カーテンの隙間から漏れてくる光と、遠くから聞こえてくる電車の音で目が覚めた。時計を見ると、午前7時過ぎだった。真美は俺の腕の中で眠っていた。
(こんな女とはまだ言い切れない女とやってしまった)
嬉しいような、後ろめたいような気分がした。
(俺だって、未成年だもんな)
俺はトイレに立ち上がった。真美が寝返りを打つ。
トイレから戻ると、俺は真美の体をそっと撫でた。
(恵子も張りがあったけど、恵子とは比べものにならないな)
じっと見つめていると、真美が目を開けた。
「何してるの?」
「見てる」
「いや! 恥ずかしい!!」
真美は夏布団を引き上げて体を隠した。
「もう一度見せろよ」
「だめ!」
嫌がる真美を裸に剥いて、そのままもう一度セックスした。今度は、かなりもった。真美は、声にならない声を上げ、最後には目をつり上げて体を痙攀させた。
ペニスを引き抜くと、うっすらとピンク色だった。ティッシュで拭うと、それは血液だった。生理が始まったようだ。
真美は、そんなことはお構いなしに、俺にしがみついてきた。
「よかったわ。あれって、行ったってことなの?」
「そうみたいだね」
「あれが行くってことなのね。ホントよかったわ」
「そうか。そりゃ、よかったな」
真美を抱いて、再び眠り込んだ。
次ぎに目が覚めたとき、真美は服を着て朝飯の準備をしていた。
(まるで新婚さんだよ)
俺はにやにやする。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。真美が俺の顔を見て、玄関へ向かった。
「はい、何でしょう?」
「ハート・クリーニングといいます。洗濯物がありませんか?」
洗濯屋のご用聞きのようだ。
「お兄ちゃん、何か出すものある?」
(お兄ちゃんだってよ。ま、そう言うことにしようって言ってたからな)
「ないよ」
「あ、そうそう。わたしのワンピースを出しておこう。これ、お願いね」
真美は、クローゼットにしまっておいたワンピースを取り出して洗濯屋に渡した。
「毎度どうも。毎週、日曜日と水曜日にご用聞きに伺います。来週の水曜日にお届けしますが、それでよろしいですか?」
「はい。お願いいたします」
洗濯屋は、複写の紙を取り出して、書き込みをすると半切れを真美に手渡して出ていった。
「いくらだって?」
「800円」
「それって、高いの? 安いの?」
「さあ?」
ワンピース一枚の洗濯代としてはどうなんだろう? そんなもの出したことがないのでさっぱりわからなかった。
さっとシャワーを浴びてから着替えると、トーストと野菜サラダ、紅茶の朝食を済ませた。
「今日は何するの?」
「仕事探し」
そんな俺の言葉を聞いて、真美はちょっと唖然とした。
「仕事探しって、決まってなかったの?」
「ああ。こっちだったら、いろいろ仕事があるだろうって思って」
真美はちょっと考え込む。
「そう。じゃあ、わたしも、どこかで働こうかな?」
「働こうはいいけど、おまえは社会人には見えないだろう?」
「あら? 和己だって、社会人には見えないわよ」
上目遣いに俺を見ながら言った。
(呼び捨てにするってことはそれなりに俺のことを思っているってことだよな)
「あ、馬鹿にしたな?」
「馬鹿になんかしてないけど、せいぜい高校生ね」
そう言われても俺には反論しない。いつも、年より幼く見えると言われてきたからだ。
「そう見えるか?」
「ええ」
「髪型変えるかな?」
俺は高校を卒業してから伸ばし続けていてかなり伸びた髪をたくし上げた。
「うん。スポーツ刈りにしたらいいわ」
「スポーツ刈りねえ・・・・」
似合いそうもなかった。
「じゃあ、ともかく出かけてくるよ。真美もバイトみたいな仕事、探してみるか?」
「うん、そうするわ」
スペアキーを真美に手渡して、俺はアパートを出た。
(さあ、頑張って仕事を見つけなきゃ。扶養家族ができたみたいなもんだから)
勇んでアパートを飛び出してはみたものの、俺は腕時計を見て歩くスピードを落とした。
「まだ、早すぎるな」
俺が働くことを計画している場所は、まだ営業していないはずだ。
(東京見物でもするか)
