島が部屋を出ていく時に俺に命じたことが二つあった。ひとつは、化粧の仕方を覚えること。もうひとつは、女らしい立ち振る舞いを覚えることだ。化粧の仕方も、女らしい立ち振る舞いも、島が残していったビデオを見て覚えることになっていた。
朝、顔を洗って歯を磨くと、早速お肌の手入れ。それがすんでから、朝食。朝食が済んでもう一度歯を磨いてから、ビデオを見ながら化粧をやった。化粧に費やす時間は1時間。うまく行っても行かなくても、時間が来たら次のビデオに移る。
椅子に腰掛けて、ビデオを見ながら女の立ち振る舞いを覚える。ビデオの中の女の動きとビデオの横にある鏡に映った俺の動きが同じになるようにするのだ。髪をすくい上げたり、首を傾げて話したり笑ったり、立ったり座ったりする時の体の動き等々。
昼食を挟んで、別のビデオで同じように女としての振るまい方を体に覚え込ませる。夕方4時からは、もう一度化粧のやり方をビデオを見ながら覚えた。
夕食がすんで入浴し、お肌の手入れをすませると、やっと自由時間。しかし、ここでも女らしく振る舞うことを要求された。女らしくしていないと、電話がかかってくるのだ。部屋の中を見回してみても監視カメラらしいものはないようなのだけど、何処かに隠していて俺を監視しているらしい。
マスなんてかこうものなら、その時ばかりは島が飛んできて、『あなた! ニューハーフになりたいんでしょう? マスなんて掻いてどうするのよ!!』と、むちゃくちゃけなされるのだけど、あのリュープリンとか言う注射のせいか、しだいにそんな気にもならなくなっていった。
毎日化粧と女としての立ち振る舞いの練習ばかりの日が過ぎて、俺の退屈の虫が騒ぎ始めた頃島がやってきた。手には大きな機械が抱えられていた。
「さあ、髭の脱毛をしましょうね」
脱毛はアッという間に終わった。と言うか、パチパチと音がし始めてすぐに眠ってしまったから短く感じたのだ。
手で触ってみると、口の回りや顎がつるつるになっていた。
「隠れている毛が生えてくるから、あと二、三回やりますからね」
「はい」
脱毛後の炎症を抑えるというクリームを塗りながら答えた。
それから三日後、島がやってきた。
「かなり女らしく振る舞えるようになったわね」
「はい」
「これは新しいビデオ。これをマスターしたら、大丈夫よ」
「これが最後ですか?」
「第一段階終了ね」
「まだ続くんですか?」
「まだまだ、あなたを外には出せないわ。次は、声と言葉遣い。これがそのためのビデオよ」
これまで、白のテープだったけど、そのビデオテープは緑色だった。
「しっかり練習するのよ」
「一度外出できませんか?」
「退屈したの?」
「はい」
「完全女装でなら、外出してもいいけど、自信ある?」
「あ、いえ・・・・。男の格好じゃあ、外に出ちゃいけないんですね」
「当然よ」
まだとても女装したままでは出ることはできなかった。
「女装して外出できる自信ができたら、いつでも外出させてあげる。だから、頑張って練習して」
「はい」
ともかく外に出たかった。俺は、ビデオをセットして、女らしい仕草の練習を行い、次に女らしい話し方、声の出し方を練習した。女らしい話し方は、何とかなりそうだった。だけど、声はなかなか女の子のようにはならなかった。
女の子らしい声が出るようになったのは、それから3週間後、この部屋に来て特訓が始まって一ヶ月後のことだった。ある日突然、女声が出せるようになったのだ。
髭の脱毛処理も終わり、俺の顔はすべすべになっていた。
「どう? 練習はうまく行ってる?」
「ええ、もちろんよ」
「わおう。可愛らしい声を出せるようになったのね。これなら、誰も気がつかないわ」
「そうでしょう?」
「振る舞いも女らしくなったし、一ヶ月でここまでやれたのは、あなたが初めてだわ」
俺は、自慢げに胸を張った。自分でも、ここまで集中してひとつのことをやれたのは初めてだった。
「ちょっと太ったんじゃない?」
そう言われて、ちょっと首を竦めた。ほとんど運動もしないで、うまい食事をしていたから、3キロも太っていた。まあ、おかげで体が少し丸くなって、女らしく見えるようになっていた。
