第17章 父の告白

 ファックスに書かれた住所を見なくてもその家はすぐにわかった。当然だ。俺が生まれ育った家だから。
 俺は玄関先に立って、中に入るべきかどうか迷っていた。
 (お袋はなんと言うだろう? 俺を抱いた親父は? いや、親父はあの時俺だと気づいていなかったかもしれない。いやいや、そもそも、今の俺が二人の一人息子だと気づかないかもしれない)
 俺は、大きく息を吸い込んで玄関のチャイムを押した。
 「はい」
 懐かしいお袋の声だ。涙が出そうになるのをこらえて、俺は毅然としてドアが開くのを待っていた。
 「どなた?」
 「本田・・・・和美です」
 ドアを開いたお袋が、一瞬呆然と俺を見た。それから、ハッと気づいたように表情を戻した。
 「お待ちしていたわ。さあ、中に入って」
 お袋は目の前にいる若い女性が俺だと気づいたのだろうか?
 「失礼します」
 俺は、ハイヒールを脱いで玄関を上がった。お袋が、応接室へと俺を導いていった。
 「あなた。本田和美さんがお見えよ」
 「うむ。中へ入って貰いなさい」
 「どうぞ。主人が待っております」
 「はい」
 応接室に入ると、親父が神妙な顔をしてソファーに腰掛けていた。
 「そこに座りなさい。母さん、お茶を」
 「はい」
 お袋が出ていった。親父は、俺が息子だと気づかなくても、あの時抱いたニューハーフだと気づいたはずだ。
 親父は、ソファーに座ったまま押し黙っていた。しばらくして、お袋がお茶を持って戻ってきた。俺の顔をちらりと見ながら湯飲み茶碗をテーブルの上に置いた。
 「母さんは、向こうで待っていてくれないか?」
 「はい」
 お袋が応接室を出ていくと、親父は座り直して俺の顔をじっと見た。
 「あの時より、ずいぶん綺麗になったな」
 親父はやはり気づいていた。俺が少なくとも女ではなく、あの時のニューハーフだと。俺はごくりとつばを飲んだ。
 「よく戻ってきてくれた。戻って来ないかもしれないと思っていたんだ」
 (戻ってきてくれた? どういうことだ?)
 俺は、親父が何を言い出すか黙って聞いていた。
 「かずみ。すまない。お父さんのせいでこんなことになって・・・・」
 親父は、俺に向かって両手をついた。
 (お父さんのせい? お父さんのせい? お父さんのせい? お父さんのせい? どういうことだ? 俺に向かってお父さんと言うことは、俺が息子だとわかっているんだ!!)
 「上野に頼んで、おまえをニューハーフに仕立て上げて貰った張本人はわたしなんだ」
 「ええっ!!」
 驚きに、それ以上言葉が出なかった。
 (親父が、一人息子の俺を罠に掛けてニューハーフに仕立て上げるなんて。意味がわからない・・・・)
 親父は、唇をかみしめて、言葉を選ぶようにして話し始めた。
 「お父さんとお母さんが見合い結婚だと言うことは知っているな」
 俺は頷く。
 「母さんには、その当時つき合っていた男がいたんだが、公務員であるお父さんの方が、将来性があると親族に説得されてお父さんと結婚したんだ。お母さんは勿論、前の男のことは忘れて、お父さんを愛してくれた。
 結婚当時とお父さんとお母さんは、まるで恋愛結婚のように仲がよかった。お母さんは、今でもお父さんのことを愛してくれている。けれど、お父さんはお母さんの愛を疑っていた。
 ・・・・それは、おまえが生まれてすぐのことだった。おまえの血液型がA型だと知ったときだ。お母さんはO型で、お父さんはB型。A型のおまえが生まれるはずがないのだ。
 お父さんは、そのことをお母さんに問い質す勇気がなかった。ただ俺の子じゃないと思って悶々としていた」
 (ああ、そうか。そうだったのか。だから、子供の頃の親父は俺を抱いたり、遊んだりしてくれなかったんだ。今ようやくその原因がわかった)
 俺が親父の子供でないことを知って動揺はしていたけれど、なぜか納得していた。
 「おまえがお父さんに似ている似ていると言われるたびに、心の中でお母さんに対する憎悪が増してきたんだ。なんとしてでも、この屈辱を晴らしたいと。
 そんな日々が続いたある日、大学時代につき合っていた上野が家へやってきた。つき合っていたというのは、男友達という意味ではないんだ。お父さんと上野は、・・・・性的関係があったんだ」
 俺は、親父の言葉に一瞬息が詰まった。
 「上野は、今でこそ髪の毛が薄くなって髭も生やしているからホモのネコ役だったなんて言っても誰も信じてはくれないだろうけれど、大学時代は驚くほどの美人に変身していたんだ。お父さんは、初めは女だと思っていてナンパしたんだけど、いざベッドに入ってビックリしたよ。でも、あの時は少し酔っていてせいもあって、そのまま関係を持ってしまったんだ。
 大学を卒業してからも何年かはつき合っていたんだけど、お父さんの転勤が頻繁で、そのうち自然と別れてしまったんだ。
 その上野が、どこでどう調べたか、この家にやってきたんだ。お父さんに迫ろうとかそう言うつもりはなくて、ニューハーフになる若い男をスカウトしている途中でお父さんを見かけて訪ねてきたと言うことだった。お母さんには、大学時代の友人と言うことで紹介しておいた。
 上野の話を聞きながら、お父さんはおまえをニューハーフに仕立て上げようと決心したんだ。母さんへの復讐のためだ。息子がニューハーフになってしまえば、ひどいショックを覚えるだろうと思った。さらに、ニューハーフになったおまえと関係を持つことで、そのショックは倍増するだろうと持ったんだ。
 おまえが、東京に行きたいと言い出したとき、お父さんは一も二もなく賛成した。上野の罠の中へ飛び込もうとしているのだから、願ったり叶ったりだった。
 上野もおまえだったら、一流のニューハーフになれるだろうと太鼓判を押して引き受けてくれた。
