第15章 舞台裏があったんだぜ

 奥野先生と呼ばれたこの男は、奥野修三と言い、市内で形成外科医院を開業していた。表向きは、脂肪吸引や豊胸術、二重瞼の手術、わきが手術などの美容外科をやっていたのだが、裏では女になりたい男たちの要望に応えて、闇で性転換手術をやっていた。
 奥野の腕はよく、性転換して女になったものからは喜びの声が寄せられていた。ただ、人間の欲望は底知れない。性転換して女になり、人造膣を使って男とセックスできるようになると、今度は子供が産めたらなどと言い出す始末だ。
 そんなことは絶対に無理だと奥野自身も思っていたのだが、女性器をニューハーフに売り渡すという臓器売買の小説を読んだときに、女の性器を男に移植できるのなら、男の性器も女に移植できるのでは、ひいては男女間で性器を入れ替えることは可能ではないかと考え始めた。
 解剖学を勉強し直してみると、不可能ではないことがわかった。やれる可能性があると知ると、やってみたくなった。奥野は早速候補を捜し始めた。
 しかし、互の性器を入れ替える候補など早々見つかるものではなかった。

 その日、同僚とカサブランカにやってきた奥野は、入り口のカウンター席にひとり座ってめそめそとグラスを傾けている島本香に興味を持った。
 彼女は椅子に腰掛けているときは奥野より小さく見えたのだが、立ち上がってトイレに行くときに奥野と背丈が変わらないことに気がついた。
 (最近の若い娘は足が長いんだな)
 改めてそう認識したのだった。
 「マスター、彼女は?」
 「先生、迫ってみます?」
 奥野の方に身を乗り出して、小さな声で三川が言った。
 「そうじゃないんだが、素性はわかるか?」
 「○○デパートの化粧品売り場で働いていますよ。22歳、独身。彼氏いない歴22年。セックスの経験なし。つまり処女ってことです」
 最後の方は声を落とした。
 「そんなことをマスターに話したのか?」
 「彼女、泣き上戸でね。お客がいなくなると、グチグチと何でもしゃべるんですよ」
 「なるほどね。彼女、結構可愛いと思うけど、どうして男ができないんだ?」
 「見たでしょう? 彼女の背丈。確か175あるって言ってましたね」
 「175か。俺より大きいんだな」
 「相手の問題じゃなくて、彼女の方が引け目を感じて男を避けているように感じるんですけどね」
 「ふむ。あり得る話だな」
 「言い寄ってくるのは女の子ばかりらしいですよ。高校時代から」
 「うん。宝塚にでも入ったらいいかもしれないな」
 「高校時代の教師に勧められたらしいんですが、両親が反対して実現しなかったそうですね」
 「ほう。勿体ないことをしたな」
 そんなことを話していると、彼女がトイレから出てきてコートを取った。175と聞いてもう一度彼女を見ると、確かに大きいなと奥野は思った。
 「マスター帰るわ。勘定をして」
 「ハイ、了解」
 奥野は横目でジッと島本香を見ていた。
 「胸はでかいし、あんなダサイパンツスーツなんか着ないで、胸を強調した服にミニでも穿けば男はいちころなのにね」
 島本香がドアの向こうに姿を消すと三川が奥野に囁いた。
 「同感だね」
 そう答えながら、奥野は島本香の腰の大きさを思い出していた。
 (女としてはあまり大きくはない。胸の膨らみがなければ、男でも通るな。女性器を提供する候補としていいかも。ようやく候補が見つかったぞ。次は男性器を提供してくれる候補探しだ)
 奥野はひとり考え、にやりと笑った。