ホントの所は、リュープリンの作用で男性ホルモンが出なくなったせいらしい。性ホルモンが出なくなると、人間は太るものなのだそうだ。閉経後の女性が太るのはそのためだと言うことだ。もちろんその時は、こんなことはまったく知るよしもなかった。
「少しダイエットしないとね」
「はい」
俺は舌を出した。
「そろそろ外出できそうね」
「・・・・はい」
俺は、少し下を向いたまま答えた。
「あら? 自信ないの?」
「大丈夫と思いますけど・・・・」
とは言ったけれど、自身はまったくなかった
「自信を持ちなさい。自信を持つことが大切よ。そうすれば、あなたが男だと疑う人なんていないから」
島の言葉を噛み締めてから答えた。
「わかりました」
「手始めに、コンパニオンとして小さなパーティーに参加してみましょう」
「コンパニオンですか?」
ただ外に出て歩き回るだけだと思っていたのに、コンパニオンの仕事なんてビックリしてしまった。
「そう。お酒やおつまみを持っていったり、ちょっと会話をしてあげるだけの簡単な仕事よ」
「外に出るだけでも、ちょっと心配なのに、会話となると・・・・」
「今のあなただったら、大丈夫だって。自信を持ちなさいって言ったでしょう?」
「は、はあ・・・・」
「パーティーは、明日の午後8時からよ。6時に迎えに来るからね」
「は、はい」
(大丈夫かなあ)
鏡を見ながら呟いた。鏡の中の俺が、大丈夫だと頷いた。
約束の午後6時、島がバッグを抱えてやってきた。
「シャワーは浴びた?」
「はい」
「これを着て」
島がバッグから取り出したのは、淡いピンク色のロングドレスだった。二着あるところを見ると、島も同じドレスを着て一緒に行ってくれるようだ。
「あ、それから、万が一に備えて、これもはいておきなさい。ペニスを後ろに折り曲げてはくのよ。そうすれば、あなたの股間は女の股間に見えるでしょうから」
俺は手渡されたガードルを手早くはいた。最近まったく勃起しない俺のペニスが魔法のように消えてしまっていた。
パンストをはき、ロングドレスに足を通して島に手伝って貰ってファスナーをあげた。島は自分でファスナーをあげたようだ。
「化粧はいつもより派手目にしましょう。コンパニオンだし、夜だからね」
「わかりました」
俺が、少し濃いめの化粧をしている間に、島は俺の髪の毛にスプレーをしてセットしてくれた。
化粧が終わった時、俺はどこから見てもコンパニオンになっていた。いや、コンパニオンと言うより、夜の蝶に変身していた。
「これ履いて。このバッグを持って」
ピンク色のパンプスと白のバッグを手渡された。パンプスはヒールが7,8センチありそうだが、ハイヒールを履く練習もしていたから歩くには苦労しない。
「さあ、出かけましょう」
俺と同じ格好をした島が俺の前に立って部屋を出た。
ほぼ一ヶ月ぶりにマンションの部屋を出た。胸がどきどきし始めた。しかし、エレベーターの中で二、三度深呼吸すると、胸の高鳴りは治まってきた。
エレベーターを下ると、玄関前に黒塗りのハイヤーが待っていた。俺たちが乗り込むと、行く先がわかっているのだろう、ハイヤーは音もなく滑り出した。
「あんまりキョロキョロしないの」
「はい」
視線を前に戻したら、ハイヤーの運転手が、バックミラーで俺たちのことをチラリチラリと見ているのに気がついた。スケベそうな目をしていたから、俺のことを女だと思っているのは間違いないと思った。
東京でも一、二を争う高級ホテルの玄関に着いたのは、午後7時30分だった。
「会場は?」
「一番上のスイートよ」
「スイート?」
「そう。プライベートなパーティーだから、スイートを貸し切ってやるの」
「へええ」
エレベーターの前で、同じような格好をしたふたりの女性と一緒になった。島に向かって会釈してきたところを見ると、同じパーティーに向かうコンパニオンらしい。
一緒にエレベーターに乗り込んで最上階で降りた。
「向こうよ」
島がドアを開けると、中から料理のいい匂いが漂ってきた。奥の大きな部屋に、同じくピンクのドレスを着た女性が6人、手持ちぶさたに立っていた。
「おはようございます」
島に向かって女たちが挨拶した。島が、コンパニオンたちを取り仕切っているようだ。
(この女性たちは、俺が男だと知っているのだろうか? それとも内緒なのだろうか?)
