第11章 とんでもないことをされちまった

 ある日目覚めると、俺は知らない部屋のベッドの上にいた。彼女がベッドのそばの椅子の上に腰掛けていた。何だか、青白い顔をしていた。
 「目が覚めた?」
 彼女は優しく俺の顔を撫でた。
 「ここはどこ?」
 俺は部屋の中を見回して聞いた。
 「わたしの知り合いの病院よ」
 「病院? どうしてこんなところにいるの?」
 「あなたがわたしの元から去らないようにして貰ったの?」
 「はあ?」
 意味がわからなかった。
 「あなたが吉田を愛し始めたことには気づいていたわ。このままにしていたら、あなたはわたしの元を去ってしまう。だから、ある処置をして貰ったの」
 「ある処置?」
 「そうよ。吉田は完全なホモなの。姿はどうあれ、ペニスがないと愛せないの」
 その言葉を聞く前から俺にはわかっていた。股間にジリジリとした痛みが襲ってきていたからだ。
 「嘘だ!」
 「ホントよ」
 「イヤだ。元に戻してくれ!」
 「もう元には戻せないわ。あなたは女の子になったの。今日はあなたの21才の誕生日。あなたは生まれ変わったの」
 「イヤだ・・・・」
 「心配しないで。わたしが愛してあげるから」
 彼女の顔が鬼に見えた。俺は布団を被って泣いた。

 俺の手術をした医者がやってきた。胸に奥野というネームプレートをつけていた。
 「やあ、具合はどうかな?」
 「ひどい。どうしてこんな手術を・・・・」
 俺の目から涙がこぼれた。
 「あれ? 君は女になりたかったんじゃないのか?」
 そんな問いに、俺はすぐさま否定できなかった。
 「こんなにうまく行くなんてわたしも信じられないくらいだよ。君もきっと気に入って貰えると思うよ」
 自信たっぷりにそう言うのだ。
 「さあ、傷を見せてくれ」
 医者に恨み言を言っても仕方がないと思った。どうせ元には戻せないのだから。俺は膝を立てた。
 性転換手術と言うから仰々しく包帯があてられていると思ったのに、大きめのパッドに数枚のガーゼが当てられていただけのようだった。
 医者は俺の股間を覗き込んで満足そうに頷いた。
 「いい仕上がりだ」
 「見せて貰えますか?」
 「抜糸がすんでからにしよう。まだ腫れがあるからね」
 そう言われたので待つことにした。

 一週間が経過した。発熱もなく経過は順調のようだ。痛みはなくなったけれど、骨盤の中に何とも言えない不快感が残っていた。
 あの日以来久しぶりにやってきた島本香を見て俺は驚きを隠せなかった。
 「どうしたの? その格好は?」
 彼女に対する憎しみも忘れてそう尋ねた。
 「あなたに女の子になって貰ったから、わたしは男になったの。だって、あなた、男しか愛せないでしょう?」
 彼女に化粧っ気はまったくなく、髪の毛も男のような短い髪型に変わっていた。さらにYシャツにネクタイ、スーツ姿だった。男装した女性と言うよりも、ちょっと女性っぽい男性に見えた。それも、すごくいい男に見えた。
 「わたし、あなたを愛しているの。あなたに愛されるためにはこうするしかないでしょう?」
 どこかが間違っているような気がしたが、彼女としてはそれが唯一の答えだったのだろう。
 「格好だけ男になったって、中身は変わらないでしょう?」
 「中身も変えて貰っているわ」
 「えっ?」
 「ほら、乳房も取って貰ったの」
 彼女は、ネクタイを緩めてYシャツのボタンを外し、平らになった胸を俺に見せた。
 「嘘・・・・」
 「あなただけ痛い目に遭わせるわけにはいかないでしょう?」
 だから俺が目覚めたとき、彼女が青白い顔をしていたのだと悟った。
 「ペニスもあるのよ」
 「えっ!!」
 彼女はズボンのファスナーをおろして、トランクスの穴からペニスを取り出してブラブラさせた。俺は唖然としてそれを見ていた。
 「まだ勃起しないけど、もうしばらくしたら勃起するだろうって」
 「勃起って、作り物が勃起するの?」
 「作り物じゃないわよ。本物よ」
 「本物?」
 「そうよ。見覚えがない? これはあなたのものよ」
 「わたしの!」
 俺は目を見張った。身体ががたがた震えてきた。
 「そうよ。あなたから切除したものをわたしに移植して貰ったの」
 「・・・・信じられない」
 「睾丸も移植して貰ったのよ。ちゃんと機能していて、わたしの身体の中には男性ホルモンが満ちあふれているわ」
 もう言葉がなかった。俺はさらに驚かされることになる。
 「わたしの身体から取り除かれた乳腺をあなたに移植して貰ったわ。その大きくなった乳房は、シリコンや生食バッグじゃないのよ」
 Dカップに膨らんだ乳房を俺は両手で包み込むように触ってみた。本物そっくりだと思っていたけれど、まさか本物の乳腺が移植されたなどとは思ってもみなかった。
 「もう言わなくてもわかっていると思うけど、わたしの子宮と卵巣もあなたに移植して貰っているわ。卵巣は既に機能を始めていて、あなたはもう女性ホルモンを飲まなくていいわ。数カ月したら、子宮も機能し始めて、生理が始まるでしょうね」
 俺は下腹を押さえた。
 「ホントなの?」
 「ホントよ。要するにあなたとわたしの性器をそっくり入れ替えて貰ったのよ。わたしは男に、そしてあなたは完全に女になったのよ」
 俺は股間を見つめて、茫然とベッドの上に座っていた。

