第7章 女装用新パーツ開発中

 翌土曜日、いつもなら朝早くからやってくる北村が正午になっても姿を現さなかった。
 「仕事なんて言ってなかったのに・・・・」
 午後1時になって、久美は北村に電話した。2回目のコールで北村が出た。
 「もしもし、わたし」
 女言葉でいいのかなと思いながらも、喉仏パーツを付けて声が高くなっていたから、女言葉でしゃべり始めた。
 《なんだ。クミか。どうした? おまえの方から電話してくるなんて珍しいな》
 「今日は来ないの?」
 不足そうな甘えた声で久美は言う。
 《あ、すまん。ちょっと忙しいんだ》
 「仕事なの?」
 《じゃないんだが・・・・》
 北村は言葉を濁す。
 「じゃあ、なによ?」
 間があった。言いたくないことのようだ。久美は一瞬、別の女が北村のマンションを訪ねているのではないかと疑った。
 《・・・・下半身パーツ・マークVを作ってるんだ》
 「マークV?」
 《そう》
 「何処か改良するの?」
 《ああ》
 「改良するところなんてなさそうだけど・・・・」
 久美はマークUの状態を思い浮かべる。
 《あるんだな。それが》
 「どんな?」
 《できあがったら教えてやるよ》
 久美が予想した返事が返ってきた。北村はいつもこんな感じだ。
 「今教えてよ」
 《だめだ。楽しみは待つほどいいものだ》
 食い下がっても教えてくれないと感じた久美は、マークVがどんなものなのか聞くのを諦める。
 「いつできるの?」
 《来週・・・・は、無理だな。再来週》
 「そんなにかかるの? いったい何をしてるの?」
 《だから、それは内緒だって》
 「マークVができあがらなくても、来週は顔を出してくれるんでしょう?」
 《いってもいいけど、そしたら、できあがりがもう一週間遅れるぞ》
 久美は考える。北村は何かとてつもないことを考えているようだ。早くマークVを装着してみたい。・・・・だけど、二週間も北村に会えないなんて・・・・寂しい。
 そう思いながら、久美はハッとする。ぼくは男なのに、北村に恋いこがれているのだろうかと。慌てて頭を振った。話をする相手がいなくて、ただ寂しいだけだと。

 北村以外に友人と言える人物のいない久美は、寂しさ紛れに姉のマンションを訪れた。
 「ずいぶん久しぶりね。クミちゃん」
 いつものように姉・輝美がいう。
 「ちょっと忙しくてさ」
 クミちゃんと呼ぶと、いつも怒り出す久美が何の反応も見せないので、輝美は拍子抜けがする。
 「クミちゃん、体の具合でも悪いの?」
 「どうしてだよ」
 「どうしてって・・・・」
 肩すかしを食らって、輝美は肩をすくめた。
 「順調?」
 「順調って?」
 「おなかの子供だよ」
 「ああ、もちろん順調よ。夕食、食べていくでしょう?」
 「うん。お義兄さんは?」
 「今日は出張なの。クミちゃんが来てくれてよかったわ。ひとりで食べるの寂しいなって思ってたの」
 「姉さんとふたりで食事なんて、久しぶりだね」
 「そうだったかしら?」
 「姉さんが結婚するちょっと前以来かな?」
 「去年、新宿で待ち合わせして食事をしたじゃない」
 「あ、そんなことがあったな。でも、姉さんの手料理をふたりで食べるのは、ぼくが言ったとき以来だよ」
 「そうなるわね。すぐに作るわね。テレビでも見てて」
 「うん」
 エプロンを掛けてキッチンで料理を始めた姉の後ろ姿を久美はじっと見ていた。