「島さん。みんな、知ってるの?」
俺は小さな声で島に聞いた。
「えっ? 何のこと?」
「わたしが、・・・・女じゃないってこと」
「知らないわよ。彼女たちに見破れなかったら、男には絶対見破れないでしょうね」
(それならそれで、女らしくしなければ)
俺はぼろを出さないように、緊張した。
午後8時少し前、ドアが開いた。
「さあ、お客様のおいでよ」
思い思いに座っていたコンパニオンたちが立ち上がって笑顔をドアの方へ向けた。タキシードを着た品のいい男たちがぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
女たちが一斉に声を出した。俺は、その言葉が出ずに口ごもった。女たちが動き始めた。俺も、女たちと同じように行動を開始した。
盆に載せたカクテルを持っていくと、その男が俺を見た。それも、いやらしい目で、舐めるように視線を俺の顔から胸、腰、足へと泳がせた。俺が、男としてこんなパーティーに参加すれば、同じような目をするのだろうと思うと、なんだか情けなかった。
だけど、見つめられることが俺には何とも嬉しかった。俺は、完璧に女を演じ、男たちを騙しおおせている。俺は、ニューハーフをして生きていけることに自信を深めていた。
カクテルを配り終えると、料理を適当に皿に盛って男たちに配って回った。数えてみると、男たちは、ちょうど20人だった。
しばらくすると、男同士でおしゃべりをしたり、コンパニオンを相手におしゃべりし始めた。
あぶれたらしい男のひとりが、両手にカクテルを持って俺に近寄ってきた。
「君も飲まないか?」
見回すと、コンパニオンたちもカクテルを飲んでいた。
「いただきます」
俺は酒がかなり強い方だ。少々飲んでも、女として振る舞える自信があった。カチンとグラスを合わせて、俺はカクテルを口に運んだ。
「おいしい」
甘くて円やかな味がした。
「名前は?」
「えっ? わたしですか?」
名前を聞かれるなんて想定していなかった。俺の名前は男でも女でもある名前だから、そのまま言った。
「かずみと言います」
「かずみちゃんか。どう書くの?」
「平和の和に美しいって書きます」
ホントは巳年の巳なのだけれど、この方が女らしいと思ったのだ。
「平和の和に美しいか、いい名前だ」
「ありがとうございます」
「いくつ?」
「19。まだ未成年ですから、あんまりお酒は勧めないでくださいね」
「正直でいいよ。でも、もう少し行ってると思った」
「あら? いくつに見えますか?」
「そうだな・・・・、19」
「ふふふ」
なかなか機転の効く男だ。
「どこ、出身?」
いくら女らしく話していても、言葉の端々には訛りが出てくる。だから、誤魔化さない方がいいと思った。
「九州です」
「そう。あんまり立ち入った話しはしない方がいいだろうね。えっと、趣味なんて聞いてもいいかな?」
「趣味ですか? これと言った趣味はないです」
「ほう、ないの? おしゃぶりするのが好きだとか?」
「はあ?」
何のことだかわからなかった。しかし、男がにやにやし始めたのを見て、ようやく察した。
「やだあ」
「処女だってことはないよね」
なんと答えていいものやらわからず、俺はちょっと躊躇った。
「へえ、そうか。へええ」
男は嬉しそうな顔をして俺を見つめた。
(処女って聞くと、男はどうして嬉しそうな顔をするんだろうか? よくわからない。俺自身の身になって考えると・・・・。そうか、処女ならば、比べる相手がいないから、テクニックがうまいとか、あれが大きいとか小さいとかがわからないからだ)
俺は男の顔を見ながらカクテルを口に運んだ。
「もう一杯飲む?」
「ええ、いただきます」
男が、手渡してくれた別の色をしたカクテルを口に含んだ。これもうまかった。勧められるまま、違う種類のカクテルを4杯ほど飲んだ。
「さあ、ダンスのお時間ですよ。みなさん、女性が少ないですから、早めに口説いてください」
パーティーを取り仕切っているらしい男が挨拶すると、男たちが一斉に動き始めた。もちろん、おしゃべりを続けている男たちもいる。
目の前にいるさっきから話しをしていた男が俺の手を取った。
「お嬢さん、踊りましょうか?」
「わたし、踊り、だめなんですけど」
「ぼくに合わせていればいいよ。さあ」
手を取られて、部屋の中央に引っ張り出された。音楽がかかり、回りでチ−クダンスが始まった。俺は言われるままに手を回して、男の腰に手をやって踊り始めた。男の手が俺の腰を撫でてきた。ゾクッとした。
しばらく踊っているうちに視界が急に狭くなってきた。顔が熱く、胸がどきどきし始めていた。
(あれ? 酔ったのかな?)
