第8章 彼女に気に入られなくちゃ

 午前7時前に目を覚まして、島本香を起こさないようにそっとベッドを抜け出して、眠る前に命令されていた朝食の準備に掛かった。
 米を研いで電気釜に入れてスイッチを入れ味噌汁を作った。煮干しで出汁を取り、化学調味料を加えて、揚げを刻んで一煮立ちさせてから味噌を溶かし、豆腐とネギを入れた。
 (美味しいって言ってくれるかな?)
 飯の炊けるいい匂いがし始めた頃、彼女がベッドルームからやってきた。
 「いい匂いね?」
 「もうすぐ食べられますから」
 「顔、洗ってくる」
 男っぽい態度を取っているけれど、顔は女の子らしく丁寧に洗っていた。戻ってきた彼女に飯の入った茶碗を差し出す。うんと言って俺の手から茶碗を取って食べ始めた。俺は彼女の様子をジッと窺った。
 「どうしたの? あなたは食べないの?」
 「あ、いえ、食べます。どうですか? 味の方は?」
 「いいわよ。結構行ける」
 「よかった」
 俺も箸を手に取った。いいできだと思った。彼女が食べ終わりそうになったので、俺は熱いお茶を入れてやった。
 「ありがとう」
 ニッコリ微笑んでくれた。彼女が喜ぶことなら何でもやってやりたい。そう思った。俺は彼女の虜だ。身も心も彼女に縛られている。
 「香さん、来週も来ていいですか?」
 当然いい返事が貰えると期待していたのだが、あまりいい顔をしなかった。
 「来るのなら来てもいいけど・・・・」
 「あまり歓迎じゃないんですか? 何か不満でも? 俺が男だからですか?」
 「・・・・ちょっと関係ある」
 「ちょっと?」
 「うん。女装したあなたは可愛いし、行き顔もいいんだけどね」
 「じゃあ、ペニスがあるから?」
 「ペニスがあるってことはあんまり問題じゃないの」
 「何が問題なんですか? どこか悪いところがあるのなら直しますけど」
 彼女はちょっと考え込んでいる。黙ってお茶を啜ってから口を開いた。
 「問題は身体の固さね」
 「身体の固さ?」
 「そうよ。あなたの身体が女に子みたいに柔らかかったら、何にも不満はないんだけど・・・・」
 「・・・・女の子みたいに柔らかかったらですか・・・・」
 「そうよ」
 俺は彼女に嫌われたくなかった。もっと好かれたかった。どうしたら、女の子みたいに身体を柔らかくできるだろうかと俺は考えていた。
 「女性ホルモンを使いましょうか?」
 考えた末に俺はそう言った。
 「そうね。そうすれば柔らかくなるでしょうね」
 「じゃあ、女性ホルモンを使って女の子らしくなります。そうしたら、毎週来てもいいですか?」
 「いいわ。・・・・でも、お金があるの?」
 「あ、そうか・・・・」
 一日8時間働いているけれど、バイトに毛が生えたようなものだ。女性ホルモンを手に入れるような余裕はなかった。
 (酒を止めれば大丈夫かな? 酒は止めたくないし。それとも、彼女にお金を出してもらおうか? そんなこと無理だよな)
 「あなたが本気で女性ホルモンを使うつもりなら、ここに越してくる?」
 「えっ? このマンションにですか?」
 「そうよ。そうしたら、家賃が浮くでしょう?」
 「でも、いいんですか?」
 「もちろん、家賃代わりに家事をやって貰うことになるけど」
 「それくらいならやれます。ホントにいいんですか?」
 「わたし、家事が大嫌いなの。だから、あなたがやってくれるって言うのなら、大歓迎よ」
 「じゃあ、そうします」

 そう言うわけで、俺は島本香のマンションに転がり込むことになった。女性ホルモンなど使ってもいいのだろうかという思いも過ぎった。けれど、彼女のそばにいられると言うことがそんな考えを心の中から追い出していた。翌々日の彼女の休みの日に店を休んで俺は引っ越した。
 引っ越しが済んだ夜、俺は女装して彼女に縛られ、ペニスバンドで桃源郷へと導いて貰った。

 俺と彼女の奇妙な共同生活が始まった。俺は午前7時前にベッドから抜け出て朝食の準備をして彼女に食べさせる。彼女が出勤していった後、洗濯・掃除をして、近所のスーパーに買い出しに行って来る。昼食はラーメンとか焼きそば、焼きめしなどですませて、しばらく仮眠を取る。それから夕食の準備をして、レンジで温めたらすぐに食べられるように準備をすませから俺の出勤となる。午前2時過ぎに帰ってきてから、シャワーを浴びて彼女の隣に滑り込むという生活サイクルだ。酒など飲んでいる暇はない。多少は飲むことはあっても、正体を失うほどは飲まなくなった。
 普通の日は、彼女も疲れているからただ抱かれて眠るだけだ。彼女が休みの日には、俺が出勤するまでの間、午前中を中心にプレーをやった。俺が休みの日には、彼女が帰ってきてからだった。
 週に2回だったけれど、俺は満足していた。もちろん彼女も満足してくれているようだった。