 「片づけするから、先にお風呂に入って。いっぱいやりましょう」
 食器をキッチンに下げながら輝美が言う。
 「いっぱいって、おなかに障らないのかい?」
 「ちょっとくらいは大丈夫よ」
 「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えまして、お先に」
 久美はバスルームへ入った。身体を洗い、髪の毛を洗って浴室を出た。時々泊まる久美のために下着とパジャマが用意されている。髪の毛を拭きながらリビングに戻ると、照美が缶ビールのリングプルを引いて久美に手渡す。
 「先にやってて」
 「うん」
 「髪の毛伸びてるわね。会社でなんか言われないの?」
 「ちょっとだけね」
 ちょっとだけではなく、主任にうるさく言われていた。しかし、せっかく伸びた髪を切りたくなかったのだ。仕事より趣味が優先。現代っ子らしい選択だ。
 缶ビールを受け取り、テレビを見ながらチビチビ飲む。照美が上がってきたら、一緒にパッと飲むつもりだった。
 何分もしないうちに、バスルームから照美が出てきた。相変わらず烏の行水だなと久美は思う。
 冷蔵庫から缶ビールをふたつ持ってきて、一方を久美に渡して、もう一方のリングプルを引いてうまそうに飲んだ。
 「相変わらず、飲みっぷりがいいな」
 「久しぶりだから」
 「どうしてだよ」
 「修ちゃんが飲ませてくれないの。お腹の子供に障るからって」
 「旦那としては当然だろうね」
 「黙っててね。2本だけにするから」
 「わかったよ」
 照美がグビグビと飲むのを横目に、久美も2本目のリングプルを引いた。
 「ひやあ、風呂上がりの一杯はうまいや」
 「そんなの見たら、百年の恋も冷めちゃうな」
 「修ちゃんは大丈夫。最後までつきあえるからって言うのがプロポーズの言葉だったから」
 蟒蛇同士が絡み合う図を思い浮かべて久美は肩をすくめた。
 「それはそうと、ずいぶん大きくなったね」
 ショーツにすけすけのネグリジェ姿の照美に向かって言う。幼い日から、そんな姉の姿を見慣れているけれど、やっぱりちょっとドキリとする。
 「一サイズ大きくなったかな?」
 両手で乳房を持ち上げて答える。久美は、上半身パーツを付けたぼくの方がまだ勝ってると心の中で思っていた。
 2本と言ったのに、照美は結局3本飲んだ。久美は4本で止めた。それ以上飲むと、久美が誘ったから飲んだと照美に言われそうだったからだ。

 翌日、朝食をご馳走になってから久美はアパートへ戻った。戻るとすぐに通販にネグリジェを注文した。
 「ネグリジェとマークV、どちらが先に届くかな?」
 ワクワクする久美だった。

 次の金曜の夕方、会社から帰ってくるとネグリジェのお届け票がポストに入っていた。久美は、女装した上で宅配便に電話して届けさせた。
 「いつもありがとうございます」
 受け取りの判を押していると、配達人が君の顔を穴が空くほど見ながら言った。
 「クミさんは、お兄さんによく似てますね」
 「あら? 兄妹で住んでるって言う話、信じてなかったんですか?」
 「あ、まあ。そう言う風に言うカップルが多いもんですから」
 配達人は、頭を掻きながら弁解する。
 「わたしが注文した品物を受け取るとき、いつもわたしがいなくて兄が受け取ることになるものだから、なんか変に思われてるんじゃないかって心配してたわ」
 「そんなことはないですよ」
 そう答えたけれど、ちょっと不審に思っていたのは確かだ。今日は女装して受け取ってよかったと久美はホッとした。

