第七章 薫 その二


 わたしは、高校二年の三学期が終わると休学して、五月の連休明けに、母に付き添われて、渡米し、ドクター・ルーカスの愛弟子のドクター・ローズマンの手術を受けた。わたしの体の中には、男性ホルモンと女性ホルモンが、同時に出ていたのだが、どちらかというと女性ホルモンの方が優勢で、ペニスは萎縮気味となる一方、乳房はちょっとづつ大きくなり始めていた。本当のところ、わたしのペニスは勃起しても五センチ余りしかなかったので、男のままではいたくなかったというのが隠さざる真相だ。そんなペニスでもいざ自分のものがなくなってしまうと、ひどく悲しい気持ちがして、手術後、自分の股間を初めて見た夜は、一晩中泣いてしまった。母もきっと同じ思いをしたに違いない。いや、彼女は本当の男だったから、わたしよりもっと悲しかったに違いない。
 術後の検査で、わたしの卵巣は十分機能しており、子宮も正常の大きさだから、立派な子供が産めるだろうといわれて、複雑な気持ちだった。でも大好きな健一さんの子供を産めると思うと胸が高鳴った。
 母は、わたしの手術が済んで三日目の午後、どこかへ電話していた。夕方になるとそわそわしだして、ちょっと出掛けてくるという。
 「母さん、どこ行くんだい? こんな時間に。こちらに知り合いはいないだろう?」
 「話さなかったかしら。お母さんは、ドクター・ルーカスに借りがあるの。日本に帰る時のね」
 「借りって、確かベイカー捜査官に連絡を取ってもらったこと?」
 「そうよ。ドクター・ルーカスに会ってお礼をして、きっちり借りを返しておきたいのよ。じゃあ、行ってくるわ」
 母は、午後十一時頃ほろ酔い加減で帰ってきた。嬉しそうにわたしの頬にキスして眠ってしまった。何があったんだろう。わたしの口から聞くのは躊躇われた。


 帰国して、私たち母娘は、祖父母を名古屋に置いて、福岡の真一おじさんのうちへ移り住んだ。わたしの女としての再出発は、名古屋でない方がいいだろうという配慮もあった。わたしは母から女としての仕草や話し方を徹底的に教え込まれた。これまで、出来る限り男として振る舞ってきたわたしには苦痛でならなかったが、一生懸命女に慣れようと努力した。とくにスカートを穿くのは抵抗があった。だけど、それよりももっと苦痛だったのは、ダイエットだ。だけど、健一さんのために耐えた。
 その年の秋、母は結婚式を挙げた。内輪の小さい結婚式だったが、母は初めから終わりまで、涙、涙であった。考えてみれば、母はウエディングドレスを着るのは初めてだったのだ。まるで処女のような初々しい母であった。わたしも早くウエディングドレスを着てみたい。
 三,四ヶ月に一回、わずかにあった生理が、手術後、だんだん間隔が狭くなって、母の結婚式が終わったころから、きちんと月に一回あるようになった。わずらわしいけど、女になったんだからしょうがない。女である証拠なんだから。
 年が明けて、わたしは福岡のミッション系の女子高校へ編入した。周りが女ばかりだと言うのは、かなり違和感を覚えるが、自分もその一人だし、女に慣れる早道であろう。だけど、博多弁はどうも馴染めない。これも慣れるしかないけど・・・・。
 手術後一年もならないのに、手術前にも少し膨らみかけていた乳房が急速に大きくなり、今では重いくらいだ。ダイエットの効果も申し分なく、モデルにだってなれる。と、自分ひとりで思っている。
 五月の連休に京都から帰省した健一さんは、わたしのセーラー服姿を見て、とても嬉しそうだった。健一さんには手術を受けに行く前に、母からわたしの体の話を正式にしてもらった。自分で言うはずだったのに、断られたらどうしようと、話す勇気がなくなって、結局母に頼んだ。その時健一さんは、わたしが本当に女になれることを知って、万歳をしてわたしに抱きついてきた。そして結婚を申し込まれた。いつでも結婚できるけど、短大くらい出たかったので、それまで待ってもらうことにしている。


