第3章 復讐してやるつもりが

 痛みが完全に治まるまで一ヶ月以上が掛かった。
 「一、二、一、二」
 両手を振り上げ、身体を前後に曲げてもまったく痛くなくなった。
 「よし! 復讐開始だ」
 店が休みの月曜日の夕方、俺は島本香の働くデパートに出かけていった。彼女はお客がいないようで手持ちぶさたに同僚の女性とお喋りをしていた。
 (この前は、俺の存在に気づかれて連絡されたみたいだもんな。今日は大丈夫だろう)
 一階はレディスフロアだから、男の俺がうろうろするとすぐに気づかれてしまう。一ヶ月前がそうだった。
 そう言うわけで、俺はちょっとした変装をしていた。店の同僚である坂本糸子から女物の刺繍入りのジーンズとざっくりとした麻のジャケットを借りてきていた。さらにボブのウイッグと大きめの帽子を被り、コンビニで買ったピンクの口紅を塗っておいた。
 女装というわけではないが、少なくとも男には見えない中性ふうの格好にしたのだ。鏡に映った自分の姿を見て、これなら男だと気づかれないだろうなとほくそ笑んだ。実際に誰も俺のことを見咎めるものはいなかった。
 (もうすぐ終業時間だな)
 俺はデパートを出て、従業員出口が見える場所で島本香が出てくるのを待った。

 島本香が出てきたのは午後7時少し前だった。歩き始めた彼女の跡を見つからないようにつけていった。
 彼女が入っていったのは、意外にも俺のアパートからそう遠くないマンションだった。彼女の姿がエレベーターに消えた後、辺りを窺って郵便受けを確かめてみた。『島本香』のネームがあった。
 (ずいぶん近くに住んでるんだ)
 立ち上がって振り向いたら、あのでかい女の顔が目の前にあった。
 「へえ、あんた、こんな趣味があったの?」
 見破られていた。逃げ出そうと思ったが、動けなかった。女にナイフを突きつけられていたからだ。
 「向こうを向きなさい!」
 ナイフが俺の着ていたTシャツを切り裂き、先端が直接肌に触れた。俺は目を見張る。
 「早く!!」
 仕方なく俺は彼女に背中を向けた。
 「痛てっ!」
 左腕をねじ上げられた。女のくせに怪力だ。
 「行って!」
 「ど、どこに?」
 「わたしたちの愛の巣に案内するわ」
 ナイフが背中に当てられた。女の表情からすれば、拒否したらホントに刺されそうだった。俺は仕方なくエレベーターの方へ向かった。少しでも油断したら逃げ出そうと思うのに、女はまったく油断する様子がない。デパートの裏で蹴られたときの彼女の動きからすると、空手のようなものの心得があるようだ。
 「エレベーターを呼んで!」
 俺は開いている右手でエレベーターのスイッチを押した。
 (またひどい目に遭わされそう・・・・)
 不安で心臓がバクバク言っていた。エレベーターが下りてきた。ナイフで押されて中に乗り込む。
 「6階を押して」
 言われるままに6のボタンを押した。
 「その服、自分で買ったの?」
 馬鹿にしたような声で女が耳元で囁いた。
 「ち、違いますよ。借りたんです」
 「誰に?」
 「同僚の女の子にです」
 「そう。口紅は?」
 「コ、コンビニで・・・・」
 「・・・・趣味で女装してるんじゃないの?」
 美川憲一ふうのしゃべり方でそう聞いてきた。
 「違いますよ。尾行するのにばれないように・・・・」
 「そんな格好をするくらいなら、男のままの方が目立たなかったわね」
 周りから浮いていたと言うことなのだろうか? 俺にはよくわからなかった。エレベーターの表示が6を示し、扉が開いた。
 「着いたわ。降りなさい」
 エレベーターを降りてキョロキョロしていると、右に行けと言われ、俺は右手に向かって歩き始めた。
 「インターフォンを押して」
 みっつ目のドアの前で、女が俺に命じた。インターフォンのスイッチを押すと、ややあって島本香の声が戻ってきた。
 《はい。どなた?》
 「わたしよ。お客さんをお連れしたわよ」
 《お客さん? どなた?》
 「見ればわかるわ。開けて?」
 《ちょっと待って》
 足音が近づいてきてドアが開いた。島本香は女の顔を見てニッコリ微笑んだ後、俺の顔を見て首を傾げた。
 「お姉さん、誰なの?」
 顎をしゃくるようにして尋ねる。島本香には俺のことがわからなかったようだ。
 「わからない?」
 「わからないわ」
 「あなたの処女を奪った男よ」
 (処女を奪った男だって!)