 それから30分ほどして、カウベルが鳴った。茶髪の小柄な男が入ってきた。男だと思ったのは、男の格好をしていたからだ。
 「こんばんは。マスター。いつもの奴ね」
 奥野の後ろを通り過ぎて、空いていた一番奥の席に座った。その男は女の子のように優しい顔をしていた。声も男か女かわからないようなハスキーボイスだ。
 (女の子が男の格好をしているのだろうか?)
 奥野はそう思った。
 「小林君、今日は早いね?」
 「うん。片づけが早く終わったから」
 「そう。ハイ、白波のオンザロック」
 「頂きます」
 小林君と呼ばれた男はうまそうに焼酎のオンザロックを口に運んだ。
 (小林君と呼んだところを見ると男のようだな。しかし、男装した女だと知っていて、君付けしているのかもしれないな。あとでマスターに確かめてみよう)
 このとき、男性器を島本香に提供し、島本香の女性器を受け取る候補として、その男を候補にしようとほとんど決めていた。
 マスターに確かめようと思っていたのだが、ふたりの会話から『小林君』が男だとわかった。
 「小林君、彼女とはうまくいってるかね?」
 「だめですよ。俺みたいなチビには誰もついてきませんよ」
 「小林君の持ち物を見せてやれば、イチコロだろう?」
 「そこまで到達することができればね」
 会話は続いていた。彼の持ち物がかなり大きいと言うことは彼は男だと言うことだ。それでも、奥野はマスターに一応確かめてみた。もちろん、酔っぱらい始めた彼に聞こえないように。
 「彼の持ち物、大きいんだって?」
 「でかいですよ」
 「どうして知ってるんだ?」
 「いやね。身体は小さいけど、俺のは大きいんだ、マスターのよりもでかいなんて自慢するから、そう言うのなら見せてみろよって言ったら、向こうのソファーの上でストリップを初めてね」
 「あそこで?」
 奥野は隅のソファーを顎で指した。
 「そうなんですよ。その時はへべれけになっていましたから、本人は覚えていないみたいですけど、素っ裸ですよ」
 「で、大きいのか?」
 「先生? どうしてそんなことを聞くんですか? 先生もあれですか?」
 マスターが右手を左の頬に持っていった。
 「違うさ。ちょっと面白いことを考えていてね」
 「何をです?」
 「そのうち、教えてやるよ。で、どれくらいあるのか?」
 「そうですね。14,5センチはあるでしょうね」
 「そう。そうか」
 大きさに興味はなかった。彼が男であることを確かめられて奥野はニヤリと笑った。

 当初の計画では、ホモセクシュアルの男女を見つけて、お互いの性器を交換しないかと持ちかけるつもりだった。しかし、同じ日に、ホモではないが計画に沿った候補が見つかったことから、奥野は予定を変えた。ヘテロの男女をホモに導き、その上で互いの性器を交換させるなどという非常識なことを思いついたのだ。
 (男も女も、多かれ少なかれホモの素質を持っている。だからこそ、ちょっとしたきっかけで女装を始めた男が、性転換まで至ってしまうケースがあるのだ。あのふたりは、ホモになりうる素質があるはずだ)
 奥野がそう考えたのは、ふたりの体格だ。小林徹は体格が小さく女の子と言ってもいいくらいだ。女みたいだというと激しく怒ったと聞いていた。俺は男だという意識が強いからだ。それをちょっと打ち砕いてやると、たちまちホモに陥るだろうと思われた。島本香の方は逆に体格がよすぎる。言い寄ってくるのはみんな女の子だと言うことだ。こんな女はホモにするのは簡単だ。
 奥野は島本香の方から仕掛けることにした。

 「マスター、島本香って言ったかな、あそこの席でめそめそしていた大女」
 奥野は入り口の席を顎で指して三川に訪ねた。
 「はいはい。その通りです」
 「次はいつ来る?」
 「そうですね。週に一、二度来ますけど、確か、水曜日が休みで、火曜日の夜は必ず来ているみたいですね」
 「火曜日の夜だな」
 「先生、何を考えているんですか?」
 「内緒だっていっただろう?」
 「教えて下さいよ」
 「計画がうまく運び出したら教えてやるよ。来週の火曜日、『お姉さん』をここに呼び出していてくれないか?」
 『お姉さん』は、カサブランカの常連客のひとりだった。『お姉さん』は24才だが、みんなにそう呼ばれていた。
 「いいですよ」
 面白いことが起きそうだとマスターは浮き浮きした表情を見せた。

