頭が痛い。ガンガンする。耳元でブリキのバケツを打ち鳴らされているようだ。喉はカラカラ。しかも、ひどい吐き気がする。
(昨日も飲み過ぎたみたいだな)
目を開ける。目の奥が痛い。見慣れた天井の蛍光灯が目に入った。ちゃんと自分の部屋に戻ってきているみたいだなと俺はホッと胸をなで下ろした。
俺は飲み始めると見境がない。徹底的に飲まないと収まらない。挙げ句の果てが、記憶のないまま、公園のベンチで寝ていたりする。公園のベンチはいい方で、先週は派出所の保護室で目が覚めた。
(あの派出所で目が覚めたのは3回目だったな)
あの朝も、すっかり顔馴染みになってしまった警察官がちょっと困ったような顔をして俺を起こしてくれたのだった。
「もう、飲み過ぎるなよ」
そんな言葉に送られて俺は派出所から放り出された。放り出されたというのは当たっていない。ホテルマンがお客を送り出すときのように、丁寧に送り出されたと言った方が正しい。迷惑を掛けているのに、あの警察官は優しいヤツだ。
その時は、もう飲み過ぎないぞと思っていたのだが、飲み始めたらどうしようもない。飲まなきゃいいと思うのだが、金が手に入るとついついグラスに手が行ってしまう。
目が覚めたら、女とホテルにいたなんてことでもあればいいんだけど、そんなことは一度もない。俺に魅力がないせいか? そんなことはない。俺は結構いい男だ。自画自賛じゃなくて、誰もがそう言ってくれる。けれど、女の機嫌を取るのがめんどくさくて、飲んでばかりいるから女の方が相手をしてくれないのだ。
時々ソープに行って、プロのお姉さん方とやるだけだ。
「ううん・・・・」
女の声がした。と同時に、俺の寝ていたベッドが揺れた。ギョッとして声のした方を見た。俺の横に女が寝ていた。髪の長い女だ。寝顔からすると、結構美人のようだ。
(ええっ!! ちょっと待て、ちょっと待てよ)
俺は眉間に指をやって考える。
(この女はいったい誰だ? ・・・・思い出せない)
もう一度、彼女の顔を見た。やっぱり思い出せない。もう一度、彼女の顔を見る。・・・・思い出せない。
彼女の肩は露わで、布団の端を持ち上げて中をちょっと覗いてみると、真っ白な乳房の膨らみが見えた。
(うひゃあ! 全裸かどうかはわからないけど、少なくとも上半身は裸だよ。参ったな・・・・)
そう思いながら、自分の股間に手をやってみた。俺も裸だった。
(やっちまったのか? ・・・・それも思い出せない。そうだ。順を追って考えてみよう。そうしたら、思い出すかも)
俺は、昨日の出来事を朝から思い出してみることにした。
(昨日の朝は・・・・)
目覚めた時には既に正午を回っていた。普通の人間なら、午前中の仕事を終えて昼食時間なんだろうけれど、俺にとってはその時間でも早く起きたくらいだ。
俺はある居酒屋で働いている。午後4時に出勤して、午前1時まで働く。片づけを終えて店を出るのは午前2時前。それから大抵飲みに行く。金が続く限り。アパートに帰り着くのは夜が明け始める頃だ。だから、起きるのが午後になってしまうのだ。
で、昨日目を覚ましてからは・・・・。
シャワーを浴びてコーヒーを飲んで・・・・、そうだ! たまっていた洗濯をしたんだったけ。洗濯が終わるまで、撮り貯めていたビデオを見た。『リモート』って言うヤツだ。『ボーンコレクター』のパクリみたいな作品だけど、深キョンが好きだからビデオに撮って毎回欠かさずに見ている。
途中で洗濯物を干してから、ずっとビデオを見続けて、3時半を回った頃慌ててアパートを飛び出したんだった。5分遅刻したけれど、店長に見つからなかったから、怒られずにすんだ。
昨日は金曜日でものすごく忙しかった。午後10時を過ぎたあたりからようやく暇になってきて、他の店員と交代で飯を食った。それから・・・・。
