一日いると思っていた北村が帰ってしまい、デートする相手もいない日曜日。久美は衝動を抑えきれずにクローゼットの扉を開いた。
(今日はどれにしようかな)
男は下着を選ぶときにワクワクしたりしない。手にしたものを適当に身につける。女がみんなそうだとは思わないけれど、久美は女物の綺麗な下着や服を選び身につけるとき、これ以上楽しいことはないと思っていた。
その日久美が選んだのは、最近手に入れたワインレッドのブラとショーツがお揃いのものだ。勿論ブラのカップの中にはオイルパッドが仕込まれている。着ていたものをさっと脱ぐと、手慣れた手つきで下着を身につけた。
それからその日着る服を選ぶ。下着ほど服は持っていないので、その日はレモンイエローのサマーセーターに白のミニスカートを穿いた。
73に分けた髪の毛をスプレーワックスをしてから真ん中から分け直し、指を使って適当にセットする。ウイッグなど付けなくてもそれだけで十分女の子らしくなると久美は鏡を覗き込みながら思う。
乳液をたっぷりと肌に塗り込み、ルージュだけを指した。その日の化粧はそれだけだ。
「わたし、若いからこれだけで十分よ」
女装すると、思考も言葉遣いも女の子になる。ヒサヨシがクミに変身するのだった。
洗濯機のスイッチを入れ、溜まった洗濯物を洗濯する。洗濯機が動いている間に久美は部屋の中を隅から隅まで掃除した。久美自身も結構マメな方だけど、女装すると一層その傾向が顕著になった。
「あらあら、ヒサヨシさんってだめねえ。こんなところに雑誌を押し込んだりして」
ベッドの下から男性週刊誌を取り出した久美は、ペラペラとページをめくる。
「まあ、恥ずかしい。よくこんな格好ができるわね」
巻末のヌード写真を見ながら久美は呟く。そうしてから、その雑誌をゴミ箱に放り込んだ。
掃除が終わると、洗濯物を洗濯機から取り出してベランダに干す。隣の部屋との間には仕切り板があるし、久美がベランダの柵によほど近寄らない限り、アパートの外から久美の女装した姿を見られることもないから安心して干していた。勿論前日ザーメンで汚してしまったショーツは、部屋の中に干している。
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。久美は、何気なくドアを開いた。
「宅急便です」
ドアの外には、最近よく配達に訪れる制服姿の若い男が立っていた。返事をしようとして、自分が女装していることに気づいた。しかし、もう手遅れだ。そのまま応対することにした。黙ったまま笑顔を向けて頭を下げる。
「印鑑かサインをお願いします」
いつもはサインをするのだが、サインだとばれるととっさに判断し、久美は部屋に戻って印鑑を手にした。配達人の男が久美をじっと見つめている。そんな気がした。ドッと冷や汗が出た。男の方を振り返ると、若い女を見るような眼差しを向けてきた。ばれていないと安心しながら、久美は印鑑を男に手渡した。印鑑を押しながら、男がミニスカートから覗く久美の足を横目で見ているのに気づいて膝を堅く締めた。
「今日はお兄さんはいないの?」
久美は頷く。以前、セシールからの荷物を受け取ったとき、妹の久美が注文したものだと説明したからだ。男は不振そうな様子をまったく見せない。
「毎度どうも」
男は、丁寧に挨拶するとドアを閉めて階段へと向かった。
「うへえ。ビックリしたあ・・・・」
久美は鍵を締めてから玄関先にへたり込んだ。そうしながら、男の様子を思い出してちょっと安心した。ほとんど化粧らしい化粧もしていないのに、女としてみられたことに、久美はかなり自信を持ったのだった。
配達された宅急便の中身は何であるかを久美は知っている。しかし、すぐには開けずにクローゼットの中にしまった。
昼食にはスパゲッティーを作った。カルボナーレ。うまくできたと思いながら舌鼓を打った。