 入浴をすませてから、久美は上下の女性変身パーツを身に着け、ショーツを穿いてネグリジェを着た。鏡に映すと一週間前の姉の姿がそこにあった。
 「いや違うわ。わたしの方がおっぱいも大きいし美人だよ」
 鏡に向かって久美はニッコリと微笑んだ。
 「来週は、これを着て写真を撮って貰おう」
 久美はコンドーム付きのディルドーを枕元に置いてから、ベッドの中に入って照美がしたように人工乳房を両手で包み込むようにする。本物のような手触りにはホントに満足しているけれど、触られている感触がないのは如何ともし難い。
 それでも人工乳房をギュッと掴んで引っ張るようにしてみると、胸にその力が伝わってくる。少し乱暴に揉みしだくと、次第に自分の胸が揉まれている気分になる。
 「あ、いい。北村さん、いいわ。もっと、もっと強く揉んで・・・・」
 思い浮かべてマスターベーションするほどの男ではないのに、最近の久美は、北村を思い浮かべている。
 ネグリジェの裾をまくり上げてショーツの中に手を入れると、先走り汁が流れ出てきているのだろう、疑似女性部分がぐっしょりと濡れていた。久美はそのことでさらに興奮する。腟前庭に当たる部分に指をはわせると、下半身パーツの下にある亀頭に刺激が伝わって硬度を増してくるのがわかる。しかし、勃起するスペースなどないので、快感と痛みが入り交じったような説明できない感覚が身体を突き抜けていく。
 「ああ、そんなところに指入れちゃだめ・・・・」
 指先がちょっと入るくらいの疑似腟腔に指を入れて久美は悶える。そして指先は、アヌスへと達した。そこもアヌスから流れ出てくる粘液によってしっとりと濡れていた。
 久美はスルリとショーツを脱ぎ、枕元に置いていたディルドーを手に取った。アヌスにあてがい、力を入れたり抜いたりしながらゆっくりと押し込んでいく。
 「ああ、北村さん。もっと奥まで。もっと深く入れて」
 久美は、ディルドーを出し入れする。ゆっくりと、そして時には性急に。
 「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はあん・・・・」
 アヌスが激しく痙攀するように収縮し、大量の粘液が流れ出てくるのを感じながら、久美は眠りに落ちていった。

 目覚めると、アヌスからディルドーが抜け出てベッドの上に転がっていた。ディルドーを拾い上げて片づける。ネグリジェの裾とシーツがアヌスから出たらしい粘液とザーメンで汚れていた。
 気怠い身体のむち打って、ネグリジェ、シーツ、ショーツを男物の服と一緒に洗濯機に入れてスイッチを入れた。
 それから、接着剤を外す溶液を数滴入れたお湯に浸かって、上下の女性変身パーツを脱ぎ捨てた。このとき、いつも虚しさが久美を襲う。
 こんな面倒なことをしなくて言いように、スイッチひとつで男と女の体が入れ替わるようになりたいなんてくだらないことを思う。しかし、そんな魔法のようなことができるわけがない。
 だったら、いっそのこと性転換してしまおうか? このごろ、そう思うこともある。 けれど、それは勇気のいることだ。好きじゃないけど、今の仕事は失いたくないし、姉にも迷惑がかかるだろうからだ。
 それに、女装するのが目的で、女になって男とセックスすることが目的じゃないから、性転換まではやり過ぎだ。女性変身パーツがあるだけでもよしとしなければと久美は思っていた。
 「散髪に行こうか・・・・」
 そう思うけれど、毎日毎日日延ばしにしている。

 電話ならいいだろうと、久美は北村の電話する。しかし、何度コールしてもでない。
 「マークVを制作しているなんて嘘言ってるんじゃないだろうか?」
 嫉妬めいた感情が浮かぶ。
 「いえ、北村さんは、今忙しいだけ」
 ふたつの感情が行き来する。しかし、何度電話してもやっぱり北村が出ないとなると、今度は心配になる。
 「体を壊して倒れているんじゃあ・・・・」
 そこで、久美は北村のマンションを訪ねることにした。迷ったが、結局男の格好で行くことにした。女性変身パーツを取り付ける手間と化粧の時間が惜しかったからだ。
 北村のマンションを訪れチャイムを鳴らすと、ややあって北村が眠い目を擦りながらドアを開いた。
 「何だ。クミか」
 クミと呼ばれて、久美は辺りを見回す。
 「しーっ! 男の姿の時は、クミって呼ばないでよ」
 「あ、すまん。・・・・いったい、どうしたんだ?」
 「何回電話しても出ないから、心配になって・・・・」
 「あれ? 電話なんか掛からなかったぞ。まあ、あがれ」
 頭をボリボリと掻きながら、北村は部屋の中に向かった。久美も続いて中に入る。綺麗に整理された室内に久美はちょっと意外だと思う。北村の外観からは想像できないからだ。
 (女がいるんじゃあ)
 そんな嫉妬の感情が浮かぶ。
 「いつもは散らかしてるんだが、昨日お袋が来て片づけてくれてな。盆と正月がいっぺんに来たくらい綺麗になってるよ」
 見透かしたように北村が言った。
 「音量がゼロになってらあ。掃除するときに触ったんだな」
 電話機を点検しながら、北村が呟く。それから、キッチンへ入っていき、何やら袋に入れて戻ってきた。
 「お袋が持ってきたんだ。お裾分けだ」
 袋の中には、ダイコンと白菜が入っていた。北村の母親が来たのは嘘じゃないとわかって、久美は嫉妬していた自分を恥じた。
 「心配させて悪かったな。コーヒーでも飲むか?」
 「うん」
 久美は笑顔で返事した。