 翌週の火曜日の午後8時、奥野は『お姉さん』と話し込んでいた。
 「ホントに?」
 『お姉さん』は嬉しそうな笑顔を見せた。
 「面白いだろう?」
 「面白そう。やってみるわ」
 「じゃあ、よろしくな」
 ソファー席からカウンターに戻ったふたりにマスターが聞く。
 「どうするんですか?」
 「まあ、中で見ていなさい」
 奥野はウインクして見せた。

 午後9時を少し回った頃、島本香が店に姿を現した。
 「こんばんは」
 そう言ってから店の中を見て彼女は少し怪訝な表情を見せた。この時間にお客がいたことなど滅多になかったからだ。
 「マスター、いつもの」
 「はい。ソルティードッグですね」
 マスターがカクテルを作っている。奥野がマスターに頼んでいたのは、アルコールを少し多めにしてくれと言うことだった。三川はウオッカをいつもの倍以上入れておいた。
 彼女が少し酔ったところで、奥野は彼女に声を掛けた。
 「ゲームをしませんか?」
 とろんとした表情で彼女はいいわよと答えた。奥野は心の中で第一段階突破だとほくそ笑んだ。まず、近づかなければ作戦は遂行できないからだ。
 奥野が持ち出したのは、流行の4択心理テストだ。どの項目を選ぼうとも、知らず知らずのうちに自分にホモセクシュアルの傾向があることを気づかせるような仕掛けをしておいたのだった。
 「わたしも入れてよ」
 途中から『お姉さん』が登場する。当然の事ながら、『お姉さん』も同じようにホモセクシュアルな傾向があるという結果になる。
 「へえ、あなたもなんだ。仲良くしましょう。乾杯!」
 『お姉さん』は、島本香に酒を勧め、話し込む。そうして、ふたりは懇意になり、一緒に店を出て行った。
 「無理をするなよ。今晩じゃなくてもいいぞ」
 奥野は『お姉さん』にそう言っておいたのだけれど、そのままホテルに行ったと、翌日『お姉さん』から電話が入った。
 《彼女、本当の自分を見つけたって言ってたわ》
 「そうか、そうか」
 奥野は嬉しくなってしまった。
 「『お姉さん』は本物の男がいいかもしれないが、少しだけ彼女につき合ってやってくれ」
 《いいわよ。他ならぬ先生の頼みですもの》
 電話を切ってから、奥野は次の標的に照準を合わせた。

 小林徹は、居酒屋に勤めているからカサブランカにやってくるのは深夜だ。奥野がアプローチするにはあまりに時間が遅すぎるのだが、そこは目的があってのこと。何とか工夫することにした。午後の診療を終えると、一眠りしてからカサブランカに出かけていった。
 その日小林徹がカサブランカにやってきたのは午前2時半に近い時刻だった。
 「アア、疲れた。マスター、いつもの」
 そう言って白波のオンザロックを飲み始めた。奥野は、今度は方法を変えてマスターを相手に4択の心理テストを始めた。予想通り、すぐに彼が興味を持って近寄ってきた。
 「俺も混ぜてよ」
 「いいよ」
 餌に掛かったと奥野はほくそ笑んだ。その心理テストで、彼は自分より大きな女性を好む傾向にあり、しかも虐められたいというマゾヒスティックな傾向があることがわかった。
 その結果を知って小林徹は少しショックを受けていたようだった。しかし奥野は心の中でほくそ笑んでいた。
 (これは理想的な結果だ)
 島本香と組み合わせるには絶好だと思われた。
 (今の段階では、小林君にホモセクシュアルの傾向があることなどと思わせない方がいいな。まずは島本香に興味を持たせることだ)
 そこで、奥野は『お姉さん』に連絡して、島本香と小林徹を偶然を装って会わせるように指示した。
 小林徹は、島本香のような女性がタイプだからすぐに好きになるのではないかと思われた。一方の島本香には、何も知らせなかった。ただ小林徹を見れば、女の子のように見えるから、もしかすると興味を持つのではないかと思われた。
 マスターの話に寄れば、酒の強いふたりが競い合って飲んだそうだ。反目していたようだが、それはお互いに興味を持った証拠だと奥野は考えた。