 きっかけを作るのが難しいだろうと思っていたら、おまえはなんとニューハーフクラブに雇って貰うとしたというではないか」
 「・・・・あれは、アルバイトのつもりで」
 「まあ、いい。だから、上野はおまえを引っ張り込みやすかったと言っていた。その後、上野がおまえにどんなことをしたのかは知らなかったが、男に抱かれることが好きになったと上野に聞かされた。
 お父さんはそのことを確かめるために、おまえを抱きに行った。おまえと知らなければ、これほどすばらしいニューハーフはいないと思ったよ。セックスのテクニックに長け、男を喜ばすことに無上の喜びを感じているおまえを見て、お母さんへの復讐ができたと思った。
 しかし、・・・・しかし、お父さんは間違っていた」
 「何が?」
 「おまえはわたしの本当の子供だったんだ」
 ホントの子供ではないと言われたときより、さらに大きなショックを受けた。
 「ええっ! で、でも血液型が違うと」
 「あれは間違いだったんだ。それに気づいたのは、おまえを抱いてから一年も過ぎてからだ。職場の健診があって、血液型を調べたら、お父さんの血液型はABだと言うんだ。もう一度よく調べて貰ったら、Aの抗体が出にくいタイプで、しばしばBと間違えられるらしいんだ。その結果を聞いて、お父さんは愕然となった。それが本当だとすると、お父さんは、実の息子をニューハーフに仕立て上げた末に抱いてしまったことになると。
 おまえがホントの息子かどうかを調べるために、上野に頼んで、おまえの精液を取り寄せて貰って、DNA鑑定して貰った」
 「結果は?」
 「言わないでもわかるだろう? おまえは間違いなくわたしの子供だ」
 初めは、血液型が違うから親父とは親子関係がなく、復讐のために俺をニューハーフに仕立て上げて俺を抱いたと言うことに、驚きながらも一応は納得していた。しかし、親父とはホントは親子だったとなると事態は異なる。
 「おまえに詫びて、元に戻して貰おうと上野に頼んだ。しかし、上野が言うには、男の味を覚えたものはもう元には戻れない。おまえの場合は、特に無理だろうと言うことだった。お父さんは、ただ泣いたよ。お父さんのせいでそんな風になってしまったおまえに申し訳なくて。
 ただ、上野に頼んで、高級男娼として働いていたおまえを解放して貰った。お父さんにできることはそれだけだった。
 上野におまえの様子を観察させていたら、おまえは日下というドクターと懇ろになって、その男と結婚するために性転換しようとしていることを知った。そんなことは止めさせようと思ったのだが、上野が止めた。おまえを性転換させて、その男と結婚させてやった方が、おまえは幸せになれるだろうと言うんだ。
 迷ったよ。息子を失ってしまうんだからな。しかし、おまえと日下が楽しそうに歩いている写真を見て、お父さんは決心したんだ。やらせようと。
 おまえが性転換手術を受けた日、実はお父さんはおまえの手術を見に行ったんだ」
 「ええっ! 嘘・・・・」
 「ほんとだ。おまえが、男から女へ生まれ変わる瞬間をお父さんはずっと見ていた。あの時のことは今でも忘れないよ。お父さんが汚してしまったおまえが、綺麗になって生まれ変わったと思った。本当だ」
 親父の目から涙が落ちた。
 「おまえと日下さんの結婚話が順調に進み始めたことを知って、お父さんは是非おまえをこの家から嫁に出したいと思った。だから、おまえを養女という形で迎えることにしたんだ」
 「そうだったの」
 「すまなかった。お父さんのせいで、こんなことになって・・・・」
 「お父さん?」
 親父は、涙で濡れた目を俺に向けた。
 「わたし、お父さんを恨んでないわ。いえ、感謝しているくらい」
 「・・・・どうして?」
 「だって、あのままだったら、わたし、どんな人生を送っていたかわからないもの。きっととんでもない人生を送っていたわ。わたし、今は、とっても幸せよ。お父さんのおかげだわ。おとうさん・・・・。ありがとう」
 「和己・・・・」
 親父は俺を抱いて泣いた。
 「お母さんは? お母さんは、このことを知ってるの?」
 「おまえを養女に迎えるという話をしたときにすべてをうち明けたよ」
 「そう? 知ってるのね。・・・・あの、お父さんがわたしを抱いたことも?」
 「あ、いや、それだけは言っていない。言えなかった」
 「そう。よかった。それだけはお父さんとわたしの秘密にしておいてね」
 「ああ、わかってるよ。母さんを呼ぼう。待っているはずだから」
 「はい」
 お袋を呼ぼうとする前にお袋が応接室に入ってきた。話を聞いていたようだ。
 「和己」
 「お母さん・・・・」
 俺たちは抱き合って泣いた。
 「帰ってきてくれて嬉しいわ」
 「わたし、女になっちゃわ」
 「いいのよ。男でも女でも、わたしの子供に違いはないんだから」
 これが、これこそが母親の愛だと思った。
 「女になって、男だったときより、性格もよくなったみたいね」
 「そんなに性格、悪かった?」
 「ええ。ひどかったわ」
 「ひどい言い方」
 「ふふ。ホントに美人になったわね。若いときのわたしにそっくり」
 「ほんと? お父さん?」
 俺は親父の方を振り向いて聞いた。
 「いや、和己の方がずっと美人だ」
 「ありがと。そうだと思った」
 「そんなんことないわ。わたしの昔の写真を見せましょうか?」
 「あ、見たことないな。見せて」
 俺は生まれたときから娘のように振る舞った。俺は親父を恨んではいない。そう親父に告げたけれど、親父はまだ気にしているようだった。だから、俺はできるだけ明るく振る舞うことにして親父を安心させようとしたのだ。そうすることが、親に心配ばかり掛けてきた俺が親父にできるせめてもの親孝行だ。