 同居が始まって2週間ほどして俺は気になって彼女に尋ねた。
 「あのう、香さん?」
 「なに?」
 「お姉さんは? お姉さんはどうしてるんですか? ぼくがいない間に来てるんですか?」
 「わたしが浮気しているとでも思ってるの?」
 「いえ。そう言う訳じゃ」
 そう答えたものの、多少は『お姉さん』に対する嫉妬もあった。俺の知らないところで、あの『お姉さん』と彼女がセックスしているのではないかと思うと苛立ちを禁じ得なかった。
 「お姉さんは、入院しているわ」
 「入院しているんですか?」
 「そう」
 「何の病気で? 元気そうだったけど」
 殺しても死なないような感じだったから、入院していると聞いてびっくりした。
 「肝臓を壊していてね。長期入院になりそうって言ってたわ」
 「肝臓をですか」
 「だから心配しないでいいわ。わたし、同時にふたりを愛するほど起用じゃないから」
 「安心しました」
 それから数日後、『お姉さん』が死んだと聞かされた。若いのに可哀相だと思ったけれど、これでライバルが完全になくなったと俺はホッとしていた。

 「今日は目隠しをして、やろうか?」
 ある日、彼女がそんな提案をした。俺と彼女のセックスライフもマンネリ化してきたと思っていたので、俺は一も二もなく賛成した。縛られ目隠しされていると、次に何をされるかわからないから、ものすごく興奮した。スッと触られるだけで行きそうになったりした。縛られたまま彼女が扉を開けて部屋を出ていく音がして、数時間も放置されてしまったときには、不安で押しつぶされそうになった。けれど、戻ってきた彼女の吐息を頬に感じたときの安心は表現できないほどだった。
 俺は目隠しプレーにはまり、毎回目隠ししてくれるように彼女に頼んだ。

 そんなある日のこと、縛られ目隠しされた上でバックから挿入された。
 (あれ?)
 何だか感触が違った。挿入されたものに暖かさを感じた。俺の腰を押さえている手が心なしかごつごつしているようだった。
 絶対に彼女ではなかった。俺にアナルファックしているのは男だった。間違いなかった。抵抗しようにも縛られているから身動きはできず、猿轡も填められていたから叫ぶこともできなかった。俺はその相手に身を任せるしかなかった。
 男だとわかっていたけれど、激しく突かれるうちに俺は上っていき、いつものように絶頂を迎えた。ペニスバンドと違って、俺の中でぴくぴくと痙攀するペニスの感触が何とも言えなかった。
 目隠しを取られたとき、彼女の他には部屋の中には誰もいなかった。彼女は何も言わなかった。だから、俺も聞かなかった。
 俺にファックしたのは男だろうと聞いてどうなるというのだ? 彼女が望んだからこそそうしたのだ。事前に知らされたとしても俺は承諾せざるを得なかっただろう。
 月に一度ほどそんなことがあったけれど、俺は何も言わなかった。彼女は俺が男にファックされて喘ぐのを見て喜んでいたに違いない。俺は彼女が喜ぶならなんでもする。彼女に嫌われたくなかった。

 週に一度の女性ホルモンの注射と、毎日朝晩飲むプレマリンとプロベラのせいで、俺の身体は急速に女性化していった。
 「柔らかくなったわね」
 彼女に身体を撫でながらそう言われると嬉しくなった。
 「人工乳房じゃなくて、パッドにしましょう」
 Aカップに育った胸を揉まれるとものすごく感じた。勃起力も射精の勢いもなくなってきたけれど、快感は倍増したような気がする。
 (女性ホルモンを使ってよかった)
 そう思っていたけれど、店の同僚たちに変な目で見られるようになっていた。髪を伸ばしたからと言ってがたがた言われる職場ではないけれど、そのころの俺の髪型は女の子そのものだったし、女性ホルモンのせいで体つきも女の子に近づいていたから、そんな目で見られて当然だった。
 「小林君、大丈夫なのか?」
 店長が心配して俺に聞いた。
 「何がですか?」
 「おまえ、女になろうなんて思っていないだろうな?」
 「そんなつもりはありませんよ」
 即座にそう答えた。女装し、女性ホルモンを口にし、女のようにペニスバンドで行かされてはいるけれど、女になろうなんて思ったことはなかった。
 「なら、その下着の線は何なんだ?」
 ブラジャーが透けて見えていた。
 「これは趣味ですから」
 「趣味ねえ。下着女装って言うヤツか?」
 店以外では女装しているなんてことは言う必要はなかった。
 「別にかまわないでしょう? 迷惑掛けている訳じゃないですから」
 「迷惑というか、お客から苦情が来ててな」
 「苦情? 何の苦情がですか?」
 「おまえの店は、おかまを雇ってるかってね」
 「関係ないでしょう?」
 「客商売だから、困るんだよ。そんな下着を身に着けてくるのを止めるか、この店を辞めてくれ」
 次期店長として信頼の厚かった俺にそうまで言うところを見ると、かなりの苦情が来ているようだった。
 「わかりました」
 「そうか。じゃあ、そんな下着はもう付けてくるなよ」
 「いえ、そうじゃなくて、店を辞めさせて頂きます」
 「えっ! おい、店を辞めるなんて」
 店長の顔と言ったらなかった。まさか店を辞めると俺が言い出すとは思ってもみなかったのだろう。
 「仕事より趣味の方が大切です。店長には申し訳ありませんが、今日限りで辞めさせて頂きます」
 「オイ、正気か?」
 「正気です。すみません、お世話になりました」
 俺はそのまま店を出た。