そうだ。この女が店にやってきたんだ。確か午後11時半頃だった。もうひとりのでかい女と一緒に、店の奥の席に腰を据えると、ふたりでおしゃべりしながらほとんど肴も頼まずにチューハイをがぶがぶ飲んでいた。
「強ええ女たちだな」
同僚の北川が呆れ顔で俺にそう言った。伝票を見ると、既に15杯目の印が入っていた。ひとりで7杯以上のペースだ。看板になってもふたりの女は立ち上がろうとせず、酎ハイを要求した。
「お客さん、もう看板ですから」
店長が断りを言ったが、なかなか動こうとしない。そこで俺が女たちを店から連れて出ることにした。
「お客さん、この店はおしまいだから、開いてる店に案内しますよ」
俺は彼女たちのそばに膝を突いて丁寧に言った。
「ぼったくりじゃないでしょうね?」
「とんでもない。今から俺が飲みに行くんだから。大丈夫ですよ」
そう言うわけで、俺の馴染みの店に女たちを連れて行くことになった。彼女はついてきたが、もうひとりの髪がやや短かくてでかい女は、店の前で急に用事を思い出したと言って帰っていった。
「おおっ! 小林君が女の子を連れてくるなんて珍しいな」
店に入ったとたん、マスターにそう言われた。俺は頬を膨らませた。
「お客さんですよ。飲み足りないって言うから連れてきたんですよ」
「そうか。だと思ったよ」
「どういう意味ですか?」
「小林君に彼女ができるはずがないだろう?」
「どうしてですか?」
「酒ばっかり飲んでいて、デートする金がなかろう? それに時間もないしな」
俺は肩をすくめた。店長の言うとおりだからだ。
「ハイ、おしぼり。ハイ、彼女も」
「マスター、お久しぶり」
おしぼりを受け取りながら、女がマスターに向かって微笑んだ。
「あれ? 何だ。誰かと思ったら、○○ちゃんじゃないか。髪の毛がずいぶん伸びたね。すっかり見違えちまったよ」
あの時、マスターが確かに彼女の名前を呼んだのだが、どうも思い出せない。
「マスター、知ってるの?」
「ああ、最近来ていないけど、常連さんだよ」
「そうだったのか。じゃあ、ここが安心な店だってわかるよね」
「ええ。・・・・ところで、あなた、そんなに酒好きなの?」
と、彼女。
「アア、大好き。酒さえあれば何もいらない」
「ふうん。好きはいいけど、強いの?」
「強いと思うよ。今まで勝負して負けたことがないから」
俺は胸を張る。
「じゃあ、わたしと飲み比べしてみる?」
彼女が俺の目を覗き込んできた。挑戦的な目だ。
「あんたとかい?」
「ええ」
「ダメだよ」
「どうして? わたしに負けるのが怖いの?」
俺は馬鹿にしたような口ぶりだ。ちょっとムッと来たが、俺は冷静を装った。
「そうじゃないよ。あんた、今の今まで飲んでいただろう? ハンデがありすぎるよ」
「あれくらいハンデにもならないわ」
「そうは言ってもなあ・・・・。そうだ。あんたの飲んだメニュー、覚えているから、俺が同じメニューで追いかけるよ。それならいいだろう?」
「時間差ができるわね。あなたの方がハンデを持つことになるわ」
「それくらいいいさ。じゃあ、始めよう。マスター、ライチの酎ハイね」
「了解」
そう言うわけで、彼女の飲んだメニュー順に俺は酒を飲み始めた。彼女は、俺が飲むのを横目で見ながら、ウイスキーの水割りを飲み始めた。
午前5時頃、彼女のペースに追いついた。
「結構やるわね」
「あたりきよ」
さらに酒を飲み続けて午前6時になり、マスターに店を追い出されたまでは覚えているのだが・・・・。イヤ、追い出されたのは、もっと後か? そのあたりの記憶は完全に飛んでいた。
(どうやってここまで帰ってきたんだろうか? この女とやっちまったんだろうか?)