片づけをしてから、『恋愛小説家』と言うビデオを見た。女装していなかったら、こんなビデオを見る気にもならないのに、ビデオが終わる頃には涙を流していた。
夕食のカレーを食べたあと、あたりが暗くなってきたのを確かめてから、久美は一大決心をした。
(女装したまま、外出してみよう)
昼間、宅配便のお兄さんに男だと見破られなかったことから久美は自信を深めたのだ。久美は軽く化粧を施すと、下駄箱の奥から一足のサンダルを取りだした。いつの日かこんな日が来ると思って買って置いたのだ。
大丈夫だと思いながらも、玄関のノブに手を掛けたまま、久美はかなり長い時間迷っていた。
(ばれたらどうしよう? 笑われるんじゃあ・・・・)
しかし、昼間の宅急便のお兄さんの様子を思い浮かべて、久美は思い切ってドアを開けた。足を一歩外に踏み出す。新しい世界が開けたような気がした。
最初の一歩を踏み出すと、あれほど迷っていたのが不思議なくらいに足が進んだ。バッグなど持っていなかったので、エナメルのような艶のある黒い紙袋をぶら下げて、階段を下りていった。
アパートの住人に出会わなかったのにはホッとした。通りに出ると、久美はちょっとどきどきしながらも、おどおどしたらかえって怪しまれると言い聞かせながら胸を張って歩いた。
歩幅をいつもよりは小さく、膝を合わせると言うよりも親指と親指を離さないと言うような歩き方をする。そうすることで女らしい歩き方になっていると久美は思っていた。
行き交う人たちの中に、久美を見て不審気な表情を見せるものはひとりもいなかった。
「ちょっと彼女。どこかで会ったこと無い?」
ポンと肩を叩かれた。振り向いてみると、にやけた顔をした若い男が立っていた。どこかで会ったことなどあるはずがない。男は久美を軟派しようとしているのだ。久美は慌てて首を横に振った。
「そう? どこかで会ったことがあると思うんだけどなあ」
男は執拗に食い下がる。久美は男を無視して歩き始めた。男はしばらく久美の横を歩きながら誘いを掛けてきた。通りを2町ほど歩いたところで男は諦めたらしく去っていった。
(ナンパされるってことは、ぼくは完全に女としてみられている)
そう思うと、久美の心は込み上げてくる喜びで一杯になるのだった。
30分ほど歩き回ってアパートに戻った。部屋の鍵を開けていると、一番奥の部屋に住むOLが久美の後ろを通り過ぎていった。
「こんばんは」
久美は、上目遣いにOLを見ながら頭を下げた。気がつかなかったようだった。久美は、急いで部屋に入ると鍵を掛けた。
久美の部屋には、以前、純子や洋子がしばしば訪れていた。だから、女装した久美をそんな女のひとりだと思ったに違いなかった。それでも冷や汗が出た。久美は冷蔵庫を開けると、「ダカラ」をゴクゴクと一気に飲めるだけ飲んだ。
(やったよ。女装したまま外出できた!)
その喜びと感動で、まるで行ったときのように体が震えた。
10時過ぎまでテレビをぼんやりと見てから入浴した。身体を洗いながら、乳房のない胸、女にあってはならない股間の突起物を確認して、なんだか急に悲しくなった。気分はまだ女だったからだ。
浴室から出ると、久美はもう一度オイルパッド入りのブラをしてショーツを穿いた。下着姿のまま部屋に戻ると、久美はクローゼットの扉を開いて、朝方届いた宅急便の箱を取り出した。胸が高鳴り、ペニスがショーツの中で盛り上がってくるのを感じた。
包装を破り箱を開く。中から出てきたものは、緑色のディルドーだった。ゴクリと唾を飲み込んでディルドーを見つめる。
(思ったより太いな)
インターネットで見たカタログには、最大直径が3.5センチと書いてあったけれど、それ以上の太さに見えた。
スイッチを入れると亀頭の部分が回り、反対側にスイッチをやるとブルブルと震えた。
(よくできている・・・・)
スイッチを切って、久美はディルドーの先端をぺろりと舐めた。
(どう? 慎吾ちゃん? 感じる?)
