昼間の間、男の姿に戻って働いているときは、どうしてあんなことをしているのだろうかと自問自答し、自己嫌悪に陥る毎日だ。しかし、夜になってアパートに戻ってくると、いても立ってもいられなくなり、久美は女装に取り掛かる。
いったん女装してしまうと、久美は人が変わったようになってしまう。まるで二重人格のようだ。
「ヒサヨシ、できたぞ」
型を取った次の週の土曜日の朝、北村がバッグを抱えてやってきた。すでに女装して北村を待っていた久美はちょっと不満そうな表情を浮かべた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「何でもないけど・・・・」
「何でもないってことはないだろう? 話せよ」
久美の入れた紅茶を口に運びながら、北村が尋ねた。
「わたしが女装しているとき、ヒサヨシって呼ぶのは・・・・」
「あ、そうだな。じゃあ、なんて呼んだらいい? 久子か?」
「そんなのいやよ」
「じゃあ、どんな名前がいいんだ?」
久美は、北村に秘密を話す決心をしていた。
「わたしの名前のことだけど・・・・」
「おまえの名前がどうしたんだ?」
「久しいに、義理の義って書いてるよね」
「ああ」
「ホントはね。義理の義じゃなくて、美しいって書くの」
「はあ? 美しい?」
「そうなの。久しいに美しい。それでヒサヨシなの」
北村は、頭の中で思い浮かべる。
「まてよ。久しいに美しいってことは、そりゃ、ふつうはクミって読むよな」
「うん。いつもそう呼ばれて女の子と間違われるの」
「へえ、そうだったのか」
「誰にも言わないでね。わたしの秘密なんだから」
「わかった。じゃあ、女装しているときは、クミって呼んで欲しいってことだな」
「ええ」
「了解了解。それじゃあ、クミちゃん。始めようか」
男の姿でいるときは、クミちゃんなんて呼ばれると腹が立ったけど、女装しているとそんな気持ちにはならない。ちょっと嬉しそうに久美は顔をポッと赤らめた。
北村はバッグの中から、肌色の物体を取りだした。
「さあ、穿いてみろよ」
久美はその物体を受け取った。肌色をしたパンツのような格好をしている。広げてみると、それは女の子の腰のあたりを切り離したように見える。股の部分を見てみると、ちゃんと短冊型の毛が生えていて、大陰唇や小陰唇も見える。久美は言葉を失った。
「いいできばえだろう?」
「どこの女の子から型を取ったの?」
「インターネットを見れば、いくらでもその手の写真があるさ。一番綺麗だなと思うやつを参考にした」
「へえ・・・・」
久美はほとほと感心する。中を覗いてみると、股間あたりに三つのへこみが見えた。
「ペニスを下に折り曲げて穿けよ」
「どうして?」
「穿いたら教えてやるよ」
ショーツを脱いで、ペニスを後側に折り曲げて穿いてみた。吸い付くようにピッタリだった。
「どうだ? 穿き心地は?」
「まあまあですけど・・・・」
「ずれないように、ウエストと足の部分に接着剤を塗っておこう」
北村は接着剤を指にとって要領よく塗った。そうすると、乳房と同じように境目がわからなくなった。
「いいようだな。鏡を見てみたらどうだ?」
「ええ」
久美は、鏡をかざしてみた。
「信じられない・・・・」
本物の女としか見えなかった。足を開いて股間を覗いてみた。
「まるで本物・・・・」
「そうだろう? クリちゃんも作ってあるんだぞ」
「えっ? ほんと?」
左手に鏡を持ち替えて、右手で広げてみると、確かにクリトリスらしい隆起が見えた。
「ペニスを後ろに折り曲げた理由は何? これなら、後ろに折り曲げなくても隠せるでしょう?」
「よく見て見ろよ。小陰唇の間に穴が見えるだろう?」
「ええ」
「穴のそばにおまえのペニスの先端がある」
「ということは・・・・」
「そう。そこから小便できるんだ」
「ええっ! これを付けたまま?」
「ああ、そうだ。小便するたびに外していたらたまらんだろう?」