彼女の顔を見た。誘われていたら、絶対にやっていたとは思うのだが、ぜんぜん記憶にない。午前6時からの記憶がぷっつりと切れていた。
(彼女の方が覚えているかな? ・・・・そういやあ、お互いの名前も交換していないなあ。いや、マスターが俺のことを小林君とか、徹ちゃんとか呼んでいたから、彼女には俺の名前はわかっているとは思うけど・・・・。マスターが彼女の名前を何度か呼んだ記憶はあるんだけど、思い出せないなあ・・・・)
ふと床の上を見ると、脱ぎ捨てられた女の衣服の下にショルダーバッグが覗いていた。彼女はまだ寝息を立てて眠っている。俺はそっとベッドを抜け出してショルダーバッグを手に取った。
中に赤い財布があった。開いてみると、万札が3枚、千円札が2枚入っていた。
(けっこう持ってるじゃん)
カードが8枚、免許証らしいものはない。
(おっ! これは?)
ラミネート加工された社員証が入っていた。
(デパートガールか・・・・)
彼女は、某有名デパートに勤めているらしい。名前は島本香、誕生日から計算して年令は22才だ。
(三つも年上か。やっちゃったとしたら拙いな)
ベッドの軋む音がした。ベッドの方を振り返ると、彼女起きあがって俺の方を見ていた。俺が彼女の顔を見てそれから露わになった胸を見つめてニヤリと笑うと、ハッと気がついたかのようにシーツを胸にやって隠した。
「あなた、誰?」
「俺か? 小林、小林徹。言ってなかったか?」
彼女は頭を振った。そうしてから顔を顰めた。彼女もかなり飲んでいた。俺と同じように頭が痛むのだろう。
「昨日、俺と飲み比べをしただろう? 覚えていないのか?」
「そうだったかしら? 居酒屋を出たのは覚えているんだけど」
そうだろうなと俺は思った。すると、カサブランカの中での出来事はまったく覚えていないことになる。カサブランカというのは俺が彼女を連れて行ったスナックの名前だ。
「わたし、どうして、こんなところにいるの?」
彼女は部屋の中を見回す。
「さあ? 俺についてきたんだろう?」
彼女はシーツを握りしめた。
「あなたについて来た? そんなはずはないわ」
「そんなはずはないって、現にここにいるじゃないか」
「あなたが無理矢理わたしをここへ連れ込んだんでしょう?」
「知らないよ。目が覚めたら、君が横で寝ていたのに気がついたんだから」
「知らないなんてこと、ないでしょう?」
「知らないよ。君だって、どうしてここに来たのは覚えていないんだろう? 俺だって同じなんだ」
彼女は言葉に詰まって黙り込んだ。
「帰る」
そう言って彼女は立ち上がったのだが、自分が何も着ていないことに気がついて慌ててシーツで身体を隠した。
「あなた、まさか、わたしと・・・・」
彼女の顔が歪んだ。
「俺も君も裸だ。だから、何かあったかもしれないんだけど、残念ながら何にも覚えていないんだ」
「覚えていない?」
「ああ」
俺は頭を掻く。
「記憶をなくすくらい酔っぱらっていて、できるものなの?」
「さあ? 覚えていないから何とも言えないよ。裸になって、ただ一緒に寝ただけかもしれないし」
彼女は、股間に手をやってから指先を鼻にもっていった。
「信じられない。女を犯して、そのことを覚えていないなんて」
どうやらザーメンの臭いがしたようだ。
(こんないい女とやったのに覚えていないなんて、何という不覚)
俺はちょっとガックリ来た。
「何とか言いなさいよ。わたしを犯しといて」