久美は、ベッドの上にディルドーを立てるようにして置くと、男の股間に屹立するペニスをしゃぶるようにしてディルドーに舌を這わせ口の中に含んだ。
ショーツの中のペニスが張り裂けんばかりになっていた。久美はふと気づいて、コンドームを装着した。今日はショーツを汚さないためだ。
ペニスをちょっと擦ればすぐに爆発することがわかっていた。しかし、久美はそうはしなかった。爆発寸前の緊張を楽しんでいた。
しばらく疑似フェラチオを楽しんでから、久美は仰向けになってディルドーをペニスに当てた。バイブモードにする。快感が身体を突き抜けていく。
「ああ、慎吾ちゃん、いいわ・・・・」
久美のペニスが痙攀して、ザーメンを吐き出した。
「くうう・・・・」
しばらくぼんやりしていた。ふと気づいて、ディルドーのスイッチを切る。縮み始めたペニスにまとわりついたコンドームの中に白いザーメンが見えた。
ショーツを下げて、ティッシュを数枚取って、ペニスからコンドームを取り去った。ザーメンの独特な臭いが鼻を突いた。
「洋子は嫌ったけど、純子は喜んで飲み込んだな。どんな味がするんだろう?」
舐めてみようかという衝動に駆られたけれど、久美は慌てて頭を降って、ティッシュを丸めてゴミ箱へ放り込んだ。
そのまま眠ろうとしたけれど久美は思い直した。ウイークデーは帰宅するのが午後8時過ぎ。夕食を食べて入浴すると疲れが出てそのままベッドに入ってしまうから、女装どころではない。
「来週の土曜日は姉貴に呼ばれているし、日曜日は北村さんが来そうな気がする。2週間も待てない・・・・」
一度あげたショーツを再び下ろし、久美はもう一度ペニスにコンドームを装着する。そうしてから、ディルドーを手に取り、それにもコンドームをかぶせた。
久美は仰向けになって両足を広げ、ディルドーをアヌスに持っていった。
「慎吾ちゃん、初めてだから優しくしてね」
小さな声でそう言いながら、ディルドーでゆっくりとアヌスを回すように刺激する。アヌスがヒクヒクと蠕き、ペニスがゆっくりと勃起してきた。
「痛くないから力を抜くんだ」
男言葉で、自分に言い聞かせる。ディルドーの先端がアヌスに入ろうとする。アヌスは抵抗して押し出す。
「だめじゃないか、そんなに力を入れちゃあ。さあ、もっと力を抜いて」
ゆっくりゆっくりと力を入れたり抜いたりしているとディルドーの先端が中に入った。
「痛い、痛いわ」
久美は慌ててディルドーを引き抜いた。引き抜いて、ディルドーを目の前にかざしてみた。
(やっぱ、太すぎるかなあ。3.5センチって言ったら、指2本分の太さなのになあ)
しかし、衝動は止められない。久美は再びディルドーをアヌスに当てた。同じように抵抗される。その抵抗に抗してディルドーをアヌスに差し込んだ。
「ああ、痛い。痛い・・・・」
そう呟きながらも今度は引き抜かない。しばらくして痛みが和らいできたのを見計らって、久美はディルドーをさらに奥へと押し込んでいった。痛みはあるが、最初ほどではなかった。コンドームに塗られたジェルが挿入を容易にしているのだった。
クリトリスを刺激するために付いている突起がペニスの付け根に触れた。久美は、今度は少し引き抜き、それから再び挿入した。
わずかな痛み。アヌスの違和感。それとともに、何とも言えない妙な感覚が生まれてきた。ペニスは勃起したり萎えたりを繰り返し、先端から先走り汁が溢れ出てくる。
「ああ、最高。慎吾ちゃん、最高よ」
ディルドーを動かしていると、ある一点が特に快感を誘発するのがわかった。久美は、そこにディルドーをとどめて、スイッチを入れた。
「あうっ!!」
突き抜ける快感で気が狂いそうになる。スイッチを切らないと、ホントに気が狂う。そう思いながらも、久美はスイッチを切れなかった。その快感が無くなることが怖かったのだ。久美は喘ぐ。
「ああ、ああん。はああ・・・・」
長い長い快感が続き、そしてある瞬間、頭の中が真っ白になるような快感の波に飲み込まれて久美は意識を失った。
気がつくと、ディルドーが少し抜けた状態でまだ動いていた。久美はディルドーのスイッチを切った。ディルドーを抜こうとすると、まるでまだ抜くなと言っているようにアヌスが収縮を繰り返した。
ディルドーを抜き去ると、心の中にぽっかりと穴が空いたような気がした。もう一度入れようとして久美は思いとどまった。これ以上やったら、ホントに気が狂いそうだからだ。
ペニスにかぶせたコンドームの中にザーメンが溢れていた。射精した感触はなかったのにと久美は思う。考えてみて、そう言えば、気を失う直前、ペニスが痙攀したなと思い出す。しかし、あの時ペニスは勃起していなかった。勃起しないまま射精したのだった。不思議な感じがした。
翌日、仕事帰りに図書館へ寄ってみた。医学書を何冊か調べてみて、勃起しないのに射精した原因がわかった。
ペニスを勃起させる神経と、射精させる神経が別々なのだった。だから、射精させる神経だけを刺激すれば、勃起しなくて射精するということらしい。
もうひとつわかったことは、ディルドーの先端が当たって快感を覚えた場所は前立腺らしいと言うことだ。この点に関しては、インターネットの方が詳しい情報が載っていた。前立腺の刺激で得られる快感は、女の快感と同じらしいと言うことだ。