 酔っぱらってダウンしたと連絡があり、奥野は『お姉さん』の力を借りて、ふたりを調べておいた小林徹のアパートまで運び、衣服を脱がせて一緒に寝かせておいた。裸の男女がひとつベッドにいれば、起こるべき事が起こるだろうと想像していた。
 しかし、何事も起こらなかったことのことも考えて、潤滑ジェリーに精液の匂いを付けたものを島本香の外陰部に塗りつけておいた。
 (島本香は処女のレズだ。どうなるかな?)
 翌日、小林徹に犯されて島本香がパニックになっていると『お姉さん』から連絡が入った。
 奥野は『お姉さん』にアドバイスした。
 「彼に復讐しようと彼女に言え」
 《復讐?》
 「そうだ。彼を徹底的に痛めつけろ。ただし、死なない程度にな」
 《大丈夫? 訴えられたりしない?》
 「彼はマゾの傾向があるんだ。それに恐らく彼女に惚れているから、多少のことなら大丈夫だ」
 《わかったわ》
 それから数日たって、小林徹を痛めつけたときの様子が奥野に知らされた。
 (『お姉さん』はうまく立ち回っているな)
 奥野はほくそ笑んだ。
 (痛めつけられても、好きだという感情は消えないはずだ。さあ、小林君はどうするかな?)
 この先起こることが楽しくて奥野はクククと笑った。

 一ヶ月後、小林徹を見張らせていた『お姉さん』から電話が入った。
 《先生? わたし》
 「お姉さんか。何か動きがあったのか?」
 《小林君っておかしいのよ》
 「なにが?」
 《この前痛めつけたとき、男の格好をしてたから、わたしに見つかったって思ったんでしょうね。香を見張るのに、女の子みたいな格好をしてるのよ》
 「そうか。それは好都合だ」
 《どうするの?》
 「何とか彼を彼女のアパートに連れて行って、本格的に女装させて紐で縛ってペニスバンドで犯してやるんだ。そうだ。デジカメで写真を撮っておくんだ。口外しないようにする脅しの材料にするためだ」
 《面白そう》
 「そうだろう? できれば、ペニスバンドで犯すのは彼女にやらせろ。いいな」
 《わかったわ》
 計画通りに事は運んだ。『お姉さん』が持ってきた写真を見て、これなら立派な女になると確信した。
 しばらくして小林徹が自ら進んで島本香のマンションを訪れて、縛られペニスバンドでアナルファックされたと聞いて、奥野はこれほどうまく行くとは思わなかったとほくそ笑んだ。
 奥野は、もはや用済みとなった『お姉さん』を島本香から離すために肝臓が悪くなったと言って入院させた。その際、見舞いに来た島本香から小林徹が気になる存在になっていることを聞き出させた。
 「お姉さん、島本香は女しか愛せないんだから、小林徹が女になるようにし向けさせろ」
 「てことは、小林君に女性ホルモンを飲ませるのね?」
 「そうなんだが、あまり直接的でない方がいいな。身体が柔らかい方がいいとか何とか言わせろ。そうすれば、小林徹の方から、女性ホルモンを飲もうかと言い出すだろう」
 「わかったわ。彼女にアドバイスするわ」
 (これで後は様子を見よう)
 電話を切って奥野は笑みを浮かべた。

 しばらくたって、女性ホルモンの投与を受けて女らしくなった小林徹を見て、奥野は計画が順調に進んでいることを確認した。
 (さて、いつ、ふたりの性器交換の手術をしようかな? 焦ってあまり早く実行すると、精神的ショックで自殺などされてしまっては元も子もないからな)
 奥のはじっくりと待つことにした。1年あまりが過ぎ去っていった。