 早いもので、今日はわたしの卒業式だ。卒業証書を入れたケースを持って、涙を流すセーラー服のわたしを健一さんが優しく迎えてくれた。健一さんとは、四月のわたしの二十歳の誕生日に結婚式を挙げることにしていた。実は、去年のクリスマスイヴをふたりで過ごし、出来てしまったのだ。母に報告したら怒られたが、顔は笑っていた。
 名古屋時代の悪友に結婚するからと、電話をした。出来るだけ声のトーンを落として、男のようなしゃべりかたで・・・・。
 「ちょっと、遠いけど、来てくれるかなあ」
 「相手は美人か? まだ、二十歳だろう? 早すぎるんじゃないのか? まさか出来たとか?」
 「来てみたら判るさ。びっくりするよ。優次、済まないが、大地にも連絡しておいてくれないか?」
 「判った。必ず、ふたりで、お祝いに行くよ」
 二人には、わたしが女になってしまったことを話していない。きっとビックリするだろうな。
 結婚式当日、飛行機が遅れて、披露宴に遅れて着いたふたりは、きょとんとしていた。新郎の席にわたしがいなかったから、会場を間違えたと思ったらしい。仲人が挨拶を始め、新婦がわたしだと紹介されて目を丸くし、口をあんぐりと開けていた。会食が始まるとふたりしてわたしのところへ飛んできた。
 「おまえ、薫だよね」
 「うふふ、薫本人ですよ」
 「どうなってんだ。まさかドッキリカメラじゃないだろうな」
 ふたりは未だに信じられないという顔をして、あたりをきょろきょろ見回した。
 「ほんとよ」
 「おまえ、男じゃなかったのか?」
 「男だったら、新婦になれないでしょ」
 「おまえ、女だったのか?」
 「その通り。びっくりした?」
 「ビックリするも何も。信じられないよ。確かにおまえは女みたいだったし、おかまちっくなんて良く言われたけど、ほんとに女だったなんて」
 そう言いながら、優次はウエディングドレスからのぞくわたしの胸元をじっと見た。
 「隠しててごめんなさい。手違いで男として育てられたから、あの頃は自分でも男だと信じていたのよ」
 「そうなのかい。イヤーびっくりしたなあ。それにしても、おまえ、こうしてみるとえらい美人だなあ。こんな事なら、おまえに言い寄っとくんだった」
 「あの頃はわたしは男だったのよ。男に言い寄るの?」
 「あ、いや、そういうわけじゃあ。あの頃、おまえのおっぱいもそんなに大きくなかったしなあ」
 「ふふふふふ。そんなにじっと見ないでよ。恥ずかしいから。とにかくありがとう、遠いところ来てもらって」
 「いや、一生思い出に残る披露宴だな。なあ、大地」
 「うん。こんなことは二度とないだろうからな」
 「二度もあって堪るか。まさか、大地、おまえは男だろうな」
 「馬鹿言うなよ。この前、一緒に風呂に入ったじゃないか」
 「九月に子供が産まれるから、写真送るね」
 「げっ、やっぱり出来てたのか」
 「大きな声出さないで、まだ内緒なんだから。優次の予想は、わたしが誰かを妊娠させた、でしょう」
 「うん、ちょっと違うけど、当たりは当たりさ。とにかくおめでとう。今後もずっと付き合ってくれるのかい」
 「もちろんよ。いい友達としてね」


 九月十日やっとの思いで、女の子を産んだ。恵と名づけた。母は四十前だと言うのにおばあちゃんになってしまった。夏の間、大きなお腹を抱えて、こんなに苦しいのなら女になるんじゃなかったと愚痴をこぼした。だけど、生まれた瞬間のあの開放感は、セックスのエクスタシーなんか遥かに及ばない。生まれるまでの苦しい十ヶ月がなかったら、何十人でも産んでみたい。そんな気になる。この気持ちは、男には絶対判らないだろう。
 それに、恵におっぱいをやる時の心地よさ。時々乳首を噛まれて泣く思いもするけど、母が言ったように、おっぱいをやるということで、「ああ、わたしは母親になったんだ」と実感できる。わたしが恵におっぱいをやっているのを父と母が傍でにこにこしながら見ている。ほんとに女になって良かった。



第七章終了