両方の性を経験したことのある人間なんていないのに、どうしてそんなことが言えるのだろうかと思ったけれど、あの快感を思い出すとそうかもしれないと思った。
ウイークデーは本格的な女装はしたことがないけれど、その日以来、寝る前にオイルパッド入りのブラをして、ディルドーをアヌスに突っ込んで楽しむようになった。
(こんなことしてたら、ホモになってしまう)
そう思いながらも、どうしても止められなかった。翌日目が覚めると空しくなることがある。空しいだけじゃない。どんどん深みにはまっていくようで怖い。だけども、心の中に生まれた衝動はどうしても消せなかった。
そもそも久美が女装を始めたのは、女になりたいとか女の服を着てみたいと思ったからではない。久美は街ゆく女性をナンパしてはセックスにふける普通の男性だった。
どうしてこんなことになってしまったのか? それは、ちょっとした切っ掛けだった。
洋子に振られて男として生きる自信をなくした・・・・と言うわけでもない。ただ洋子というステディーがいなくなったのが原因だったのは間違いない。
洋子が久美のアパートに来なくなって一週間ほどたったある日のこと、久美は退屈を紛らわすためにインターネットサーフィンをしていた。
若い男に例に漏れず、無料無修正画像を追っていた。そんな中に、AV嬢の穿いたパンティープレゼントというのがあった。
(AV嬢が穿いたなんて言うのは眉唾だし、応募しても当たらないだろうな)
そう思いながら、何とはなしに申し込みをした。それから10日ほどたって、小さな宅急便が送られてきた。
「○○企画」と言う送り主に心当たりがなかった。しかし、袋を破って中身を取り出してみて、送り主の正体がわかった。
「当たったんだ!」
久美は、目の前に真っ白なレースの付いたパンティーを広げてちょっとした感動を味わっていた。
その日の夜、久美は近くのビデオショップに行って、送られてきたパンティーを穿いていたというAV嬢が出演しているビデオを借りてきた。
玄関の鍵を締め部屋の中を暗くして、音が漏れないようにイヤフォンをしてAVビデオを見た。
送られてきたパンティーを鼻先に当てて匂いを嗅ぎながら、自分がAVビデオの中の男優になったような気持ちになってマスターベーションした。
ビデオの中の女優は生身の女と違って文句を言わず、どんな要求にも応えてくれる。そんな風に思えて、久美ははまった。
3ヶ月の間に、4回も当選したのは何かの暗示だったのかもしれないが、久美は『ぼくは運がいい』としか思わなかった。
パンティーを鼻先に当ててマスターベーションするのにちょっとマンネリを感じ始めた頃、他にいい方法はないものかと考えた。
(中身があった方がいいけど・・・・。生身の女はもうイヤだし・・・・。そうだ。ぼくが穿いてみよう)
Mサイズのショーツが楽々と入った。久美は、女の股間を撫でるようにショーツの上から自分のペニスを愛撫してみた。
(これはペニスじゃない。ちょっと大きめのクリトリスだ)
ショーツの中にザーメンをまき散らすのも気持ちよかった。初めの頃、久美は、女を責めているつもりだった。しかしいつしか、責められる方になっていた。
責めている自分の指が他人の指のように思え、女になった気分で喘いでいた。アヌスに指を入れて刺激することでさえ、膣に入れてるんだと思っていた。おかしいと思いながらも、何故かその快感が堪らなく好きになっていた。
そうするうちにブラジャーが欲しくなり、女装専門のショップからオイルパッド入りのブラジャーを手に入れた。
初めてブラジャーをするとき、かなり苦労したけれど、その感触に感動したのは嘘偽りのない気持ちだった。ブラジャーに胸が締め付けられる心地よさは、説明のしようのないものだった。それにオイルパッドの手触り。本物の乳房と変わらないなと思った。
いくつか買い物をしたあと、姉の家でかいま見た通販のカタログの値段から、女装専門店の売値が高いことに気づき、セシールから女物の衣料品を買うようになったのはすぐそのあとだ。
久美にとって都合がよかったのは、自分の名前が、漢字で書くと女と間違われることだった。女物の衣服を注文しても、誰も気がつかなかったのだ。
女物の下着を着て、女物の服を着るようになると、何か物足りないのに気づいた。それは化粧だとすぐに気づいた。そこで化粧品を直ちに通販で手に入れた。化粧の方法を指南した書籍も手に入れた。やる気になったときは上達も早い。久美はアッという間にうまく化粧できるようになった。
ショートボブのウイッグも買ったが、自毛の方がいいと思い、髪の毛を男としておかしくないくらいのぎりぎりまで伸ばし眉も細くした。
電動のディルドーを注文するに当たっては、久美もかなり迷った。しかし、鏡の中の化粧した久美が、買ってよと欲しそうな顔をするので注文したのだった。
(本物のペニスだったら、もっと気持ちがいいんだろうか?)
コンドームを装着したディルドーを見つめながらそう思う。そんな思いを久美はブルブルと頭を振ってうち消す。しかし、このまま行けば、いずれはそんな経験をしそうな気がしていた。