第九章 手記

 わたしは今、夫、薫・健一夫婦、薫の産んだ五人の孫、十二人の曾孫、三人の玄孫に囲まれ、死の床にある。八十二歳まで生きられるなんて、思ってもみなかった。わたしは幸せだった。思い残すことはない。ただ、言い残しておきたいことがある。話しておかなければいけない。
 わたしがアメリカで殺人を目撃し、そのために殺されそうになって、それを逃れるために性転換されたと言う話は、全部作り話だ。いくらFBIでもそこまではしない。
 性転換手術を受けたことは事実だ。しかしそれは、わたし自らが進んでしたことだ。短期留学は口実で、性転換手術を受けるため渡米したのだ。真二がわたしのことを好きなことは判っていた。わたしも彼が好きだった。女になって彼を受け入れるために手術を受けたのだ。
 わたしの女装癖は母のせいではない。わたしは小さい頃から、男であることに違和感を覚えていた。だから、女の子の服を着せられることにむしろ喜びを感じていた。名張から名古屋に出てきて、男の子の服装をさせられるようになったとき、いやでいやで堪らなかった。幸い姉の服がすぐに手に入るものだから、父母や姉に見つからないようにいつも女装していた。その方がなんだかしっくりして、安らいだ気分になったのを覚えている。姉に見つかったとき、もう女装ができなくなると悲しい気分になったけれど、姉が両親に言いつけることもなく喜んで女装を手伝ってくれたのには、わたしの方が驚いた。そんなわたしだったから、女になることに躊躇いはなかった。真二がいなくても、早晩わたしは性転換手術を受けたであろう。
 高校一年になってすぐ、女装してひとりで町に出た時、喜多川賢治という、中年の男性に声を掛けられた。おもしろ半分でついていったのはよかったけれど、彼のマンションで無理やり犯された。それまで、誰にも見破られなかったのにどうして判ったんだろうと聞いてみたところ、その趣味を持つものには判るんだといわれた。別れ際に彼は鞄の中から、札束をわたしにぽんと投げてよこし、もし今後も付き合ってくれるのなら、同じ額を出そうと言った。札束を数えてみると十万もあった。わたしはホモではなかったし、気は進まなかったけれど、手術の費用欲しさに月に二、三度彼に付き合った。
 渡米するのは、大学に入ってからの方が時間が取れて良かったのだけど、喜多川に勧められて服用していた女性ホルモンの影響で、高校三年になったあたりから、Aカップのブラジャーが必要なくらい胸が大きくなっていて、もう待てない状態になっていたのだ。それに真二もぼくを諦めて、本気で圭子姉さんに近づき始めたのも遠因となった。
 顔の整形も初めから予定していた。女らしい顔にするため、圭子姉さんの写真を持って行って整形してもらった。ドクター・ルーカスは本当に名人だ。圭子姉さんとうりふたつにしてくれた。
 手術後の病室での話は嘘偽りなく本当だ。あんな手術は二度と受けたくはない。生まれた時から女だったら、こんな苦労はしなくて済んだのにと何度思ったことか。
 手術が済んだら、わたしは日本に帰って、真二と家出して一緒に暮らすつもりでいた。ところが、ジャッキーに紹介されて出会った日系人のミユキ・タカハシと言う女性がわたしの運命を変えた。彼女は根っからのレスビアンで、わたしが性転換者だと知ると興味を持って、わたしに迫ってきた。わたしが拒否すると、日本に居る家族に知られてもいいのか、と脅しを掛けてきた。仕方なく二度ほど付き合ったものの、ずっと続けていく気はないし、彼女に縛られるのがいやで、もう殺すしかないと思いつめた。年齢はひとつ上だが、うまいことに彼女は、背格好も顔もわたしに良く似ていて、一緒にいると姉妹と間違えられるほどだった。殺すついでに彼女の女の身分証明書を手に入れようと目論んだ。
 わたしは、レンタカーをわたし名義で借りて、口実をつけて彼女をドライブに誘い、郊外で絞め殺した。彼女の身分証明書を奪い、死因と性別が解からないように車ごと火をつけて、黒焦げにした。ホテルにわたしのパスポートを残していたから、黒焦げの死体はわたしとして日本に送られた。