 彼女は既に帰宅して食事を済ませていた。俺がドアを開けると驚いた表情を浮かべた。まだ戻る時間ではなかったからだ。
 「どうしたの? 早引きしたの?」
 「イエ、違います」
 俺は彼女に店での店長との会話を話した。
 「辞めちゃったの?」
 彼女が呆れ顔で言った。
 「はい」
 「困った人ね」
 「すみません」
 「生活費はともかく、女性ホルモンを手に入れるお金くらいは稼いで貰わないと・・・・」
 「そうですよね」
 俺には目論見があった。そう。あのことを持ち出すのだ。
 「月に一度ほど、香さんじゃない人が俺にファックしましたよね」
 「まさか! 誰がそんなことをするって言うの?」
 彼女は少し伏し目がちに答えた。
 「誤魔化してもわかります。あれはペニスバンドじゃないし、それに俺の直腸に残されていたザーメンが何よりの証拠です」
 俺はシャワーを浴びるとき、直腸に指を入れて、ザーメンが俺の体内にあることを確かめていたのだ。
 「・・・・いつからわかっていたの?」
 バツの悪そうな表情をして、俺を上目遣いに見る。
 「最初からです」
 「そう・・・・」
 彼女は下を向いた。
 「あれは誰ですか?」
 「うちの会社の専務よ」
 「香さんのデパートの?」
 「そうよ。飲み友達なの」
 「ただの?」
 俺は嫉妬混じりの口調で尋ねた。
 「もちろんよ。あ、何を疑ってるのよ。わたしは男には興味がないし、・・・・あなたは別よ。あなたはわたしにとって女と同じだから。うん。あの人は女には興味がないのよ。だから、妙な関係にはなり得ないでしょう?」
 「その人、ホモなんですね?」
 「そうよ」
 俺はその言葉に安心する。
 「どういう経緯で俺とファックさせたんですか?」
 「酔った弾みでポロッとあなたのことを話してしまって。ビデオを見せたら、興味を持ってね。どうしてもって言われて。もしあの人の願いを聞き入れないと馘首にするって暗に言われたの。だから・・・・。黙ってて悪かったわ」
 「いいです。香さんがそうしろと言えば、言われるとおりにしていましたから」
 「よかった。・・・・あ、もしかして、彼からお金を貰おうというの?」
 「香さんがイヤじゃなかったら、香さんのいないときに相手をしてもいいです」
 「わたしじゃ、満足できないって言うの?」
 彼女の表情が険しくなった。
 「そうじゃないんです。俺は香さんにファックされるのがいいんです」
 「そんなことないでしょう? 本物のペニスがいいんでしょう?」
 「違います。俺は香さんが好きなんです。好きな人に貫かれるのが一番なんです」
 「そう。ホントね?」
 「ホントです」
 彼女の表情が和らいだ。
 「そうね。言えばお金をくれるかもしれないけど、それなりにサービスしないとね」
 「サービスですか?」
 「そうよ。今までは縛られて転がっていればよかったけれど、フェラチオくらいはやってあげないといけないでしょうね」
 そうかそうだったと俺は考え込んだ。フェラチオなんてと思ったけれど、お金を貰う以上、フェラチオでも何でも要求されれば断れないのだ。
 「やります」
 俺は考えた末に答えた。
 「ホントにやるのね?」
 「はい」
 「わかったわ。連絡してみる。あ、それと」
 「何でしょうか?」
 「今みたいな口の利き方じゃ拙いでしょうね。女の子らしくしないと」
 「あ、はい。わかりました」
 「それから、これだけは約束して。くれぐれも彼に心を奪われるんじゃないわよ」
 「わかっています」
 俺はレズである島本香に抱かれるために女性化し、その資金を稼ぐために売春することになった。俺の意志で。