見ているものに焦点が合わなくなってきた。
(いけない・・・・)
体が重く、足がいうことを利かなくなってきた。俺は男に縋るようにして立っていた。
「ごめんなさい。ちょっと休ませて。少し酔ったみたい」
ようやくそれだけを言った。
「いいよ」
男の言葉が、エコーを帯び、低くくぐもった響きに変わっていた。
(これくらいのアルコールで酔うなんて・・・・)
男に抱き上げられ、隣の部屋に運ばれていった。降ろされたところは、ふんわりと柔らかかったから、ベッドの上だと思った。男が俺の履いていたハイヒールを脱がせてくれた。
(しばらく休もう)
そう思って目を瞑った。
眠り込もうとした時、俺の意識は現実に引き戻された。男が俺に唇を合わせてきたのだ。慌てて抵抗しようとしたのに、体がいうことを利かなかった。心と体が分離したような感じだった。
キスしながら、男は俺の背中に手を回して、ドレスのファスナーを下ろし始めた。
(ドレスを脱がされたら、男であることがばれてしまう)
俺はパニックになり、抵抗しようとした。だけど、俺の手足には俺の脳からの命令が届かなかった。男は、俺の体を横に向けたり、腰を持ち上げたりして、俺の着ていたドレスを脱がせてしまった。
(もう気づいたはずだよな。股間のペニスはまだ見えてはいないけど、胸がないのは一目瞭然だから)
しかし、男は何事もなかったように、俺の体への愛撫を続けた。シリコン入りのブラジャーがずらされて、男は俺の小さな乳首に吸い付き舌で転がした。男の手が俺の体をはい回った。
パンストが剥ぎ取られ、ガードル、パンティーも剥ぎ取られて素っ裸にされた。それでも男は行為を止めなかった。男は最初から俺が男だとわかった上でやっているようだ。
ぼんやりとした意識の中で、周りを見回すと、男たちがカクテルを手にしたり、壁にもたれかかったりしながら、ベッドを取り囲んで俺たちの行為を見ているのだった。
(もしかして、これは島が仕組んだことなのか?)
それは確かだった。女性ではただ一人、島がベッドルームの入り口でベッドの上の俺たちを見ていたからだ。
(くそ!!)
抵抗しようとしたけれど、体は動かず、どうしようもなかった。男が俺のペニスを銜え、陰嚢を舐めた。おぞましいはずなのに、快感が体を駆けめぐった。
(おかしい。こんなはずはない。俺が飲んだカクテルの中には、何か薬が盛られていたのに違いない)
俯せにされ腰を上げさせられた。男が俺のアヌスを舐め、ゆっくりと指で撫で回してから指を入れてきた。
「ううっ!!」
「気持ちいいだろう? お嬢さん? もっと気持ちよくさせてあげるからね」
指が出し入れされるたびに感じていた痛みが、次第に遠のいて、何やらおかしな感覚が生まれてきた。射精前の昇るような快感だ。
カチャカチャとベルトを緩める音がした。それが何を意味するのかはすぐにわかった。
(いやだ。いやだ。そんなことしたくない)
そんな俺の思いは届かず、激しい痛みが俺の肛門を襲った。
「いやあ・・・・」
叫んだつもりだったけれど、それは声にはなっていなかった。
「さすがに処女は締まるな」
男は俺の腰に手をかけて、腰を動かした。内臓をかき回されているような不快感が痛みとともに沸いてきた。
「止めて、止めて、止めて・・・・」
それだけがようやく声になった。
「そう言っているのも今だけだ」
男は腰を動かし続けた。痛みがなくなった。不快感が・・・・快感に変わってきた。
(いきそうだ。こんなことされているのに、俺はいきそうだ)
射精のあの瞬間に近い快感が沸いてきて、男が俺の中に射精したらしい動きとともに俺も達した。俺のペニスの先からザーメンが流れ出ているのが見えた。
次から次へと男たちに犯された。恐らくパーティーにいた20人全員に犯されたと思う。四、五人目には俺の意識は朦朧となり、体の方はもうくたくたになっていた。しかし、次の男が入ってきた時には、再び昇り、男の射精とともに絶頂を迎えていた。
ほとんど意識のなかった時期から、少し意識が明瞭になってきたとき、男のひとりが俺に耳元でささやいているのに気がついた。
「おまえはペニスが好きだ。好きで好きで堪らない。おまえはペニスをしゃぶりたくなる。銜えて舐めたくなる」
(何を馬鹿なことを言っている。俺がそんなことをするはずがないじゃないか)
そう思っているのに、信じられないことに、俺は男のペニスを握って舌を這わせ始めていた。
(薬を使った催眠術なのか?)
舌を離そうとすると、アナルファックをしている男の動きが止まった。
「ちゃんと銜えないと、もう止めるぞ」
俺の意識の方は止めて欲しいと思っていたのに、体は続けて欲しいと欲していた。俺は、再び誰だかわからない男のペニス銜えて、しゃぶり、吸い、俺の口の中に放出されたザーメンを余すところなく飲み込んでいた。
快感と疲れの入り交じった奇妙な感覚の中で、再び意識がなくなってしまったのは、恐らく午前0時を回った頃だろう。足音が遠ざかりドアが閉められた音を聞いたのを最後に、俺は完全に意識を失った。