「へええ。このままおしっこできるの・・・・」
感心することしきりだ。久美が股間をじっと見ていると、シャッターが押され、フラッシュが光った。久美は北村を睨み付ける。
「いいじゃないか。他の誰に見せるわけでもないんだから」
「・・・・変な格好を撮らないでよ」
「わかった。じゃあ、今のは消す。服を着てくれないか? 一枚一枚脱いでいくところを撮りたい」
「変態!」
「人のことを言えるかよ」
久美は黙り込むしかない。北村が、デジカメを操作している間に、久美はショーツを穿いて、ブラウスとフレアスカートを身に着けた。
「あ、そうだ、そうだ。これも付けてみろ」
北村が差し出したのは、半筒状のものだった。
「なに? これ?」
「当ててみな」
久美はじっと見つめる。そして、頷き、接着剤を塗ってからその半筒状のものを喉に押しつけた。5分ほどじっと押さえたあと、久美は手を離す。そして、鏡を覗き込んだ。
「喉仏が消えた! 北村さんって、天才!!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
北村がカメラを構える。
「ねえねえ、これだったら、絶対にばれないから、外で撮ってよ」
「あ、そうだな。この部屋ばかりじゃ、アングルが限られるからな」
「ちょっと待って、少し化粧をし直すから」
久美は鼻歌を歌いながら、鏡に向かった。鏡に映る自分の顔が以前にもまして女らしくなったように思えた。それは、喉仏が物理的に消えたためであり、消えてしまったと言うことから来る心理的安心から来るものだった。
出かける準備が整ったところで、久美はちょっと待ってと北村に告げてトイレに入った。下半身パーツを付けたまま小便ができるかどうか試しておきたかったのだ。
フレアスカートをまくり上げ、パンスト、ショーツを下げて腰掛け便器に座った。下腹部に力を入れると、ほぼ真下に向かって小便が出た。ペニスを持たないで小便するというのは何とも不思議な感じがすると思った。
一度も使ったことのないビデのスイッチを入れて洗い流しペーパーで拭いた。これで綺麗になったのかと心配になったが、それ以上どうしようもない。不安そうな顔をしてトイレを出ると、北村がうまくいったかと聞いた。
「ええ。でも、ちゃんと綺麗になったか不安で・・・・」
「見せてみろ」
「えええ・・・・」
北村は、嫌がる久美のスカートをまくり上げてクンクンと匂った。
「大丈夫。何の匂いもしない」
恥ずかしさで顔を真っ赤にすると、北村はパンストにショーツがなくても下半身パーツで覆われているからそんなに恥ずかしがることはないと平気な顔で言った。
(それはそうだけど、やっぱ、恥ずかしいな)
北村の車で少し郊外に出ることにした。近くで顔見知りに見られるのを恐れたからだ。
「多摩動物園に行こう?」
「動物園? いい年こいて、そんなところに行けるかよ」
「あら? 恋人同士だったら行くわよ」
「俺たち、恋人同士か?」
「端から見たらそう見えるわよ。ねえ、いいでしょう?」
久美は、北村の左手にしがみつく。
「わかった。行くよ。行くから、手を離せよ。事故起こす」
多摩動物園の中で、久美はポーズを取り北村がシャッターを押す。確かに端から見たら恋人同士に見えるなと北村は思っていた。
「ねえ、北村さん?」
「何だ?」
「ちょっと声が女の子らしくない?」
「ああ」
「どうして?」
「その首に巻いているやつのせいだ」
「これの?」
「ああ。共鳴の関係で、声が高く聞こえるんだ」
「へえ、ハイテクね」
どういう原理かわからないけれど、これでひとりで外出しても買い物などができるなと久美は感慨にふけっていた。
「これからどうする?」
ソフトクリームを舐めながら、久美が尋ねる。
「どうしようか?」
「ヌード写真、撮るんじゃなかったの?」
小声で北村にそう聞く。
「あ、まあ、そうだな」