 医者は毎日やってきて、傷というか俺の股間を眺めて満足そうな笑顔を見せた。
 「先生、ちょっと聞いてもいいですか?」
 「いいよ。何でも聞いてくれ」
 「わたしと香さんの性器を全部入れ替えたんですよね」
 「ああ、そうだよ。ホントにうまく行ってるよ。君だけでなく、彼女の方もね」
 「こんな手術って、合法なんですか?」
 「合法ってことはないだろうね」
 医者は、ちょっと肩をすくめた。
 「罰せられたりしないんですか?」
 「わからないけれど、抜け道はある」
 「抜け道?」
 「そう。ふたりにどうしても、と頼まれた」
 「わたし、頼んでません」
 俺は憮然として言う。
 「しかし、そう言うことになっている」
 俺は口を尖らせた。
 「君は他の部分は完全に女性化してしまっているから、頼まれたという話を誰もが信じるだろうな」
 そうかもしれないと項垂れるしかなかった。
 「第二に、優生保護法上、きちんと手続きを受けた性転換手術以外は非合法なんだが、君たちの場合、優生保護法に引っかからないと思うんだ」
 「どうしてですか?」
 「優生保護法で性転換手術が罰せられたのは、医学的理由なしに生殖能力を失わしめたからなんだ」
 「だから?」
 「君たちは両方とも生殖能力を保っている。彼女は女を妊娠させられるし、君も妊娠して子供を産むことができるんだ。だから、優生保護法では罰する理由がないんだ」
 なるほどと俺は頷かざるを得なかった。
 「わかったようだね。さあ、今日は君の膣の中を見てみよう。診察室まで来て貰えるかな?」
 「・・・・わかりました」
 まだ重い身体を引きずって診察室まで歩いていった。彼女も大手術を受けたはずなのに平気な顔をしていたが大丈夫なんだろうかと思った。
 (婦人科用の診察台に載るなんて思ってもみなかったよ)
 鐙に足をかけて股間を曝す。こんな恥ずかしい体位を取らされるなんて拷問に近いと思った。けれども、そんな状況に俺は興奮していた。
 「消毒するよ」
 ペタペタと消毒液が塗られた。この妙な感覚には、もう慣れた。
 「ちょっと痛いかもしれないよ」
 ヒヤリとした感触がした。経験したことのない感覚が起こった。今まで存在しなかった部分に器具が挿入されたのだ。例えようのない奇妙な感覚だった。
 「うん、上等だ。血行もいい」
 スッと器具が引き抜かれた。
 「状態はいいよ。正常女性そのものだ」
 そんなドクターの言葉に俺はホッとしていた。
 「ついでに子宮の状態も見ておこう」
 「子宮を見るってどうやるんですか?」
 「アア、腟内超音波検査だよ。クスコよりも楽だと思うよ。力を抜いて」
 冷たい器具が挿入された。やはり奇妙な感覚に捕らわれた。
 「うむ。上々だ」
 満足そうに頷く声が聞こえた。俺の身体の中に子宮があると思うと、ホントに生まれ変わったような気がした。