 俺はビックリして、女の方に首を回した。
 「そうよ。あんたは、清らかな香の身体を汚したのよ」
 俺は何も言えなかった。俺は首を戻して島本香の顔を見た。その顔は憎しみに満ちた顔に変わっていた。
 「また、虐めて欲しいんだって。入って!」
 (虐める? やっぱり・・・・)
 何故かその時、俺のペニスは勃起し始めていた。俺は言われるままにリビングの中へと歩いていった。

 部屋は俺の部屋と違って女の子らしい雰囲気に包まれていた。部屋の入り口で突き飛ばされて、俺は床の上にはいつくばった。
 「その服は借り物だっていったわね?」
 俺は立ち上がって頷く。
 「じゃあ、破ったりしちゃ拙いわね。脱いで!」
 「馬鹿言うなよ。誰が女の命令に従うもんかよ!」
 女はナイフを持っていたが、逃げ出そうと思えば逃げ出せると思っていた。
 「あら? わたしの言うことが聞けないって言うの?」
 女が近寄ってきた。
 「そうか。これを持っていたら、これのせいで女に負けたって言い訳するわね。香! 持ってて」
 女はナイフを島本香にポイと投げ渡した。ナイフさえなければこっちのものだ。俺はそう思った。しかし、それはとんでもない間違いだった。
 女の蹴りが俺のみぞおちに食い込んだ。女の動きは滑らかだった。女はやはり空手のようなものを使うようだ。
 「ぐふぁっ!」
 腹を押さえてうずくまったところを殴られて俺は気を失った。
 (俺が弱いんじゃない。女が強すぎるんだ)
 薄れゆく意識の中でそう叫んでいた。

 気がついたら、素っ裸にされてベッドの上に磔にされていた。口の中には何かが押し込められていた。猿轡だ。
 「あら? やっと気がついたの?」
 部屋の中に何やら甘ったるい臭いが漂っていた。女の口元にホワイトソースのようなものが付いていた。俺が気絶している間に、夕食を作って食べていたようだ。
 (そういやあ、腹減ったな)
 腹の虫がクウと鳴った。
 「さっきふたりで相談したんだけどね。香のヤツ、あんたのさっきの格好を見たとき、女だと思ったんだって」
 女はフフと笑いを浮かべた。
 「それでね。本格的に女装して貰おうってことにしたのよ」
 俺は首を振った。見張っていることを知られないためにあんな格好をしただけで、女装なんてとんでもなかった。
 「あら? いや?」
 俺は首を縦に振った。
 「じゃあ、ペニスをちょん切る?」
 俺は慌てて首を横に振った。
 「ペニスをちょん切られるより、女装の方がいいわよね」
 そんなこと言われたって返事ができるわけがなかった。
 「女装にしましょう、女装に。そうしてくれれば、わたしたちも傷害罪で訴えられることもないし」
 既に決めていたようだ。ニコニコ笑いを浮かべながら、島本香に声を掛けた。
 「香。こいつ、女装したいって。カミソリを持ってきて」
 バスルームに消えた島本香がお湯を入れた洗面器と石鹸、カミソリを持って戻ってきた。女は、石鹸を泡立てて俺の身体に塗り広げて首から下の毛を剃り始めた。
 「動くと怪我をするわよ」
 そう釘を刺されて、俺は身じろぎもしないでいた。わき毛を剃られ、すね毛を剃られた。そうしてから、陰毛をすべて剃り落とされた。その時、俺のペニスは不覚にも勃起してしまった。
 「剃られて興奮するなんて、あんた、Mなの?」
 ピンとペニスを弾かれた。タオルで身体を拭かれた後、ひっくり返されて背中側を剃られた。
 「さて、これで綺麗になったわ」
 タオルで再び背中を拭かれた後、仰向けにされた。
 「それではまずショーツからね。大人しく穿かないと怪我するわよ」
 女は俺の首筋にカミソリをあてて脅す。ホントに切りはしないだろうとは思ったけれど、恐ろしくて俺は指示に従った。島本香が足先からショーツという女物のパンツを俺に穿かせていった。
 「腰を上げなさい!」
 カミソリで頬を叩かれ俺は腰を上げた。腰にピッタリと張り付く感触がした。
 「次はブラね。小林君、上半身を起こしなさい」
 首筋にカミソリをあてられたまま俺は起きあがった。島本香が手際よくブラジャーを俺の胸に取り付けていった。膨らみのないカップの中に3枚重ねのパッドが差し込まれると、俺の胸はまるで女のように見えた。