「犯した? 俺が無理矢理君を犯したって言うのか?」
「そうよ!」
彼女が胸にシーツを当てて立ち上がり、俺に詰め寄る。
「合意の上だったかもしれないじゃないか」
「合意のはずがないわ!」
あまりにきっぱりと言われて、俺はたじろぐ。
「覚えていないのに、どうしてそう言いきれるんだよ」
「わたしはレズなの! わたしの方から男に抱かれようとするはずがないの! わかった!!」
「レズ・・・・」
俺は唖然として女の顔を見つめた。
「どうしてくれるのよ! 酔って正気を失ったわたしを無理矢理犯すなんて! 訴えてやる!!」
「無理矢理って・・・・。だ・か・ら、覚えていないって・・・・」
「そんなことが信じられると思ってるの!」
彼女はあたりにあったものを手当たり次第俺に投げつけてきた。俺は逃げ回った。相手が女であることだし、覚えていないけれど、俺が彼女を犯したのは確かなようだからだ。
投げつけるものがなくなると、彼女はしばらくベッドの上でハアハア大きな息をしていたが、突然ベッドから飛び出してきて、俺につかみかかってきた。淡い茂みが俺の目に飛び込んできた。
「止めろ! 謝るから、止めろよ!」
「謝ったくらいで済むと思ってるの!」
レズの女が男に犯された。怒るのも無理はないかと俺は他人事のように思っていた。
(顔も可愛いけど、こうして見るとスタイルもいいや)
彼女の攻撃をかわしながら、俺は女の真っ白な身体を見てそう思っていた。
「こんな時に勃起するなんて、なんて男なの!」
彼女はそう叫んだけれど、こんな時に勃起しなければ、男じゃない。抵抗するつもりはなかった。けれど、その勃起したペニスを蹴られて俺はちょっと頭に来た。
(彼女がレズだなんて言うのは嘘っぱちかもしれない。俺を誘っておいて、朝になって後悔して、俺が犯したと言っているのかもしれない)
俺は振り上げられた彼女の腕を取っ手にねじ上げた。
「痛い! 何するのよ!!」
「うるさい! あんたが無理矢理犯されたって言うのなら、ホントにそうしてやる!!」
俺は彼女をベッドの上に押し倒して、腕をねじ上げたままバックから彼女を犯した。
「止めて! 止めて!! いやよ!」
嫌がる女を無理矢理犯すなんて初めての経験だった。だから、俺はものすごく興奮していた。今までこれほどに堅くなった覚えがないほどに屹立したペニスで彼女の奥深くを突き続けた。彼女はしばらくイヤだイヤだと声を挙げていたが、やがてその声は喘ぎ声へと変わっていった。
俺のすべてを彼女の中に注ぎ込んだとき、彼女は身体を痙攀させた。
(レズだって言ってたけど、男とやれば感じるんだ)
そんなことを思っていた。
何分たっただろうか? 彼女が俺の下から抜け出していった。俺はベッドの上にばったりと倒れていた。ぼんやりとしていると、戻ってきた彼女の気配がした。目の焦点を合わせると、目の前に両手に包丁を握りしめた彼女の姿があった。
「殺してやる!!」
「わあ!」
避けるのが一瞬遅れていたら、俺は死んでいただろう。わずかに包丁の根本あたりが俺の身体をかすめてベッドに突き刺さった。
「痛てえ。危ぶねえじゃねえか」
彼女は俺から離れて立ち上がると、ボロボロ涙を流し始めた。ティッシュで傷を押さえている間に彼女は服をサッと身に着けた。
「必ずあなたを殺してやるからね」
そう言い残すと、彼女は俺の部屋を駆け出していった。
「参ったな・・・・」
俺はしばらく茫然とベッドの上に座り込んでいた。