東京に出てきたのはこれが初めてだ。だから、時間が来るまで東京の中を見物することにした。
山手線に乗って上野へ出た。
(この年で動物園は恥ずかしいけどな)
だけど、本格的な動物園など行ったことがなかった。だから、俺は少しわくわくしながら上野動物園に入った。
(結構年の人も来てるじゃないか)
そう思いながら園内を回ったのだが、年の人たちは日本人に見えて、どうも日本人ではないようだ。言葉の感じからすると、ハングル語のようだ。韓国からの旅行客が、観光の一部として上野動物園に来ているようだ。
(ま、この集団の中に紛れていれば、恥ずかしくはないな)
昼飯は、池のそばで焼きそばを食った。
「まだ時間があるな。さて、次はどこに行くかな?」
ぶらぶらしていると、浅草寺行きの二階建てバスというのが目に入った。
(浅草も東京見物に来たら必ず行くところだよな)
俺は躊躇いもなく、そのバスに乗り込んだ。二階から外を見下ろすと、少し偉くなったような気がした。
浅草寺も、観光客で溢れていた。仲見世通りを浅草寺に向かって歩いていった。店に入って真美にお土産を買おうと思ったが止めた。
(就職先を探すと言って出てきたのに、こんなところに来たなんて言えないもんな)
浅草寺と書かれた大きな提灯が見えてきた。ちょうどそのとき、向こうから背の高い女の二人連れが歩いてくるのが見えた。大勢の人が浅草寺向かっているのだけど、その二人を避けるようにして歩いていた。
(どうしてだろうか?)
俺は、ちょっと興味津々に二人をみた。向かって右側の女は、背中まで伸びた髪を真ん中で分けたかなりの美人だ。ノースリーブのシャツは派手なレインボーカラーで、スカートは真っ白なミニを着ている。すらりと伸びた足が綺麗だ。向かって左側の女は、髪を団子のように結い上げていた。こっちの女はお世辞にも美人とは言えない。ただし、スタイルはいい。パンティーをはいているのかなと思うほど深いスリットの入ったチャイナドレスのような服を着ていた。
(派手な格好をしているから、みんな避けて通るんだろうか?)
俺も二人のそばをすり抜けてから振り向いてみてみた。
(背が高いなあ。170くらいありそうだ)
ハイヒールも履いているから、見上げるくらいだった。
「やだ。おかまよ」
「でも綺麗ね」
俺の前を歩く若い女性のそんな声が耳に入った。
(ええっ!? ホント?)
そのつもりになって彼女たちの後ろ姿を見てみると、肩幅に比べてお尻が小さいようだった。
ブスの方が美人に話しかけた。
(あっ! 喉仏がある! ホントにおかまだよ。ブスの方はともかく、もう一人の方は、絶対に男は見えないよ)
俺は感心して彼女たちの後ろ姿を見送った。
阿吽の鬼達を見上げ、天の邪鬼ににやりと笑いかけて中へと進み、手を合わせて祈った。
(楽して儲かる仕事が見つかりますように)
(真美がずっと俺のそばにいますように)
仏様に真剣に祈ったのは久しぶりだった。
(久しぶりちゅうか、初めてだな)
それから俺は、東京タワーへと向かった。浜松町駅から、案内板に従って歩いていった。同じ方向に行く人も結構いた。
「高あ・・・・」
別府市にもタワーがあるけれど、100メートルの高さだ。
(別府タワーの3倍以上もあるんだ。高いはずだよ)
初めのエレベーターに乗って展望台上ったら、さらに上があるという。もう二度と来るようなことはないだろうと思って、一番上の展望台まで上った。
「すっげえ」
遙か彼方までビルが続く東京の町が一望できた。
(やっぱ、東京は大都会だよ。あんな美人のおかまがいるはずだよ)
俺は、美人だったおかまの顔を思い出そうとしたけれど、思い出すのはブスのおかまの方だけだった。
東京タワーを降りると、そろそろ時間になった。俺は目的の場所へ移動した。最初の店の前に来ると、背の高い男が看板を出していた。
「すみません」
「何だ?」
男は、胡散臭そうな表情を見せた。
「あのう、実は、ここで働かしてもらえないかと思いまして」
「おまえがか?」
「はい」
男は、俺を頭のてっぺんから足の先まで見てから笑いながら言った。
「中坊が働くのはまだ早いぜ」
「お、俺は中坊なんかじゃありません!」
