薫に付き添ってわたしは、渡米した。薫の看病もあったが、ドクター・ルーカスにお礼も言わないで帰国したことがこの十八年間、気になっていたのだ。会って、お礼を言いたかった。薫の手術がうまく行って、落ち着いたのを見計らって、ドクター・ルーカスに電話をした。ドクターはひどく喜んで、ディナーを一緒にと言われた。
わたしは、渡米する前に新調したドレスを着て、イヤリング、ネックレスをすると、普段は滅多にしない香水を振り掛けて、ドクター・ルーカスの待つレストランへと向かった。レストランへ着くと、ドクター・ルーカスはすぐにわたしに気がついて、手を挙げて近づいてきた。
「ミユキ、久しぶりだな。君は死んだと聞かされていたから、電話をもらった時はビックリしたが、こうして会えて嬉しいよ。しかし、ぜんぜん変わらないね。いや以前より遥かに奇麗になったね」
「ありがとう、ドクター・ルーカス。今はミユキじゃなくて、ケイコ・オオタです。ケイコって呼んで」
「ケイコか、判った。わたしもジョンでいいよ」
「ジョン、わたしもうすぐ四十歳よ。ずいぶんおばあちゃんになったでしょう?」
「いや、そんな事はないよ。まだ二十代でも通るよ。日本人は若く見えるから」
「まあ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。でも、わたし、孫がいるんですよ」
それから、ディナーを取りながら、わたしはドクター・ルーカスに帰国したいきさつと、日本での出来事を話した。ドクター・ルーカスは驚いた顔をして聞いていた。
「何が起こるか判らんとは言ったが、君の人生はすごいの一言に尽きるな」
「ジョン、まだ人生は長いわ。この先何が起こるか判らないわ」
「その通りだね。ところで、君を診察させてくれないか?」
「いいですとも、ジョン。診察だけでいいんですか?」
「何か希望があるのかね」
「以前、わたしとしたいっておっしゃらなかったですか?」
「あ、いや。そんなことを言ったかな?」
「おっしゃいましたよ、二度も」
「ちょっとした冗談だよ。自分の作品に手を付けるのは主義に反するから」
「冗談だったんですか。わたし、十八年も悩んだんですよ。いつかお礼に一晩付き合わなくちゃってね。夫が亡くなって、こちらに来るチャンスが出来たから、約束を果たそうと思ってましたのに」
「君のような美人に誘われるのは嬉しいよ。しかし残念だが、主義を変えるつもりはない。ごめんよ。じゃあ、わたしの診療所まで来てくれるかい?」
「喜んで」
わたしを診察したドクター・ルーカスは、感慨深げだった。
「信じられないよ。自分のしたことなのに目の前にあることが信じられない。ほんとにきみはあのミユキなのかい? まさか死んだのがミユキで、きみはお姉さんの方じゃないのかい?」
「それほどうまくいってるんですね」
「あの時でも、最高の出来栄えだとは思ったが、これほどになるとは思ってもみなかったよ」
「ありがとう、ジョン。あなたのお陰で、わたしは幸せです。これからもっと幸せになりますわ」
「うれしいよ。君に会えて。こんなに興奮したのは久しぶりだよ」
わたしはうきうきして、薫の待つ病室に帰った。
実は、あの後、ワインの酔いに任せて、わたしはドクター・ルーカスの主義を変えさせたのだ。彼は、わたしの記憶に間違いなければ、六十六歳だというのに精力絶倫で、わたしは何度も達してしまった。久しぶりに満足した夜だった。別れる時の彼の言葉が耳から離れない。
「ケイコ、君は外見はもちろんだが、機能的にも女以上に女だよ」
薫と帰国するとすぐに診断書を持って、裁判所に薫の性別の変更を申し出た。二ヶ月ほどして、性別変更が受理され、薫は名実ともに女になった。いや、薫が女なのは外見だけで、性格から仕草まで男そのものだった。わたしは苦労して薫を訓練した。薫も健一さんが余程好きだったに違いない。半年もすると、どこから見ても女になった。
その年の秋、わたしは真一さんと挙式した。圭子は二度目の結婚だが、私自身にとっては初めての結婚式で、とくにウエディングドレスを着た時は、感激のあまり、涙があとからあとから沸いてきて、化粧がぐしゃぐしゃになってしまった。事情を知らない親族は、再婚の癖してと思ったに違いない。薫には冷やかされてしまった。
真一さんも真二に負けず劣らず優しくて、しかも真二よりうまいのだ。わたしは以前にも増して女を楽しんでいる。
薫を女として自立させるために、女子校に編入させた。以前あのジャッキーが、女友達を作るのが、女として生きることを学ぶ早道だと言っていたのを思い出したからだ。その目論見がうまく行って、薫はどんどん女らしくなっていった。
大きな誤算は、まさかと思った薫の妊娠だ。生理がきちんとあるのだから妊娠するのは当たり前なのだが、避妊の仕方をきちんと教えておかなかったのは失敗だった。ただ、相手が健一君だから、別に問題はない。どの道結婚させる積もりでいたから、少し早まっただけだ。できれば、短大くらいは卒業させてやりたかったのだが・・・・。
薫の結婚式は、自分の結婚式よりも感激して、また涙、涙だった。薫はわたしにそっくりで、まるでわたしがまたウエディングドレスを着ているような錯覚を覚えた。薫のお腹が日増しに大きくなっていくのを、まるで自分が妊娠したように感じ、喜びでいっぱいだった。薫を女にして良かった。
薫は、今わたしの横で生まれたばかりのわたしの孫におっぱいをやっている。妊娠しておなかが大きくなった時、苦しい、女なんかにならなきゃ良かったとぼやいていたのが嘘のように幸せな顔をしている。そんな娘と孫をわたしは再婚した真一さんと、傍でにこにこして見ている。わたしはほんとに幸せだ。