 その数日後、縫合されていた部分の糸が取り除かれた。
 「見るかい?」
 「はい」
 俺は医者から手鏡を受け取った。
 「先生。恥ずかしいから外に出ていて下さい」
 「あ、うん。そうだな。また明日、診察に来る」
 そう言い残して医者は出ていった。俺は手鏡を覗いてみた。光が入らずよく見えない。ようやく見えた自分の新たな陰部に俺は驚きを禁じ得なかった。わずかな腫れを除けば完全な女の陰部だったからだ。それはそうだろう。何しろ彼女の陰部をそのまま移植したわけだから。
 クリトリスを指で触ってみた。勃起した亀頭を触るような強い刺激があった。
 (ちゃんと感じるんだ)
 感激した。膣の中を調べてみようかと思ったけれど、傷つけたりばい菌が入ったりしたらいけないと思って止めた。
 (どうせそのうち調べられるんだから)

 退院許可が出た。
 「基礎体温を毎日つけて、一ヶ月ごと見せてくれ」
 医者は、幅広の目盛りの付いた紙を俺に手渡しながら言った。
 「基礎体温って何ですか?」
 「女性は、性周期に伴って体温の変化があるんだ。排卵があると上昇し、生理が始まると元に戻るんだ。毎朝布団から出る前に婦人体温計で測ってその記録用紙に記録してくれればいいんだ」
 「毎日ですか?」
 「そう。毎日だ」
 めんどくさいなと俺は溜息をついた。しばらくして島本香が病室へやってきた。俺がさらに女性化しているのと平行して、彼女も男性化が進んでいた。
 「退院だってな。おめでとう」
 言い方も男のようだ。
 「明日の朝、迎えに来るからな」
 「迎えに?」
 「ああ。俺たちのマンションに帰るんだよ」
 「俺たちのマンション?」
 「そうだよ。俺たち夫婦のマンションに帰るんだよ」
 夫婦という言葉に俺は驚き目を見張った。
 「ふ、夫婦ですって?」
 「先生から、お互いの移植手術が成功だって聞かされた後、婚姻届を出したんだ。おまえと俺とは夫婦なったんだ」
 「どうして勝手な真似をするのよ!!」
 「俺はおまえを愛している。おまえは俺を愛していないと言うのか?」
 いったんは吉田に心が傾いていた。けれど、彼女が男になったからには、もう一度考え直さなければならない。イヤ、吉田は女は愛せないんだから、考え直す余地はないのだ。ただ、今の俺にとって相手は彼女である必要はないかもしれないのだが、俺のすべてを知っていて、俺に無上の快楽を与えてくれる相手としては彼女以外には考えられないのだ。
 「どうなんだ!」
 「・・・・あなたを愛しています」
 彼女は満足そうに頷いた。
 「あ、そうだ。おまえに言っておかないといけないことがある」
 「なんなの?」
 「おまえは女で、俺は男だ。だから、おまえが小林徹で、俺が島本香じゃ、おかしい」
 「それはそうね」
 「だから、今後は俺が小林徹を名乗る。おまえは島本香だ。イヤ、結婚したから、小林香だ。いいな?」
 「・・・・わかったわ。ちょっと待って」
 病室を出て行こうとする彼女を止めた。
 「なんだ?」
 「あなた、男になったのなら、仕事はどうするの?」
 「仕事? それなら心配するな」
 「心配するなって、これまで通りの仕事はできないでしょう?」
 「もちろんだよ」
 「じゃあ、どうするのよ?」
 「吉田に頼んで仕事を斡旋して貰った」
 「吉田さんに?」
 「そうだ。ちょっと脅しを掛けてね」
 「どうやったのよ。脅しって?」
 彼女は、誰も病室に入ってこないかちょっと気にしながら、ベッドのそばの椅子に座り直して話し始めた。
 「俺がいない隙に、吉田とのデートにマンションを使っただろう?」
 「え、ええ」
 俺は小声で答えた。彼女が知っているとは思わなかった。
 「先々月だったかな、それに気がついたんだ。で、何かの役に立つかもしれないと思って、ビデオテープをセットして、おまえたちのプレーを隠し撮りしておいたんだ」
 顔が赤くなった。
 「ヤツに見せて、いい就職口はないかって言ったら、すぐに紹介してくれたよ」
 「ひどい人ね。あなたって」
 「おまえと暮らすためだったら、なんでもするよ」
 屈折しているけれど、俺を愛していてくれると思うと嬉しかった。