 「次はパンストね」
 苦労していたようだけど、島本香の手によってパンストを履かされた。
 「香! スリップを」
 頭からスリップを被さられた。さらっとした感覚が心地よかった。
 「立って!」
 俺はベッドのそばに立ち上がった。カミソリは肩胛骨のあたりにあてられていた。島本香がワンピースのファスナーをおろして俺の足元に近づいてきた。俺はそれに足を通した。
 「腕を通して!」
 胸まで引き上げられると、後ろの女が俺に命じた。腕を通すとファスナーが引き上げられた。
 「へえ、9号がゆっくり入るなんて、あんた、細いわね」
 7号でも入りそうねと島本香が漏らす。俺は小さい頃からいくら食っても太らなかった。やせの大食いの典型なのだ。
 「さあ、お化粧しましょうね。女の子はお化粧しないとダメなのよ。香、せいぜい綺麗にしてあげて。あなたの専門ですからね」
 島本香は他人の顔に化粧を施すのになれている。それが仕事だからだ。
 「動いちゃダメよ」
 島本香は俺をベッドの上に仰向けに寝かせて猿轡を取り除くと、胸の上に跨るようにして座って俺の顔をそり始めた。彼女の柔らかな陰部を腹に感じた。着せられているワンピースを俺の隆起が持ち上げていった。
 髭を剃った後、眉毛が剃られた。元々細くはしていたのだが、さらに細く剃られたようだった。
 そのまま、島本香はキャンバスに絵の具を塗るように俺の顔に化粧を施していった。
 「お姉さん、これでよい?」
 振り向いて女に尋ねた。女は俺の顔を覗き込んでウンウンと頷いた。
 「そうね。座らせてウイッグを被せなさい」
 「さあ、座って」
 ベッドの上に座ると、俺が被ってきたウイッグを被せられた。
 「いいじゃない。ほら、小林君? 鏡を覗いてみて」
 言われるままに背中側に置いてあったドレッサーの鏡を覗いてみて、俺は驚きを隠せなかった。鏡には驚くような美女が映っていたのだ。
 「立って!」
 気が動転していた俺は、命じられるままに立ち上がった。
 「ちょっと品を作ってみてよ」
 俺が戸惑っていると、女が見本を見せてくれた。俺は同じような格好をしてみた。
 「いいわね。あんた、素質があるわよ」
 「馬鹿を言うなよ」
 憮然として俺は答える。
 「そう? 結構喜んでいたりして」
 嘲笑混じりの口調で言った。それが図星なのかどうかはわからない。ただ、イヤじゃないと思ったのは確かだ。ピカッとまばゆい光が部屋の中に広がった。島本香がカメラを構えていた。
 「止めろ!」
 「女の子がそんな口をきかないの!」
 「俺は女じゃない!」
 「今の写真をばらまかれたくなかったら、大人しく言うことを聞きなさい」
 硬派で通してきた俺。女装した写真などばらまかれては面子が完全になくなる。島本香からカメラを取り上げようとした。しかし、俺の身体がちょっと動いたとたん、女から腹に蹴りを入れられて俺は膝をついた。
 「ダメ、ダメ。痛い目に遭いたくなかったら、ポーズを取りなさい」
 仕方がなかった。俺は、グラビア写真に乗っている女のように、男を挑発するようなポーズを取らされて写真を何枚となく撮られた。
 「服を着替えましょう」
 女が楽しそうにそう言った。島本香が新しい服を取り出してきた。真っ白なブラウスとグレーのスーツに着替えさせられて、再び写真を撮られた。
 俺はもうやけっぱちになっていた。
 「香! この前あなたが着ていたパーティードレスはどうかしら?」
 「いいわね」
 黄色のラメ入りのドレスに着替えさせられた。どの服も島本香のものらしいが、どれも余裕があるくらいだった。
 「化粧をもっと濃くしましょう」
 女がそう言うと、島本香は俺の顔にけばけばしい化粧を施した。そうすると、まるで俺は別人になったような気がした。
 「さあ、もう一度ポーズを取って」
 フラッシュが光る。俺はポーズを取り続けた。そうしながら、俺は鏡をチラリと覗いてみた。けばい化粧のせいで、俺だと言われても絶対誰も信じないだろうと思った。
 (そういやあ、最初の化粧だって、俺だとは誰も思わないよな)
 そう思うとちょっと安心していた。