 北村がコーヒーを煎れている間、久美は部屋の中を見回す。女性変身パーツ・マークVはどこに置いてあるのだろうかと。見える範囲にはないようだ。母親が来たと言うから、どこかへ隠しているのだろうが。
 「どうした?」
 「変身パーツは?」
 「ああ、最終チェックに出している」
 「出しているって、他の人が関わってるの?」
 「ほんの一部分だから、全体像はわからないよ。心配するな」
 「そう・・・・」
 「待ってろよ。画期的なやつを作って持っていってやるから」
 自信ありげに北村は言う。
 「画期的なやつってどんなもの?」
 「内緒。内緒」
 にやにやしながら、北村はコーヒーを啜った。
 「いつできるの?」
 「今度の金曜日に間に合わせようと必死になってる」
 「金曜日の夕方ぼくのアパートに持ってきてくれるんだね」
 「ああ」
 「楽しみにしてるから」
 「絶対感激するぞ」
 笑顔を向けられて、久美はどぎまぎした。やっぱりぼくは北村に対して妙な感情があると気づき、久美は立ち上がった。
 「じゃあ、無理しないでね」
 「もう帰るのか?」
 「邪魔したら、金曜日にできないでしょう?」
 「ま、そうだな。じゃあ」
 北村のそばにいたいと後ろ髪を引かれる思いはあったが、久美はその思いを振り切って北村のマンションをあとにした。

 金曜日が待ち遠しく仕事に身が入らない。いつも小言を言う主任もあきらめ顔だ。そして、金曜日の夕方、帰り支度を始めていると、部長直々に呼び出しがあった。
 「前嶋です。お呼びと伺いましたが」
 書類に何やら記入しながら、部長はじろりと上目遣いに久美を見た。イヤな予感がした。
 「木村君が何度も注意しているそうだが」
 木村というのは、主任の名前だ。もっと仕事をしろ? それとも髪の毛を切れと言うことか? 久美は頭の中で考える。
 「もう少し仕事に集中してくれないと困るね」
 やっぱりという思いで聞く。
 「それに、公務員じゃあるまいし、5時になったら、はいサヨナラでは困るんだよ」
 それくらいの給料しか貰っていないと言う思いがよぎる。
 「他の職員は、力を合わせて会社のために働いてるんだよ。君だけが、ノルマぎりぎりと言うんじゃしめしがつかん」
 「はあ・・・・」
 「それとだね。そのうっとうしい髪の毛を早急に何とかしろ。もし、どうしても伸ばしたいというのなら、他の職場を考えるんだな。以上だ。下がっていい」
 (下がっていい? くそ! 威張り腐って・・・・)
 そう思いながら、久美は部長室を出た。

 ムシャクシャしながら、やっぱり5時に会社を出た。
 (急いで帰って、夕食の準備をして北村を待とう)
 大急ぎでアパートに戻り、豚のショウガ焼きとみそ汁と作って北村を待った。待てど暮らせど北村はやってこない。
 午後8時になって北村から電話が入った。
 「ええ・・・・。今日は来られないの?」
 「もう一歩なんだ。明日の朝には持っていくから。もう一晩待ってくれ」
 「そうなの・・・・」
 女性変身パーツ・マークVができあがっていなければ仕方がない。久美は力無く受話器を置いた。