 そんなある日、カサブランカで島本香に出会った。彼女は意気消沈して酒をがぶがぶ飲んでいた。以前のように泣き上戸に戻っていた。
 奥野は優しく声を掛けた。
 「お久しぶりですね。どうしたんですか? 元気がないですね」
 「ええ」
 「彼に振られたんですか?」
 「彼に? そうね。彼がわたし以外の人に心を奪われそうなの」
 ふたりを監視いていた『お姉さん』から、小林徹が男と関係を持っているらしいことを聞かされていた。そろそろ計画を実行に移さなければ、小林が島本から離れてしまうと判断したのだ。
 「そうですか。彼というのは、小林徹君のことですね?」
 彼女は驚きの目で奥野を見た。
 「どうしてそれを?」
 「ちょっとね。さるところから小耳に挟んだんですよ」
 彼女は項垂れていた。
 「彼はレズビアンであるあなたに愛されるために女装して女性ホルモンまで飲んでいるとも聞きましたが」
 レズビアンとか女装、女性ホルモンなどと言う言葉を出したにもかかわらず、彼女はあまり動揺を見せなかった。
 「わたしがあいつを紹介しなければよかったんです」
 「あいつって?」
 彼女は黙り込んだ。
 「本物のペニスの方がいいと言うことでしょうかね?」
 彼女は奥野を睨むようにしてみた。
 「あなたにはペニスがないから、その男には勝てないでしょうね」
 そう言うと、彼女はテーブルに突っ伏して泣き始めた。
 「彼を取り戻すいい方法があるんですけれど、やってみませんか?」
 「えっ? どんな方法があるんです?」
 涙を浮かべたまま、島本香が奥野を見つめる。
 「あなたにペニスを移植するのです」
 「わたしにペニスを?」
 「そうです。あなたが男になるのです。そうしたら、彼を引き留められるでしょう」
 「そんなこと言ったって、誰がペニスをわたしに提供してくれるって言うんです?」
 「いるじゃないですか。あなたの身近に」
 彼女はギョッとした顔で奥野を見た。奥野言わんとすることが理解できたようだ。
 「彼のペニスを奪うというの?」
 「今の彼には不要のものでしょう?」
 「それはそうかもしれないけれど・・・・。でも、そんなこと、できるんですか?」
 「できるから言ってるんです。わたしはこういうものです」
 奥野は名刺を差し出した。
 「形成外科のドクター・・・・」
 「この手術は初めてですが、性転換手術なら実績があります。だから、大丈夫です。任せてください」
 「ほんとに?」
 「はい。あなたに彼のペニスを移植するだけではなく、あなたの女性器を彼に移植してあげましょう」
 「えっ!」
 この奥野の言葉には、島本香は心底驚いたようだった。
 「つまり、簡単に言うと、あなたの性器と彼の性器を交換しようと言うのです」
 彼女は唖然として奥野の顔を見つめた。
 「ホントにできるんですか?」
 「できます。やって見せます」
 自信たっぷりに言うと、島本香は是非お願いいたしますと頭を下げた。
 「この薬で彼を眠らせて、わたしの病院に連れてきて下さい。いいですね?」
 「わかりました」
 こうして、奥野は前代未聞という性器交換の手術を行ったのだった。

