじゃあ・・・・」
 「女装すればいいさ。今のおまえなら誰もおまえが男だなんて思わないから」
 「でも、履歴書とかはどうするの?」
 「大丈夫さ。久美って本名を書けば、名前を見て男だと思う人間はいないし、それとなく俺の彼女だって言っておけば、詮索するやつは出てこないだろう」
 「でも、万が一ばれたらどうするの?」
 「その時はその時さ。うちの業界にはホモが結構多いから、とやかく言うやつはいない。心配するな」
 「ホントに?」
 「ああ」
 「じゃあ、明日会社に辞表を出すわ」
 「うん。出したら、女装して、うちの会社に来てくれ。上司に面接してもらえるように手配しておくから」
 「あなたと一緒の職場で働けるのね」
 「そう」
 「ずっと女装したままでいいのね」
 「そう言うこと」
 「アパート、どうしよう? 男のわたしも時々姿を見せなきゃだめよね」
 「俺のマンションに越してこいよ。それなら大丈夫だろう?」
 「いいの?」
 「ふたりで暮らすくらいの広さはあるよ」
 「一緒に暮らしてくれるなんて、嘘みたい」
 「その方が、行ったり来たりする手間が省けるし、生活費も浮かせる」
 「問題は、姉さんだわ」
 久美は考え込む。
 「姉さんのところに行くときだけ女装を解けばいいんじゃないか?」
 「・・・・そうね」
 「それとも、女装していることをうち明けるか?」
 「それは・・・・。女装は趣味だって言えばすむけど、あなたと暮らしているってことまで言わないといけないでしょう?」
 「そうだな」
 「そうなると、あなたとの関係も話さなきゃいけなくなるわ」
 「そう言うことになるな」
 「一生懸命頑張ってわたしを大学まで出してくれたのに、ホモなってしまったなんて知ったらどれくらいがっかりするか・・・・」
 「うーーん、しかしまあ、そのうち話さなければならなくなるかもしれないな」
 「・・・・うん」
 「朝食、7時半だって言ってたな」
 「確かそう言ってた」
 「まだ1時間ある・・・・」
 久美は、北村の目を見て頷いた。

 鬼怒川から戻ると、久美は早速北村のマンションに転居する準備を始めた。
 「姉さんのところに行かなきゃいけないから、男物は処分できないな」
 北村との関係はともかく、女装の件は早めに姉に告白しなければならないなと久美は思っていた。
 翌月曜日、久美は会社に辞表を提出した。
 「どうしてまた? この不況時に仕事があるのか?」
 暗に辞めろと言ったくせに、部長は辞表を受け取りながら不思議そうな顔をした。
 「髪の毛を伸ばすくらいの自由がある職場で働きたいものですから」
 そう言い残して会社をあとにした。その足で、久美は北村の働く会社に出向いた。勿論女装して。
 「君のような可愛い子が働いてくれると嬉しいよ」
 面接した北村の上司がちょっとにやけた顔で言った。
 「あれ? 住所が北村君と同じか・・・・」
 そこで察したというような顔をした。
 「そうか、そうか。まあ、いい。しっかり働いてくれたまえ」
 「はい。よろしくお願いいたします」
 その日から、久美は北村のアシスタントとして働くことになった。
 「うまくいったね」
 「予定通りだ」

 アシスタントの仕事と言ったけれど、要するに雑用係だ。お茶を入れたり部屋の掃除をしたり、撮影機材の搬送もしなければならない。時にはダミーとして、カメラの前に立つこともあった。しかし、久美は喜々としてアシスタントの仕事をこなした。いつも北村のそばにいられるからだ。
 北村は、マンションの管理人や隣近所の人たちに、結婚を前提に久美と同棲していると告げていた。誰もそれを不思議に思わないで、新婚の奥さんのように久美を扱って入れた。
 久美としては、妻としての仕事、つまり掃除・洗濯・炊事を一手にやるつもりだったのだけれど、北村はそれを好まなかった。
 「共働きなんだから、平等にしなきゃな」
 そう言って、当番を決めて交代ですることを提案したのだった。
 「北村って人は、ホント、理想的な夫だわ。わたしが本物の女なら、もっとよかったのに」
 久美は、自分の股間についているものを恨めしく思った。

 同居し始めて一ヶ月目、北村が何やら鞄に入れて持って帰った。
 「なに? それ?」
 「変身ツール・マークW。いや、夜用かな?」
 「夜用?」
 「ああ」
 北村が鞄の中から新たな下半身ツールを取りだした。
 「一緒に帰ろうって言うのに、いつも遅れて帰っていたのは、これを作っていたからなのね」
 「そう言うこと」
 「どこが違うの?」
 「まあ、見てごらん」
 久美は、下半身ツールを広げてみた。何の変わりもなさそうだ。内側を覗いてみた。
 「なに? これ?」
 「・・・・わかるだろう?」
 股の底の部分に飛び出した部分があった。飛び出した部分を外側から見てみると、ちょうど腟の部分になっていた。アヌスの穴はなく、擬似アヌスというようなへこみだけがあった。
 「これって・・・・」
 「わかるだろう? その擬似腟をアヌスに入れて置くんだよ」
 「つまり、これはセックス専用って訳?」
 「あ、まあ、そう言うことだね」
 北村は、頭を掻く。
 「こんなこと、よく気がつくわね」
 「クミが言ったんだよ。コンドーム付けるのめんどくさい。付けなきゃ、病気になるかもしれないって」
 「・・・・そうだったわね」