 俺も一応女としてのたしなみはできると思っていた。だけど、お袋は口やかましく俺にいろいろと教え込もうとした。
 「もう・・・・。料理くらいできるって」
 「なら、やってみなさいよ」
 俺が料理をしてみせると、切り方が悪いの、味付けが悪いの言ってうるさいことこの上なかった。
 「男の人の・・・・喜ばせ方は大丈夫なのね」
 「任せなさい。それだけは、鍛えてあるから、お母さんには負けないわよ。ちょっと、教えてあげようか? フェラチオのうまいやり方」
 「ば、馬鹿。母親にそんなことを言う娘がありますか」
 「女同士でしょう? お父さんだって、喜ぶわよ」
 「い、いいわよ」
 「気が向いたら、言ってね。教えてあげるから」
 俺はペニスを頬張るジェスチャーをして見せた。

 それから二ヶ月後、俺と日下の結婚式が行われた。三原家の養女の結婚式と言うことで、三原家の親族も招待された。親族たちは、花嫁である俺のことを、仲人が和美さん、和美さんと呼ぶのを聞いて妙な顔をしていた。
 「行方不明の和己と同じ名前なの?」
 「同じ名前だから、養女にしたらしいわよ」
 「へえ」
 そんな会話が耳に入った。親父とお袋もうまいこと説明したものだ。

 親父に手を引かれてバージンロードを進み、日下の手に引き渡された。俺のウエディングドレス姿に、参列者は驚嘆の声を上げた。俺自身も、ウエディングドレスを着た俺は、この世のものとは思えないほど綺麗だと思った。
 神父の言葉を聞きながら、俺は夜のことを思った。性転換して以来、俺は日下は勿論、まだ誰とも寝ていない。つまり俺は処女なのだ。
 まだ一度も男を受け入れたことのない俺の秘部に、日下の雄々しいものが押し入ってくることを思うと胸が熱くなる。
 (ああ、早く夜が来ないかな?)
 「新郎は新婦にキスを」
 日下が俺の目の前に垂れ下がっているベールをあげて唇を合わせてきた。身体がじんとしびれた。
 「ママ。わたしにもチュウして」
 真那が足元で俺を見上げていった。
 「いいわよ」
 俺は真那を抱き上げて、ホッペにキスした。参列者から、喝采が起こる。
 (親父。見てくれ。俺は幸せだ。あんたのおかげだ。ありがとう)
 親父の顔はくしゃくしゃだった。
 「あなた。わたし、幸せ」
 日下が俺に向かって微笑む。
 「君のような美人で気の優しい人を嫁にもらえて嬉しいよ」
 そして声を落としていった。
 「夜は、娼婦に早変わりできるし」
 「ば・か」
 俺は真那の手を引いて、花吹雪の中を教会から走り出ていった。

 女をやるのは楽じゃない。その上、妻をこなし、母もやらなければならないのだ。生きていくのに楽なことなどありはしない。ただ、それを喜んで前向きにやれるかどうかだ。
 俺は、女になれたことを、妻となれたことを、母となれたことを喜んでいる。俺はこの状態をこよなく愛している。
 「さあ、今日も頑張らなくちゃ」