「アパートに帰ったんじゃあ、何のために外に出たのかわからないわね」
「・・・・そうだが」
「ホテルにでも入る?」
北村は目を剥いて久美を見た。
「別に変なことする訳じゃないでしょう? 写真を撮るだけよ。それとも、なんか下心でもあるの?」
「ば、馬鹿言うなよ。おまえとなんかできるかよ」
「そうでしょう? だったら、いいじゃない。寄りましょう?」
ちょっと考えて、北村はハンドルを切った。
ホテルの部屋の中で、久美はポーズを取り、北村はシャッターを押す。久美は、まるでストリッパーのように一枚一枚着ているものを脱いでいった。下着姿になっても、北村が作った女性変身パーツのおかげで、久美の股間はつるりとしていて、女の子そのものだった。
久美はブラそしてショーツを取り去っていく。北村に写真を撮られていることに陶酔しているかのような表情を浮かべた。
北村は、目の前にいる久美が本物の女のように思えて、股間を堅くしていた。久美はそんな北村を挑発するかのように、左手で人工乳房を揉み、右手を股間にはわせた。
しばらくして、久美が突然不満そうな顔をしてベッドの上に座り込んだ。
「どうしたんだ?」
「うまくできてるけど、腟がないんだもの」
「そりゃそうさ」
「そりゃそうさって言っても、入り口くらいできないの? つるつるだもの」
北村は考え込む。クリトリスや大小の陰唇までは作ったが、膣までは考えていなかったのだ。
「入り口くらいは何とかなりそうだが・・・・」
「それに、肛門のところ、何とかならない?」
「何とかならないって?」
「これじゃあ、おならもできないわ。ホントにピッタリ栓をしているみたいなんですもん。おしっこのこと、考えてくれたんだから、そっちも考えてよ」
「・・・・そうか。そうだな。それもなんとかしよう」
「今日はもう終わりにしましょう?」
「ああ」
久美は服を着始める。
「ちょっと待った」
「なに?」
「肛門の位置に印を付けさせてくれ」
「わかったわ」
久美は、北村の方に尻を突き出した。北村は、指で肛門の位置を確認する。確認しながら、人がこんなところを見たらなんと思うだろうなと考えていた。
「じゃあ、下半身パーツ・マークUは来週持ってくるから、楽しみにしてろ」
バッグの中に女性変身パーツを押し込むと、北村は部屋を出ていった。肛門の位置に印を付けたから仕方がないと思いながら、女性変身パーツを置いていってくれたら、堂々と外出できるのにと思うとちょっと残念だった。
翌日、喉仏パーツを付けて外出しようとしたけれど、股間の膨らみがどうも気になってとうとう外出しなかった。人は贅沢になれると元には戻れない。
「北村さん、早く作ってきてよ」
そう祈りながら待った。
金曜日の夜、北村がやってきた。久美は早速下半身パーツ・マークUを穿いてみた。指で触ってみると、肛門の前方に深さが一センチばかりのくぼみがあった。ちょっと見は腟があるように見える。さらに、肛門の位置に穴が空いていた。
「それで満足か?」
「満足、満足。ねえ、大の方もできるかなあ?」
「できるさ。接着剤でがっちりくっついていて隙間がないからな」
「すごい、すごい」
そのままふたりで、ちょっと離れたモーテルに行き、写真を撮った。久美はますます大胆になった。北村は、久美が本気で北村を挑発しているのではないかと思っていた。
実は、久美の方は北村を誘っていたのだ。女装用パーツを身に着けると完全に女になった気分だったし、作り物のディルドーに飽きていたから、本物のペニスが欲しかった。
(ホモって訳じゃないけど、ちょっとやってみたいんだ。一度だけでいいんだけど)
そんなことを頼めるのは北村しかいなかった。しかし、北村はそんな久美の思いを知ってか知らずか腰を上げようとしなかった。
(鈍感な人ね)
そう思いながらも、久美が男であることを知っているから、いくら女に見えても久美とセックスをやる気にならないのだろうと諦めていた。