 ほとぼりを冷ますためもあって、ミユキ・タカハシの身分証明書を携え、サンディエゴへ向かった。その時、駅前で声を掛けられたのが、他でもない喜多川賢治だった。彼は美術商をしており、サンディエゴを拠点に世界中を駆け回っていたのだ。顔の整形手術もしているのに、二年以上も付き合っていたせいか、すぐにわたしと判ったらしい。滞在費用が底を尽きかけていたので、渡りに船とばかりに彼の世話になった。
 喜多川は、初めの頃は、お手当てのほかに、ドレスや宝石を買ってくれて優しく、夜の相手も週に一度くらいだったから、結構満足していた。ところが、だんだん本性を出してきて、わたしをロープで縛ったり、ろうそくを垂らしたりして、SMプレイでわたしをいたぶるようになった。日本でもちょっとその傾向はあったけれど、そう酷くはなかった。一度は逃げ出したけれど、すぐに見つけられて連れ戻され、またもや言うことを利かなければ、日本の家族にばらすと脅された。しかもわたしが、ミユキ・タカハシの身分証明書を手に入れた方法にうすうす気づいているようだった。
 わたしは、彼がいない昼間に女の武器を使って手なずけておいた、ロバート・スチュワートという男を使って、自動車事故に見せかけて、喜多川を殺すことに成功した。うまいことにロバートもその事故で死んでくれた。一石二鳥とはこのことだった。うまくいったらロバートも殺すつもりでいたから・・・・。
 この時、何故か喜多川はわたしを受取人として生命保険に入っており、わたしは六十万ドルという大金を手にした。彼は天涯孤独だと言っていたが、もしかしたら、あんな形だったけれど、わたしを本当は愛してくれていたのかもしれない。もはや確かめようもないけれど・・・・。喜多川がわたしに優しいままであったなら、わたしはそのままサンディエゴで喜多川の妻として暮らしていたかもしれない。ミユキ・タカハシの身分証があったから、正式に結婚することが可能だったのだから。
 サンディエゴにも居られなくなり、サンフランシスコに移り、部屋を借りてミユキ・タカハシとして暮らした。より女らしくなるために花嫁学校へ通って、料理や編み物の仕方を覚えた。
 しかし二ヶ月もすると、日本に帰りたくなった。真二に会いたくなった。寂しくなった。ミユキ・タカハシとして日本に帰っても良かったのだが、圭子姉さんと真二が結婚したと喜多川から聞かされていた。わたしが生きていることを真二にだけは知らせておくべきだった。そうすれば、真二が圭子姉さんと結婚するなんてことはなかったはずだった。圭子姉さんと結婚している以上、真二と大っぴらに会うことが出来ない。圭子姉さんが真二と結婚していなければ、わたしはミユキ・タカハシとして真二と結婚できたはずだし、圭子姉さんを殺して入れ替わるなどというアイデアも浮かばなかったに違いない。ミユキ・タカハシを殺した頃からわたしは少しおかしくなっていたのだと思う。
 圭子姉さんを殺して入れ替わるために、ミユキ・タカハシの名前を使って、西条薫をロサンゼルスで見掛けたという手紙を届け、ロサンゼルスのホテルに圭子姉さんを呼び寄せた。
 圭子姉さんはわたしの姿を見てびっくりしていたが、例の話を信じたようだった。あの事件そのものは現実にあったもので、日本人の少年の目撃者も居た。その少年がわたしであるかのように話して聞かせただけだ。違うのは、彼は本当に撃たれて死んでしまったことで、その後のことはわたしの作り話なのだ。
 その架空のサンディエゴの養父母に会ってきてよ、と圭子姉さんにうまいことを言って、わたしの服を着せてベランダから突き落とした。ミユキ・タカハシの身分証明書を部屋に残し、わたしは圭子姉さんのパスポートを持って、変装して裏口から逃げた。もちろんホテルの部屋はミユキ・タカハシ名義で取ってあったし、二人一緒のところは誰にも見られていなかったから、翌日の新聞には、日系人女性のミユキ・タカハシが誤って転落死したとの記事が小さく載っていた。写真が出ていないので、ほっとした。写真が出ても、ミユキ・タカハシとわたしたちは良く似ているので疑われることはなかっただろう。ディズニーランド近くのホテルに観光客のような振りをして三日ほど滞在し、ほとぼりが冷めるのを待ってから日本へ帰った。