「ほう、そうか。だけど、おまえにゃ、無理だ。諦めな」
「どうしてですか?」
「どうして?」
「ここは大人の女を相手にするところだ。小中学生は来ないぜ」
男は俺を馬鹿にしているのだ。悔しさで手がぶるぶると震えた。
「ガキは、家で勉強するのが似合ってるぜ」
俺は頭に来て、男に殴りかかった。しかし、簡単に避けられて息ができないほど腹を殴られた。
「諦めな」
男は、店の中に消えていった。
「くそ!! こんな店、土下座されたって、働いてやるもんか!」
悪態を付きながら、俺は数軒先にある同じような店に向かった。看板はすでに出ていた。俺は、重厚な感じのするドアを開いた。店内は、まだ薄明かりがあるばかりだ。
「ごめんください。ごめんください。どなたかいませんか?」
「何だ? 何のようだ?」
坊主頭のいかつい男が出てきた。
「あのう・・・・」
「何だ? 押し売りだったら、お断りだぞ」
「押し売りじゃあありません。あのう、ここで雇っていただくわけにはいかないでしょうか?」
「雇う? 誰を?」
「俺をですけど・・・・」
「小間使いは間に合ってる」
男は奥に引っ込もうとした。
「小間使いじゃないんです」
「小間使いじゃない? じゃあ、何だ?」
俺は、ホスト募集の張り紙をわかるように横目で見た。
「はあ? まさか、ホストに雇ってくれって言うんじゃないだろうな」
「そうですけど」
「ぶふぁっ! おまえがホスト? 馬鹿も休み休み言え」
「いけませんか?」
「おまえにホストが務まるもんか」
「どうしてですか?」
「ホストって言うのは、女に夢を与える職業なんだ。おまえに夢を求める女なんかいないさ」
「夢・・・・」
「そう。まず第一に、背が高くてスタイルがいいこと。第二に、美形であること。第三に、何でも言うことを聞いてくれる優しい男であること。まだまだあるが、おまえは、第一条件がクリアできないだろう」
俺は項垂れるしかなかった。
「忙しいんだ。とっとと消えろ」
俺は溜息をついて、隣のホストクラブに顔を出した。やっぱりけんもほろろに断られた。その日、訪ねていったところはどこもだめだった。
(ホスト。楽して儲ける一番の職業だと思ったんだけどなあ・・・・。もうちょっと背が高かったら・・・・)
親を恨んでも仕方がないと思いながらも、親父の顔が浮かんだ。
夜のネオンがつき、人通りが多くなり始めた繁華街を項垂れてアパートに戻った。
(あれ? 電気がついてない)
時計は午後8時を指していた。
(真美はまだ帰っていないんだろうか?)
アルバイトが見つかって、まだ働いているのかもしれない。そんな風に楽観的に考えていた。
鍵を開いて部屋の中に入ると、昼間の熱気がまだ残っていた。クーラーのスイッチを入れて、風呂のお湯を溜め始めた。
「あああ、疲れただけだったな」
テレビをつけて、ふとテーブルの上を見ると便せんが一枚置かれていた。
(何だ?)
その便せんを手に取ってみると、それは真美が俺に宛てた書き置きだった。
『和己さんへ
親切にしていただいてありがとう。東京駅で助けてもらった時はホントに嬉しかったです。
今朝、あなたが出かけた後、お母さんからメールが入りました。あいつと別れたから、帰って来いって言うんです。
他にいくところはないし、ここにいてもあなたの迷惑になるだけですから、お母さんの元に戻ることにしました。
お別れを言いたかったのですけど、あなたの顔を見ると、別れられなくなりそうで、そうしたら、待っているお母さんを悲しませるだろうって思って。
わたしはあなたのことを一生忘れない。初めて人ですから。
ありがとう。そして、さようなら。お元気で。
真美』
(初めての人?)
俺はもう一度便せんを読み直した。間違いなく初めての人と書いてあった。
(なんてことだ。生理だと言っていたけれど、あれは破爪の血だったんだ。なんて俺は馬鹿な男だ。名前は聞いたけど、住所も電話番号も聞かなかった。連絡のしようがない。もう二度と会えないだろう。もし会いに行っても、今の俺では、真美を幸せにしてやることなんてできない・・・・)
俺は、風呂のお湯が溢れ出て流れるのに気づかず、呆然と座っていた。