 「それにしてもこれほどうまくいくとは思わなかったな」
 奥野が満足げに言う。
 「そうなんですか?」
 カサブランカのマスター・三川が水割りを差し出しながら聞いた。
 「ああ。小林徹に移植した子宮や卵巣はうまく機能するだろうことはわかっていたよ」
 「ふんふん」
 「けどね。島本香に移植した睾丸は男性ホルモンを産生することはできても、精子の産生は再開しないと思っていた」
 「はあ? 何故です?」
 「小林君は1年あまりも女性ホルモンを飲んでいただろう? そうすると、通常は精子が産生されなくなってしまうんだよ」
 「へえ、そう言うものなんですか?」
 「それに、ペニスはまず勃起しないだろうから、シーネがいるだろうと思っていたんだが」
 「シーネ?」
 「副木のことだよ。インポテンツの治療に使うものがあるんだ」
 「それが勃起して、しかも小林君を妊娠させてしまった」
 「信じられないことだよ」
 奥野は外人がするように両手を広げて見せた。
 「先生の腕がいいってことですよ」
 「そんなことはないよ。運がよかっただけだな」
 「そう謙遜されなくても」
 「ま、うまくいってよかった。これで彼らも幸せになるだろう」
 「そうですね」
 「さあ、そろそろ帰るとするか」
 立ち上がると、『お姉さん』が奥野の腕を引いた。
 「先生、わたしにも子宮を移植してよ」
 「男とセックスできるようになっただけで満足だって言ってたじゃないか?」
 「だって、女になったからには妊娠したいわ」
 「無理を言うなよ」
 「お願いよ。ねえ、先生。あのふたりにはやってあげて、わたしにはどうしてやってくれないの?」
 奥野の腕を両手で掴んですり寄ってくる。
 「・・・・子宮を提供してくれる女が見つかったら、連絡してやるよ」
 「お願いしますね」
 奥野はコートを羽織ってカサブランカを出た。『お姉さん』は奥野の作品のひとりだ。身長が185もある大男が女になりたいと言ってきたときにはビックリしたけれど、身長を除けば完全に女に仕上げることができてたと自負していた。
 (子宮が欲しいか・・・・)
 性転換手術を受けて女になった男が最後にはそう言い出す。子供を産みたいと。
 (子宮の移植ができることは証明できたが・・・・・。性器の交換というのなら、乗ってくる女はいるだろう。しかし、子宮だけをくれと言って乗ってくる女はいないだろうな)
 『お姉さん』が子宮を得るのはほとんど望みがないだろうなと思いながら、奥野はタクシーに向かって手を挙げた。

 「ねえ、マスター。今日はお客も少ないみたいだから、看板にして部屋に上がりましょうよ」
 『お姉さん』が三川の腕を取った。
 「俺にはそんな趣味はないよ!」
 三川は慌てて頭を横に振った。
 「わたし、もう、あの醜いものはないのよ」
 「はあ? いつ取ったんだ?」
 驚いた目で『お姉さん』を見る。
 「わたしの言うことをちゃんと聞いてないの? 奥野先生に手術して貰って、もう2年にもなるのよ」
 「ええっ! そんなに前から女になっているのか?」
 「そうよ。なんだ。知らなかったの? だからわたしを避けていたのね」
 女になったからって、『お姉さん』みたいな大女を抱く気にはならないなと三川は思っていた。
 「ねえ。上がりましょうよ」
 「お客だ。いらっしゃい!」
 ちょうど入ってきたお客に、助かったと三川は胸を撫で下ろした。『お姉さん』は不満そうな顔をしながら、入ってきたお客に愛嬌を振りまき始めた。

 その夜、『お姉さん』はうまいこと言って、そのお客と寝たらしいことを後で聞かされた。
 「ばれなかったけどね。子宮さえあれば、どんなにあそこがおかしくたって、女だって言えるのに・・・・」
 そう嘆く『お姉さん』が三川には不憫に思えたのだった。しかし、運のいいことに、数ヶ月後脳死に陥った若い女性から子宮と卵巣の提供を受けて、『お姉さん』も完璧な女になることができたのだった。

 その後、小林香が無事女の子を出産したという話が伝わってきて、三川は何だか嬉しくなった。
 (うちに通ってくれるお客が幸せになるって言うのは喜ばしいことだ)
 「はい。モスコーミュールです」
 受け取った男の子は、小林徹のように可愛らしい子だった。三川はこっそりと奥野に電話した。
 「先生。いい材料がいますよ」