 その夜、久美はいつものように浣腸して直腸を綺麗にしてから入浴し、それまでの下半身パーツを脱いで、夜用を穿いた。ちょっと違和感があったけれど、すぐに慣れた。
 久美は北村に隠れてこっそり擬似女性部分を触ってみた。擬似クリトリス、擬似陰唇、そして、その先にはこれまで僅かなへこみしかなかった部分に指がするすると入っていった。もちろん、そこが自分のアヌスだとはわかっていたけれど、ホントに膣ができたようで、久美はちょっと興奮した。
 女性変身パーツを身に着けていても、久美の体に完全に馴染んでしまっている。だから、それだけでは気分的には全裸と同じだ。それは、見る方の北村にとっても同様だ。
 裸のままで北村の前に姿を現すのは何となく気恥ずかしい。かと言って、その日の気分は、できるだけ裸に近い装いをと思った。
 レースがたくさん使われたライトバイオレットのショーツを穿いて、ブラは付けずに水色のネグリジェを着た。これはかなり透け透けのものだ。
 「こんな格好をしたことがあったっけ」
 姉のネグリジェ姿を見てから、自分も同じようなネグリジェを買ってマスターベーションしたことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。
 「今日は良介のために」
 久美は、バスルームから北村の待つリビングへと出ていった。ほうと北村が感嘆の声を上げた。
 「いつの間にそんなネグリジェを買ったんだ?」
 「以前買ったんだけど、ちょっと恥ずかしくって隠していたの」
 「そうか? よく似合ってるよ」
 先に入浴してビールを飲んでいた北村は、残りをぐっと飲み干すと久美の手を引いた。

 「なんだ? すごく興奮しているみたいだな?」
 久美の股間に指を這わせながら、北村が耳元で囁く。
 「ば・か・・・・」
 久美の愛液・先走り汁がペニスの先から出て擬似女性の部分を潤しているのは、ベッドに入ったときから自覚できていた。
 乳首を転がしていた北村の舌が、股間へと降りてきた。北村は、乳首を両手でくりくりと弄びながら、擬似女性部分に舌を這わせた。
 「あ、だめ! 行っちゃう・・・・」
 いつもなら耐えられるのにダメだった。久美はどくどくと射精してしまったことを自覚した。
 フッと体が浮いた感じがした。ハッと気がつくと、北村が久美の排出したものを舐め喉を動かすのがわかった。
 「ごめん。耐えられなくて・・・・」
 「いいさ。やってくれる?」
 「うん」
 体の興奮はまだ収まっていなかったけれど、久美は体を起こして北村の股間に頭を沈めた。
 初めの頃は、歯があたったり強く吸いすぎて、北村に不快な思いをさせたけれど、最近ではうまくフェラチオをできるようになった。結構大きいなと久美のペニスを見ていったけれど、その久美よりも大きな北村のペニスを、久美はものの見事に根本まで飲み込めるようになっていた。
 北村のザーメンをこれまで何度となく飲み込んだことはある。しかし、今日は自分の中に放って欲しいと思った。だから、その兆候が出る前に久美は舌を離して、北村の上に跨った。
 北村のペニスが腟前庭から後側へずれていき、久美が力を抜くとコクット音がしたような気がして挿入された。
 「わたしには膣がある。その膣に北村を迎え入れた」
 そんな感触に、久美は酔っていた。突き上げられるたびに久美は昇っていく。
 「はあん。あん、あん」
 再び久美の愛液が漏れる。北村は体勢を入れ替え、正常位となって久美を攻め続けた。
 「もうダメ。良介! もう行って!」
 「まだまだ」
 再び体勢を入れ替え、今度は後背位で久美を責め立てる。北村は、自分のペニスが久美の中に入っているのを見ていた。アヌスがあり、その前方の深い穴に入っていた。
 「ああ、クミ、クミ! 愛しているよ」
 放たれたその勢いに、久美はアッと声を上げる。
 「い、いいい・・・・」
 久美の収縮が北村のすべてを吸い取ってしまう。ふたりは重なったままベッドの上でまどろんだ。

 昼間は、女性変身ツール・マークVを身に着け、夜になるとマークWに換えて北村を受け入れる。そんな日々が続いた。久美も北村も互いに満足していた。久美は、趣味ではなく今や北村のために女装を続けていた。
 しかし、ある日久美はふと考えた。
 「良介は、わたしのことをホントの女として扱ってくれる。それは嬉しい。だけど・・・・」
 北村を見ていると、久美が男であることを意識の外に出してしまい、ホントに本物の女と暮らしているような様子なのだ。つまり、北村は自分はホモではなくノーマルだと思いこみたかったようだ。マークWを作ったのもそのためのように思われた。
 「そんなことはないよ。俺はクミを愛している。君本来の姿だって、それは変わることはない。だけど、互いに世間体があるから、君に女装を続けてもらっているだけだよ」
 北村は、そう言うのだが・・・・。