 日本に帰った時、薫の出生の秘密がばれそうになっていたのにはちょっと焦ったが、真二がうまくやってくれていた。両親は誤魔化せたが、真二はすぐにわたしが薫だと気づいて、嬉しそうにわたしに迫ってきた。わたしは、生理だ、何だかんだと言って真二をじらしてやった。真二が圭子姉さんと仲良くやっていたなんて許せなかったから。圭子姉さんを殺してしまったのも、多分に嫉妬があったのだと思う。私自身、喜多川やロバートと関係を持ちながら、自分自身のことは棚に上げてわたしもずいぶん悪い女だ。
 わたしの気が済んでその気になって誘ったら、真二は喜んでわたしとのセックスを楽しんだ。最初の夜は、わたしの体をすみからすみまで調べまわすので閉口したけれど。真二は、圭子姉さんがどうなったか、聞きもしなかった。
 圭子姉さんが本当の姉でないのは、中学校の頃圭子姉さんから聞かされて知っていた。渡米の前日、圭子姉さんと関係を持ったのは、自分の子供を残しておきたかったからだ。あの日、セックスをすれば圭子姉さんが確実に妊娠することをわたしは知っていた。圭子姉さんは几帳面で、部屋のカレンダーに生理が始まった日を記してあったからだ。ただ、飲み続けていた女性ホルモンのせいで、わたしのペニスはどんなに卑猥な写真を見てもピクリともしなかった。しかし、ドクター・ルーカスの指示で、手術の少なくとも二週間以上前には服用を止めるように言われていたため、あの日は可能だった。わたしが女性ホルモンを飲んでいたことは圭子姉さんも知っていた。疑似レズプレーをしている最中、わたしのペニスは勃起することなどなかったから、油断していた圭子姉さんはビックリしていたようだが、既にことが終わった後だった。女性ホルモンのせいで、精子の数も減少すると言われていたから、妊娠は賭けのようなものだったが、わたしは賭けに勝った。そして子孫に恵まれた。
 ドクター・ルーカスも本当は殺そうと思って出掛けて行ったのだ。西条薫は死んだことになっていたのだから、ドクター・ルーカスは放っておいても良かった。しかし、彼はわたしの秘密を知る唯一の人間だ、という強迫観念がわたしに殺意を抱かせた。
 いや、それだけではないのだ。彼には恨みがあるのだ。退院の日、わたしはあの黒のスリップドレスに着替えて化粧をしていた。あのドレスは、手術が終わって、自分が女になったことをひけらかす為に着てみようと日本から持っていったもので、パンティーが覗かれるのは承知の上だし、そのパンティーにしても股間をやっと隠す程度に小さく、かなり透けて見えるものを穿いていた。わたしは鏡に映った自分の姿を眺めながら、ひとり悦に入っていた。その時、彼が病室にやってきて、きみの女としての機能をチェックしようといって、わたしを強引に犯したのだ。真二に最初にあげようと思っていたバージンを奪われたのだ。医者の風上にも置けないやつだ。その時から、彼に対する殺意はあったのだが、チャンスがなかった。
 当日はレストランなど行っていない。ドクター・ルーカスと会っているところを人に見られたくなかったから、郊外のモーテルで待ち合わせをした。もちろん、誰もわたしとの待ち合わせのことは言わないように甘い声で頼んでおいた。
 六十六歳だというのに彼は若い時と変わらず、非常に魅力的だった。そして好き物だった。わたしが誘うと一も二もなく、わたしをベッドに押し倒した。油断させておいて殺そうと思っていたのだが、彼は二度目の行為の途中で心臓麻痺を起こして死んでしまった。いわゆる腹上死というやつだ。性転換したわたしの腹の上で死ぬなんて、さすがに性転換手術のプロだ。
 わたしは、ドクター・ルーカスも入れれば、五人の人間を殺したことになる。わたしはもうすぐ死ぬが、死んだら、きっと地獄に落ちるだろう。でもそれでも良かったと思っている。後悔はしていない。悪いのはみんな神様だ。わたしを男としてこの世に誕生させた神様がいけなかったのだ。



第九章終了